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『■幸せのキューピッド■ 』
シオン・レ・ハイ3356

 それは、ホワイトデーの当日、朝のことだった。
 草間興信所の主、草間武彦あてに、武彦より少し大きいくらいの高さの縦長の宅配便が届いた。差し出し主は、字が汚くて読めない……が、どこかで見たことがあるような気がする。
「なあ零、これなんだと思う?」
 とりあえず、開ける前に妹に聞いてみる。
 朝食の後片付けをしていた零は、水道の水を止め、じっと縦長の箱を見つめた。
「今日はホワイトデー……クッキーとかの食べ物、にしては大きいですよね」
 その時、ゴトッと縦長の箱の中から音がして、二人は同時にビクッとした。
「な、なんだ、今の音は」
「ま、まさか生き物、なのでは」
 ───生き物?
 ゴトゴト、と音は鳴り続ける。
 武彦が恐る恐る箱を開けると、勢いよく、真っ白なスーツを着た黒い長髪に桃色の瞳に白い肌の、見目麗しい青年が飛び出してきた。
「ああ、きつかった! ここが私の仕事場ですね」
 唖然とする武彦と零をよそに、青年はきょろきょろと楽しそうに興信所内を見渡す。
 そして武彦達に気付き、丁寧に会釈をした。
「初めまして、ご主人様。私はキューピッド・タイプAAA(ノーネーム)、シグナルと申します」
 ご主人様?
 完全に茫然自失している武彦に、彼───シグナルは説明した。
「私の惑星から、こちらに試験的にホワイトデー企画として『幸せのキューピッド』、つまり私のような生き物が生産され投入されまして、もし日没までに私の手によって誰かを幸せに出来れば、私は晴れて人間になることが出来ます。また、私の惑星でも試験が成功したということで、今後輸入もあり得るでしょう。お願いします、是非私にご協力を!」
 笑顔ですがり付いてくる青年シグナルは武彦の腐れ縁の誰かを思わせたが、シグナルの瞳は純真無垢である。
「しかしどうして俺のところに配達されてきたんだ?」
 疑問をぶつける武彦の背後から、いつものごとくにょきっと、彼の生涯の宿敵である生野英治郎(しょうの えいじろう)が顔を出したのはその時である。───やっぱり出たか。そんな感じで草間兄妹は彼を見る。
「それはですね、その惑星の取引先から『キューピッド達』を作るよう、その惑星と電波交流のある妹を通じて私が依頼されたからです。つまり、このシグナルは私の手で作ったもの。素材の一つはクッキーやマシュマロといったところです。だから武彦のところに特別に試験品として送らせたのですよ。徹夜明けだったので差出人はペットのサボテン・ドナルドくんに書いてもらいましたので汚かったでしょうけれどね」
「またお前は俺に災難ふりかける気か!」
「おや、去年のように性転換クッキーのほうが良かったですか?」
 ぐっとつまる、武彦。
「それにこれは、武彦。あなたと愉快な仲間達がいかにして彼を人間にできるか、という地球人のイメージもかかっていますのでね。武彦と愉快な仲間達が適任だと思ったのですよ」
「何が適任だ、どこが適任だ!」
「愉快だからです♪」
 さっぱりわけが分からなかったが、ともかく武彦は、英治郎の言うところの「愉快な仲間達」に、シグナルの希望の眼差しを一身に受けて連絡を取ったのだった。



