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『月夜の葡萄園 』
峰岸・章吾6201



◇★◇


 石畳の上に水を撒き、両脇に植えられている花々を見詰め、枯れてしまった葉を取り除く。
 綺麗に咲いた花の香りは甘く優しくて・・・笹貝 メグル(ささがい・めぐる)はうっとりと目を瞑りながら花の香りを楽しんだ。
 ザァっと、風が1陣吹き、メグルの淡い銀色の髪を撫ぜる。
 腰まで伸びた髪は、大きな弧を描いて風に踊り―――
 「メーグルー!!!」
 そんな爽やかな昼下がり、メグルの名前を呼ぶ間の抜けた声。
 メグルの脳裏に実の兄である、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)の顔が浮かぶ。
 「お兄さん、何ですか〜?」
 「ちょっと。」
 なんだろうか・・・。小首を傾げながらも、メグルは立ち上がると屋敷の中へと入って行った。
 廊下を抜け、突き当りの部屋に入る。
 「何か困った事でも・・・」
 「メグルさぁ、葡萄園の小父様覚えてるか?」
 「・・・えぇ。覚えてますよ。綺麗な葡萄園の中に建っている小さな丸太小屋に住んでいる・・・」
 「その小父様がさ、今度レストランを開くそうなんだ。あの丸太小屋を改装して。」
 「そうなんですか?良いじゃないですか。葡萄園の奥には、確か小さな噴水なんかもありましたよね。花畑とか・・・」
 「そうそう。んで、ホワイトデーにってチケット貰ったんだよ。」
 詠二がそう言って、淡いピンク色の紙をペラリとメグルに差し出した。
 「特別御招待券・・・料理もタダなんですか・・・?」
 「あぁ。そうみたいだ。前に俺らに世話になったからってくれたんだけど・・・」
 「ホワイトデーは、予定が入ってますね、確か。」
 メグルはそう言うと、小さく溜息をついた。
 何でも屋をやっている詠二とメグルには、基本的に休みは無い。特に行事の時は・・・・・。
 「お断りするのも、アレですし・・・どうするんです?お兄さん?」
 「んー・・・しょうがないから、誰かにあげよう。」
 詠二はそう言うと、よいしょと勢いをつけて立ち上がった。
 「あげるって言ったって、誰にあげるんです・・・?」
 「さぁ。ま・・・誰か適当に声でもかけるよ。」
 「適当ってお兄さん・・・!!」
 「折角のホワイトデー、素敵な場所での夕食・・・最高じゃん!」
 詠二はそう言うと、ソファーの上からポンと飛び下り、パタパタと部屋を後にした。
 「最高じゃんって・・・!お兄さんっ!!いきなりそんなの手渡されても、迷惑じゃ・・・って、もういないんですよね・・・」
 はぁぁぁっと、盛大な溜息をつくと、メグルは天井を仰いだ。
 こうも無鉄砲な兄を持つと、とても苦労する・・・・・・・。


◆☆◆


 生徒から預かった日誌を見ながら、峰岸 章吾は深い溜息をついた。
 赤ペンを持ち、間違った文字を訂正して行く・・・。
 高校生なのに、どうしてこうも漢字を間違えるのか。どうやって入試を通って来たのか。章吾には不思議で仕方なかった。
 ・・・あぁ、そう言えば入試はマークシートだったか・・・?
 それならば漢字の書ける書けないは問われない。
 マークシート方式では、答えが合っているか合っていないか。もっと言ってしまえば、その問題についての“知識”があるかないかが問われるのだ。採点する側も、回答する側も、随分と簡単になったものだ・・・。
 いちいち答えを合っているかどうか教員総出で見なくても、機械に入れて少しすれば・・・
 「セーンセ。」
 そんな声が聞こえて、章吾は日誌から顔を上げた。
 にっこりと微笑む顔には見覚えがあった。・・・見覚えも何も、今現在章吾と向き合っている日誌は何を隠そう彼が書いたものである。
 「・・・三村・・・」
 盛大な溜息の後に、どうしてこんな簡単な漢字を間違えているのかを問おうとして
 「センセ、14日暇?」
 不意な言葉に口を開いたまま停止した。
 「・・・なんだ?14日、何かあるのか・・・?」
 章吾の言葉を受けて、三村 櫂渡はポケットから淡いピンク色の紙を取り出して章吾の方へと差し出した。
 黒い文字で『特別御招待券』と書かれたソレを前に、櫂渡の言葉を待つ。
 「コレ、さっき貰って・・・センセ、一緒に行かない?つーか、行こう?」
 とんでもない事を言い出す櫂渡に、章吾は頭を抱えたなくなった。
 「夜、一緒に。レストラン、タダなんだって。」
 「あのなぁ、三村・・・」
 生徒と一緒に教師が夜ご飯を食べる・・・別に、それは問題ない。遅くならないうちに親御さんの元に引き渡せば大丈夫だ。ただ、その場合は“クラス会”や“打ち上げ”など、複数の生徒の子守ならぬ引率をする場合であって・・・だからこそ、1対1での食事と言うのは問題だ。
 妙な噂を立てられないとも限らないし―――
 「14日、学校の前で待ってるから。」
 「は?」
 「来てくれるまで、待ってるから。」
 「あのなぁ、俺は・・・」
 “行かない”そうキッパリ言おうとしたのだが・・・あまりに思いつめたような顔の櫂渡に、言葉が出て来ない・・・。
 「待ってるから。」
 そう言うと、櫂渡は手を振って走って行ってしまった―――
 「俺に如何しろと・・・」
 きっと、櫂渡は待っているのだろう。章吾が来るまで、ずっと・・・ずっと・・・。
 今日何度目かの溜息をつき、頭を抱え込む。
 窓の外を見れば何時の間にかオレンジ色に染まっており、赤ペンで訂正しかけの日誌は、繊細な文字だった。


