▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『At own pace ―after the "main chapter/chest"― 』
黒崎・狼1614)&神谷・虎太郎(1511)



「ただいまー」
 のんびりとそう言って店の中に足を踏み入れる。
 この古い物の独特の匂い……いつもと変わらないものだ。
 神谷虎太郎は「ん?」と眉をひそめた。
 店の奥から、いつもなら「おかえりー」と返してくる少年の声がしない。
(またこの間みたいに風邪でも引いてへばってるんですかねぇ)
 そう思いつつ彼は店を通って部屋へと進む。
 テレビの音が聞こえた。誰かが観ているか、もしくはつけっ放しか。
 居間を覗くとそこに居候の姿がある。なんだ居るではないか、と虎太郎は思った。
「お帰りくらい言ってくれてもバチは当たらないですよ?」
 そう言って荷物を降ろす。ふと、居間に座ってテレビを観ている彼の様子が妙だということに気づいた。
(いくらなんでも変ですよねぇ……子供向けのアニメ観てる時点で……)
 もしかして、自分が何を観ているか気づいていないのではないだろうか?
 テレビの画面では二頭身くらいの野菜たちが冒険を繰り広げている。16歳の少年が観ている番組としては……ちょっと変だ。
(また何かあったんですかね……。どうせお友達ともめたんでしょうけど)
 居候・黒崎狼はとにかく根がお節介なのだ。その上、素直じゃないところがある。
 テレビから視線を外さない狼は、小さく口を開く。
「……あのさ、俺って…………馬鹿?」
「おや。今さら気づいたんですか?」
 苦笑して言うと、狼はこちらを振り向いた。彼の色違いの瞳が虎太郎を睨む。
 睨まれても虎太郎はそれに対し、笑顔を返す。
 狼はさらにムッとしたような顔をして視線をそらした。
(なんか本当に野良の子猫みたいですよねぇ……。まあ、子猫というにはいささか大きいですけど)
 そんなことを思いつつ、虎太郎は狼に尋ねる。
「どうしたんです? お友達と喧嘩でもしましたか?」
「そういうんじゃ……ねえけど……」
 言葉を濁す狼。
 素直ではない彼は、けれど結局、誰かにいつも答えを求めているのだ。
 誰かに甘えたい。自分を認めて欲しい。
 苦しい時は……誰かに自分を理解して欲しい。
「友達かどうかだって怪しいし……」
「……どういう人なんですか、その人は」
「ど、どういう? えっと……美形なんだけど、変なんだよな。いっつも笑顔でさ、嫌味ばっかり言うんだ」
「ほうほう。それはいい感じの子じゃないですか」
「どこが! あいつは人の傷口に塩をすり込むようなヤツだっ」
 怒りに眉を吊り上げる狼は思い返しているのか、テーブルを強く叩く。
 虎太郎は無言で狼を見つめ、怪訝そうにした。
「じゃあお友達ではないんですか?」
「え……。あ、いや、俺は……友達だって思ってるんだけど……」
 視線をさ迷わせる狼は急にしょんぼりと肩を落とした。なんというわかりやすい少年だろう。
「あちらはそうは思ってなかった、ということですかね」
「……たぶん、そうなんじゃないか……?」
 自信がなさそうに小さく言う狼を見下ろし、虎太郎は壁に背中をあずける。
 互いにあまり干渉しないことが暗黙の了解。だが今は。
(この子もまだ16歳ですしねぇ。多感なお年頃は大変ですし)
 少しくらい話を聞こう。
「お友達はそうはっきりと言ったんですか?」
「え……? いや……。ただ俺は、あいつの助けになりたいって……言ったんだ」
「いいことじゃないですか。味方がいるのは」
「でもあいつ…………」
 落ち込む狼に、虎太郎は呆れたような表情を浮かべた。
 どうせこの少年のことだ。余計なことでも言ったのだろう。
「怒らせたんですか? もしかして」
「……そうなのかもしれない」
「なんて言ったんですか? 失言を分析してあげましょう」
 偉そうな言い方と態度に狼はムカッと腹を立てるが、今はここに二人きり。
 珍しく自分の話しを聞いてくれている家主の心遣いに感謝するべきだ。
「……本当に助けが必要な時は俺を呼べ、って俺が言った」
「で?」
「確実に助けられるから言ってるのか、って言われた」
「…………辛辣な子ですね、お友達は」
 それでは狼が凹んでいるのも当然だろう。繊細な狼ではその相手に太刀打ちできない。
 虎太郎は腕組みし、嘆息した。
「それは明らかに君の言い方が悪いですよ」
「どこが?」
 小さく首を傾げる狼。
 こういう時、狼はまだ子供なのだと虎太郎は再確認する。経験不足ゆえの、失敗だ。
「君は自分の力量もわからずにそんなこと言ったんでしょう?」
「じっ、自分のことくらいわかるさ!」
「で、実際の話、君はお友達を確実に助けられるんですか?」
「そ、それは……その時の状況次第だけど……」
「君は気安く言い過ぎなんですよ。できもしないのにできる、と言っているのと同じことです」
「そんなこと!」
「じゃあ……例えばその子が不治の病だとしますね。その子の『本当に助けが必要な時』って、いつだと思います?」
 狼が目を見開いた。
 こんな例を挙げるのは酷だと思うが仕方ない。
「……それ、は……」
「君は助けられますか?」
「………………」
「死ぬ時ですかね。それとも痛みに耐える時? ほら、君は何もできないでしょう?」
「なんて例を挙げるんだ!」