■白い野原に赤々と■
●愉快な仲間達の反応は●

「みんな、よく集まってくれた」
 武彦は疲れ顔で集まってくれた7人の「愉快な仲間達」を歓迎したあと、すぐさま行動に移った。
 シグナルには悪いが、自分に本当の災難が降りかかる前にどうにかしたい、というのが本音なのも今までの英治郎からの所業を考えると無理もない。
「あ。もしかしてあの苗の? あのコ、ちゃんと育ってたらこんな風に成長したのかしら……」
 シュライン・エマが、いつかアンティークショップ・レンで体験したことを思い出して思わずほろりとこぼすと、シグナルは笑顔を向けてきた。
「あ、覚えててくれましたか? あのキューピッド達の魂も私の中にこめられているんですよ」
「本当ですか?」
 反応してきたのは、それまで「そもそも命を弄ぶようなことを……」と神父らしく、また彼らしく英治郎に言っていた柊夕弥(ひいらぎ ゆうや)だった。
「あの小さな苗から生まれた天使のご兄弟かなにかかと思ってはいましたが、誰かを幸せにすることで人間になることができる、というのでしたら……分かりました、お手伝いします」
 その小さな間に思うこともしばしあったのだが、夕弥は今は割愛した。何事も、やってみなければわからない。
 そんな夕弥の隣にいた桃世和子(ももせ なぎこ)は、「どこか聞いたことがある話だけど……身近に恋人たちもいないのよね……」と呟いていたのだが、シグナルに向き直られ、
「では、貴女の恋では如何ですか?」
 とにこにこ顔で尋ねられ、
「え、私の恋!?」
 と慌てふためき、思わず夕弥の顔を見たが、当の夕弥はいつもの和やかな笑みを浮かべて何も感じ取ってはいないようだった。
 そんな様子にため息をつき、シグナルに何か耳打ちをする和子。
 全部聞いていたシグナルは「分かりました、努力します!」と大きく頷いたので全員の注目を浴びることになった。
「……少し世間知らずでもあるのね、当然といえば当然だけれど」
 耳が良いため和子の耳打ちも聞こえてしまっていたシュラインだが、人のプライベートに自分が首を突っ込むのは出歯亀というものだ。耳から左に流す感じでやり過ごして、そうぽつりと呟いた。
「今度は宇宙からの依頼を引き受けたのか。やるねぇ草間さん、そこのキューピッドさんも写真撮るからこっち向いてくれる?」
 と、最新式一眼レフカメラを構えているのは言わずもがなの羽角悠宇(はすみ ゆう)。
「はい!」
 シグナルが、何か策はないかと零の淹れたお茶を啜っていたシオン・レ・ハイの肩をつかんで一緒にポーズをとる。
「え、私もですか?」
 突然のお誘い(?)に驚きつつも、「はい、チーズ」という悠宇の声にシグナルと共にピースサインを出してしまう人の好いというかノリのよい美中年シオンである。
 シグナルの足にがじがじとかじりついている、初瀬日和(はつせ ひより)の愛犬バドもしっかり写真に写ったが、そこはご愛嬌。
 残る7人目の由良皐月(ゆら さつき)はというと、英治郎へ、もう慣れを通り越して呆れからくる反撃に転じていた。
「さて『愉快な仲間達』には自分も入ってるのよね生野さん。というか作ったなら生みの親なんだからちゃんと人間にする手伝いを率先してしなきゃ。ね?」
「そうしてあげたいところなのですが、残念ながら……作り主の私が手を出すのは禁じられているんです」
 にこにこ顔の英治郎。「で、バレンタインの時の指輪の解毒薬がまだなんですよねぇ……」とわざとらしく逆鱗に触れることを言うのは皐月を気に入ってのことなのか、なんともはやどちらにしろ武彦に対してといい歪んでいる。何かが歪み切っている。
 とりあえずシグナルが作った「意見箱」に一人ずつ紙に書いて匿名で入れていき、それをシグナルが読んで実現するのをシグナルが必要としたときに誰かが助ける、という形をとることにした。

