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『辻斬り制裁、失敗の報復 』
虎王丸1070)&湖泉・遼介(1856)

 ソーン聖都の下町には、収入の低い冒険者が集まる酒場がある。互いの冒険の情報や、あらゆる成功談失敗談が安酒とともに交わされる。
 ある日――
「おい、辻斬りの噂知ってるか?」
 と誰かが言い出した。
「あー、ひょっとして北東の山道のか?」
「そうそう仮面をつけてなあ、こう、シュバッと」
「何でそんなに詳しいんだお前」
「……実はやられた……」
 噂、と言っていたくせにかっくんと首を倒す男。
「え? てことはお前……」
 もうひとりの冒険者が身を乗り出した。「あれ、やられたのか?」
「やられた……」
 男は服の前を開く。
 でかでかと、剣の傷跡で「バカ」と書いてあった。
「辻斬りの野郎、斬るのがうまくてよう……血が出ないように跡だけ残るように斬りやがるんだ」
 治るのにどれくらいかかるかなあ……と男はしょんぼりと言う。
「はははは! どうせなら顔に書かれてくりゃいいのによ!!」
 豪快に――
 大笑い出した少年がいた。
 小麦色の肌に、まだ幼さの残る顔。古めかしい鎧に、首にじゃらじゃらと下げた鎖――
 まだ十六歳の彼の名は、虎王丸と言った。
「噂の辻斬りってのは、そうやってバカって書くのが趣味なのかぁ?」
「そうじゃねえ。山道で剣士に勝負を挑んでよ、断れば見逃すが、戦えばそりゃもう強くて、しかも敗者にゃ何かしら悪戯するんだよ」
「そうそう、だから子供っていう噂があるんだよな」
「子供ねえ」
 虎王丸はぐびぐびと酒を飲む。
 小麦色の顔が真っ赤に染まっていく。相当の酒量だった。
 彼はふら、と明らかに酔っ払ったしぐさで立ちあがり、
「よーっしゃ、俺がそいつに灸をすえてやらあ……!」
 宣言した。
 宣言……してしまった。

 翌日――
 山道に行く途中で、虎王丸はある商隊とすれ違った。
 商隊はしょぼんとしていた。
「どうしたんでぇ?」
 虎王丸は尋ねる。すると商隊のメンバーは、護衛が辻斬りにやられたと告白した。勝負を挑んで、負けてしまったらしい。護衛は敗者として、悪戯に首に犬の首輪をつけられてしまったとか。
「護衛が……ねえ……」
 キャラバンの護衛は相当強いだろう。虎王丸は少し心配になった。
 けれど――
「はんっ! 俺様が灸をすえてやっからな、待ってろ辻斬り……!」
 気合を入れながら山道を歩く。
 と――
「呼んだか?」
 くぐもった声がした。
 山道の、崖の上からすとんと軽いしぐさで飛び降りてきた人間がいた。
 顔に仮面。すっぽりと顔を覆う仮面――
「てめえが辻斬りか!」
 体の大きさが確かに子供のようだと思いながら、虎王丸はさっそく刀を抜いた。
「へえ、勝負すんのか」
 仮面でくぐもった声がする。
「てめえに灸をすえると言ったろうがよ。あ? おら、来いよ!」
 虎王丸は挑発する。
 仮面の辻斬りは冷静に、剣を抜いて飛びかかってきた。

