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『〜白銀の日に‥‥〜 』
御崎・綾香5124)&和泉・大和(5123)


 三月も終わりに近付き、もうすぐ四月‥‥‥つい数週間前まで降っていた雪も見なくなり、今では風まで暖かく、それまで外に出る事を渋っていた子供達が、そこかしこの町並みを賑やかにさせている。
 その影響なのか、新しいシーズンに近付くに連れて、この和泉の家も賑やかになりつつあった。元々から住んでいた和泉大和以外にも、人の気配が感じられるようになったのだ。

「ふぅ。これで洗い物も全部だな」

 台所を見渡して洗い漏らした物がないかどうかを確認し、御崎 綾香は一息ついた、
 時刻は午後一時過ぎ。昼食を終えた大和とカー助は、長きに渡って放置され続け、その隙に綾香の膝にまでに成長した雑草を刈り取るため、意気揚々と庭へと出て行った。

(元々、家の中の事までやっていたんだからな‥‥‥それも手を抜いていたが、手が回らなかったのは、仕方ない事か‥‥)

 朝に草むしりの事を持ちかけた時の大和の顔は面白かった。
 いつかはやらなくてはならないのだが、出来るだけ後にしたかった‥‥‥そしてその日が来てしまったと、そんな顔だ。
 何故かカー助までもがショックを受けていたようだが、なんだかんだで大和に着いていく辺り、本当に仲が良くなっている。

「この家も変わったわね‥‥」

 綾香が振り返り、午前中に掃除を終えた部屋の中を見る。自分が初めて来た時でも十分に綺麗だったが、今ではその綺麗さに、人の温かさが加わっている。綾香自身は意識していないが、それは大和以外の者が足を踏み入れ、活気を取り戻しつつあるという証拠だった。

「さてと‥‥大和が庭に出ている間、私はどうしていようか‥‥‥」

 本当は庭で大和の手伝いをしたいのだが、大和から『これも俺のトレーニングになるんだから、俺だけでやらせてくれ』と、言われていた。
 もっとも、それが綾香を気遣ってのセリフだという事は解っていた。大和はトレーニングを始めてからと言うもの、日常の世話を綾香にばかりさせている事を気にし、時折、こうして仕事を自分だけでやろうとするようになっている。
 綾香にとってはその気持ちだけでも嬉しかったのだが、大和の気遣いを無駄にせぬようにと、せめて時々様子を見、そしてその疲れを少しでも削ごうとお茶を入れるだけに止めていた。

(さて、そろそろ準備をしておこう)

 大和がトレーニングに行っている時と同じように、差し入れにはお菓子を手作りするようにしている。今日はチョコチップクッキーを作り、庭にまで持っていってあげよう。

「‥‥‥あ、これを外さないと」

 調理の準備を始めようとした綾香は、戸棚に手を上げ、そこで自分の指を見つめていた。
 上げていた手を下ろし、指に填めていた小さな指輪を外して大事そうに抜き取り、フッと小さく笑みを浮かべる。
 言葉にするような事はない。この指輪を見れば、あの時の幸福は変わらず、いつでも同じ気持ちになれる‥‥‥
 そんな大事な指輪を、綾香は大事そうに握りしめた‥‥‥









 指輪を貰ったのは、三月十四日、ホワイトデーの日であった。
 綾香がトレーニングジムにまでチョコを渡しに行ったバレンタインのような喧噪はなく、三年も卒業して一気に寂しくなった高校の放課後、綾香と大和は二人静かに帰宅していた。
 この季節、卒業した者達は当然として、そうでない者も午後は時間が空くようになっている。進級のテストもパスした者達にとって、既に春休み気分であった。
 二人は学校帰りに商店街へと自然に入り、そして夕飯の買い物を済ませていく。元から二人とも商店街では顔が知られているのだが、婚約してからと言うものは来る度に声を掛けられるようになっていた。