 さて幸せの花を、咲かせることはできるのか。


●風船配り●

「シュライン、一緒に来い!」
 天気も良い、ということでひとりひとりが別の場所───スーパーやコンビニ、空き地や公園といったところに配置し、シグナルが必要とした者のいる場所に足を運ぶことにしていたのだが───何故か、シグナルと共にスーパーの「今日の広告品」の場所にいたシュラインのところにやってきたのは武彦だった。
「まさか」と思ったシュラインの手を、ぐいぐいと武彦は赤い顔をしてスーパーから引っ張り出す。
「シグナルがこんなものを渡してきたんだ、だから……」
 そう武彦が取り出したのは、シュラインの必要事項記入済みの入籍届け。半ば冗談のつもりでシグナルに渡しておいたのだが、まさか本当に武彦に渡すとは。いや、武彦に届けてもらったりしてみようかとか考えていたら思いついたものだったのだが、シグナルにも武彦にも別の意味で冗談が通じなかったようだ。
「あ、それは……その、」
「いいんだな、シュライン。本当に俺で」
 ぐっと肩をつかんで真剣な瞳をする武彦。思わず自分も赤くなるシュライン。
 二人とも既に婚約もしているというのに、実に初々しい。
「ええと、お取り込み中すみませんが、早くして頂かないと一日経ってしまいます……」
 申し訳なさそうに小さな声でシグナルが割り込んでこなかったら、どうなっていたか。
「それに草間さん、自分の足で届けに行くのに、シュラインさんに同行してもらったら意味がないです。私と行きましょう」
「馬鹿、お前と行ったら役所の人間に妙な誤解受けそうじゃないか! それにこういうものは二人で一緒に出すものだ」
「は、はあ……そうなのですか?」
 そのままシグナルに「結婚のなんたるか」を叩き込みそうな勢いだったので、シュラインはストップをかけた。
 そして事情を説明すると、武彦は「なんだ、半分冗談か……」と、少し残念そうに、それでも丁寧に婚姻届をポケットにしまう。
「ええとね、街頭で風船配りして、初デートで妙にギクシャクしてる人達とか、デート中に些細なことで喧嘩しちゃったカップルとかに風船をひとつ手渡して、二人が一緒にその風船の紐を手にするように手を沿わせてあげて、仲直りや場を柔らかくしたりとか……そんなお手伝い、できないかしら?」
「ああ、なかなかいいな。こいつ、見かけは綺麗だし雰囲気もそんなに胡散臭くないし」
 武彦が相槌を打つ。
「幸せのお手伝いしてその方々の笑顔見られると嬉しいわね、シグナルさん」
 そう微笑んでシュラインが頭をなでると、無邪気な笑顔で「はい!」と元気よくこたえるシグナル。
 ということで計画変更(?)、白い山高帽やスーツに小さな付け羽根などをして、浮世離れをわざとさせ。
 それがまた妙に自然にとけこんでいたものだから、早速三人は行動に移った。

 さて、結果は───?


●花と花●

 シュラインの案の後。
 シグナルはにこにこと微笑んでいた。
 確かに英治郎の微笑みにはにているが、はっきり違うのはシグナルのほうが「無邪気で純真無垢」だということ。
 しかしそんなシグナルに見つめられている二人には、そんなことを気にしている余裕はないようだった。
「…………」
「…………」
 きょとんと見上げる日和に、かたや後ろ手に花束を持って赤い顔をしている悠宇。
『カップルが幸せになる手伝い? そりゃ簡単じゃない? 女の子って花とお菓子があればとても喜ぶもんだしさ……あとはキューピットに背中を押してもらいたいような勇気のない人を見つけてくればいい』
 そう意見を出した悠宇だったが、シグナルには心を見通す力もあるのかないのか、はたまた悠宇が分かり易すぎるのか。じっと見つめられた悠宇が、「なんでそこで俺の顔をしげしげ見るかな、お前。よせ!離せ!俺は誰かに後押ししてもらわないとホワイトデーのプレゼントができないほど照れ屋じゃないし、そんなの願い下げだ! そーいうことは二人っきりになってこっそりやりたいんだっての!」と墓穴堀りをしてしまったため、日和(とバド)のいる公園にシグナルに連れてこられた、というわけだ。
「悠宇? ずっと黙って、具合でも悪いの?」
 日和が、のんびりとそう切り出した。
「い、いや……その」
 いつも元気な悠宇のこんな姿を見られるのは、日和の前でだけだろう。厳密に言えば二人っきりではなく愛犬バドもいるしシグナルもいるのだが、完全に二人の世界に入りきっている。
「悠宇、その後ろ手に持ってる花束綺麗ね。もしかしてカップルさんに? 頑張ってね、私にも手伝えることがあったら言ってね?」
 にこやかに言う日和に、悠宇がとうとうたまらなくなって花束を持ったまま日和を抱きしめた。
「ゆ、悠宇……!?」
「この花束は日和に、だ。花束はシグナルと一緒に決めたから……シグナルのノルマには入ってるはずだけど」
 途端に赤くなる、日和。「でもな、」と悠宇は一度身体を離して続ける。真っ赤な顔でも真剣そのものだ。
「……これが俺のホワイトデーの……本当のプレゼントだ」
 あたたかい陽射しのもとで、二つの影が一つに重なる。

