▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『暗色の未来 桜色の希望』 』
海原・みあお1415

 その言葉は、仮にこんな風に定義されると、辞書にありました。

『社会』
 1:人間の共同生活を表す総称。広い人間の集団としての営み。組織。
 2:人々が生活している現実の世の中。世間。
 3:一つの共通項によって括られ、他から区別される人々の集まり。仲間意識をもって、自らを他と区別する人々の集まり

 春の青空眩しい土曜日。
 川沿いの並木道には桜が満開に咲き誇り、街路樹も緑に染まっていました。
 花々が花壇の中あるいは路地で咲き乱れ、空では小鳥達が嬉しそうに歌っています。
 翼を持つものなら吸い込まれそうな深い青。風も無く、室内で過ごす何倍も外で気持いいはず。
 思いながら「私」はドアの前に立ちました。
 都立地区図書館とガラスに見えますがのんびり読む間も無くドアは左右に開いてくれました。
 自動ドアを抜け、空調の聞いた薄明るい室内に入った時。
「こんにちわ。お久しぶりですね」
 声をかけてくれた受付の女性に一礼して、私は二階に上がりました。
 図書館の中は海の水底に似ている、と言ったのは誰だったでしょうか?
 それに例えるならば明るい本を抱え、浅瀬で泳ぐ子供達。のんびりゆったりと本を捲る老女。仕事かそれとも勉強か、本を探す青年などがいる一階は比較的浅くて誰にも楽しめる海水浴場。
 だが、ここは違う。深い深い知識の水面。
「‥‥ふふ。感傷に浸っている時間がもったいないですわね」
 手近な机にノートと筆記用具を置き、資料を探し始めます。
 せっかくの貴重な休日を、私に与えてくれた『彼女』の為にも何か、答えを見つけたいと心から思いました。

「ふう‥‥」
 パタンと本を閉じるのと同時、ため息が口からこぼれ出ました。
 机の上には重なった何冊もの本。そして、新聞、雑誌、週刊誌。
 片っ端から手を取り、読み始めたはいいですが‥‥、あまりの数の多さに頭痛さえしそう。
「これだけ、沢山の本があるということは、それだけ多くの人が気にしている、ということなのでしょうけど‥‥」
 心理学系全般、社会風刺。論説風のものもあれば、問題提起の本もあります。
 私が調べていたのは全て現代社会を取り扱ったもの。
 そう、私は知りたかったのです。今の社会のしくみとその有り方を。
 社会は今、闇に包まれています。
 横にある新聞にはセンセーショナルな話題となった殺人事件の悲しい結末が報じられていました。
 見出しには『現代社会が生み出した心の闇を露呈するような事件』とあって、向こうの週刊誌のトップは外国のテロ事件の続報。
 同じ国なのに、いや同じ国に住むからこそ人種差別、偏見、宗教対立などテロの温床は絶えることなく、テロも消えることは無いと調べれば調べるほど私は思い知らされます。
 まだ、日本はそのようなテロが殆ど無い分平和と言えるのかもしれませんが、一日たりとも新聞から、テレビからこんな悲しい事件の報道が、残された人々の涙が流れない日は無いことを考えるとこの国が平和でございなどととても言えない気がするのです。
「‥‥引きこもり、ニート。何もしないで生きていくことが許される分、間違いなく恵まれていると言えるのでしょうけど‥‥、その恵まれた中なのに自ら命を断つ人もいる‥‥」
 そんな社会が正しいのだろうか。頭の隅を疑問と不安が過ぎりました。
 そう、不安。
 この思いは単純に『社会への不安』なのだと、実は私には最初から解っていました。
 きっかけは、鬱に悩む『姉』を見てのこと。
 学校に通い、生活する彼女は誰が見ても社会に属する普通の学生に見えるでしょう。
 だが彼女も、『私達』も厳密に社会の定義を当てはめれば『人間』のカテゴリーには属せない孤立した存在。
 社会に属しながら、自分がその一員ではないと思う不安。自らの将来への疑問。
 それらが彼女の心を蝕んでいるのが『わたしたち』には解ってしまうのです。
 勿論、理由は他にも沢山あるのでしょうからから『私』などが簡単に分析できることでも、答えを出してあげられることでありません。
 ですが、それでも、少しでも何か答えが出せたら、そう思ってこんなところに来てみたわけでした。
 まあ結果としては目と頭が痛くなっただけでしたけど。
「とりあえず、本などを見ていてもこれ以上答えは出ませんね」
 それだけは解ったので閲覧した本を書架に戻すことにしました。
 新聞をラックに戻し、本をそれぞれの棚に返す途中
「あっ‥‥」
 ふと、重ねられていた本が一つ落ちました。
「よかった。大丈夫、壊れている様子も無いみたいです」
 ぱらぱらと中身を確認し、閉じようとした時その文字がふと目に付きました。
『この地球上の基本原則は弱肉強食であり、生き物は全て強い者が支配し、弱い者は喰われ淘汰される運命を持っている。無論人間もその例外ではない』
『現実として、その理論は否定できないが、人間を獣と同一視するべきではない。人間はある種の理性を持って弱肉強食の基本原則を破り、弱者さえも受け入れることでここまで発展してきたのだ』
 それは、おそらく討論形式の論説の一つだったのでしょう。新聞が特集した討論会のレポートだったのかもしれません。
「人間は獣ではない‥‥ですか‥‥」
 そのとおりだと『私』は思います。
 人間が本当に獣の如き弱肉強食の世界で生きていたのであれば、現在社会はもう少しシンプルで解りやすいものになっているでしょう。
 姉もそれほど悩まないですんだに違いありません。
 ですが人間はより「人間」らしく、何処までも「人間」に過ぎない。
 福祉や助け合い、そんなことを口にしながらもその影では自分のことを考え、己が保身を優先する。
 もっと自分のことだけを徹底して追及すれば獣になり、もっと他者のことだけを考えて生きれば神になるのかもしれない。
 だが、獣にもなりきれず、神にもなれない。そう、人間はあくまでその間。『人間』でしかないのです。
「ただ、その人間の「社会」では、いい意味での『人間』は弱く、悪い意味での『人間』は強い。弱肉強食の原則適応は確かにあるのでしょうね。そうでなければこれほどまでに闇が広がるはずはありませんから‥‥」
 本を片付けながらの小さな呟き。答えの出ない思いを私は吐き出していました。

