『月夜の葡萄園 』

三村・櫂渡（6176）

◇★◇


　石畳の上に水を撒き、両脇に植えられている花々を見詰め、枯れてしまった葉を取り除く。
　綺麗に咲いた花の香りは甘く優しくて・・・笹貝　メグル（ささがい・めぐる）はうっとりと目を瞑りながら花の香りを楽しんだ。
　ザァっと、風が１陣吹き、メグルの淡い銀色の髪を撫ぜる。
　腰まで伸びた髪は、大きな弧を描いて風に踊り―――
　「メーグルー！！！」
　そんな爽やかな昼下がり、メグルの名前を呼ぶ間の抜けた声。
　メグルの脳裏に実の兄である、鷺染　詠二（さぎそめ・えいじ）の顔が浮かぶ。
　「お兄さん、何ですか〜？」
　「ちょっと。」
　なんだろうか・・・。小首を傾げながらも、メグルは立ち上がると屋敷の中へと入って行った。
　廊下を抜け、突き当りの部屋に入る。
　「何か困った事でも・・・」
　「メグルさぁ、葡萄園の小父様覚えてるか？」
　「・・・えぇ。覚えてますよ。綺麗な葡萄園の中に建っている小さな丸太小屋に住んでいる・・・」
　「その小父様がさ、今度レストランを開くそうなんだ。あの丸太小屋を改装して。」
　「そうなんですか？良いじゃないですか。葡萄園の奥には、確か小さな噴水なんかもありましたよね。花畑とか・・・」
　「そうそう。んで、ホワイトデーにってチケット貰ったんだよ。」
　詠二がそう言って、淡いピンク色の紙をペラリとメグルに差し出した。
　「特別御招待券・・・料理もタダなんですか・・・？」
　「あぁ。そうみたいだ。前に俺らに世話になったからってくれたんだけど・・・」
　「ホワイトデーは、予定が入ってますね、確か。」
　メグルはそう言うと、小さく溜息をついた。
　何でも屋をやっている詠二とメグルには、基本的に休みは無い。特に行事の時は・・・・・。
　「お断りするのも、アレですし・・・どうするんです？お兄さん？」
　「んー・・・しょうがないから、誰かにあげよう。」
　詠二はそう言うと、よいしょと勢いをつけて立ち上がった。
　「あげるって言ったって、誰にあげるんです・・・？」
　「さぁ。ま・・・誰か適当に声でもかけるよ。」
　「適当ってお兄さん・・・！！」
　「折角のホワイトデー、素敵な場所での夕食・・・最高じゃん！」
　詠二はそう言うと、ソファーの上からポンと飛び下り、パタパタと部屋を後にした。
　「最高じゃんって・・・！お兄さんっ！！いきなりそんなの手渡されても、迷惑じゃ・・・って、もういないんですよね・・・」
　はぁぁぁっと、盛大な溜息をつくと、メグルは天井を仰いだ。
　こうも無鉄砲な兄を持つと、とても苦労する・・・・・・・。