 もとがお菓子なのが分かられているのか愛犬バドに足をがしがし噛まれていたシグナルは、それもものともせず二人のキスを見届け、
 一瞬だけ、その身体全体が薔薇色に光ってバドを驚かせた。


●クッキーと神父さん●

 とある想いのために計画をし、シグナルが「チョイスした」のは、シオン。
 シオンはシグナルに言われていた通りに、教会で待機しているはずの夕弥を「シグナルからだ」と呼び出し、興信所の台所で零の許可を得て待っていた。
「こんにちは。私にお手伝いできることがあれば、と来ましたが……興信所で何をすれば宜しいですか?」
「はい、クッキーを作るのでお手伝いしてほしいのです。そのうちの一つは特別な想いを抱えた人へお守り代わりに夕弥さんが、祈りをこめて作ってさしあげてほしい、とのシグナルさんの言葉です」
 あと時間があったら簡単なアクセサリも作れるように、クッキーの材料と一緒に買ってきましたから、とアクセサリの材料も見せる。
「ああ、そういうことでしたら喜んで。お手伝い程度でしたら私にも出来ると思いますし」
 人の好い神父さんの顔が普段以上ににっこり和む。
 こうして、シオンと夕弥とのクッキー&アクセサリー作りが始まった。

 さて、これは誰に繋がるものなのか───?


●悩める恋心●

 誰かを幸せに、というのが条件ならばいっそのこと英治郎と武彦の縁結びをとも本気で考えた皐月だが、シグナルが取り出して彼女に見せた紙に、「これは私が適任っていうこと?」と少々面食らっていた。
 まあそもそも誰も該当者がいなければ「怪奇探偵の知り合いの縁結びのプロ(見習)がいるんだけど」と適当な友人に問い合わせでもしようかとも思っていたのだから、それよりは遥かにマシだ。
「それで、いつもはこの出汁を?」
「うん、そうなの。それで、そのあとにこれとこれをいれて……味見してみて?」
「ん、美味しいわ。確かにこれは気付かなかった。世の中って広いのね」
「ふふ、でしょう?」
 シオン同様、シグナルに「チョイス」されたのは、皐月。自分と同じ、料理が大の得意の和子に新しい調理法を思いもかけず教えてもらって感心しているところだ。
 和子はシグナルに自分の、夕弥への想いを伝えたはずだが、その手伝いになるから話をしていてくれ、と皐月は頼まれたのだ。
「世間話でもどう?」
 と持ちかけたのが、いつの間にか料理をすることになっている。
 いつもは夕弥の教会で朝昼晩と料理を作っているという和子が、とても健気に見えた。
「それじゃ、これに合うような料理をもう一品。今度は私が編み出した調理法のをお礼に教えるわ」
「本当!? 嬉しい!」
 食材を刻み始める皐月と、それに時折質問する和子の姿は、ほのぼのしている。

 さて、行く末は───?


