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『chains of love 』
アドニス・キャロル4480)&モーリス・ラジアル(2318)

 瞳の奥に、感情を探り合う。
 冬の月の凍てついた光は、互いの温もりを確かにする為に破れ窓から惜しみなく降り注いで、両者の影―片方は月光に馴染んでしまって僅かに薄い―を古びた床板に縫い止めていた。
 手を伸ばせば触れる、抱き締められる……その距離で眼差しのみを交わし、互いの出方を探る心地よい緊張感に、アドニス・キャロルは微笑みの形に口の端を引き上げた。
 その微笑みに引き寄せられるようにモーリス・ラジアルの手が上がり、アドニスの胸に指先が触れる。
 トン、と指先が軽く音を立てるのは、アドニスの胸に提げられたロザリオだ。
 シャツの下でまるで阻むかのように、固い感触を伝えるそれをモーリスは指先だけで鎖を探り、引き出した。
 その行動を訝しむ間は与えられずに軽く引き寄せられる十字……自然、距離を更に詰めるアドニスを上目遣いに視界に捉えたまま、モーリスはその人が腕を広げた形の、胸の位置に口付けた。
 神父に尽くす礼のような仕草に、遊び心を解したアドニスが笑みを深めて手を伸ばした。
 今度はモーリスが、項に回した腕に引き寄せられる。
 肌が触れ合う距離に、床に落ちかかる影が重なり合い、一つとなり。交わる眼差しの銀と緑が自然と閉じられて吐息が甘く重なり……かけたその時。
『ハックション!』
と大音声が、静けさを破った。
「……モーリス?」
自分ではない、と言外に告げて恋しい人の名を呼んだアドニスを片手で制し、モーリスは『ハックション!』と、もう一度破裂したくしゃみの元を、背広の内ポケットから取り出す。
『ハックション!』
しつこくくしゃみの音を発する携帯の着信音に、アドニスは完全に虚を突かれた。
「少し失礼致します。ハイ……はい、そうです。えぇ」
形ばかりアドニスに謝罪を表し、ピッと軽い音を立てて回線を繋いだモーリスはさり気なく立ち上がると携帯と会話しながら窓際に移動する。
「今すぐ必要なのですか? ……了解しました。私が行くまで手を触れないで下さい、絶・対・に!」
言い含めるにしては強い語調で会話を終わらせたモーリスはアドニスを一顧だにする事なく、その姿がまさしく瞬く間もなく視界から一瞬にして消え去るに、声をかける間すら与えられなかったアドニスは一人その場に取り残された。
 寸前まで腕の中に得ていた確かなぬくもりと眼差しが、不意に冷たい空気に取って替わられ、今更ながら感じる寒さに思わず身を震わせる。
 急な仕事が入ったのだとは、モーリスの応対からも察せられる、が。
「放って行くか……普通」
この状況で、一言の説明もなく。
 残像すらも残さずに消えた恋人に多少、恨めしさを覚えても仕方あるまい。
 アドニスが仮の宿りとしている廃村の教会は一応地理的に都心に近いが、やはり車等の移動を必須とする。
 自分に会いに来る時は時間をかけて車で来る癖に、主人の呼び出しには空間を転移してまで駆け付ける……モーリスの天秤の片方にすら、自分が乗る余地はないらしい、と淡い期待を抱く事も許さずに示された行動に溜息を吐いて、アドニスは祭壇に腰掛けた。
 腿の上に膝をついて頬を支え、自然と丸まる背に視線は所在なく床板の目を眺める。
 モーリスの美しい雇い主に対しては、不思議と悪感情は覚えないものの、そうとすれば胸の内に蟠る不満、この遣り所のないの感情はモーリスを捉える状況として、ひっくるめて仕事に向けるべきなのかと悩む。
 しかし、契約に縛られる身には仕事こそが優先順位の上位を占めるのであって、それを自分と過ごす時間の為に蔑ろにしろとは、とてもではないが言い出せない。
 あみだくじよろしく、板目の流れを角で追っていたアドニスは、ふと頬にあたる固い感触に顎を支える手を離して己が薬指を見た。
 根本に嵌る白銀の輪は、シンプルなリング……モーリス自身に贈られた物だ。
 まるでアドニスの髪と瞳に合わせたかのように、嫌味なくしっくりと姿に馴染むリングは装飾と言えるのは輪に刻まれるラインのみだが、その内側、見えない位置に一粒だけ配されたエメラルドの存在を知るのはモーリスと、肌身離さずに身に着けているアドニスだけだろう。
 アドニスはリングを嵌めた手を開閉してふと背を伸ばした。
 ……少なくとも嫌われては居ない筈、と少し許り後ろ向きな自信を得て、置いて行かれるのが嫌ならば、モーリスの仕事自体を手伝うのはどうだろう、と妙案が浮かぶ。
 各種アルバイトを経験するにそれほど使えなくはないという自負とてある。何も仕事と張り合わなくても、その仕事の一環を担ってしまえば、もっと彼と共に過ごす時間も増えよう、と手を打ちたい思いに駆られるが、アドニスはすぐに己の思考を打ち消した。
 月に左右される体質を抱えたままでは、却ってモーリスの負担になりかねない。