◇★◇


 窓の外を流れる景色は既に夜の気配を含んでおり、沈む夕日のオレンジ色が何だか場違いなまでに輝いていた。
 空に浮かぶ星は弱い光を発しており、まだ白い月はボンヤリと滲んでいる。
 隣を見れば櫂渡がボンヤリと外の風景を眺めていた。
 結局、ついて来てしまったのは・・・きっと、どこかで未だに“あの事”に負い目を感じているからなのだろう。
 あの時に、言ってけば良かった。『違う』と、はっきり・・・。
 車は高いビルの立ち並ぶ大通りを抜け、暫く真っ直ぐ走っていた。
 段々と建物が低くなり、ついにはポツポツとしか家が見えなくなる。
 同じような風景に飽き始めた頃になってようやく前方に低いアーチが見えた。
 それを潜れば、両脇に茂る葡萄の木々―――
 葉のついているもの、実の生っているもの、花のついているもの・・・全ての成長過程を刻一刻と映し出す木々に、疑問を抱かざるを得ない。
 「・・・葡萄って、今の時期に生るの?」
 「いや、違うと思うが・・・。」
 櫂渡の疑問に、章吾が言葉少なそう言うと、視線を櫂渡に注いだ。
 何か言葉をかけようとして・・・止めた。視線を窓の外へと戻してしまう。
 かけるべき言葉は、見当たらなかった。別に、話しの花が咲いたところで、どうしようもない・・・。
 道は木々の間を縫うように進んでおり、続く風景はあまりにも異質だった。
 「お客さん、もう直ぐで着きますよ。」
 運転手がそう言って前方を指差し、その指先を追うと小さな丸太小屋が1軒、葡萄園の真ん中にポツリと建っていた。
 まるで御伽噺の中から抜け出したかのような可愛らしい造りの丸太小屋に、思わず苦笑する。
 女の子なら喜びそうなものだが・・・隣に座る櫂渡は少しも顔色を変えない。
 音もなく車が丸太小屋の前で停車して、料金を払うべく章吾はポケットから財布を取り出した。それをボウっと見ている櫂渡に「先に出ていろ」と言うと、素直に車外へと出て行った。
 運転手の言う料金を差し出すと、年配の運転手はニッコリと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
 「ご兄弟ですか?仲が良いですね。」
 「・・・あぁ。」
 章吾の年齢から言って、息子ではないだろうと踏んでの言葉だったらしい。・・・そう、見えるのだろうか?随分と似てない兄弟だが・・・。
 1つだけ軽く礼を言うと、章吾は車外へと出た。
 風が吹く。
 甘い香りは葡萄のものだろうか・・・?
 何時の間にか、完全に夜に没してしまった空に輝く無数の星。
 「随分と星が沢山見えるな。」
 そう言って、空を見上げる。
 「・・・そうだね・・・。」
 櫂渡が章吾の言葉に頷き・・・再び発車する車が、木々の間を縫って行く。見えなくなるまでソレを見詰めた後で、2人は丸太小屋の中へと入って行った。


