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『Closing ―your eyes― 』
成瀬・冬馬2711



「これどうぞー」
 配られたチラシには、配達屋の宣伝がでかでかと記載されている。
 だがそのチラシ、何か付録のようなものがついていた。
 配っていた金髪の少女はにっこり微笑む。
「桜茶ですぅ。ちょっといわくのあるものですけど、きっと素敵な夢をみれると思います〜」
 桜の葉を使ったお茶のようだ。それほど怪しい感じもないし、素直に貰っておくことにする。
 去り際に少女が声をかけてきた。
「寝る前に飲むと、きっと効果倍増ですよ〜! あと、うちのチラシ捨てないでくださいね〜! そんでもって、よければ今度配達品とかあったらウチを使ってくださ〜い!」

***

 そのまま行ってしまおうとした成瀬冬馬は「ん?」と呟いてくるりと振り向いた。
 いまだにチラシを配っている少女。
 彼女の元へ後ろ向きのまま戻る。
「やっぱり! どこかで見たことがあると思ったらステラちゃんか〜!」
 冬馬の声に彼女はきょとんとし、それから「あ!」と目を見開く。
「成瀬さん! お久しぶりですぅ〜」
 ぺこり、と頭をさげると、ステラのくるくると巻かれた髪が揺れた。
「こんなところでチラシ配り? 相変わらず苦労してるね〜」
 苦笑する冬馬にステラは照れたように頬を染める。
「でも草間さんのところで少しはお仕事いただいてますから、マシなほうですよ」
「そっか。
 このチラシに付けてあるの……」
「あ。はい。さっき説明した通りのものなんですけど」
「桜茶か……なんかお洒落だね」
「そうなんですぅ! わたしの友達がくれたのです、大量に」
 うきうきとして言うステラに冬馬は驚く。
「大量!?」
「はい〜。少しでも宣伝になればって、くれたんですよ〜」
「へぇ〜。いいお友達じゃない」
「ですよね? でもレイは嫌がるんですよ〜。なんでなのかなぁ」
 首を傾げているステラ。
 冬馬はお茶の葉の入った袋をチラシから取る。
「素敵な夢かぁ〜……僕の幸せってどんなのだろうね〜」

**

 冴えない探偵事務所。
 その事務所のドアが開く。
「またこんなに散らかして!」
 入ってきたのは黒髪の美人。肩口で切り揃えられた髪を揺らし、彼女はソファまで一直線に歩いてくる。
 ソファでは帽子を顔の上に置き、寝息を立てて眠っている男が。
「…………」
 眉を吊り上げてその様子を見下ろし、彼女は腰に両手を当てる。
 すぅ、と息を吸い込み、
「起きなさーいっ!」
 部屋をびりびりと振動させたその大声に、男は仰天して跳ね起きる。そしてそのままバランスを崩してソファから落っこちた。
「いだっ」
「『いだ』、じゃありません!」
「なんだぁ、奈々子ちゃんかぁ〜」
 のんびりそう言い、よろよろと立ち上がった男――冬馬はにへらと笑う。
「笑っても誤魔化せないですよ?」
「あは、は……相変わらずキビシぃ……」
「さっさと顔を洗って歯磨きして、髭を剃ってくださいっ」
「は〜い」
 ぼさぼさの頭を掻きながら冬馬は洗面所に向かう。その後ろ姿をじっと見ていた奈々子のほうを、冬馬は振り向く。
「あ〜、奈々子ちゃんおなかすいたなぁ」
「……自分で作ればいいじゃないですか」
「うぅ。そ、そりゃまあそうなんだけどさぁ……」
 冬馬の腹部から盛大な音が鳴り響く。空腹を訴えるその音に奈々子は顔をしかめた。
「…………私が怒らないうちにさっさと身支度を整えることですね……」
「は、はい〜っ!」
 慌てて洗面所に消える冬馬を見て、奈々子は大きく溜息をつく。

