▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『lovers' spat 』
水城・司0922)&村上・涼(0381)

 聖夜ともなれば街を彩るイルミネーションの多様さはピークを迎え、指折り数えるにもそろそろ片手で足りる、新年へ向けた賑わいも山場と認識する向きが多いだろう。
 恋人と語らい、家族と過ごし、仲間と賑わう過ごし方も人それぞれ。
 勿論、様々な理由でこの聖夜を孤独に過ごす人種も居ないワケではない。
 そんな人々――特に男性に限定して――は、仮初めでも人のぬくもりを、はたまた仲間意識を求めてか、村上涼のバイト先を訪れるに今日も彼女の職場、所謂キャバクラ、は盛況であった。
 イベント事となれば、集客に熱を帯び、俄然盛り上がりを見せるのが水商売の倣い、クリスマスサービスデーと称してボトルの割引を導入し、事前から客足を確保すべくホステス連が尽力し、普段以上の賑わいを見せる店で、涼は相も変わらずヘルプのバイトに従事していた。
 最も、その原因となった生活費の使い込みによる赤字は既に補填済なのだが、年末にかけた忙しさに頼み込まれてずるずるとバイトを続けているのである。
 窮時に無理から頼み込んだ恩が三分の一、額に汗して働くよりも遥かに良い時給の甘さがまた三分の一、そしてバイトを理由に喧嘩別れして以降、いっかな連絡を取ろうとしない宿敵に対するあてつけな気分が残りを占めているのを、涼は自覚してかいまいか。
「今日〜も、儲けたね〜ッ!」
イヴが聖夜に変わって二時間ばかり経った頃。
 従業員用の通用口から外に出るホステスの群れに紛れ、大きく伸びをする……バイトを斡旋してくれた級友について外に出た涼は、寒さに思わず首を縮めた。
「まぁ、確かにねー」
しみじみと同意しながら、涼の目線は何気なく級友の両手に幾つも下げて重そうな大きな紙袋に向けられる。
 学生の身ながら営業No.1を争う彼女だけに、その中身は全て客からのクリスマスプレゼントだ。
 本気も義理も一緒くた、貰えるモノは全て貰うのが礼儀の内……使える物はありがたく、ダブった品や趣味に合わない代物はそのまま質屋へ、と贈り主が聞けば落涙しそうな扱いだが、働く理由が学費と生活費の為だと知るだけに、誠実という言葉の意味を深く考えざるを得ない涼である。
「大学院に進むんだっけ」
何気なく進退を聞く涼の手にも、一つ紙袋が握られている。
 級友のそれとは比べ物にならないが、実際にまともな接客をしていない涼にもプレゼントを用意して来た客が多かったのだ。
「うん、でもこの仕事は続けるよー。まだまだお金かかるからね」
白い息を吐きながら、級友は涼を振り返ると、そのまま器用に後ろ歩きに進む。10センチ以上のピン・ヒールで、涼にはとても真似出来ない芸当だ。
「でも気が済むまで勉強したら、このままこっちの道に進むのもアリかなーとかねー」
独力で希望の学部に進学し、勉強を続けるという……彼女の最終選択予定に、涼は思わず額を押さえた。
「キミは何しに勉強してんの……」
それこそ、究めれば博士号が取れる勢いで頭が良いのだ。何も夜の商売を最終目的に据えないでも、と友人だからこそ親身な心配を相手はけろっとかわす。
「勉強したいからに決まってんじゃんー」
何言ってんの、と明るく笑って彼女は涼に話題を振った。
「涼たんは就職っしょ? いっそ、こっちの道に進むってどーよ」
言って涼の紙袋を覗き込む。
「おー、このブランド! しかも大きさから指輪と見たねー。ヘルプの娘がこんだけ貰うってのも実際珍しい話なんだよ? 絶対に素質あるって! 涼たんにその気があんならあたしが手取り足取り、その蕾を開花させたげてもいーよー?」
悩ましい流し目で、どんな花開かせるつもりか知れない級友の誘いは、つい先日金の有り難さを身につまされた涼の気持ちを揺らがせた。
「今時就職っつっても、正社員の枠は少ないし、お茶汲みで大した給料になるワケでもないじゃんー? 大学出の学歴を同じ棒に振るならこっちのが絶対にワリが良いって、ね?」
何より出会いが豊富だし! と力拳に力説する、級友の言についふらりと……なりかけた涼だが、そのままギクリと足を強張らせた。