 そもそも、人気のない場所を起居に定めたのも、新月の己を抑えきれなかった時の用心の為だ。
 アドニスは空を仰ぎ、高い窓から一つ二つ、輝きを見せる星を望んで眉を開いた。
 ならばせめて、応援するだけでも違うのではないか。
 前向きな心情は(満月期の)彼にしては快挙とも言える思考で、これこそが名案だとアドニスは軽い動作で祭壇から飛び降りた。
 元より、モーリスの仕事に対して不満があるのではない。彼が重きを置く仕事を理解してこそ、意味のある存在になれるのではないか、ほんの少し中に入るだけなら邪険にもされまい、と戸口に向かいかけて踏み出した歩みを二歩で止める。
「……ダメだ」
己の思考を否定して、アドニスは参列者の為に並ぶ長椅子の固い座面に腰を下ろした。
 モーリスが、深く自分の業務を自分に語ってくれた事はない……愚痴などをアドニスに零したコトすらなく、来訪の間が空いた時に「忙しかったんですよ」と僅かにぼやいて見せる程度。
 彼が話さぬ事柄に、自分が踏み込むわけには行かない。
 結局自分がどうにか動こうと思い悩んでみても元の鞘、現状に納まるより他ないのだと、感情の高低に疲れたアドニスは椅子に長々と寝そべった。
 何の事はない、本人は拗ねてしまっただけなのだが、そうと自覚するには年を経すぎたアドニスは不満ばかりを抱えて目を閉じ、眠りの内に逃げを打とうと……するも、モーリスが戻って来ないとも限らないと再び起きあがって祭壇に足を向け、元の場所に腰を落としてゆるゆると首を振った。
 待つ間は、せめて思考すまいと。
 床板の目を追うに専心しようとしたアドニスの視界に、靴先が現われて彼は目線を上げた。
「お待たせしてしまいましたね、すいません」
消えたと同じく唐突に現われたモーリスの姿に、アドニスは何度か瞬きを繰り返した後、物憂く視線を下げる。
「……おかえり」
かろうじて、不快を感じさせない声音でモーリスを迎えるが、その後の言葉が続かない。
 モーリスは先から位置をあまり変えていない……右端から欠け始めている月と、祭壇の影に座り込むアドニスとを見比べて、軽く眉を上げた。
 そしてアドニスの前まで来ると、床の上に躊躇なく膝を折って跪く。
「腕時計の事を言われてしまいました」
許しを請うように視線を低く保ち、目を合わせないわけに行かないアドニスの視界に入るよう、時計を嵌めた左の腕を掲げてみせた。
 文字盤を保護する為に懐中時計の如く取り付けられた蓋を、カチリ、と音を立てて開くと、上弦の月の形をした透かし模様から覗く時計の機工、その内側に月光を含んで宿る、ブルームーンストーンの姿を見る。
「なんだか、見透かされたみたいで、少し照れました」
微笑むモーリスに、いつものように感情をはぐらかすような気配はなく、アドニスは照れると言いながらも嬉しげに腕時計を、そして自分に向けられる眼差しに僅か身を乗り出した。
「俺は、モーリスの仕事を理解出来てないし、手伝うと言っても邪魔になるだけだろうと思っている。だが、それは全部を否定する訳ではなくて、出来る事ならばもっと近くに居たいと。イヤ、物理的な意味ではなく精神的な意味で、支えになれたらなんておこがましいが……静かに見守っているから」
不在の間の思考がとりとめのない言葉として迸り、支離滅裂としか言い様のない意見というか主張を懸命に形にしようとするアドニスに、モーリスは笑みを深めた。
「ありがとう、キャロル」
いつもの敬語ではなく、心の底から溢れる想いを短い言葉に込めて呼びかけられた名、次いでモーリスの唇が軽く……口の端に触れる柔らかな感触が、それだけでアドニスを落ち着かせる。
「今日はこれからどうします?」
立てたアドニスの膝に腕を置いて、至近で問うモーリスの背に改めて腕を回そうとして、直した機嫌をアドニスは僅かに曇らせた。
「また……仕事が入るのでは」
興醒めするくしゃみに中断されたくはない、という最もな懸念にモーリスは携帯電話を取り出すと、彼の目の前で電源を落とした。
「朝までにくだらない用事で呼付けたら、邸内に暴れ馬を放ってやります、と言い置いて来ました」
邪魔が入ったと感じていたのは、どうやらアドニスだけではないらしい。
「人の恋路を邪魔するヤツは……と、言うでしょう?」
穏やかな笑みとは裏腹に、エメラルドの瞳に本気を宿してモーリスは片手で己が金髪を纏める髪留めを引き抜き、月光の煌めきを一筋毎に宿して広げた。
「キャロル」
一転、向けられる眼差しが、名を呼ぶ声が、誘う甘さを含む。
 それに抗う事はせず、甘く、深く重なる吐息に二つの影は漸く一つに重なった。
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東京怪談
2006年04月17日

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