 用意された朝食を見て冬馬はきらきらと瞳を輝かせた。崇めるような目で奈々子を見る。
「な、なんですかその目は……」
「女神様……」
「くだらないこと言ってないでさっさと食べてください!」
「は〜い」
 いただきます、と言ってからパンを頬張る。サラダと、スクランブルエッグまであるので冬馬は嬉しそうだ。
 やはり自分で作るより、美人のお手製のほうが随分といい。一日の始まりはやはりこうでなくては。
 それに……。
 ちら、と冬馬は向かいの席に座る奈々子を盗み見た。彼女は新聞を読んでいる。
(美人だなぁ……)
 出会った頃と変わらず彼女は美人だ。
 朝から目の保養になる。
 にやにやして眺めていると、新聞から視線を外した奈々子がこちらを見てきた。すぅ、と目が細められる。
「っ! お、美味しいよ?」
「……余所見してないで、さっさと食べてください」
 冷えた声で言われて冬馬は苦笑する。こういうところは、出会った頃と変わらない。

 書類を整理していた奈々子はハァ、と溜息をつく。
「やはりもっと大々的に宣伝したほうがいいと思うんですけど……この探偵事務所のこと」
「どして?」
 首を傾げる冬馬も掃除をしている。奈々子がしばらく留守にした間にゴミがかなり溜まっていた。
 奈々子ちゃんが来てから一緒にしようっと。
 なんて考えていたらあっという間に事務所は汚くなったのだ。
「そうじゃないと冬馬さん暇でしょう?」
「暇なほうがいいよ。事件がないってことだもん」
「……またあなたは……仕事を選り好みしているから暇なんですよ、ウチは!」
 バン! とテーブルに書類の入ったファイルを叩きつける奈々子。その様子にビクッとしつつ冬馬は「へへへ」と乾いた笑いを浮かべた。
「だってさぁ……浮気調査とか好きじゃないんだよね〜。まだペット探しのほうがいいっていうか〜」
「なんでそんなに嫌がるんです?」
「男を見張るのが面白くないじゃない」
 旦那さんの動向を探る。この時点で冬馬はやる気がうせるのだ。
 なんで男をずっと見ていなければならないのか。
「なんですってぇ〜? はいもう一度〜」
 ふふふと笑みを浮かべて奈々子が冬馬の頬を抓り上げる。
「いひゃいっ、いひゃいよひゃひゃひょはん!」
「なにを言っているのかわかりませんね」
 思いっきり頬を引っ張って、放す。冬馬は痛みに悶絶し、その場にうずくまった。
「仕事を選べるほど、うちは裕福ではないと思うんですけどね!」
「うぅ〜……」
 痛みで涙が滲んでいる。頬を擦るが痛みはとれない。
「ひどぃ〜! ひどいよ奈々子ちゃん〜!」
「抓られるようなことをしたあなたが悪いんでしょ!」
「はう〜……」
 泣きべそをかく冬馬を見下ろし、奈々子は嘆息した。
「あんまりダメダメだと、見放しますよほんとに」
「ええーっ! 見捨てないでー!」
 奈々子の足にしがみつく冬馬。ぎょっとして奈々子は冬馬を追い払おうと必死になる。
「奈々子ちゃんがいなくなったらボク一人になっちゃうじゃん! 一人じゃ無理だよこんな事務所!」
「あの時もそうやって泣いて頼むから、面接受かった会社を蹴って来たんじゃないですか! 嫌だったらキリキリ働いてくださいっ」
「そんなあ〜!」
 嘆きながらすりすりと奈々子の脚に頬擦りをすると彼女は悲鳴をあげた。
「きゃあっ! 放してください!」
「放して欲しかったらボクを見捨てないこと〜」
「なんでそうなるんですかー!」
 その時だ。
 事務所のドアが開いた。
「あのー……こちら探偵事務所さんで……?」
 入ってきた初老の男性は、必死に脚から冬馬を引き剥がそうとしている奈々子と、放すまいとしがみついている冬馬を見て……硬直してしまった。



