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『真相は扉の奥 』
近衛・誠司3805)&綾和泉・汐耶(1449)


 正午前、東京都内の寂れたアパートから多くの男たちが出てきた。スーツ姿の男を先頭に、紺色の作業服姿に帽子をかぶった者たちが次々と姿を現す。彼らは警察官だ。今も部屋の通路は青いビニールで覆われている。ちょうど鑑識が終わったのだろうか。民間人の立ち入りを禁止する警視庁の黄色いテープが今日も静かに春風で揺れている。それはアパート付近を四方に囲っていた。事件発生から2日が経過し、周辺住民への聞き込み調査も一段落。事件を担当する上司の指示で、彼らは警視庁に戻って精密な調査を行うのである。
 しかし、厳戒態勢はまだ続いていた。現場にはまだ責任者が残っているからだ。それは部下に移動の指示を出した近衛警視正である。彼は主のいなくなった部屋を見渡した。さっきまでこの狭い部屋にはたくさんの警察官で賑わっていたが、誰もいなくなると本当に寂しいものだ。近衛は決して明るくはない北向きの窓を見つめ、被害者が何を思って日々の生活を送っていたのかを考えた。

 ここに住んでいたのは三十路の女性。新聞の集金に訪れた壮年の男性が第一発見者で、その時にはすでに死んでいたという。司法解剖の結果、死因は心臓発作と判断された。ただ彼女には心臓病での通院歴がない。集金係が被害者を発見した時間と死亡推定時刻が非常に近いこと、さらに1階でありながら外部から侵入した痕跡がまったくないことから他殺の線はないと判断。近衛は捜査をいったん打ち切り、捜査一課の面々を戻らせた。もしかしたら新たな証拠が出るかもしれない。そんな期待もあった。
 その間、近衛は押収しなかった遺留品を丁寧に調べ始めた。周囲には「事件性はない」と言ったものの、腑に落ちない点がいくつかある。それを払拭しないことには帰ろうにも帰れない。これが刑事のサガなのか。白手袋と両の目はせわしなく動き続けていた。すると一冊のノートから小さなメモが畳に向かって滑り落ちていく……彼は木の葉のように舞うそれがじっとするのを待ってから身を屈めて確保する。そこには日付と時間、そして古めかしい書物の名前が書かれていた。近衛は直感的に『これは何かある』と感じ、今度はノートの内容を読み始める。彼は本の内容がどこかに記されていないか、もしくはその本がこの部屋にないかと文章を目で追った。するとこの著書は都立図書館にある『要申請特別閲覧図書』であることと、受付の女性に申請したのがメモの日付と時間であることがわかった。本当にこれは他愛のない事件なのか……近衛はそれらを持って部屋を出る。玄関を閉じる時、乾いた音が大きく響いた。


 軽く昼食を取った近衛は捜査一課の報告を待たずに、自ら車を走らせて都立図書館へと出向く。足早に駐車場を抜け、入口の自動ドアをくぐり受付へ。そこで彼はある女性の名を告げた。すると地続きになっているカウンターで返却業務を行っている長身の女性が「なんでしょう」と言いながら立ち上がるではないか。近衛は慣れた手つきで警察手帳をスーツの内ポケットから取り出し、さっそく本題に入ろうとした。

 「警視庁の近衛 誠司と申します。綾和泉 汐耶さんですね。」
 「ご用件は上司から伺っております。」
 「では、さっそくその件についてお話を……」
 「ここは人通りが多いですので、奥の部屋へどうぞ。」

 近衛の言葉を遮った汐耶はカウンターを他の人に任せて閲覧室へと案内する。人に聞かれてはまずいのだろうと察した近衛は黙って彼女についていく。
 閲覧室は小会議室のような広さの個室で、要申請特別閲覧図書などの重要な書物を閲覧するためだけに作られた特殊な部屋である。彼女がそこの扉を開けると、強化ガラスの窓にブラインドが自動で下りた。換気などもすべて機械が管理しており、人間よりも書物を優先した設計になっている。さすがの近衛もこれには舌を巻いた。

