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『雪の夜 桜の木 』
セレスティ・カーニンガム1883)&直江・恭一郎(5228)


 桜も咲き始めた春の夜。
 ようやく暖かくなり始めたと感じた頃、再び冬が戻ってきたかのように寒くなってしまった。
 強く吹く風は寒さだけではなく、雪も一緒に運んでくる。
「足下気をつけてくださいね」
「ありがとうございます、車はすぐそこですから、平気ですよ」
 暗い夜道を歩くのは、セレスティと恭一郎の二人。
 草間興信所に持ち込まれた事件を解決後、迎えの車が来るのを待って帰ろうと戸を開けたときに気付いたのだ。
 やけに冷え込むと思っていたら、雪まで降っていたのだと。
 迎えに来た車はセレスティの言葉通り、とても近い。
 ビルから出てすぐの十字路を、右へと曲がったらすぐに見える大通りで待っているのだ。
 けれど暗い夜道と足下を濡らす雪を気遣っての言葉だろう、恭一郎の言葉をありがたく受け取り手を貸してもらう。
「途中ですから、俺も一緒に行きます」
「車までとは言わす、夜のお茶会でもしませんか?」
 優雅に微笑みかけると照れたように笑い返される。
「良いんですか?」
「今日はとても寒いですから、風邪を引かれないように暖まっていってください」
「はい、ありがとうございます」
 人気のない道。
 明かりの消えたビルとコンクリートの壁。
 羽のような雪はそれだけで視界を狭くさせると言うのに、ほんの少しの距離がとても遠い。
 街灯は十字路の少し手前にある、桜の木の側に一本だけ。
「……きれいですね」
 明かりに照らされた桜を見上げた恭一郎が呟いてから、慌てて補足する。
「あ、ええと」
 雪の夜に咲く桜の木を見ての感想なのだろう。
 弱く光を感じることしかできないセレスティに気付いて、ほんの少しどうしようかと考え込んでしまったのだ。
「感覚でわかりますから」
「そうでしたね」
 ホッとしたように息を付く恭一郎に微笑みかけてから、セレスティも桜の方へと視線を移す。
 柔らかな明かりに照らされ、雪と桜の花びらが舞い散る光景はそうそう見られる物ではないだろう。
「もっとゆっくり見ていきたいほどですが……」
「風邪を引かないうちに行きましょうか」
 そうなったときに、心配するだろう面々の顔が容易に浮かぶ。
 言われるだろう台詞までもはっきりと。
 名残惜しさを感じつつ、桜の木の前を通り、角を曲がる。
 大通りはすぐ目の前……。
「あれ?」
 目の前の筈なのだが、大通りはなく、目線の先にあるのは一本の街灯と桜の木だけ。
「えっ!」
 目を疑うように振り返った恭一郎が再び声を上げる。
 後ろにあるのも街灯と桜の木。
「………」
 状況を把握しようと思考を働かせ始めたきょういちろうに、セレスティが少し楽しそうに言う。
「外からここに誰か人を呼んだら、やっぱり出られなくなってしまうのでしょうか。だとすれば人で一杯になってしまいますね」
「セレスティさん……」
 緊張感のかけらもない言葉に、恭一郎はがっくりと肩を落とした。