「まったく。お祖母様が言いふらすから‥‥」
「あの人なりの配慮なんだろ。御陰で助かってるし、良いんじゃないのか?」
「まぁ、そうかも知れないけど‥‥」

 綾香が口ごもりながら、手にしている袋を持ち上げる。
 「よぉ!そこの新婚さん!」と言われ、頻繁に通っている店から貰った物だ。綾香の祖母から二人の事を聞いていたらしく、二人が揃ってきても、別段驚いた様子を見せなかった。
 二人の交際を邪魔するような酔狂も、もう周りには居なかった。どう足掻いた所で崩せない事は皆して解っていたし、完全に周囲を味方に付けていた二人の引き裂こうとする者達(綾香のファンクラブの者達など)は、二人に知られることなく、誰かの手によって止められていた。
 ‥‥‥‥のだが

「確かに。みんなに気を遣わせてばかりだな」
「もう一度、ちゃんと礼を言わないといけないな」

 大和が後頭部を掻きながら言うと、綾香もすまなさそうに背後をチラリと振り返り、どこか嬉しそうに大和に寄り添っていた。
 二人の周囲の者達‥‥‥例えばクラスメイト達や綾香の家族達などは、二人の交際に賛否を分けながらも、様々な方法を持ってサポートしてくれる。中には今のように、商店街の顔見知りでさえ気を掛けてくれていた。
 いくら両家で認められているとは言っても、二人はまだ学生、未成年だ。
 一人暮らしの大和の家に綾香が行く事だけでも問題になりかねず、実際綾香の入っている弓道部の顧問や大和の近所の目など、好意的に見て貰えない所は多々として存在する。
 ‥‥‥‥それを気に掛けてくれる仲間というのは、二人の精神負担を大きく支えてくれていた。

「頼りすぎるのも問題だからな。ここらで一つ、俺が何か‥‥‥」

 商店街から抜け出るかどうかという所で、大和が足を止めて振り返った。つられて綾香が振り返ると、何かを探すかのようにして熟考している大和が目に入った。

「どうかしたのか?」
「いや‥‥‥あ、悪いんだが、綾香、そこに噴水があったよな」
「? ああ。駅前にあるが‥‥」
「ちょっと、そこで待っててくれないか?ここじゃあ、休めないからな」

 絶えず人が通っている大通りからほんの百メートル程離れている駅前の噴水を指差し、大和は綾香にそう言った。

「別に構わないが、どうかしたのか?」
「ああ。ちょっとした買い忘れだ」
「それなら私も‥‥」
「良いって。これは、俺だけで行かせてくれ」

 大和はそう言うと、「な‥?」と言い、綾香の肩に優しく手を置いた。
 大和が何を考えているかまでは解らなかったが、綾香は肩に置かれた手の温もりから大和が悪い事を考えている訳ではないのだと判断し、ならばと小さく微笑する。

「解った。だが、早く戻ってきてくれ」
「善処する。それじゃ」

 大和が人混みを分けながら、ちょうど主婦でごった返してきた商店街へと引き返し、あっという間に紛れてしまった。
 まさかずっとそこで待っている訳にも行かず、綾香はそれを見送ってから、大和に言われた通りに駅前へと歩いていった。
 噴水前のベンチへと座り、荷物を下ろす。

(大和は、一体何を買いに行ったのだろうか‥‥‥?)

 空いた時間で考える。今まで、大和と一緒に買い物に出かけて遠ざけられた事など無い。大和と買い物に出かける時は大体最初から最後まで一緒で、相手に知られたくないような物は、一人で買いに出ていたのだ。

(私を置いていく理由‥‥ダメだな。どうしても思いつかない)

 大和を信頼している。その点については断言出来たし、今でもナニかを疑っている訳ではない。
 しかし綾香はまだ若く、それでいて不安を溜めやすいタイプだ。しかも気になり出すと考え込み、どうしても不器用な回答を出しがちになる。
 大和と付き合ってからは大分良い方向へと改善されてきているが、不安というものを完全に拭いきれる人間などそうそう居ない。
 綾香は大和が戻っていった商店街の入り口を見つめながら、ソワソワとしながら待ち続けていた。