 「これは立派なお部屋だ。ここで彼女は……」
 「そういうことになりますわね。どうぞお掛けください。」

 近衛と汐耶は向き合って座ると、まずは電話連絡の際に聞いた日時を確認した。「間違いないわね」と言いながら軽く頷いた彼女は、被害者の閲覧した本の内容について語る。まだそれほど時間が経過していないのもあるだろうが、近衛は彼女を見て『おそらくは蔵書の内容をほとんど記憶しているのだろう』と察した。

 「先にお断りしておきますが、今から語ることは事件の真相です。」
 「そうか……その書物がすべての原因か。」
 「そうです。彼女は『金蚕』という呪法を行い、『嫁金蚕』が成立できずに死んだのです。」

 なるほど呪殺ならば、検死の段階では脳溢血や心臓麻痺と診断される可能性は高い。現代の医学や科学では見破れないわけだ。近衛はさまざまな考えを巡らせるが、続きを聞く体勢を決して崩さない。汐耶はそれを確認してから言葉を続けた。

 「嫁金蚕は金蚕蠱によって得た財を返すという意味です。約3倍の利子をつけた金額か同価値の銀食器を用意して道端に放置する。それを誰かが持ち去るのを待つか、盗ませるか、誰かに送りつけるかで呪法は成立します。」
 「そんな条件なら、すんなりと成立しそうなものだが……?」
 「元の主は金蚕の思いを少しでも残してはならないという条件がありますから。そうしなければいくら放置しようとも、何かの拍子でそれが戻ってきてしまいます。また送りつける場合は、相手を呪い殺すために行います。高価な物品やお金と金蚕蠱が一緒に送られてきた場合、どうしても先のふたつに意識が行きます。そうなると金蚕蠱を放置し、最後には金蚕蠱に呪い殺されてしまうのです。」

 近衛には事件の真相が徐々に見えてきた。あの気持ちまで貧しくなるような古いアパートに住んだのは金蚕蠱の未練を断ち切るためだろう。その邪な気持ちを封じ込めるため、呪いから逃れるためにあの場所に逃げ込んだ。しかし、その結果は誰もが知るところである。これで他殺の線も消えた。確かに事件性もない。近衛は「その呪法が明示されている部分に関する写しか証言を頂きたい」と依頼すると、汐耶は「早急に報告書を作ります」と快く返事した。
 それを聞くと近衛は柄になく胸を撫で下ろした。もし被害者が用意したのが銀食器なら、大事件になるところだったからである。呪法を帯びた食器が未練を残した者と一緒に死ぬとはとても思えない。あの貧しい部屋のどこかに銀食器があれば、誰もが怪しむはずだ。そして証拠物件として持ち帰ったに違いない。それで呪法が再び発動するかは定かではないが、少なくともその危険性は否定できない。
 しかしそんなものは発見できなかった。ならば別の形で舞い戻っているはず……そう、どこかに札束があるはずだ。その札束を不用意に持ち出してはならない。推理を終えた近衛はその場で携帯電話で部下に連絡し、「部屋に誰も入れるな」と指示を送る。彼は自らの手でそれを焼いてしまうつもりだった。汐耶も「賢明です」と賛成した。


 何はなくとも汐耶のおかげで、今回の事件は解決できそうだ。近衛は残務処理を行うために席を立ち、扉へと向かう。その時、ある疑問が浮かんだ。彼は思いついたままを言葉にし、汐耶にその回答を求めた。

 「この事件を……どうお思いですか?」

 なんとも言えないやるせなさを背中で語る近衛に向かって、汐耶も席を立ちながら凛とした声で言った。

 「彼女は相応の対価を支払っただけかと。」

 その言葉に救いの感情を得た近衛は小さく微笑むと、彼女の方に振り返る。

 「そう、ですか。ご協力、感謝いたします。今後もお世話になるかもしれません。」
 「構いませんわ。その時はまたよろしくお願いします。」

 ふたりの対談とひとつの事件は、静かに終わりを告げた。

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年04月03日

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