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『Closing ―your eyes― 』
浅葱・漣5658



「これどうぞー」
 配られたチラシには、配達屋の宣伝がでかでかと記載されている。
 だがそのチラシ、何か付録のようなものがついていた。
 配っていた金髪の少女はにっこり微笑む。
「桜茶ですぅ。ちょっといわくのあるものですけど、きっと素敵な夢をみれると思います〜」
 桜の葉を使ったお茶のようだ。それほど怪しい感じもないし、素直に貰っておくことにする。
 去り際に少女が声をかけてきた。
「寝る前に飲むと、きっと効果倍増ですよ〜! あと、うちのチラシ捨てないでくださいね〜! そんでもって、よければ今度配達品とかあったらウチを使ってくださ〜い!」

***

 珍しく体調が良くて、浅葱漣は外に出ていた。
 受け取ったチラシを見つめる。
「桜茶か……。それに、素敵な夢……か」

**

「……きて……」
 なんだか耳元がうるさい。
 漣は眉間に皺を寄せて寝返りをうつ。
「起きてよ! 大学に遅れるってば!」
 本当にうるさい。
(もう少し寝かせてくれ……)
 うぅ、と唸って。
(大学?)
 ぱち、と瞼を開ける。
「やっと起きた。おはよ」
 にっこり微笑む顔が目の前にあった。漣は瞬きをし、次の瞬間顔を真っ赤にして目元を手で覆う。
「服くらい着ろーっ!」
「ひとが親切に起こしてあげたのに、なにその態度」
 ベッドから降りる気配がし、足音が遠ざかった。遠くで別のドアが開く音と、シャワーの音。
 やっと漣は手を放し、それから大きく息を吐き出して上半身を起こす。
「……刺激が強いんだから、仕方ないじゃないか……」
 朝からどっと疲れた。この生活に……自分はまだ慣れない。
 通い始めた大学。同棲している彼女。呪いのなくなった自分。穏やかな日々。
 戸惑いも多いが……それでもとても。
(こういうのも、いいな……確かに)
 ベッドから降りようとした漣は何かを踏んで足を滑らせ、したたかに頭を床にぶつけた。
「いつぅ……」
 踏んだ物体を掴み、目の前に掲げる。
「なんだこれ……?」
 広げてからハッとし、顔を赤く染めて立ち上がった。
「ひ、日無……っ! 下……っ」
 ドアから出て行こうとして、慌てて戻ってシーツを体に巻きつけてから漣はドアを開けた。



「なにも大学があるって起こさなくてもいいだろ。びっくりする」
「だってこのままだと、ずーっと寝てるでしょ? 最近レポートで徹夜ばっかりしてたし」
「普通に起こせばいいじゃないか」
「効果的な起床でしょ? それとも濃厚なキッスでもお見舞いすればよかった〜?」
 にやにやして首を傾げる日無子の言葉に、漣は飲んでいたコーヒーを吹き出す。
 せっかくの休日に彼女が漣を起こしたのには理由がある。今日は出かける約束をしていたのだ。
「あれあれ〜? そっちのほうが良かったの?」
「またそうやって俺で遊ぶ……」
「だって漣が可愛いから」
 にっこり微笑む彼女を見て、それはおまえのほうだ、と言い返したくなる漣であった。
 出会った頃より少し伸びた髪。美人にさらに磨きがかかった彼女は、誰が見ても見惚れるに違いない。
 17歳の頃でも十分美少女だったが、今は年相応の色気まで備わっていて漣はいまだにドキドキしてしまうのだ。
 不思議だ。どういう理由で彼女と暮らし始めたのだろうか……。漣はさっぱり思い出せない。