 レストランの中は質素な造りで、薄いレースのカーテン越しに見える月明かりはあまりにも淡かった。
 初老の紳士風の男性が、2人を一番奥のテーブルへと案内して恭しく頭を下げる。
 ・・・窓の外には大きな月がポッカリと浮かんでおり、その下には葡萄園が広がっている。
 酷く幻想的な光景しばらく見とれた後で、章吾は言葉を紡いだ。
 「それで、どうして今日・・・俺を誘ったんだ?」
 こんな事がバレたら教育委員会にPTAに、大目玉だ・・・と、冗談だか本気だか自分でも分からない言葉を呟く。
 「・・・センセーは特別だから。」
 そう言って櫂渡がニッコリと微笑み、章吾は盛大な溜息をついた。
 「大人をからかうな・・・」
 苦々しく吐き出した言葉に、櫂渡が反論する。
 「からかってないよ・・・!」
 その時だった。
 先ほどの男性が、お盆の上に真っ白なお皿を乗せて現れた。
 トントンと目の前に置かれて行くお皿・・・その上に乗ったステーキは、美味しそうな匂いを撒き散らしている。お皿の隣には黒としか形容し難い色の液体が入ったグラスを置き・・・きっと、ぶどうジュースなのだろうと章吾は思った。
 それではごゆっくりお寛ぎ下さいとだけ言って、男性は踵を返した。
 頂きますと呟く櫂渡の声を聞きながら、右手にナイフ、左手にフォークを持つ。
 「・・・バスケの腕はトップクラス。英語・数学や理科等の科目ではダントツの成績を収めているが、漢字に弱い。」
 不思議そうに顔を上げた櫂渡に向かって、章吾は小さく肩を竦めた。
 「まではいいとして・・・。」
 「それ、誰の事?」
 「お前だよ・・・三村 櫂渡・・・」
 話を聞いていて分からなかったのか?と言いたげな視線を向けると、櫂渡が苦笑を返してきた。
 「余りに思考が大人びていて、大人や上級生には馬鹿にしているような印象を受けるらしく・・・実際三村の態度にも問題があって揉め事を頻繁に起す。」
 「あーうん。否定はしない・・・けど・・・」
 「しないと言うか、出来ない・・・だろ?」
 反論は出来ないらしく、櫂渡は言葉に詰まって視線を揺らしている。
 「女をとっかえひっかえ、続いてせいぜい一ヶ月。来る者拒まず去る者追わず。」
 沈黙した櫂渡に視線を向けると、何を思ったのかケラケラと笑い出した。
 おそらく、そうするより他に出来る反応がないのだろう・・・。
 「よくもまぁ、一個人についての情報が出回っている・・・」
 「人気者?」
 「ある意味な。」
 章吾はそう言うと、視線を落とした。
 三村と言う生徒は、何かと目立つ。それは、良くも悪くも人目を引くからかも知れない・・・。
 綺麗に整った顔は、女生徒の関心と男子生徒の嫉妬を買うのもまた事実だ。
 「校内一の色男が俺に構ってばかりだと、女共が泣くぞ。」
 「・・・泣かないよ。」
 あまりにも断定口調の台詞に、顔を上げる。
 ・・・どうしてそんな事が言い切れるのだろうか?
 「皆、寂しいから相手を探す。・・・泣かないためにだよ。」
 急に大人びた表情を見せる櫂渡。
 年齢にそぐわない視線は、ボウっと窓の外に向けられている。
 ―――何か声をかけなければと思いつつ、かけるべき言葉が見当たらない・・・。
 そうこうしているうちに、突然櫂渡が口を開いた。
 「・・・なぁセンセ。飯食い終わったら花火しようぜ。」
 「花火は夏にするものだろう?」
 何故急にそんな事を言い出したのだろうか・・・?
 ポツリと呟きながら、グラスを傾ける。
 「夏まで・・・待てない・・・。」
 そう言うと、櫂渡が鞄の中から沢山の花火を取り出して章吾に見せた。
 「よくこんなに用意できたもんだな・・・」
 もう時期外れも良いところなのにと、心底呆れながら言葉を紡ぐ。
 「だって・・・随分前から、ずっとずっと楽しみにしてたんだぜ?」
 無邪気に微笑む櫂渡。
 その瞳に映っているのは・・・誰なのだろうか・・・?