「ねぇ、君さ〜どうしたの?」
「え?」
「暇そうにしてるしさ、荷物持つし、休むんならそこら辺で俺達と飲みに行かない?あ、大丈夫、お茶だから」

 商店街の方ばかり見ていた綾香が顔を上げると、見知らぬ青年達が目に入った。しかも複数‥‥‥年の頃はそう変わらないだろうが、平日休日問わずに街中を遊び回っていそうな雰囲気だった。

「え‥‥‥いえ。私は待ち合わせをしているので‥‥」
「んじゃさ、すぐそこの喫茶店にしようぜ。この場所が見える場所なら、別に移動しても良いだろ?」
「いえ。私がここを動く訳には‥‥‥」

 何とか追い払おうと、言葉を選び、相手を刺激しないようにしながら断りを入れる。
 実のところ、綾香はこの手のナンパには慣れていなかった。容姿端麗な綾香をナンパしようとする者達はいたのだろうが、以前の綾香には冷たい空気があり、それがこの手の者を遠ざけていたのだ。それは、学校の者達が綾香の事を“高嶺の花”として見て、話し掛けようとしなかった事と大差ない。
 だが大和と付き合っているからか‥‥今の綾香には、人を遠ざけるような雰囲気が無くなっていた。
 それ自体は良い事だろう。だが‥‥‥

「そう言わずにさぁ。ね?」

 なかなか相手は引き下がってはくれなかった。あろう事か綾香の手を取り、ギュッと握りしめてくる。

「俺達夜まで暇なんだよ。それまで付き合ってくれよ。何なら、その後まででも良いから、な?」
「は、離して下さい」
「良いだろ。別に」

 だんだん相手の言葉に苛立ちが混じり始める。普段は成功させているナンパが通用しないからか、それとももう少しで落とせると思って息巻いているのか‥‥‥
 手を握ってきた青年は、その力を一層強めた。

「っ、痛!」
「なぁ、良いだろ。別に悪い事しようってんじゃ‥‥‥‥‥痛え!!」

 綾香が目を瞑って痛む手を払い除けようとした途端、綾香が叩くよりも早く、横から割ってはいった手が青年の手を打ち払った。
 青年は綾香のナンパに夢中でその手を避けられず、腕を叩かれて反射的に手を離していた。

「な、何しやがる!?」
「それはこっちのセリフだって。悪いけど、俺の妻に手を出さないでくれるか?」
「や、大和?!」

 いつの間にか戻ってきた婚約者の登場に、綾香は思わず声を上げた。
 手を掴んでいた青年も声を上げているが、大和に掴みかかる事が出来ず、睨み付けるだけで止まっている。
 その理由は二つある。
 一つは、大和は青年の腕を叩くと同時に掴み、殴りかかろうとするその手を握り締めている事だ。相撲からレスラーへと転向した大和の力は、リハビリ中とはいえ、そこらの不良達とは比べるまでもない。
 もう一つは‥‥‥

「妻?」
「または俺の女。正式な婚約者」
「なんだよそれ。今時‥‥‥‥ホントか?」
「ああ。証拠があるからな」

 そう言うと大和は、青年の腕を放し、懐から小さな白い箱を取り出した。
 それを開け、中から小さな、銀色の輪を摘み出す。

「やれやれ。『良いムードの時に渡すべきだ』って言われたのにな‥‥‥‥」
「‥‥‥‥あ」

 大和はぼやきながら綾香の右手を手に取り、ソッと薬指へと差し込んだ。
 指輪の経は綾香の指にピッタリで、特に抵抗もなく、スゥッと半ばまで入っていく。

「婚約指輪。俺のだっていう印‥‥‥まだ、渡してなかったからな」

 大和は綾香に笑いかけながら照れくさそうに顔を背け、大和と綾香を呆然と見ていた青年達に向き直った。

「そう言う事だ。悪いけど、ここは引き取ってくれ」
「‥‥ッチ。しらけちまった。行くぜ」
「あ〜あ。売却済みかよ‥‥‥つまんねぇ」
「お幸せにな。ッてか羨ましいなぁ、おい」