 その視線の先……電柱に取り付けられた街灯の下、黒い影が佇んでいる。
「つ、かさ……ッ!」
そう、それは彼女が仇敵と称して止まない水城司、その人である。
 名を呼ばれたそれを合図としてか、黒のロングコートに身を包んだ相手が動くのに、涼は咄嗟周囲の状況を判断する。
 半開きに前後に開かれた足に、タイトスカートが張って動きにくく、ヒールの高いパンプスはそれを助長する……逃げるにせよ、戦うにせよ、この姿は不利だ、と決を下した涼はハーフコートを脱いで軽く丸めたそれを宙に放った。
 空中で広がったそれが司の視界を防ぐ間に、店に入って表から逃がして貰おうと言う涼の算段だったのだが、相手が視界を塞がれる事もものとせず、突進して来るのはまさしく想定外だった。
 というか、普通に怖い。
「い……ッ?!」
女の子らしく叫ぶべきか、それとも金属バットでボディに一撃喰らわすべきか。恐怖と良識の狭間で一瞬、逡巡した間に涼は腿から掬い上げられるように司の肩に担ぎ上げられていた。
「やーだーっ! 何するの下ろしてよスケベ変態ーッ!」
涼の拉致現場に居合わせ、流れについて行けずに硬直している不幸な友人に、暴れる涼をものともせずに司はにっこりと極上の営業スマイルを向ける。
「いつも涼がお世話になっております、あ、これつまらないものですがどうぞ」
言って差し出すのは、本日の涼の戦利品である。
「あ、ご丁寧にどーも」
そして思わず受け取ってしまった級友に、軽く会釈して司はそのまま涼を抱えて歩み去る……その背を見送る友が「永久就職……か」と涼にとって不本意極まりない納得をされた事を、涼に知る余地はない。
 己の叫びに賑やかなクリスマス・ソングも掻き消え、抵抗が良い運動となってかあまり寒さも気にならず、睨みつけるのは主に後頭部から斜めに前を向いたっきりの横顔。
 喧嘩別れをしてから久方ぶりに見る、宿敵の問答無用の行動に、涼は不安や怒りという感情から、ときいうよりも最早条件反射の域に達している抵抗を続ける。
「下ろしてってば下ろせーッ!!」
声が涸れても叫び続ける涼に、衆目を集める事しきりだが、司は注がれる視線などものともせずに駅前通りを堂々と闊歩していた。
 華やかにイルミネーションで彩られたクリスマスツリーの下をあまりに毅然と後ろめたさなど欠片も感じさせないしっかりとした足取りの司に、通行人も果たして通報すべきか否かを悩むようだ……この聖夜に痴話喧嘩に巻き込まれたくない、という心情もほの見える。
「誰かーッ! この人痴漢ですーっ!! もうッ、下ろしなさいよ、下ろさなかったら絶交だからねッ!!」
痴漢と称したその口で絶交などと親しげな宣言に、あぁ、知り合いなんだと安心感を与えながら涼は司に担がれていく次第だ。
 結果、孤軍奮闘を強いられる涼。
 不安定な体勢で大したダメージを与えられもしないというのに、ポカポカと、広い背に振り下ろす拳を止めもせず、涼は声を限りに思いつく限りの罵詈雑言を声を涸らして叫び続ける。
「極悪コンサルタントーッ! 冷血魔人ーッ! 仮面夫婦ーッ!」
段々と涼が何を言いたいのかが解らなくなってきたあたりで、司の足が止まった。
「ここで下ろしていいのか?」
「当たり前じゃない!」
ガゥッと吠える涼だが、司の目線が道の脇……『ご休憩』とか『豪華サウナ付』とか『時間無制限』などという……キラキラとした表示に桃色がかって、何を意図した施設なのかを明確にした、建造物群が立ち並ぶ一画に続く道に注がれている事に気付く。
「……本当に、ここで下ろしていいんだな?」
念を押されて止まる涼。司の問うている、意図は明白である。
「すいません、ゴメンなさい、堪忍して下さい」
すかさず白旗を上げた獲物に司はよし、と頷くと進軍を再開した。
 なけなしの抵抗すら禁じられた涼は、せめて死んだふりをして衆目を集める以上の報復を思いつかず、取り敢えずはぐってりと連行される次第であった。


「それならそうと早く言いなさいよね!」
抵抗虚しく、タクシーに詰め込まれて着いた先は司の自宅である。
 車の中でも半ば白目を剥いて死んだふりを続ける涼に、司が漸く説明したのは彼の家族……と言っても妹一名のたっての希望により、ファミリー・クリスマスを共に過ごして欲しいと言う要望であった。
