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『柔らかな時 』
芳賀・百合子5976)&祭導・鞍馬(6161)


 カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて否応なしにも目が覚める。
 眩しさに目を眇めながら祭導鞍馬(さいどう・くらま)はベッドサイドに置いた眼鏡を手探りで探し当てた。
 寝ぼけ眼で眼鏡をかけてカーテンを開く。
 そして、窓から見える公園の緑の眩しさにまた目を眇めた。
 手早く着替えて、襟足の髪を掻きながらリビングに向かうとすでに起きていた同居人芳賀百合子(ほうが・ゆりこ)が、振り向いて、
「お、おはよう」
と言う声に、
「おはよう」
と返す。
 時計を見ると朝御飯には遅く昼ごはんには少し早い。
 とりあえずコーヒーでも飲もうかとキッチンへ向かいながら、
「天気も良いし、今日の昼は外で食べようか」
と言った鞍馬に、
「こ、コーヒーなら私が……」
と百合子が慌てて飛んでく来た。
 しかし、百合子の制止は一瞬遅く、鞍馬はキッチンの惨状につかの間硬直する。
 何かを作ろうとして明らかに爆発したような物体Aだとか、何かを作る途中にシンクに飛び散っているひっくり返したらしい粘り気のありそうな物体Bだとか。未知の物体のワンダーランドと化したキッチンは修復にかなりの時間を要しそうな有様だったのだから無理もない。
「うぅ……ごめんさい」
 いくつもの未知の物体は百合子なりに何か料理を作ろうとした痕跡であるのだが、失敗するたびにものすごいことになっていくキッチンの状態に気が付きながらも、どこから手をつけて何をすればいいのか途方にくれかけていた所に鞍馬が現れてしまったようだ。
 まるで怒られた子犬のようにしょぼんとした様子の百合子を見ると、笑いがこみ上げてきそうであったが、百合子の名誉のためにも必死でそれを堪えて、鞍馬は百合子の頭を軽く叩くようにぽんぽんとしつつ、
「最初からうまく作れる人間なんて居ないさ。何事も勉強だよ」
と言って、屈んで俯く百合子の顔をしたから覗き込んだ。
 そして、念を押すように、頭を撫でて笑顔を見せる。
 おずおずとしていた百合子だったが、その鞍馬の笑顔を見てようやく俯き顔だった顔を上げた。
 いつも鞍馬が百合子に言い聞かせている『前向きに前向きに』という言葉を思い出したのだ。
 そんな百合子の様子を見て、鞍馬は微笑んだ。
 田舎から出てきた当初は内向的で人見知りで、すぐに俯きがちだった百合子だったが、徐々にここでの生活にも慣れて少しずつでも明るくなってくれればと思っていた鞍馬にとって、百合子のそうしたほんのわずかに過ぎない変化すらも顔を綻ばせるに十分に値するのだ。
「よしよし、ホントに百合はいい子だな」
 そんな風に言われた百合の方は鞍馬のその台詞に少し不服そうな顔をした。
「ん?」
 それに気付いた鞍馬は百合子の不満に少し気付きつつも、首を傾げる。
「……鞍馬君、私、イイコイイコされて喜ぶ子供じゃないのよ」
「それは失礼――それじゃあ、百合子さん。よろしかったら俺と昼食でもご一緒しませんか?」
 ややオーバーな口調で、鞍馬は百合子の前に片膝をついて求愛でも求める騎士のように手を差し出した。
 その姿に一瞬百合子は目を丸くしたが、
「―――よろしくってよ」
と、鞍馬の真似をしてそう答える。
 目を合わせた2人の笑い声がマンションのリビングに響いた。

■■■■■

 桜こそ散ったものの、若葉の柔らかな緑は春の陽で道に淡い影を作る。
「絶好の外出日和だな」
 やや閉鎖的な田舎から出てきてあまり外の世界を知らない百合子をこうしてたまに外に連れ出して世界を見せて回ることは、勿論百合子のためもあるが鞍馬にとっても最近はちょっとした楽しみとなっていた。
 今日はどんな店に連れて行こうかと密かに思案しながら歩く鞍馬の斜め後ろについて歩く百合子。
 いくつかの店を頭の中でリストアップしていた鞍馬が、ふと見ると百合子の姿がない。
 歩調が速かったかと後ろを振り向くと駅ビルのショーウインドーの前で百合子は足を止めていた。
 春らしいディスプレーの中に立つマネキンが着ていたのは明るい色のワンピース。
 百合子はその服に目が釘付けになっている。
 少し赤らんだ頬が、百合子らしく控えめながらも少し興奮していることがわかった鞍馬は思わず、
「百合? 欲しいものがあったら買ってあげるよ」
と、百合子の肩に手を置いた。
「えっ!? いいのっ!?」
「勿論」
 百合子の性格から考えると、そうあれもこれもと言うはずがない事が判っているからこその台詞ではあるが、年相応の女の子と同様の反応に鞍馬は思わず笑みがこぼれる。
「そうと決まれば、ほら」
 百合子は鞍馬に手をとられて駅ビルの中に足を踏み入れた。
 いくつも入っているテナントの中から鞍馬が選んだのはシフォンやレースを使った女の子らしい服の多い若い女の子向けのブランドだった。
 休日であったがお昼時と言うこともあり店のお客さんが一段楽したのか、人でごった返すであろうフィッティングルームが空いていたこともあり、鞍馬は店のお姉さんと一緒になって次々と百合子に似合いそうな服を持ってくる。
 それこそ、服どころか靴まで持ってきて何度も着ては脱ぎ、また別のものを着ては脱ぎとすっかり百合子は着せ替え人形状態であった。
「うーん、可愛いんだけど……」
「いっそ、ほら、こんな感じにしたほうが華奢な感じが出ていいんじゃないですか?」
「あぁ、いいね」
 最初は百合子自身も楽しんでいたのだが、もう何度目になるか判らなくなる頃には、もうぐったりだった。
 結局、鞍馬のみたててくれた春らしいパステルカラーのワンピースを購入することになった。
 しかも、今の時期ならこのワンピースには今年流行の丈の短めなジャケットがお勧めですよなどと店員に協力にプッシュされて、その上に着るジャケットまで合わせて購入となった。

■■■■■

「やっぱり女の買い物ってのは大変だな」
 後半はすっかり自分の方がノリノリで着せ替えをさせておいて、鞍馬はそう言いながら着替え疲れと人混みで少し気分の悪くなり人並みから外れたベンチで座る百合子に冷たい飲み物を渡した。
「でも、まぁ、似合ってるけど」
 靴以外はすっかり着替えた百合子を見て鞍馬は目を細める。
「ありがとう」
 その視線が照れくさくて、百合子は視線を逸らしながらもそう小さく呟くように告げた。
「どういたしまして。それより――家に帰ったらちゃんとキッチン片付けような、百合」
 すっかり忘れかけていたキッチンの惨状が頭に浮かび、百合子は一瞬黙り込む。
 互いが『誰かの影』と相手に重ねながらも、こうして過ごす穏やかな時間、穏やかな日常がずっと続けば良いと心の中で願う。
 幸せになりますように。
 ただ、相手の幸せを願う祈りは、何かの代わりなどではなく確かに目の前に居る相手への願いだ。
 妹分、兄代わり――いつまでもずっとそんな風に一緒に暮らしていけるはずのない事がわかっているからこそ、この穏やかな時の流れがより一層愛おしいのだろうか。

「……鞍馬君も手伝ってくれる?」
という百合子の問いに答えるように、鞍馬は百合子の頭を撫でた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月01日

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