 頭にコブを三つほど作った冬馬は、向かい側のソファに座る男性に依頼内容を話すように促す。
「それで……どういった内容ですか?」
 一応キリッとした真面目な表情で尋ねてはいるが、内心はやる気などない。男の依頼人というだけですでにどうでも良かった。
(どうやって断ろうかな〜……めんどーだなー……)
 なんてことを冬馬が思っているとはつゆ知らず、奈々子は依頼人にお茶を出した。
(あ、奈々子ちゃんをチラ見しやがった。だからヤなんだよなぁ……)
 以前など、意味もなく奈々子に会うためにここに押しかけた男までいたのだ。
 依頼人は冬馬の横に座った奈々子に軽く頭をさげ、口を開く。
「実は……人を探して欲しいのです……」
「警察に行ったほうがいいですよ」
 さらっと言い放った冬馬の足を奈々子が思いっきり踏みつける。
「っ!」
 顔を引きつらせる冬馬に依頼人は不思議そうにするが、奈々子がホホホと笑った。
「人を探すとは? どのような方を?」
「はい……妻の文通相手を探して欲しいのです」
「文通相手?」
「あー、それだったら手紙の差出人を見ればすぐにわかると思いますけど」
 横やりを入れる冬馬の足を奈々子がぐりぐりと踏みつける。冬馬は激痛にあっぷあっぷと呼吸困難のような仕種をした。
「あ、あの……探偵さんは大丈夫なんでしょうか……さっきから様子が……」
「気にしないでください。久々にやりがいのある仕事で落ち着かないんです」
 にこ、と奈々子が微笑んだ。依頼人は納得がいかないようだが、「はあ」と頷く。
「妻の文通相手は住所を一切書いていないのです……。妻の遺品を整理していたら、出す前の手紙が見つかりまして……」
「封筒に住所は書いてなかったんですか?」
「それが……中の手紙だけで」
「なるほど……。それで相手を見つけて手紙を届けようと?」
「ええ。妻からの最後の手紙を、どうしても届けてあげたくて……」
 照れたように笑う依頼人に、奈々子は感心していた。そんな彼女の横顔を見て冬馬は顔をしかめる。まずい……このままではこの依頼を受けなければならなくなる……!
 すっくと立ち上がった冬馬が奈々子に「ちょっとこっち」と手招きした。
 不思議そうにした奈々子も立ち上がり、部屋の隅へと一緒に歩いていく。
「どうしました?」
「ねぇ……この依頼断りたいんだけど……」
「…………」
 氷の視線に射抜かれて冬馬は一瞬で口ごもる。
「……私が言いたいことはわかりますよね?」
「は、はい……」

 仕方なく引き受けたものの、冬馬はまったく気乗りしない。
 依頼人が帰っても冬馬は溜息ばかりついている。
「久々のお仕事なんですから、もっと喜べばいいじゃないですか」
 呆れている奈々子は早速出かける準備をしていた。
「でも遠出なんて久しぶりですね」
「ん〜、まあね」
 依頼人が持ってきた差出人の手紙の消印を見て、とりあえずそちらに足を運ぼうということになったのだ。
 ソファに横になっていた冬馬はがばっと起き上がる。
 今回は日帰りではない。遠いので泊まりになるのだ。
(奈々子ちゃんと旅行……!)
 そう考えればこの依頼も悪くない。
「ね、ねえ。奈々子ちゃんも行くんだよね?」
「行きませんよ。経費が勿体無いです」
「ええー!」
「なんて冗談ですよ。あなたは目を離すとすぐにサボりますからね……。今回の仕事も乗り気ではないですし……。せっかくのお金持ちの依頼なんですから、キッチリ私が監督します」
 それを聞いて冬馬はパッと顔を輝かせた。
 やった! これで奈々子と小旅行だ!

**

「んー!」
 大きく伸びをして冬馬は起き上がる。
「なーんだ夢かぁ〜! でもなんか幸せ〜」
 ムフフと笑ったあと、すぐにがっくりする冬馬。
「あ〜、でもせめて旅行の最中まで見たかった〜! そうだ。二度寝、二度寝!」
 もう一度がばっと横になる冬馬はすぐに寝息をたてる。果たして夢の続きはみれるのだろうか?



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/大学生・臨時探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、成瀬様。ライターのともやいずみです。
 冴えない探偵と有能な助手ということで張り切りました。とても楽しい未来の夢、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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東京怪談
2006年05月01日

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