 先の喧嘩別れから気まずさが尾を引いていた涼、司個人の誘いならば走行中のタクシーのドアを蹴破ってでも遁走する機会を狙う構えであったが、そうとなれば否や無い。
 土地的には上の中、彼の父が設計から携わって建てたと言う拘りを覗かせる、洒落た洋風建築を夜間に訪れる事はそうなく、涼は三角に尖った屋根の先で静かに羽根を休める風見鶏を見上げた。
 金属の鶏の足下から枝垂れるイルミネーションは刻々と色を変え、門から玄関先まで幅広い煉瓦の階段の足下を照らし、導く形でこちらもまた電球に彩られている。
 玄関脇のガラス扉にはジェルのクリスマス・ツリーが貼り付けられ、鼻先を赤く光らせたトナカイが光のオブジェとして、玄関脇に鎮座坐していた。
「可愛いー」
甘すぎず、華美すぎず。だからと言って手も抜かず。
 エスカレートして、一般家屋としてどうよ、的な感じに陥りがちな電飾は女の子らしさもしっかりと出して住人の顔を思わせた。
「しばらく会ってなかったわね……」
その光の中に、自分に懐いてくれる愛らしい少女の面影を見て、ほんのりと和む……その間に玄関の施錠を解いた司が扉を開くを待ち止まれずに、涼は勇んで屋内に飛び込み、勝手知ったる司の実家、パンプスを蹴り脱ぐのももどかしく居間へと走った。
「おまたせー……って、アレ?」
胸に描いていたのは、暖かな料理、それ以上にぬくもりを点す笑顔……だが、期待に両手を広げた涼を迎えたのはしんと暗い闇である。
 寸前まで人が居たかのように、暖かな空気に頬を撫でられ困惑がいや増す涼の背後で、パチリと司が居間の灯りを点けた。
 白い光の中、机上に並ぶラップをかけられた総菜の中にぽつんと置かれた一枚のカード。
『お邪魔したら悪いから寝とくね。涼おねえ様お兄ちゃんお休みなさいなの』
パステルカラーのメッセージが告げるのは、司と二人きりと言う地獄……最も、時刻は午前を回り、子供は眠っていて当然の時間なのだが。
 バイバイと小さく手を振る少女の幻を見て、涼は肩を落とし、次のその肩を震わせながら上げた。
「詐欺だーッ!」
と、心温まる一時を過ごすあてが外れた涼が叫んでも罪はあるまい。
 そうして腹筋を使ったせいか、涼の腹の虫が窮状を訴えてぐぅ、と鳴った。
 事でバイト上がりに空腹の極みであった涼は、思わず机上のごちそうに目を向ける……ファミリー・クリスマスに招かれてきた、という建前が崩れた今、とっとと逃げるのが得策であるのだが、ご馳走の数々が可愛い笑顔の代りに涼を引き止める。
 クレソンを浮かせた冷製ポタージュ、クルミとナッツの入ったサラダはドレッシングをたっぷりと、カナッペも美味しそうよね一つくらい摘んでもバレないかな……そろそろと手を伸ばそうとする涼の鼻先を、香ばしい匂いが横切るに、彼女はぐりんとそちらに顔を向けた。
 戸口に立った司の手には、小振りながらも程よい焦げ色のついた皮を、照り照りと輝かせた紛う方なき七面鳥の丸焼きが。
「どうした村上嬢。早く座れ」
にっこりと、笑顔で促す司に偉そうに言わないでよとか、妹さんもお休みしてる夜分遅くにお邪魔しましたわねとか。逃れる選択肢はいくらもあった筈なのだが。
 涼は七面鳥の魅力に屈して、いそいそとセッティングされた席に着いた。


 音さえ立てないものの、貪る、という表現が相応しい勢いで涼が料理を平らげる最中、給仕に徹していた司は空腹が落ち着いたと見て漸く自分のグラスにワインを注いだ。
「バイトは終わったのか」
ごくさり気なく、何気なく。
 会話の流れに沿って声のトーンも気配も変えずに問われた涼は、くちくなった胃袋の安堵に安心も手伝って何の疑問もなく食いついた。
「あー、年末まで」
あっさり答えて、小皿に取り分けられたケーキの攻略に気を取られる……当事者の片方は忘れているかも知れないが、そのバイトを原因にこの二人、喧嘩中である。
 しかも、続行中である。
 自分以外の男との接点が我慢出来ないのは狭量、といってしまうには少々酷な接客業は、司でなくとも怒る理由は満載だ。
 司は静かに……音もなく、干したワイングラスをテーブルの上に置く。