●花が降る●

 時間が経ち、夕食時ということで、皐月の家で作った和子との料理を興信所に運び込み、時間もないということで一同全員再び集まった。
「もうすぐ日没だから、早くしないといけませんね」
 シオンが心配そうに、有り難くマイお箸で皐月特製肉じゃがを頂きながら言う。既にクッキーは皆分、渡して喜ばれていた。クッキーが入った包装のリボン部分から垂れ下がる、こちらもシオン手作りの小さなたれ耳ウサギのキーホルダーがまた可愛らしい。
「シュラインさんのほうはどうだった?」
 何故だか興信所に戻ってきても二人ともいつもより無口な悠宇と日和を脇に見ながら、皐月が尋ねる。
「うん、いい感じだったわ。風船を配り終えたとき、なんだか一瞬シグナルさんの身体が薔薇色に光った気がするの。あれはなんなのかしら」
 言いながら「作り手」の英治郎を見るが、彼は眼鏡を押し上げて肩をすくめて微笑んだだけで、何かを作るのに熱中している。
 一方、種明かしをされた夕弥と和子が、お互い料理には手もつけず、立ちっぱなしで呆然と見詰め合っている。
 一同としては、そちらの行方も気になるところだ。
 実は和子、シグナルにこう耳打ちしていた。
『彼ね、神父様だからきっと一生恋人にもなれないし結婚もしないと思うの。それは仕方が無いし、私も神父様である彼の事が好きだから私は一緒にいられるだけでそれ以上のものを求めるのはきっと贅沢。でもねそれ以前の問題で彼って凄く鈍感で何ていうか……博愛主義に近いから、私が好きだって言ってもそれは全て親愛の好きに取られてしまって恋愛感情とかには発展してないと思うの。だからシグナル君の力で特別な好きがあることに気がついてくれたらなって思って。それくらい願っても神様は罪にしないわよね。ほら、多少は報われたいじゃない?私だって女だもの』
 照れながら笑う和子の「彼」が誰を指すかを、シグナルは見抜いていたのだ。そしてシオンにそれをさり気なく告げ、想いと祈りをこめた特別なクッキーを夕弥に作らせた。皐月もまたシグナルに聞かされていたわけなのだが───。それぞれに色々な意味で人選は良かったかもしれない。
「ええと……これを私が和子さんに渡せばいいんですか?」
 夕弥がやはり気付かないようで、シグナルとシオンとを交互に見る。一方和子のほうは頬を染めてうつむいている。
「ええ、早くしないと時間が、です。ね?」
 しかし全然焦ってもいないような、あたたかな瞳でシグナル。
 ちょうど全員が食べ終わる頃、和子の手に夕弥から、特別クッキーが渡された。
「ありがとう、夕弥さん……」
「いえいえ、これくらいなんでもないです。実るといいですね」
 大事な和子さんなんですから応援しますよ、と夕弥の言葉は和子の胸に、的外れな台詞ではあってもあたたかくしみる。
「これで皆さんの紙は全て、ですね」
 シグナルが確認しながら、言ったとき。

 夕陽が落ち、
     興信所はただただ薔薇色が広がる空間に変化した。

 いつかの大晦日のように、それよりも。
 興信所の天井も壁も家具も消え、ソファだけが残って全員が呆然となる。
「シグナルさん!?」
 いち早く気付いたシュラインが、シグナルの異常に気がついた。
 薔薇色に光ったはずのシグナルの身体を包む光が、弱く点滅している。
「シグナル!」
 悠宇が日和と共に慌てて駆け寄る。
「どうしてでしょう、誰も幸せの……ノルマには達せられなかった、ということですか?」
 涙ぐみながら、シオン。
「私が、和子さんに渡すのが遅かったの……でしょうか」
 ごくりと沈痛な面持ちで、夕弥。
「違うわ、私幸せもらったもの」
 そんな夕弥の手をぎゅっと握る、和子。
「ちょっと生野さん! どうにかならないの!? 何か作ってないで、なんとかしなさいよ、作り手でしょう!?」
 皐月は、何かを作り上げたばかりの英治郎につかみかかり。
「おい、シグナル!?」
 ふらりとよろめいて微笑んだシグナルを武彦が支えようとして、
 手が、空を切った。

 ぱぁっと白い光が広がる。シグナルだった「もの」は光となり、空に消え───間もなくして、ぱらぱらと花が舞い降りてきた。
 この世に幾多もある何百という種類の、花が。
 うそだと泣きそうになるところを。呆然とするところを。胸が痛くなるところを。
 英治郎の声が、軽やかに横切った。