 虎王丸の読みはやはり甘かった。
 辻斬りは異様に素早い。剣を突いてきたかと思えばフェイント、後ろへ退いたかと思えば次の瞬間には蹴りが虎王丸の腹に入る。
「ぐは……っ」
「ほらほら、どうしたんだよ。あれだけ勢いよく来たくせに」
 辻斬りは楽しそうだった。
「うるせー、これからだ!」
 虎王丸は刀を薙ぐ。
 しかし避けられ、気がつくと真横から蹴りがわき腹に入った。
 虎王丸はその手に白い焔を生み出した。そして、辻斬りがいる方向へと投げつけた。
 ひらり、と避けた仮面の辻斬りは、
「へえ」
 と面白そうな声を出した。「そんなことができるんだ、あんた」
「うるせえ、一度くらってみやがれ!」
 刀を突き出し、跳び上がってかわされ、とんと刀身に足をつけられる。
 ぶんと刀を振り回すと、刀の上に乗っていた身軽な辻斬りは、またとんと地面に足をつけた。
 そこへ即座に白焔――
 しかし辻斬りはいつの間にか背後にいて、
「ほいっ」
 どかっと背中に蹴りを入れられた。
「その焔、当ててみろよ」
 辻斬りの挑発――
 振り向きざまに虎王丸の刀の一閃――
 しかし辻斬りはそこにはいない。
 どこだときょろきょろとさがす。
「ここだよ」
 上から声が落ちてきて、ふと上を見ると黒い影が――
「ぶっ」
 虎王丸は顔を踏んづけられた。
 辻斬りはとんと虎王丸の顔から飛び降り、
「ほい、おいでおいで」
 また挑発してきた。
「てんめええええ」
 虎王丸は燃えた。
 刀と剣が――
 ようやく交わった。

 カシィン

 金属音が鳴り、ぎりぎりと押し合いになる。
 押し合いになると、辻斬りのほうが若干力が弱いらしい、虎王丸は押した。
 しかし、
 危なくなると辻斬りは、すぐにぱっと離れて後退してしまう。
「ちくしょー! まともに戦いやがれってんだーー!」
「頭を使えよ。自分の得意な方法で戦うに決まってるだろ」
 辻斬りは胸を張って言った。
「くそっ……!」
 虎王丸は再び白焔を生み出して投げつけ、それを目くらましにして辻斬りに斬りかかろうとする。
 しかし辻斬りは、とんとんと後退しながら器用に剣を下から切り上げて刀を打ち払う。
 そして攻撃に夢中になっていつの間にか無防備になった虎王丸の腹に、蹴りを入れた。
「あぐっ……」
「隙だらけだよ、あんた」
「負けるかよっ!」
 どうにも、辻斬りは本気を出してないように思える。それがよけいに癪に障った。
 ――虎王丸は何度も刀を薙ぎ、白焔を生み出しては投げつけた。
 しかし――、すべてかわされてしまう。
 素早さには自信のある虎王丸だったが、辻斬りはそれを上回っていた。
「くっそ〜……」
 やみくもに刀を振り回してちゃダメだ。
 頭を使う戦闘は大嫌いだが、このときばかりは虎王丸も考えた。
 意識を集中する。
 刀を振りかざす。
 辻斬りが後ろへ飛びのく――
 その次の瞬間に再び懐へ入ってきたそのとき――

 カシィィン

 カウンターの刀が、辻斬りの仮面に当たった。

 びし

 仮面にひびが入り、そして、

 パリンッ

「――あーー!」
 甲高い声がした。
 青い髪の――
 少年の顔が、現れた。

 湖泉遼介。十五歳。
 彼は剣士としての訓練のために、仮面をつけての山道辻斬りを演じていた。
(仮面が割れちゃ、もうここで訓練できない……!)
 遼介は嘆いた。ここでの訓練はなかなかいい力試しになったのに。色んな相手と勝負できていい経験になったのに。
 仮面を割られたのは初めてだ。こいつのことは褒めなくちゃならない。
 悔しい思いで相手を見ると――
 小麦色の、鎧装束の少年が、遼介の顔を見てガハハと笑った。
「何だ。噂どおりガキじゃねえか」
「な……っ!」
「おいおい子供がこんなところでひとりで歩いてていいのかよ? 保護者いねえと危ねえぞー」
「この……っ」
「大体負けたやつには悪戯なんて、ほんとにガキだよなあ。あ? 何だ? 自分が負けたときはどうするんだ?」
「――本気を出す!」
 遼介は宣言した。
 そこから、本気の戦いの始まり――

