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『あくまのえみ てんしのえみ 』
黒崎・綾斗2048

 黒崎家。資産のある由緒正しい旧家。
 そこに、兄弟が居る。
 兄は親から見放されており、仲が悪い。
 しかし、弟の黒崎・綾斗(くろさき・あやと)は対照的に親と仲がよい。
 黒崎綾斗は物覚えが良く、天才的な感性と知性を持って生まれた。そのため、両親は彼を大事に育てた。其れが歪みをもたらしていることを気づかず。

 ――僕は兄さまのこと愛しているよ
 ――だから……

 春。
 黒崎家は、久々に家族がそろった。祖父の計らいによるモノである。
 先に帰ってきているのは、綾斗であった。
「ただいま! パパ、ママ」
「おかえり、綾斗」
「あやくん。大丈夫だった? 一緒にご飯食べようね」
「うん!」
 ぱっと見では、とても仲の良い親子。
 悪い意味では、甘やかしすぎ。
 其れを感じ取れるのは、此処にいる全員である。
 兄はその場には居ない事にするか、怯える対象であるが、綾斗は出来が良いために持て囃される。神童とかと甘やかされているため彼はかなりゆがんでいるのだ。

 ――今は幸せではない。
 ――そんなことを分かっているんだ。

 食事中に家を立つ兄。怯える両親を見て、
「パパ、あのね」
 と、何事もなかったかのように父親に話しかける。
 それから空気が“和やかに”なった。
「欲しいモノはあるか?」
「あした、お洋服買いに行きましょうね」
「うん、僕これが欲しい」
「何でも買ってあげるよ。綾斗は賢いからな」
 と、父親は綾斗の頭を撫でる。
 母親は、ご機嫌に笑う。
 綾斗は天使のような、可愛い笑みを見せていた。

 しかし、綾斗にも遠くから見ている祖父からも、幸せとはかけ離れていた。

 本当の幸せって何だろう?
 僕はこういう事かな? とおもうけど?

 
 豪華な部屋にTVゲームで遊んでいる綾斗。ゲームをしながら色々考えていた。
 縁側で兄と祖父を見てから、考えていたのだ。
 可哀想な兄さま。
 僕も実は愛されてないんだ。
 色々買ってもらえるけど。
 甘えられるけど。
 実は違う。
 あれは、嘘だもん。

 自然とコントローラを持つ手の力が強くなる。

 こんな家はいやだ。
 本当の温かみもない。
 僕はこれでも良いけど。
 兄さまは可哀想だ。
 パパもママも、僕たちを本当に愛せない可哀想な人たち。
 負い目を追って僕に接する。
 でもね、便利だし。そんな有利な事なんて無いもんね。

 おじいちゃんに育てられた、兄さま。
 結局人を恨んで、仕返しできない。
 人の良い兄さま。
 大好きな兄さま。
 僕が兄さまを知ってるんだ。
 パパとママが僕と遊んでくれている時、兄さまは隠れて見ていたこと。
 羨ましがっていたこと。
 僕は知っている。
 
 彼の顔に笑みがこぼれる。
 それは、人に見せる笑みではない。
 おそらく誰が見ても寒気がするだろう、という笑みだった。
 

「あやくん、おふろはいろうか?」
 母親がノックして綾斗に訊いた。
「うん、まま!」
 と、寒気がする笑みから一転、可愛い笑みを見せる綾斗だ。


 風呂に入った後、温かいカフェオレを飲みお菓子を食べる。一息ついている綾斗だが、今回の家族の食事でまだ想う。

 この家は、僕のモノ。
 全て僕のモノ。
 でも、此処には兄さまには何もない。
 可哀想な兄さま。
 僕の先より生まれてきたのに何もないなんて。
 可哀想に。

 彼にとってその“可哀想”とは、何であろうか誰も知るよしもない。
 親と談話しても、彼の頭の中では兄を思うことだった。
 目の前にいるのは有象無象、良き道具。
 彼が彼にしたのは、それら。
 歪なる愛情。
 両親も見抜けない、彼の闇。

 
 でもね、兄さまはうらやましい。
 僕にない何かを持っている。
 独りじゃなくなった。
 居候先。
 遊びに行く場所。
 悪友親友、恋人未満。
 僕のモノじゃなくなる。
 大好きなお兄さまは僕のモノ。
 其れを全部、無くしてしまえば……

 知らぬうちに、綾斗は笑う。
 あくまのえみを
 其れは親には分からない。
 心は離れているのだから……。

 僕は兄さまの事が大好きだよ。
 どんな目にあっても人を恨めない優しい兄さま……だから、
 兄さまから全て奪ってあげるんだ……。
 そうすれば、兄さまには僕だけしか残らないから。兄さまは僕のモノでしょ?

 彼の本音。
 歪な愛情。
 物質的なモノ全てを手に入れる強欲。
 其れを与えたのは、この悲しき家だ。
 人としての、当たり前のモノ。
 本当のモノが与えられなかった、悲しき子供達。
 愛情、友情、信頼。
 温かいモノが此処にはない。
 冷たい家族の中で、彼は何を見ていたのか?
 其れを推し量れるモノは数少ない。
 
 家族の闇は、彼のうちに確実に育っている……


END
PCシチュエーションノベル(シングル) -
滝照直樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年04月07日

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