 瞬間、ビリッと空気を震わす錯覚すら伴って、押し寄せる圧力に、幸せにケーキを口に運んでいた涼はフォークを銜えたまま動きを止めた。
「く……ッ、これがプレッシャーだと?!」
「今時の世代に理解出来ないネタは感心しないな村上嬢」
司は変わらず、涼と対面する席に着いたままだ……が、その身体が異様に大きく感じられる。
「そういえば……俺はまだ、バイトの理由を聞いてないな」
司はゆったりと手を組んで、机上に肘を着く。
「教えて、貰えるよな?」
フォークを銜えたまま、涼は司の迫力に内心汗を……否、実際に脂汗を流しながら、現状打破のきっかけを探ろうとする。
 が、戸口は司の向こう、脱出路として残るは嵌め込みガラスで開かない出窓だが、深夜に窓を破って逃走するのは、二階で眠っている家人をまさしく叩き起こす。
 それだけは避けたいと……そして食べかけのケーキにも未練を残して涼は己に一つの決断を強いた。
「ごめんなさいぃッ!」
即ち、平謝りである。
「深夜の通販番組見てたら、つい魔が差して……ッ! 某日本人大リーガーサイン入りバットって攻撃力高そうだなとか、高級ソバ殻枕なんてちょっと懐かしくて昼寝にいいなとか、羊毛布団一式あったら来客にも困らないじゃない? 抱き枕も安眠出来るのか少し興味あったし、パジャマなんてあっても困るモンじゃなし、最近使ってる目覚まし時計の調子が悪くてー。そうそう、布団圧縮袋も客用布団を収納すると思えば要るじゃない? ちょうど衣替えの季節で衣類圧縮袋Sサイズ・衣類圧縮袋Mサイズが揃っているのも実際使えるし、釘百本なんてまさしく私の為に……」
あわあわと、それがどれだけ使えて魅力的な品であったのかを伝えようとする涼が言を重ねるに、司は組んだ手を解いて眉間を押さえた。
「……それが全部セットだったのか」
「うん」
バイトの理由を問うて、先ず通販番組が話題に出るとは思わなかった司である。
「……買ったんだな?」
「うん」
お得感を煽って余剰在庫を一掃しようという手法に、まんまと乗せられた涼に、そしてそんな理由を根底にあると知らず、大人気なく大喧嘩をかました司は己を恥じ、何とか理性の内に事態を納めようとする。
「……幾らだった?」
「ごまんきゅうせんきゅうしゃくにじゅうよえん……」
また微妙な値段を、いつ叱られるかと恐る恐ると言った様子で切り出す涼に、司は深く深く息を吐いた。
「……金は、出来たのか?」
「概ね」
それどころか未だ嘗て無い黒字である。が、それを告げるのは何やら不味いと本能が告げて、涼は解釈によってどうとも取れる言葉で濁す。
「……そうか。それで使い心地はどうだった?」
「……それが」
其処で初めて返答を言い淀んだ涼は、上目遣いに司を見ながら両の指先をちょんっと合わせた。
「手に入れただけで満足しちゃって……封も切ってないんだよね♪」
開き直ってあははと笑う、涼に司は笑顔を向けた。
 そして、胸の前で交差させた腕をゆっくりと顔の前に持っていき、頭上で開く、その腕が通過するに表情が怒りを具現化するのに、涼が椅子を蹴立てて飛びすさった。
「何よ! 自分だって今時大魔神なんて言っても誰にもわかんないわよ!」
「購入して二週間経っていないならクーリングオフすればいいだろうが! 今すぐバイトを辞めて来い!」
全き正論に、涼がカチンと来る。
「無理聞いて貰ったのに、忙しい時期になってから辞めるなんて出来るワケないでしょ!」
打てば響く、涼の性は重々理解していた筈の司だが、この件に関しては引けない。
「男に酌をするだけの仕事に人手が要るか! お前の穴なんぞ直ぐに埋まる!」
「しっつれいね! 筋がいいって玄人にも誉められてんのよ?!」
「だから勘違いするなと言ってるだろうが!」
 司の迫力に涼は一歩も退かず……イヤ、二、三歩は引いたかも知れないが、年末まではバイトを継続を死守して、堂々巡りに、朝まで徹底生討論。
 結果、両者は仲直りまで至らずに、クリスマスの料理は無駄になった模様であるが、一連の流れを知る者が居れば、口を揃えてこう言うだろう……ご馳走様、と。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.