◆☆◆


　街中に溢れる人を見て、思い出す。
　こんなにも人は沢山いるのに・・・会いたい人に会う確立なんて、ほとんどない。
　偶然とか奇跡とか、そんな薄っぺらい言葉じゃなくて―――運命が、あれば良いと思う。
　運命ならば確実な色が含まれているから・・・・・・。
　「はぁい、そこのおにーサン☆」
　不意に声をかけられて、三村　櫂渡は足を止めた。
　振り返ったそこには櫂渡と同じ年頃の少年が立っており・・・妖しいまでに美しい紫色の瞳に、思わず魅せられる。
　「何か？」
　「んっとねぇ、俺、鷺染　詠二っつってぇ、何でも屋・鷺染の社長をやってるんだけど・・・」
　その歳でか？
　出かかった言葉を飲み込む。別に、櫂渡にとって詠二が何でも屋の社長であろうとなかろうと、関係はない。
　「でさぁ、以前お世話になったところから招待券貰っちゃったわけでぇ。」
　ポケットから取り出すのは、淡いピンク色の券２枚。
　中央には黒い文字で『特別御招待券』と書かれている。
　「１４日、おにーサンは何かご予定ありますぅ？」
　「おにーサンじゃなくて、俺は三村　櫂渡っつーの。」
　歳は同じ位の少年。ともすれば、櫂渡よりもいくらか年上な印象を受ける詠二に“おにーサン”と呼ばれるのはなんだか違和感がしてならなかった。そもそも、おにーサンと呼ばれるのも、あまり良い響きはしない。チンピラに絡まれる時によくそうやって声をかけられているから・・・。
　「そか。んじゃぁ櫂渡君。１４日、俺の代わりに行ってくれないかな？飲食はタダ！葡萄園の中にある素敵レストランだよ☆」
　そう言ってニカっと笑う詠二・・・。
　急にそんな事を言われてもと言う気持ちが若干。けれど、詠二からは不快な雰囲気はない。本当に純粋に櫂渡にレストランへの招待券を手渡したいのだと言う気持ち以外に詠二に見え隠れするものはない。
　「・・・別にいーよ。俺、暇だし。」
　「そっか！さんきゅ♪」
　酷く嬉しそうにそう言って、詠二は券を２枚差し出した。
　「・・・２枚？」
　「うん。誰か誘いたい人いたらどーぞ？」
　本当ならね、俺と妹が行くはずだったんだけど、どっちも仕事が入っちゃって〜・・・と言う詠二の呟きは、聞いているのか聞いていないのか自分でも良く分からなかった。言うなれば、右から入って左に抜ける感じだ。すでに櫂渡の頭は別の事を考え始めていた。
　・・・誰を誘うか・・・。
　女の子達？いつもつるんでるヤツら？
　―――本当に行きたいのは・・・・・・
　「とりあえず、さんきゅ。有り難く使わせてもらう・・・えっと・・・詠二？」
　「うんうん、詠二で合ってるよ。んじゃぁ、楽しいホワイトデーを。」
　そう言って手を振りながら去って行く詠二。・・・そう言えば、１４日はホワイトデーだった。
　・・・冬が通り過ぎれば、春になる。そうすれば、夏がやってくる・・・。
　でも、夏まではまだまだ先。この冷たい風が通り過ぎるまでは、まだまだ時間が掛かるから・・・・・・


◇★◇


　窓の外を流れる景色は既に夜の気配を含んでおり、沈む夕日のオレンジ色が何だか場違いなまでに輝いていた。
　空に浮かぶ星は弱い光を発しており、まだ白い月はボンヤリと滲んでいる。
　隣を見れば峰岸　章吾が眉根を寄せながら窓の外を眺めており、少し強引過ぎた誘い方に、櫂渡は後悔し始めていた。
　けれど・・・アレくらいしないと、章吾が来てくれないのは最初から分かっていた。
　車は高いビルの立ち並ぶ大通りを抜け、暫く真っ直ぐ走っていた。
　段々と建物が低くなり、ついにはポツポツとしか家が見えなくなる。
　同じような風景に飽き始めた頃になってようやく前方に低いアーチが見えた。
　それを潜れば、両脇に茂る葡萄の木々―――
　葉のついているもの、実の生っているもの、花のついているもの・・・全ての成長過程を刻一刻と映し出す木々に、疑問を抱かざるを得ない。
　「・・・葡萄って、今の時期に生るの？」
　「いや、違うと思うが・・・。」
　櫂渡の疑問に、章吾が言葉少なそう言うと、視線を櫂渡に注いだ。
　何かを言おうとして止めて―――それっきり、視線を窓の外へと戻してしまう。
　道は木々の間を縫うように進んでおり、続く風景はあまりにも異質だった。
　「お客さん、もう直ぐで着きますよ。」
　運転手がそう言って前方を指差し、その指先を追うと小さな丸太小屋が１軒、葡萄園の真ん中にポツリと建っていた。
　まるで御伽噺の中から抜け出したかのような可愛らしい造りの丸太小屋に、思わず苦笑する。
　女の子なら喜びそうなものだが・・・隣に座る章吾は少しも顔色を変えない。
　音もなく車が丸太小屋の前で停車して、先に出ていろと言う言葉に、櫂渡は車外へと出た。
　風が吹く。
　甘い香りは葡萄のものだろうか・・・？
　何時の間にか、完全に夜に没してしまった空に輝く無数の星。
　「随分と星が沢山見えるな。」
　車から出ると、章吾がそう言って空を見上げた。
　「・・・そうだね・・・。」
　櫂渡が頷く。
　再び発車する車が、木々の間を縫って行く。見えなくなるまでソレを見詰めた後で、２人は丸太小屋の中へと入って行った。


