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『夏の思い出は2万円 』
弥裄・砂紀5695)&群雲・ファウスト(1680)

 それは夏の盛りのある日の出来事。
 どこから聞いてきたのだろう、誰から聞いてきたのだろう。
 今年最後の花火大会。
 だからどちらからともなく提案した。
「折角だから、和装で行こう」
 予算は二人で2万円が少し出る程度。 
 少したりないかもしれないけれども、まずは買い物だと二人で繰り出してきたのは和服の専門店。
 こじんまりとした店内の中に、溢れんばかりの和の色合いが洪水をおこしていた。
 着物はもちろん、この時期の浴衣、甚平。それにあわせる小物まで、ここで一通りの買い物が出来る品揃えだった。
 その店内に足を踏み入れたときにファウストは子どものように目をくりくりさせて、いつものゆっくりな口調がいつも以上にゆっくりになる。
「うわぁ、色んなのがありますね〜!」
簡単のため息とともに吐き出される言葉。その言葉を隣で聞いていた砂紀もまた楽しげに店内を視線で追ってから、ファウストよりも先に商品に近寄り手にとって選び出す。
「これもいいし、こっちのも……あっ!これもいいな〜!」
 色の洪水の一端を手にとり眺めながら自然と漏れ出す声は楽しげで、砂紀は手に取った甚平を自分に当てながらファウストがいる方向へと向き直る。ファウストも砂紀に少し遅れて店内に足を踏み入れ、同じように甚平を次から次へと手にとりながめていた。
 そうして、ファウストが緑色の模様の甚平を手にしたとき。
「いいねぇ〜ファウストさ〜ん。あ、それ似合うよ〜」
 砂紀はファウストを指差して言った。
 渋く深い緑色の甚平、シンプルなストライプの模様がかすかに見えるのはどうやらむら糸の先染めだからと初老の店主が説明をしてくれた。
 砂紀に似合うと褒められて、ファウストはその甚平を自分の身体にあてて鏡で確認した。砂紀が似合うと言ってくれたせいか、なんだかこれがとてもいいように思えてきた。
「僕、これにしますね。砂紀さんはこの藍いのとかどうですか?」
 ファウストが砂紀に選んだのは、深い青色の甚平で、華やかな紅色の牡丹の花柄だった。その煌びやかさに砂紀は一度目をぱちくりさせて、甚平を見たあと、ファウストを見た。
「いや、これ? んー。ちょっと可愛すぎないかぁ?」
「砂紀さんの髪の毛の色が良く映えると思いますよ」
「んー…………」
 手に持った甚平をファウストは砂紀の方に差し出した。戸惑いがちに砂紀はそれを手に取り自分の体にあわせて、鏡を覗いてみた。
 自分だけが覗いていると思ったら、その背後からニコニコした笑顔のファウストも見えたから、砂紀は少し困ったように笑って。
「ファウストさんがそういうのなら、これにしようかな」
 鏡に映る自分を見て、首を左右に傾げて考える。
 友達に勧められれば悪い気などしない。普段あまり袖を遠さないものでも、着てみようという気にさせてくれるから不思議だ。
「じゃぁ、私もファウストさんが選んでくれたこれにするよ」
 それからも二人は楽しげに、あぁ、だ。こうだ、言いながら雪駄に、手ぬぐい、巾着を選び合った。
 互いに気に入ったものをそれぞれ手に持ってお会計をしていたときだった。
 レジを打つ金額が、予算を超えてしまったのだ。
 一瞬二人の間に言葉はなくなって、少し重い空気が流れた。ちらりと、砂紀はファウストの方を見た。あからさまに誰が見てもへこんでいるのが一目瞭然の落ち込み方。アニメか、漫画なら背後が黒く描かれているに違いない。
 かくんと肩を落とし、ものすごく恨めしそうに見つめるレジの数字。
「えっ!!買えないのぉ!?そんな……」 
 ぼそりと呟くファウストの言葉はトーンが低く、今にも泣き出しそうな声色でもあった。
「折角、砂紀さんが選んでくれたのに。物凄く気に入ったのに」
 とか、ぶつぶつとファウストは言葉を続けていく。
 それを見ていた砂紀は
――――うわ〜、物凄い落ち込んだなぁ〜
 誰にも聞えない、心の中の呟き。
 さて、どうしたものかと考えたのは一瞬だけ。
「ねぇ。これってもうちょっとなんとかならない?」
 砂紀はずいっと一歩踏み出して、レジを打っている店主に詰め寄った。
 詰め寄って指を指し示すのはレジ台の上に乗せられている、自分達の買い物したい物。それに店主はにこやかに値引きは行ってないと返してくる。けれどもそれは砂紀のなかでは十分承知していたことだから、店員の言葉が終わるか終わらないかあたりで立て続けに次の言葉を発した。
「こっちの手持ちはこれだけ」
 ばーんと、景気良くレジ台の上に置いたのは二人の予算2万円。本当はもう少しあったのだけれども、それはとっておくことにしたらしい。
 砂紀と店主とのやりとりを隣で、不安そうに見つめているのはファウスト。
「あ、あの。砂紀さん…………」
 何か言おうと呼びかけるこてさえ、弱弱しくなってくる。
「もう、夏も終わりじゃない。それなのに、いつまでも甚平置いてたって仕方ないじゃない。だから、買ってあげようって言ってるの」
 砂紀の言葉に店主は言葉を失い。そうしてそんなことかまわずに砂紀は言葉を続けていく。ただ、ファウストだけはそんなやりとりに、ひとりはらはらしていた。
「いや、もう無理はしなくていいですよ?」
 砂紀にそっと呟くも、砂紀はファウストににやっと笑うだけ。
「でもさー。こっちもこれだけしかないし。どれか減らせって言われても無理だし。ねぇ、ここはひとつ」
 矢継ぎ早に次から次へと出てくる店主を言い負かせる勢いのある言葉。それに店主もしどろもどろになってくる。それから数度言葉を交わした後、店主は、えぇい。と唸った後。きっかり2万円でいいと言った。
「素晴らしい!!流石、砂紀さん、もう、師匠と呼ばせてください!!」
 砂紀の勢いのある値切り交渉を見ていたファウストは初めのうちはなんだかどうしたもんかと、困ったりしていたのに終盤に差し掛かるにつれて彼もヒートアップしてきた。最後には後ろから、よし。とか、いけ。とか掛け声を無意識のうちに呟いていた。値切り交渉決定の瞬間、ファウストはがしっと自分の両手を組み、砂紀の方を見て感激のあまり興奮した言葉を発してしまった。
 購入もひと段落した後、ここで着替えて行きたいと申し出たところ店のフィッティングルームを借りることが出来、二人はそこで着替えた。
「祭りって感じが出るねぇ」
「なかなか着易くていいですね〜」
 フィッティングルームの中で着替え終わった自信の姿を見て砂紀はそんなことを呟いた。するとその声が聞えていたのか、隣のフィッティングルームからファウストも声を上げた。
 まるで子どものように楽しげに時間を共有していく。それが互いに面白かったのか、くすくすと笑ってしまった。
 どちらからともフィッティングルームから出てくれば、ファウストは砂紀を。砂紀はファウストを見て、互いに笑っていた。
「お〜、中々お似合いですね〜」
 先に言葉を発したのはファウストだった、深い藍に紅色の牡丹。それに煌びやかな彼女の金髪が良く映えていた。素直な感想だった。
「え、やっぱりそうなっちゃうかい。けれども、ファウストさんも渋くてかっこいいねぇ」
 褒め言葉に返す言葉。砂紀は少し照れくさいものの、悪い気はせずに軽くポーズをとってみせながら、普段よりも渋い男に変身したファウストに言葉を返した。