 深い海を抜けて外に出ると、眩しい光が目を突き刺します。
 思わず瞬きした『私』はそこで、光よりも眩しいものを見ることになりました。
「‥‥あっ」
 それは、春のありふれた風景。
 満開の桜の下で、桜色の頬で走り回る少女の姿。
 落ちてくる花びらを地面に落ちる前に手で掬い上げ、自慢そうに母に見せに行くそんな光景でした。
 特にその少女が美人だった訳ではありません。目を引く外見をしていた訳でもないのです。
 ただ、そばで見守る母親の笑顔。そして、桜よりも美しい笑顔で咲く少女の満開の笑みに、魅入られたように足が動かなかっただけ。
「あっ!」
 何かに気が付いたように声を上げると、少女はこちらに向けて走って来ました。
「えっ?」
 瞬きする『私』に向けてはい、と桜色の手が差し出されたのです。
 背伸びして自分の目の前に開かれた手の平をじっと見つめました。
 そこには同じ色の花が一輪乗せられていたのです。
「えっ? あの? なに?」
「綺麗なお姉ちゃん。はい、あげる!」
 戸惑う自分の手の中に花を落として、少女はまた桜並木に走って行きました。
 少女の母親が苦笑に近い顔で会釈してきます。
 舞う花びらの中また、笑顔で踊る少女。
 それを見て、少女の行動と、母親、そして自分の心の中に
「‥‥ああ、そうなのですね‥‥」
 小さな答えを得たような気がしました。
 人間はどこまでも人間に過ぎず、獣にも神にもなれない。
 そして、この小さな手のひらの上のように儚く、すぐに散ってしまう存在。
 吹き飛ばされれば、簡単に散り、握りつぶされればそれこそ簡単に消滅してしまう。
 だからこそ、木々にしがみ付き、他者を押しのけても、木から栄養を独り占めしても生き続けようとあがくのでしょう。
 ですが、同時に花は一人では力が弱いことも知っている。
 一人では目を惹かず、実を付ける可能性も低くなる。だからこそ身を寄せ合わせて咲き、力を合わせて生きるです。
『社会』というものは、桜の咲く木のようなもの。
 同じ社会に有るということは、共に生き、共に咲くことで実を付け、希望を未来に繋ぐ仲間同士なのだと私は思ったのです。
 今、社会という木は確かに弱ってきています。一部の花だけが木の栄養を吸い取っているのが原因でしょう。
 このままではいつか実をつけるどころか咲く花たちを道連れに朽ちて倒れかねない気がするのは変わりません。
 だが、ふと思い出したのです。
 あの少女の笑顔で。
 あれだけの本があるということは、それを憂うる人間が多くいること、そしてなんとかしようとする人間が多くいるということ。
 暗い面は容易に目がいくので忘れがちですが、未来に向けてなんとかしようとする人間がいる限り、木と共に花が咲く限り希望はまだあるのでは無いでしょうか?
 花と微笑む少女、それに微笑んでいるのは母親だけではありませんでした。
 気が付けば通りを歩く身も知らぬ人々でさえ、笑顔を向けていたのです。
 幼い少女に未来への希望を見る。頬身を忘れない者は社会を生きる者全てに存在する。
 そして‥‥
「私も、その一人」
 あの子は花をくれました。
 自分はこの社会に属せない存在だと思っていたが、同じだと彼女は言ってくれたのです。
 自らを柵で区切らない限り、社会は広がっていくのかもしれません。
 例えば『みあお』という世界から学校や、地域、それぞれのテリトリーへと。
 これは、普遍の考えではない。一瞬浮かんだだけに過ぎない、取るに足りない『答え』かもしれないけれど。
 本の中だけでは見つからない何かを
「見つけたような、気がしますわ‥‥」
 潰さないように気をつけながら『私』は静かに手の中の花を握り締めていたのです‥‥。
 小さな答えと一緒に。


「難しいことは良くわかんない」
 胸に手を当てながら「みあお」は閉じていた目を開けた。
「でも、このお花はとっても綺麗。うん、お姉ちゃん達を誘ってお花見に行こう!」
 まだ、完全に桜は散っていないはずだもんね。
 その言葉に心の中の「みあお」達が頷いたような気がして「みあお」はニッコリと嬉しそうに笑みを咲かせる。
 小さな桜の花をコップに浮かべて部屋を出る。
「おねえちゃ〜〜ん!」
 元気な声が開け放たれた窓の外。まだ、青い空に響いていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
夢村まどか クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年04月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.