 周囲の気配は悪い物ではない。
 だが何時までもここに止まっていれば寒さを感じるのは否定できない事実だ。
「様子を見てきますから、着てください」
「ありがとうございます」
 コートを掛け、辺りの様子を確かめに行く。
 壁沿いに歩きながら周囲に何か切っ掛けになるような物はないかを見ていく。
 道の右手側が塀になっていて、その向こうに見えるのが明かりと桜の木。
 左手側がビルの壁面。
 その間を数メートル先に行くと十字路だが、あるはずの街灯は電気系統が故障しているために見通しが悪く先が見えない。
 地面はコンクリートで、特に変わったところは何もない。
 塀を撫でるように先へと進み、角を曲がった恭一郎はほんの数秒を開けたのち……。
「やっぱり駄目です」
 セレスティの背後から戻ってきた。
「この辺りだけループしてしまっているようですね」
 半ば予想していた通りの展開だ。
 次に行動に移す事と言えば、元来た道を戻ってみるか。
 はたまた違う角を選んで進んでみるか。
「とりあえず試してみますね」
 そう言い残して走っていく恭一郎は、予想通り前や後ろから戻ってきてしまうのだ。
 やはり原因を突き止め無い限り、この場から他へ行くことは出来ないのだろう。
「道路や壁、建物にそれらしい原因はありませんでした」
「他に思い当たる事は……」
「雪か桜ですね」
 上を見上げるセレスティと共に、恭一郎も顔を上げる。
 明かりに照らされた桜の木は、雪の降る中何事もないようにたたずんでいる。
 木だから当然と言われればそれまでなのだが、この状況では唯一何かありそうなのが目の前にある桜の木だけなのだ。
「桜が帰って欲しくないのかも知れませんね」
 塀越しに伸びた枝には特に変わったところはないが、よく見るには近づかなければならない。
「構って欲しいとか、ですか?」
 壁に手をかけようとした恭一郎の背に、セレスティが声をかけた。
「そうかもしれません、優しくしてみてはどうでしょう」
「はい?」
「撫でてみては?」
「………じゃ、じゃあ」
 言われた通り壁によじ登り、手を伸ばし撫でたりポンポンと叩いたりもしてみる。
 なんだかかわいらしい光景だ。
 何度かそんなことを繰り返しているとザアッと風が吹く。
 視界を白く染める桜の花びらと雪に目を細めた。
「……何か、変わりました?」
「………どうでしょうか?」
 トンと壁から降りた恭一郎が、曲がり角の方へと向かって歩いて行く。
 そのすぐ後。
「……ダメ、でした」
 後ろからがっかりしたように戻ってきた。
 何も変化はなかったようだ。
「やっぱりですか」
「やっぱりって……」
 照れたような口調に、セレスティが微笑みながら桜を見上げる。
「残念ですね。桜の木は喜んでいるようですが、正解ではないようです」
「あ、でも解った事はありますよ」
 もう一度塀によじ登る。
「なるほど、そう言うことですか」
 ループする場所にあって、桜の木の下にある塀に上っても道路の反対側にあるのはビルの壁であり、他の場所からは恭一郎の姿は見えない。
 つまり塀の側からはループしていない。
「今度はここから行けるかどうか……あっ」
「……?」
 小さく声を上げたのを聞き、どうしたのだろうと理由を話してくれるのを待つ。
 答えはすぐに判明した。
「もしかしたら、理由はあれかもしれません。少し待ってください」
「はい」
 壁から降り、宣言した通りすぐに戻ってくる。
 手には折れてしまったらしい桜の枝が握られていた。
「なるほど」
 壁の向こうで何かを見つけて欲しくて、前にも後ろにも進む事が出来ないように空間を曲げてしまったのだとすれば。
「ここが折れた所みたいだけど……」
 よく見なければ解らないような高い場所に、何かの原因で不自然に枝が無くなっている箇所を見つけた。
 だが一度折れてしまった物をどうやってくっつけたらいい物やら。
 塀に上ったままどうしようかを考え込む恭一郎に、セレスティがハンカチ差し出す。
「応急処置をしてあげてはいかがでしょうか? 戻ったらこのことを知らせて、治してもらえるように頼んでおきますから」
「そうですね」
 それが今できること一番の行動だろう。
 ハンカチを受け取り、僅かに驚く。
「これ、使って構わないんですか? 高そうなんですが」
「どうぞ、折れたままになっているのも嫌なようですから」
 まじまじとハンカチを見た後、折れた枝と桜をしっかりと括り付ける。
「これで大丈夫な筈」
「ご苦労様です」
 このままでは折れたままだろうが、後で治してもらうつもりだし、その為の目印もかねるようにハンカチも括り付けた。
 何も変わったことは起きなかったが、今度はどうだろう。
「確かめてみます」
 角から顔を出すように覗き込み、すぐに振り返って戻って来る。
「どうでした?」
「大丈夫です、何時も通りでした。風邪を引かないうちに帰りましょう」
 ホッとしたよう息を付く恭一郎に、ようやくループが解けたことを知らされたのだった。




 帰りが遅くなったことを心配していた運転手に事情を説明しながら、帰路につきようやく落ち着くことが出来た。
「風邪は引いてないようですね」
「おかげさまで、おかわりはいかがですか」
「頂きます」
 入れてもらった紅茶を飲み、冷えた体を暖める。
「雪も明日にはやみそうですから、そうしたら治しに行ってもらいましょう」
 ほっと一息ついた恭一郎は先ほどの出来事を思い返すように、ティーカップの中を覗き込んで呟く。
「すぐに解って本当に良かった」
「あのまま外にいては、風邪を引いてしまいそうでしたからね」
 心配してくれる恭一郎に微笑みかける。
「そう言えば、どうして他の人はいなかったんですかね?」
 最初の方にセレスティが言っていた、他の人をあの場所に呼んだらどうなるかという問い。
 その逆として、二人が行くより前に他に誰かがあの場所でループしていたとしてもおかしくはないのだ。
「それはきっと……」
 紅茶を飲み、ゆっくりとセレスティが言葉を続ける。
「直江さんが桜の木を褒めたからではないでしょうか?」
 雪の中で見つけてくれたからこそ、枝が折れている事にも気付いてくれると思ったのだろう。
 驚いたように目を見開いた恭一郎に、セレスティは優しく微笑みかけた。







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東京怪談
2006年04月04日

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