 店を出て花火会場に向かう。途中立ち寄ったコインロッカーに先ほどまで着ていた服を押し込めて、にぎわう人波に二人も向かった。
 人ごみをいいことに砂紀はファウストにくっつきだした。
 初めは軽く。
 初めの軽いうちはファウストも何か気のせいだろうと想っていたのだが、砂紀がファウストの腕に自分の腕を絡ませたときだった。
「ひぇっ!?な、なにするんですか!?」
 びくぅ。っと身体を強張らせて、上ずった声をあげ絡まった砂紀の腕をどかせようとしたものの、それは叶わず更に砂紀は笑いながら身体ごとファウストにくっつけだす。
「タトゥの女が一人で居たら周りが引くでしょ」
 笑顔のままもっともらしく砂紀はファウストに言葉をなげかける。本当のところはイチイチ自分の行動に反応してくるファウストが面白くて仕方がないからやっているのに、表情にはそんなことを微塵も出さず。そうしてファウストも砂紀の言葉を真に受け、その身体を見れば普段よりも肌はでている。その分、彼女のタトゥーも露になる。
 人ごみと、夜というせいで目立ちにくいということもあったのだが。ファウストはそれでもあたりをきょろきょろ見渡し、それから大きく吐息をき出した。
「まあ腕組むぐらいなら……引っ付かないで!?」
 意を決したファウストの言葉を聞けば、にやりと砂紀はわらって、身体ごとまたファウストにくっついた。
 そうして、またそう言ったファウストもびくぅっと反応してしまう。
――――――――やっぱり、面白い。
 ファウストの挙動不審を他所に一人、砂紀は楽しんでいた。


 そうして宵闇の中。
 人ごみ押し分け、抜けた場所。
 上手い具合に人もまばら、二人で並んで見上げた夜空に咲いたのは大輪の花。
 今年の夏、最後の思い出にはちょうどいいくらいの大輪の花。
 砂紀はまだ、ファウストの腕に自分の腕を絡ませたまま。
 ファウストは砂紀の腕にまだ慣れぬまま。
 花が咲く夜空を見上げていた。

                             ――――――――fin
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
櫻正宗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月30日

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