 虎王丸は、踏んではいけない地雷を踏んでしまった。
 遼介を子供扱いすること。
 ――本気になった遼介の斬撃はすさまじかった。素早さが一段とあがり、仮面状態の早さにようやく目が慣れてきたところだった虎王丸にさえ、風が吹き抜けた程度にしか見えない速さ――
「な、何だってんだ、お前、だってガキじゃんよ」
 と、言った瞬間に風が吹き、
 虎王丸の腰帯が切れた。
 さらされた褌が、ひらりと風の余韻に吹かれる。
「て、てめ、ガキのくせによくも、」
 風が再び吹き、
 虎王丸の丸裸の足の毛が、
 ふぁさっ
 変な形を残しながら見事な斬撃で剃られた。
「うわ! ガキがンなことすんな!」
 どこまでも子供扱いをやめない虎王丸に――

 カシンッ カシンッ カシンッ

 鎧の止め具をひとつひとつ確実に破壊する。
 下に着ていた服が現れても遼介はまだ止まらない。
 虎王丸がここにきて慌てて逃げ出そうとする。
 しかし、背中を見せたが最後だった。
「――はあっ!!!」
 遼介渾身の蹴りが虎王丸の背中を直撃し――
 虎王丸は地面につっぷした。

 ゴン

 頭に重い衝撃。
 それが何だったのか分からぬまま――
 虎王丸は気絶した。

     **********

 ドドドドドド……

 遠く、激しい水音が聞こえる……

 気がつくと――
 虎王丸は、滝の上にいた。
「うわっ!?」
 驚いて身動きすると、体がなにやら硬い。
 おそるおそる自分の姿を確かめると――
 全身に「バカ」「アホ」「俺は変態です」やら変な顔やらの落書きをされ、褌一丁のまま縄で縛られ、滝のすぐ傍にある樹の枝につるされていた。
 すぐ傍に、遼介がいた。
「おい」
 遼介は足元に虎王丸の鎧や刀を置いたまま、腰に手を当てて言ってきた。
「人をガキ扱いしたこと謝れ」
「だ、だーれが」
「………」
 遼介は無言でごんと幹を蹴り、樹を揺らした。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 激しい音を立てる滝の上で、かすかに虎王丸の体が揺れる。
 ここから落ちたらちょっと死ぬかもしれない。
「あ、や、ま、れ」
 遼介は改めて、ゆっくりとした口調で言う。
「ふ、ふん」
「………」
 ゴン
 遼介は剣の鞘で、虎王丸がつるされている枝を叩いた。
 さっきより激しい揺れが虎王丸を襲った。

 ドドドドドドド……

 下には滝が待っている。
「うわあああああ」
 強情な虎王丸もさすがに恐怖に負けた。
「すみません、ごめんなさい、許してくださいーーー!」
「謝るのが遅い」
 遼介はすっぱりと、虎王丸をつるしていた縄を切った。

 ヒイイイィィィィィィ……

 虎王丸の悲鳴が余韻を残しながら――
 滝つぼの中へと消えていった……

     **********

 虎王丸は、下流に流されていたところを他の冒険者に助けられた。
 そして、

「褌一丁で落書き♪ 滝つぼに落とされ生きてた生命力♪ お前最高!」

 酒飲み仲間の間で素敵な語り草となる。
「うるせええええええ!!!」
 真っ赤になって怒鳴る虎王丸。
 そんな酒場の外から――
「……ふん、いい気味」
 様子をうかがっていた遼介は、べーっと舌を出して窓から見える虎王丸を一瞥した。
 それから、
「この鎧と刀いいなあ。戦利品戦利品♪」
 上機嫌で、帰路へつくのであった。


 ―Fin―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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聖獣界ソーン
2006年05月01日

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