 綾香に絡んでいた者達は、それぞれ口々に言い合いながら、足早にその場を去っていく。綾香を妻だと言い切った大和に気圧されたのか、周りの視線に気圧されたのかは解らないが、何にせよ、もう綾香に関わる事もないだろう。
 当の綾香は指輪と大和を交互に見つめながら、青年達と同じぐらいに呆然としていた。

「‥‥‥大和?これは‥‥」
「あ、ああ。それはな、バレンタインの時にジムに来ただろ?その時に先輩から『婚約指輪をしてなかったな』って指摘されて‥‥‥それからお祖母さんに指輪の号とか色々聞いて、前から予約しておいたんだ」

 『これを受け取りに行くのを忘れててな。‥‥‥秘密にしておきたかったし‥‥』
 最後ににそうとだけ付け加えると、大和は綾香の隣に置かれていた荷物を手に取った。
 それから未だに呆然としている綾香に「帰るか」とだけ言い、早足でいつもの道へと戻っていく‥‥‥
 その背中を見つめていた綾香は‥‥‥

「‥‥‥そうだな」

 呟き、増えてきた人混みの中を走り始め‥‥‥‥

「帰ろう。わたし達の家に!」

 満面の笑顔で、大和の腕に抱きついていた‥‥‥‥









「‥‥‥‥‥今思い出しても、ずいぶん恥ずかしい事をしたな。私は」

 カァッと、久しぶりに頬が紅潮した。
 クッキーはオーブンの中で焼かれ、今ではチョコの甘い香りを漂わせている。
 その香りとはまた別に、綾香は温かい緑茶を急須(きゅうす)に淹れていた。甘い香りと渋い香りが入り交じっているが、不思議と違和感が無く、むしろ心地良い雰囲気を漂わせていた。

「さて、と。こっちも出来たかな」

 オーブンからクッキーを取り出し、一つだけ味見として囓ってみる。
 焼き立てでまだ柔らかく、しっとりと柔らかな味が口内に広がっていく‥‥‥

「うん。美味しい」
「綾香ーー!すまん。ちょっとお茶をくれ。なんか、トレーニングよりも疲れた‥‥‥」
「カァーーー!!」
「わかった。ちょっと待っててくれ」

 綾香はクッキーを皿の上に載せ、盆の上にセットする。もちろん急須も忘れずに載せ、それから落とさないよう、ゆっくりと歩き出した。

「思ったよりも大変なんだな。庭を綺麗にするのは‥‥‥」
「そうだな。だが、これからは大事にしていかなくてはいけないだろう?」

 綾香は縁側に座っている大和の隣に座り、盆を置いてお茶を注ぐ。大和はその様子を眺めながら、すかさずクッキーに食らい付こうとするカー助を押さえていた。

「だが、これからは私にも草むしりぐらい手伝わせてくれ」
「え?」
「だって‥‥」

 ここは、私の家なのだから‥‥‥
 そう心の中で呟いた綾香の指に、銀色の指輪が輝いていた‥‥‥‥






★★参加PC★★
5123 和泉・大和 (いずみ・やまと)
5124 御崎・綾香 (みさき・あやか)


★★ライター通信★★
 毎度ご発注ありがとうございます。メビオス零です。
 そしてそろそろこの挨拶にも飽きてきたので、次回は変わった挨拶にしようと思います!(変なところで気合いを入れる奴)
 さて、これで‥‥‥いったい何話目なんでしょうね?(汗)もうかなりの数になってきたような気がするんですが‥‥
 まぁとりあえず、今回のお話はどうでしたでしょうか?何だか大和の家が当初よりも大きくなっているような気が‥‥‥ギリギリセーフかな。うん。
 今回は,終始綾香視点です。綾香と大和の絆の再確認。
 う〜む‥‥‥アイテム贈れたら良いのに。婚約指輪‥‥‥惜しいなぁ。
 まぁ、そこら辺は仕方ないと思っておきましょう!
 では、今回のお話はどうでしたでしょうか?(あれ?二回言ってる?)
 また次回も(あれば)頑張らせて頂きますので、よろしくお願いします。
 ご依頼と、そして読んで下さって、誠にありがとうございました。
(・_・)(._.)
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東京怪談
2006年03月27日

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