「さあ、皆さんで祈りましょう。それが一番最後の、シグナルの『ノルマ』ですから」

 祈り。
 人間になりたいものが、人間になれるように。
 誰かに祈ってもらうことが、誰かに祈ってもらえるようになることが、シグナルの、もうひとつの「条件」。

「祈るわ、当たり前じゃない」
「私もよ、そのためにシグナルさんに協力したんだもの」
「俺だって……! あいつに幸せもらったからな」
「私も……悠宇、一緒に」
「私も夕弥さんにこんなに嬉しいものもらえたんだから……っ」
「和子さん。祈りましょう。私も……もう二度と、前のような哀しい思いはしたくありませんから」
「私も祈ります、シグナルさんのおかげで可愛いうさぎさんのアクセサリーもクッキーも作ることができました」
 シュライン、皐月、悠宇、日和、和子、夕弥、シオン。
 一斉の祈りが、見えない力が英治郎の持った探知機のようなものに吸い込まれてゆく。ぴかぴかと探知機は光り、祈りは集積され───英治郎が空へ向けると、ゆるやかに白い煙のような階段を作った。
「「「「「「「あ…………」」」」」」」
 天までのびた階段を、誰かが降りてくる。
 きょとんとしたような、シグナルだった。
 一斉にシグナルの名を呼んで全員が迎える。
 人間になった証拠に流すことのできた嬉し涙を、シグナルは何度も床にこぼして。
 英治郎は、ぽつりとにこにこつぶやいた。
「……この花は、あの惑星からの贈り物、でしょうね。今回はいいことをしてしまってなんだか身体に影響が出そうです」

 かくして、一体のロボットは一人の人間になった。



 その後のシグナルは、ぱったりと姿を消した。
 だが、時折───ふと物悲しくなると、街中や家の窓の中から。
 花や風船を配る彼の姿が、不思議と見えるのだという。




《完》
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/16歳/女性/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/16歳/男性/高校生
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/24歳/女性/家事手伝
4067/桃世・和子 (ももせ・なぎこ)/27歳/女性/投資家・HPデザイナー
4033/柊・夕弥 (ひいらぎ・ゆうや)/35歳/男性/カトリック神父(吸血鬼ハンター)
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/42歳/男性/紳士きどりの内職人+高校生?+α

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、まずは前回のノベルに引き続き、遅延してしまったことをお詫びします。事情があったとはいえ、本当に申し訳ありません。
生野氏による草間氏受難シリーズ第22弾は何故だかとってもほのぼのになり、ある意味今までで異色かな?とも思いますが、皆様のプレイングから考えて、こんな物語に行き着きました。
特別無理矢理個別にする部分もないと判断したので、皆様文章を統一してあります。
それでは、コメントを手短に書かせていただきますね。

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 最後のあたり、ノリで「婚姻届」の話を出そうかな、とも思ったのですが、流れ的に次の機会に持ち越すことにしました。今回の受難シリーズは如何でしたでしょうか。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 悠宇さんと「花」で結びついていたため、なんだか愛犬バドくんのほうがプレイングに忠実に動いていた気がしますが、今回の受難シリーズは如何でしたでしょうか。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv いつかいつかと思ってはいましたが、このような感じになりました。今後何かに支障がなければ良いのですが、大丈夫でしたでしょうか、キス……(爆)
■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv もっと生野氏との絡みを考えていたのですが、なんだか今回は比較的ほのぼのと終わりました。さり気なくバレンタインの時の指輪はそのままです(爆)
■桃世・和子様:初のご参加、有り難うございますv 可愛らしい方、という印象がありましたので、こんな感じになりました。夕弥さんに想いが届いたどうかはご想像にお任せしますが、夕弥さんからの手作りのもの、如何でしたでしょうか。
■柊・夕弥様:お久しぶりのご参加、有り難うございますv 前回のキューピッドでのことが心に強く残って頂けていたようでしたので、少し引用してみました。和子さんへ渡す時のお気持ち、是非聞いてみたいです。
■シオン・レ・ハイ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は口も堅いだろうし場を和ませるだろうしプレイングも丁度よいし、ということでこのような形になりました。ウサギさんのアクセサリーは小さくても頑丈なのでどこにでも持って歩けます。今回の受難シリーズは如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」を草間武彦氏、そして皆様にも提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております。祈りが「物体」に「命」を与えるっていいな、と単純に思ってできたもので、今回あまりギャグ的要素は盛り込めませんでしたが、そのぶんほのぼのして頂ければな、と思います。
次回受難シリーズ第23弾ですが、かなり遅くなるかと思われますが「お花見」をやろうかな、と思います。公開は少しお時間を頂くことになると思いますが、ご了承くださいませ。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2006/04/10 Makito Touko
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年04月10日

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