◆☆◆


 レストランの外は満天の星空で、月明かりがあまりにも儚くて―――
 章吾はそんな空を見上げながら歩いた。
 丘の上に上り、狂い咲く桜の木。
 早咲きと言うには、あまりにも咲き誇りすぎた桜の花は、どこか恐ろしく感じる・・・。
 櫂渡がポケットからライターを取り出し、カチっと小さな音と共に灯る炎。その中に花火の先をつける。
 ―――あの独特の火薬の臭いが広がり、映る光は七色で・・・飛び散る火花は地面に着く前に儚く消える。
 1本。また1本と消える花火。
 黒く煤けた棒を、脇に並べて行く。
 灯っては消える、その光が・・・無邪気に花火で遊ぶ櫂渡の顔を淡く染め上げる・・・。
 「・・・初めて先生に会った時、あの人だと思ったんだ。」
 「三村・・・?」
 「ずっと、ずっと待ってたんだ。貴方を・・・」
 その言葉に、章吾はふっとあの時の事を思い出した。


 風が強く、ざわめく木々の声を聞きながら、その中に微かに響く・・・綺麗な歌声。
 紡がれた言葉はあまりにも感情を含みすぎていて―――
 声を辿って行けば、見覚えのある少年が座っていた。
 『・・・それは何の歌だ?』
 ザっと目の前に人が立つと、酷く驚いたような顔で見上げられ・・・。
 ―――気付くべきだったんだ。
 余りにも繊細なその視線に。
 余りにも儚すぎるその視線に・・・・・。
 『俺の名前、覚えてる?』
 『確か、三村・・・・・・・』
 『櫂渡。』
 『あぁ、そんな名前だったな。』
 朧気なき奥を辿ると蘇る、黒い文字。
 生徒名簿か何かで見た覚えのあるソレは、ありありと漢字までも思い出された。
 『三村 櫂渡・・・な。よし、覚えた。』
 そう言ってふわりと微笑むと、櫂渡も微笑んだ。にっこりと、全ての感情を出して―――
 『おかえり・・・』
 その言葉に、困惑の色を滲ませる。
 その後に続く言葉を否定できるほど、章吾は冷たい男ではなかった。
 こんなにも嬉しそうな顔をしているのに・・・・・・・・


 花火が消える。
 再び、櫂渡がライターで火を灯す・・・・・
 「それは思い込みだ、三村。」
 あの時、きちんと否定しておけば良かった。
 傷つけるのが怖くて言えなかった言葉を、きっぱりと・・・今・・・言う。
 「見た時思ったんだ。あの人が帰って来てくれたんだって。」
 「俺はお前の探している人じゃない。」
 「でも、あの時“おかえり”って言ったら先生は・・・」
 「違うと・・・叫べば良かったのか?あの顔に、そう言えば良かったのか?あんなに嬉しそうな顔をした、お前に?」
 苦しそうに眉根を寄せる。
 ザァっと風が吹き―――桜の花弁が雨のように降って来る。
 あまりにも幻想的な光景に、章吾は視線を落とした―――――


◇★◇


 花火も残り5つ。
 残ったのが線香花火なんて、なんだか寂しい・・・。
 章吾はそう思うと、ふっと溜息をついた。
 「もう・・・待てないよ・・・・・」
 呟く櫂渡の声が、微かに震えている。
 ・・・火を灯す。
 次から次に、無心になって―――

  ポタ

 最後の1本の火が落ち、世界が月光に染まる・・・
 「分かってた。・・・本当は全部・・・・・分かってたんだ・・・・」
 真っ直ぐに章吾の瞳を見詰めてそう言うと、櫂渡は微笑んだ。
 哀しそうな笑顔は、儚くて・・・。
 後悔する。
 今更の否定で、きっと傷つけた・・・。
 あの時に言っておけば良かったなんて、過去に責任を押し付けるわけには行かない。
 過去も今も、章吾は章吾なのだから・・・。
 乱舞する桜の花弁。
 櫂渡がカチっとライターを点け、しばらく炎の色を見詰めた後で、そっと・・・指を離す。
 火が消され・・・あまりにも淡い月明かりは、儚すぎる色だった―――――




              ≪ E N D ≫



 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
 ━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6176/三村 櫂渡/男性/16歳/高校生


  6201/峰岸 章吾/男性/35歳/教師


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 まずは・・・大変お待たせしてしまい、まことに申し訳ありませんでしたっ!
 この度は『月夜の葡萄園』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。(ペコリ)
 章吾様の雰囲気を壊さずに描けていれば良いのですが・・・。
 回想シーンも織り交ぜてのノベルになりましたが、このような雰囲気で大丈夫でしたでしょうか?


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月16日

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