 悲痛な表情で怒鳴る狼。虎太郎はふ、と息を吐き出す。
「一番早く理解できる例だと思っただけですよ」
 虎太郎の冷たい言葉に狼は視線を伏せた。
 虎太郎の言う通りだ。自分は後先を考えずに言ってしまう。
 自分に置き換えれば簡単なことじゃないか。
(俺の居場所……。家族とか、家のこととかを……誰かに助けてくれって言っても、どうにもできない……)
 なんて……なんて浅はかな自分。
「それだけですか? 失言は。まさかこれだけで落ち込んでたわけじゃないでしょう?」
「…………」
「ほらほら。ついでだから言っておいたほうがいいですよ?」
 なんだか乗せられているような気がする狼である。
「……そいつのこと『嫌いじゃない』って言ったんだよ、俺」
「はあ」
 狼の脳裏に、あの時の光景が蘇る。
 彼のあの言葉。あの瞬間の胸の痛み。
 思い出すだけで狼は心臓に杭でも打ち込まれたような、激痛を感じる。
 誰も嫌いになれないくせに。
 そう、彼は言った。狼に向けて。
 どうして彼は自分を見抜いてしまうのだろう? 自分は彼のことはなに一つわからないというのに。
「………………もういい」
 口に出す勇気がなくて、狼は虎太郎に言うのをやめる。
 虎太郎は大仰に肩をすくめてみせた。
「……君の悪いところはアレですね。『他人に自分と同一の感情を求めるところ』ですかね」
「ほんっとおまえって、サクッと俺を切ってくれるよな!」
 なんだか泣きそうになりつつ言う狼である。
「だってそうじゃないですか」
「だからそんなハッキリ言うなって!」
「でも、そういう君だからこそ他人の痛みを自分の痛みとして感じることができる……。そう私は思いますよ?」
 笑顔で言うと、狼は胡散臭そうにこちらを見てきた。
「不器用でも馬鹿でも無神経でも……君の『嫌いじゃない』は『好き』の同意語でしょうに……」
「おまえ慰めてんのか? それともバカにしてんのか!?」
「まあまあ。人間なんて元々我侭な生き物なんですから、好きなようにすればいいんですよ」
 虎太郎の言葉に狼はぴた、と動きを止める。
「で、でも相手がそれを嫌がったらどうするんだ……? 迷惑だって思うヤツもいるだろ?」
「何もせずに後悔するより、やってから後悔するほうが随分と健康的だと思いますけど。君の場合は特に」
「…………」
 微笑む虎太郎を見つめ、狼はゆっくりと反芻する。
 なにもせずに後悔することはとても辛い。
「嫌がられたら謝ればいいんですよ。迷惑だって言われたら反省すればいい。違いますか?」
「でも俺……」
「君が素直に謝るとは考えにくいですけどね。でも」
 虎太郎は狼に近づいてぽん、と彼の頭に手を置く。
 その手の重みに狼は戸惑う色を浮かべた。喜んでいいのか、安心していいのか……どうすればいいのかわからない。
「君はまだ16歳の子供なんですよ? 失敗するのは当然のことなんです。歳をとれば否応なく理解できていくこともありますしね」
「そういうもんか……?」
「そういうことです。頭で理解できたって、経験してなきゃわからないことも多いんですから。
 私だってまだまだ若輩者ですから、あまり偉そうなことは言えませんけど」
「……おまえ、27のくせに」
「失敬な。君みたいな十代の若者から見れば十分オッサンでも、27ってのは意外とまだまだ子供なんですからね」
「そうなのかあ?」
「歳をとればとるほど、自分の未熟な部分が見えてくるものです」
 本当かよ、という目で見てくる狼は……ふ、と笑った。
「つまりだ。あんまり考えすぎるなってことか?」
「そうとも言いますね」
「……でも、そうだよな。やらないで後悔するより、やってからのほうがいい……」
 小さくそう呟いて狼は笑顔になる。どうやら少しは元気になったようだ。
 狼は照れ臭そうにしつつ顔をそらした。
「あ、ありがとな! その、話、聞いてくれて!」
「いいんですよ。アニメをぼんやり観てる君のほうが、気味が悪いですから」
 虎太郎の言葉に狼は顔をテレビに向ける。
 テレビではまだアニメが放送中だ。どうやらトマトが捕まり、ナスビとキュウリが救出に向かっているらしい。
「…………」
 今さら自分が何を観ていたのか理解したようで、狼の顔がみるみる赤く染まっていく。
 その様子に虎太郎は感心したような気持ちでいた。
(本当にわかりやすい態度ですねぇ)
 耳まで赤くなった狼はすぐさまチャンネルを変える。
「たまたまだ! テレビつけたらこれだっただけで……っ」
「いいんですよ。言い訳しなくても」
 くすくす笑う虎太郎に狼は顔を引きつらせた。彼は慌ててテレビを指差す。
「こ、こっちを観るつもりで……っ」
 違うチャンネルではチャイナドレス姿のアイドルが紅茶の宣伝をしているCMが流れていた。
「……ああ、人気ですよねこのアイドル。可愛いですし、胸も大きいですし……」
「えっ!? あ、いや、そういうんじゃなくて!」
 どうすればいいのかオロオロする狼はとうとうテレビのスイッチを切る。そして立ち上がった。
「もういい!」
 大きな足音を立てて自分の部屋に戻って行く彼を見送り、虎太郎は「ぷっ」と小さく吹き出したのである。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年04月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.