　レストランの中は質素な造りで、薄いレースのカーテン越しに見える月明かりはあまりにも淡かった。
　初老の紳士風の男性が、２人を一番奥のテーブルへと案内して恭しく頭を下げる。
　・・・窓の外には大きな月がポッカリと浮かんでおり、その下には葡萄園が広がっている。
　酷く幻想的な光景しばらく見とれた後で、不意に章吾が口を開いた。
　「それで、どうして今日・・・俺を誘ったんだ？」
　こんな事がバレたら教育委員会にＰＴＡに、大目玉だ・・・と、冗談だか本気だか分からない言葉を呟く章吾。
　「・・・センセーは特別だから。」
　そう言ってニッコリと微笑むと、章吾が盛大な溜息をついた。
　「大人をからかうな・・・」
　苦々しく吐き出された言葉に、櫂渡は反論した。
　「からかってないよ・・・！」
　そう言った時だった。
　先ほどの男性が、お盆の上に真っ白なお皿を乗せて現れた。
　トントンと目の前に置かれて行くお皿・・・その上に乗ったステーキは、美味しそうな匂いを撒き散らしている。お皿の隣には黒としか形容し難い色の液体が入ったグラスを置き・・・きっと、ぶどうジュースなのだろうと櫂渡は思った。
　それではごゆっくりお寛ぎ下さいとだけ言って、男性は踵を返した。
　頂きますと呟き、右手にナイフ、左手にフォークを持つ。
　「・・・バスケの腕はトップクラス。英語・数学や理科等の科目ではダントツの成績を収めているが、漢字に弱い。」
　いきなり何の事を言い出すのかと顔を上げると、章吾が小さく肩を竦めた。
　「まではいいとして・・・。」
　「それ、誰の事？」
　「お前だよ・・・三村　櫂渡・・・」
　話を聞いていて分からなかったのか？と言うような視線を受けて、櫂渡は苦笑を返した。
　「余りに思考が大人びていて、大人や上級生には馬鹿にしているような印象を受けるらしく・・・実際三村の態度にも問題があって揉め事を頻繁に起す。」
　「あーうん。否定はしない・・・けど・・・」
　「しないと言うか、出来ない・・・だろ？」
　そう言われてしまうと、どうにも反論する事が出来ない。
　「女をとっかえひっかえ、続いてせいぜい一ヶ月。来る者拒まず去る者追わず。」
　それも本当。
　ここまで言われてしまうと、笑う以外に何も出来なくて・・・櫂渡は笑い出した。
　「よくもまぁ、一個人についての情報が出回っている・・・」
　「人気者？」
　「ある意味な。」
　章吾はそう言うと、そっと視線を落とした。
　「校内一の色男が俺に構ってばかりだと、女共が泣くぞ。」
　「・・・泣かないよ。」
　断定口調の台詞に、章吾が顔を上げる。眉根を寄せて、どうしてそんな事が言い切れるんだ？と言うような顔・・・。
　・・・だってセンセ。言い切れるに決まってる。
　「皆、寂しいから相手を探す。・・・泣かないためにだよ。」
　寂しい気持ちを埋める。
　埋める気持ちですらも、寂しいものだけど・・・。寂しさ同士が合わされば、何とかなるかも知れないなんて・・・。なんともならない事は知っているけれど、それでも、１人じゃないと言う安心感は絶対のものだから・・・。
　ふっと、櫂渡の胸に、過去の思い出が蘇ってきた。
　あまりにも鮮明すぎる映像に、ふっと視線を落とす。
　「・・・なぁセンセ。飯食い終わったら花火しようぜ。」
　「花火は夏にするものだろう？」
　ポツリと呟きながら、グラスを傾ける章吾。
　「夏まで・・・待てない・・・。」
　そう言うと、櫂渡は鞄の中から沢山の花火を取り出して章吾に見せた。
　「よくこんなに用意できたもんだな・・・」
　もう時期外れも良いところなのにと、呆れたような口調。
　「だって・・・随分前から、ずっとずっと楽しみにしてたんだぜ？」
　思い出す、過去の映像はあまりにも鮮明すぎて・・・。
　風すらも思い出される。それほどに、鮮烈に輝いているから―――