「お弁当持った?」
「持った」
「電気とか全部消した?」
「消した」
「戸締り確認した?」
 漣はドアに鍵をかける。
「これで完了だ」
「よしっ。じゃ、行こう!」
 日無子が漣の手を引っ張った。
「そんなに急がなくても遊園地は逃げないと思うぞ?」
「早く行って、目一杯漣と遊びたい!」
 明るく笑う日無子を見て漣はぴくぴくと眉を痙攣させる。
(ぐっ……。か、かわいい……)
 くらくらする頭をおさえ、日無子に引っ張られてよろよろ歩く。
 バス停まで歩く日無子は空を見上げる。
「いい天気〜。こうしてデートするのもいいね」
「デート?」
 ぎょっとする漣は、考えてみればそうなるのかと今さら気づいた。
「夜にイチャイチャするのもいいけど、こういうデートも健康的でいいね!」
「ぶっ」
 思わず吹く漣である。慌てて周囲を見回す。幸いなことに、人の姿はない。
 まったく。日無子と一緒にいると心臓が幾つあっても足りない気がする。
 漣の腕に、日無子が自分の手を絡めた。
「? なんだ?」
「デートはこうするんでしょ? ね? 嬉しい?」
「…………」
 近づきすぎではないか? と、日無子の感触を感じつつ思ってしまうのだが……日無子が楽しそうだし言わないことにしておく。

 うぷ、と漣は口をおさえる。
(ジェットコースターに乗りすぎだ……)
 日無子に付き合ってジェットコースターに乗っていた漣だったが、回数を重ねるごとに顔色が悪くなっていった。
(気持ち悪……)
 ベンチに座って休んでいると、日無子が飲み物を買って戻ってくるのが見えた。
 だがその途中で彼女は三人組の男に絡まれている。日無子は容姿が目立つので仕方ないのだろうが……。
 ムカ、とする漣だったが立ち上がった瞬間よろっと目眩がして地面に膝をつく。そんな漣を目にした瞬間、日無子が眉を吊り上げた。
「どけって言ってんだろ!」
 乱暴に言い放つや、彼女は両手に持つ飲み物を上に投げた。同時に彼女は目にも見えない速度で男たちの顔を殴りつける。
 鼻から血を流してうずくまる男たち。落ちてきた飲み物を見事にキャッチする日無子。
 何が起きたか誰もわかっていないはずだ。……一部始終を見ていた漣を除いて。
「漣、大丈夫?」
 心配そうに駆け寄ってきた日無子に、乾いた笑いを向ける。
「だ、大丈夫」
「ほんと? なんか顔色悪いけど……。冷たい飲み物あるよ?」
「あ……ありがとう」
 これだから日無子を怒らせるのは怖いのだ……。
「なにも殴ることないと思うんだが……」
「え? だって急いでたから……蹴りのほうが痛いと思ったから拳にしたんだけど……」
 漣は苦笑するしかない。



 目覚ましの音に漣は眉をひそめる。
 うるさい。もっとゆっくり寝たいのに。
「む……」
 唸ってから起き上がり、目覚ましを止める。時計の時間を見て安堵した。
 良かった。余裕だ。
(弁当と、朝食作らないと……)
 ベッドから降りて、背後を振り向く。
 穏やかな寝息をたてている日無子を見遣り、漣はよくわからない幸せを噛み締める。
(足音たてないようにしないとな)
 せっかくなのだから、ぎりぎりまで日無子は起こさないでおこう。