　そう。
　灯す筈だったんだ。
　夜さえ隠してしまう程、花火の明かりを・・・

　　―――灯す筈だった・・・・・


◆☆◆


　風が強く、ざわめく木々の声を聞きながら、心に浮かんだ言葉を旋律に乗せる。
　紡ぐ言葉はあまりにも自身の心を映し出しすぎていて・・・誰にも、聞かれたくないと思ったのも・・・事実だった。
　『・・・それは何の歌だ？』
　ザっと目の前に人が立ち、驚きを隠せないながらも見上げるそこで、奇跡を見た。
　―――あの人だと思ったんだ。
　初めて見た時、あの人だと思ったんだ。
　ずっと、ずっと待ってたんだ・・・貴方を・・・。
　『俺の名前、覚えてる？』
　『確か、三村・・・・・・・』
　『櫂渡。』
　『あぁ、そんな名前だったな。』
　そう。櫂渡だよ・・・思い出して・・・。
　『三村　櫂渡・・・な。よし、覚えた。』
　そう言って微笑む章吾に、櫂渡は微笑んだ。にっこりと、全ての感情を出して―――
　『おかえり・・・』
　そう言った瞬間、困惑の色に染まった瞳からは・・・目をそらした・・・。


　新しい思い出は、まだ色褪せていなくて・・・。
　つい昨日の事のように思い出せるのは、きっと・・・大切な、思い出だから・・・。
　レストランの外は満天の星空で、月明かりがあまりにも儚くて―――
　全て、輝きを失う程に・・・火を灯してしまうんだ・・・。
　丘の上に上り、狂い咲く桜の木を見上げ、櫂渡はポケットからライターを取り出した。
　カチっと押せば灯る小さな炎の中に、花火の先をつける。
　―――あの独特の火薬の臭いが広がり、映る光は七色で・・・飛び散る火花は地面に着く前に儚く消える。
　１本。また１本と消える花火。
　黒く煤けた棒を、脇に並べて行く。
　灯っては消える、その光が・・・章吾を淡く染め上げる。
　でも―――まだまだ星の輝きの方が強くて、月明かりが未だにこの夜を支配していて―――
　「・・・初めて先生に会った時、あの人だと思ったんだ。」
　「三村・・・？」
　「ずっと、ずっと待ってたんだ。貴方を・・・」
　見上げる先で、何かを考え込んでいる様子の章吾の横顔。
　花火が消える。
　再び、ライターで火を灯す・・・・・
　「それは思い込みだ、三村。」
　きっぱりと言い切る章吾の瞳は真っ直ぐで、花火の光に照らされた顔は、あまりにも真剣で・・・
　「見た時思ったんだ。あの人が帰って来てくれたんだって。」
　「俺はお前の探している人じゃない。」
　「でも、あの時“おかえり”って言ったら先生は・・・」
　「違うと・・・叫べば良かったのか？あの顔に、そう言えば良かったのか？あんなに嬉しそうな顔をした、お前に？」
　苦しそうに眉根を寄せる。
　ザァっと風が吹き―――桜の花弁が雨のように降って来る。
　あまりにも幻想的な光景に、櫂渡は花火から目をそらした―――――


◇★◇


　『やろーぜ、花火！』
　煙草の香り。
　『花火は夏にするもんだろ？』
　同じ香りを纏うなら、最後まで同じでいて・・・。
　『夏まで待てない・・』
　『だったら・・・』
　貴方と交わした約束を・・・夏になったら、二人で花火をしようって・・・。


　　　だって、もう十分待ったよ、叔父さん。


　花火も残り５つ。
　線香花火なんて、最後に残しておくんじゃなかった・・・。
　でも、全部燈してしまうんだ。
　全部―――
　「もう・・・待てないよ・・・・・」
　そう言って、火を灯す。
　最後の１本が消える瞬間まで、約束は・・・約束のまま・・・。

　　ポタ

　火が落ち、世界が月光に染まる・・・
　「分かってた。・・・本当は全部・・・・・分かってたんだ・・・・」
　真っ直ぐに章吾の瞳を見詰めてそう言うと、櫂渡は微笑んだ。
　乱舞する桜の花弁。
　カチっとライターを点け、しばらく炎の色を見詰めてから、ライターを消した。
　火が消され・・・あまりにも淡い月明かりは、儚すぎる色だった―――――




　　　　　　　　　　　　　　≪ E N D ≫



　━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

　登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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　【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】


　　6176/三村　櫂渡/男性/16歳/高校生


　　6201/峰岸　章吾/男性/35歳/教師


　ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
　━┛━┛━┛━┛━┛━┛

　まずは・・・大変お待たせしてしまい、まことに申し訳ありませんでしたっ！
　この度は『月夜の葡萄園』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
　そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。（ペコリ）
　櫂渡様の雰囲気を壊さずに描けていれば良いのですが・・・。
　回想シーンも織り交ぜてのノベルになりましたが、このような雰囲気で大丈夫でしたでしょうか？


　　それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。

ホワイトデー・恋人達の物語２００６

雨音響希

東京怪談

2006年03月16日