 バスを降りて、二人で大学まで歩く。
 漣は周囲の視線にうんざりした。日無子がどうしても注目されてしまうのは仕方がないが、彼女は見世物ではないのだ。じろじろ見るのは失礼だと思う。
(……というか、見られるのが嫌なんだろうか俺は……)
 一体いつからそんなに心が狭くなったのだろう?
「浅葱先輩!」
 呼ばれて漣は振り向く。同じ学科の後輩だ。
「ああ、おはよ」
「おはようございます!」
 元気いっぱいにそう言って微笑む彼女に、漣は目を細める。日無子とはタイプの違う娘だ。
 日無子はこんなにおとなしそうな衣服は着ない。似合わないことはないだろうが、彼女はいつも活発な格好だ。
 そう思ってじっと見ていると、後輩は顔を赤らめる。
「あ、あの……?」
「ああごめん。ちょっと考え事してて」
「い、いえ」
 はにかむように微笑む後輩。可愛い部類に入るのだろうが、漣の心はまったく動かない。
 自分でもおかしいと思う。同期のクラスメートならば間違いなく喜ぶ光景だ。
(なんなんだろうな……。これが日無子だったら……こう、グラっとするというか……)
 なんでもかんでも日無子に繋げてしまうことに気づいていない漣は、耳を引っ張られて悲鳴をあげた。
「あたしにも紹介していただけるかしら、浅葱センパイ」
 嫌味ったらしく言う日無子に漣は怪訝そうにした。なんで怒ってるんだろうか?
 日無子の存在にハッとして後輩は苦笑いしつつ頭をさげて走って行ってしまった。
「なんだろう……。日無子が美人だから驚いたのか……?」
「違うよ。あたしが居るのに気づいたから逃げたの」
「なんで?」
「で、誰なのあの子」
「誰って……名前は知らないな。同じ学科の後輩」
「それだけ!? もっとあるでしょ!」
 詰め寄られて漣は疑問符を頭の上に浮かべる。そう言われても……たいして印象に残っていないのだ。
「さあ?」
「この間の合コンの時に居た女じゃないの……?」
「っ! いや、居たけど……」
 どうして参加した女性陣のメンバーを知っているんだと、漣は冷汗が噴き出す。日無子はあの場に居なかったはずだ。
「なんで漣が行くのは良くて、あたしが行くのはダメなの……?」
 こめかみに青筋を浮かべて低く言う日無子。だがこの件に関しては漣も譲れない。
「俺は行きたくて行ったわけじゃ……! 好きで行ったんじゃない! 人数が足りないって頼み込まれて!」
「ふぅん。あたしだってそうやって頼まれるけど? 一回も漣は行っていいよって言ってくれないね!」
「当たり前だろっ!」
 日無子を餌にするのが目に見えている。人数合わせの自分とは明らかに違うのだ。
 漣とて、渋々承諾したのである。参加条件として、自分が彼女持ちだと必ず言うこと、と頼み込んできたクラスメートにもきちんと言った。何もやましいことはしていない。
 なんで自分が疑われるのか!
「俺は浮気なんてしてないぞっ」
「どうだか?」
「なんで疑うんだ!」
「さっきの子をジロジロ見てたじゃない!」
「あ、あれは……」
 言葉に詰まってしまう。彼女をじろじろ見ていたわけではなく、衣服を見ていたのだ。
「漣がジロジロ見ていいのはあたしだけでしょ! 違う!?」
 日無子の言葉に漣がぎょっとする。
 そしてすぐに頬を染めて俯いた。
「あ……は、はい」
「わかったら他の子をじろじろ見ないの! いい!?」
「ご、ごめんなさい」
 謝る漣を見て、日無子が目を細める。だが彼女はすぐに笑顔になった。
「よしよし。わかったなら許しましょう」
 なんて綺麗な笑顔なんだろうか。
 本当に自分は彼女に弱い。
「じゃああたしこっちだから。漣は?」
「俺は一限目は別のところだな」
「そっかー。じゃあお昼にまたね」
 そう言う日無子は手を振って行ってしまう。見送っていた漣はきびすを返した。
 こんなに幸せでいいのだろうか? 自分は何かを忘れているような気がする……。
 ふいに足を止めて振り向く。遠ざかっていく日無子の背中を見て、言いようのない不安を覚えた。

**

「…………」
 瞼を開けて、漣はうんざりした表情で起き上がる。なんだかよくわからないが、身体が重い。
「いい夢……なのか? 悪い夢??」
 怪訝そうにしつつ、周囲を見回す。自分の部屋だ。
 自分のすぐ横を見るがそこには日無子の姿はない。当たり前だ。あれは夢なのだから。
 漣は頬を染めて項垂れた。
「なんだったんだ今日の夢は……」
 まるで自分の願望がそのまま叶ったような感じもする。
 だがそう。
 きっと、手に入れられる未来のはず。
 ベッドから降りて大きくのびをし、窓に近づいてカーテンを開ける。
 明るい太陽の日差しに漣は目を細めた。新しい一日の始まりだ――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 学園ものになっているか少し謎ですが……恋愛ものなので気合い入れました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月01日

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