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『豪勢にパーティを 』
五代・真1335

 暇な伯爵は執事に問うた。
「今日はホワイトデーなる日とな?」
「は」
「どのような日じゃ」
「バレンタインに女性からチョコをもらった男性が、お返しをする日と聞き及んでおりますが」
「何を返すのじゃ」
「一般的には、クッキーや飴玉と聞いておりますが」
「そうか。よし」
 伯爵は杖でぽんと手を打ち、
「クッキーや飴玉ではつまらぬ。パーティを催せい」
「……はあ?」
 執事はきょとんと伯爵の顔を見つめた。
「そのような祝い行事にちまちまとやるのはつまらぬ。豪勢な食事を用意せい。そして皆を呼ぶがよい。パーティじゃ!」

 執事はため息をついた。
 つまるところ――
 伯爵は、退屈なので騒ぎたいだけなのであった。

     **********

 エンデ・クリスト伯爵。音に聞こえた金持ちである。
 なぜだかそのクリスト伯爵の暇つぶしに付き合わされた人々に――
 五代真(ごだい・まこと)がいた。
「何で俺んとこまで招待状が来たんだ……」
 首をかしげかしげ、やってきたのはパーティ会場。
 金持ちのやるパーティと聞いて少しだけ怖気ついていい服を着てきてみたりしたが、そんなことは不安がる必要もなかった。庭を通ると、普通の服を着た人間も何人かまじっていたのである。
 会場となるらしい建物では、入り口で招待状のチェックをされた。
 にこにこと笑う女性にそれを渡すと、
「はい。五代真様でいらっしゃいますね。どうぞお通りください」
 と簡単に通してくれた。
「いーのかよ……」
 大きな扉を、まるで門番のように待機していた男性二人が押し開ける。
 広い――広すぎる会場が目に飛び込んできた。
「どわ……っ。すげー!」
 その広い部屋には大きく綺麗なシャンデリアがぶらさがり、大勢の人たちがひしめきあっている。
 入ってすぐ会場とはまたすごい話だ。いったいどういう造りの家なのだろうか。
 真が一歩踏み込んだ瞬間、
「五代真様、ご入場でございます」
 アナウンスがかかった。
 げっと真は一歩引いた。こんなやり方、いったいどこの国なんだ。
 幸いこれが当たり前すぎるらしい、会場の視線が集まってくることはなかった。
「なーんか……やっぱ肩身狭いか……?」
 おそるおそる会場に入る。
 立食パーティ。おいしそうな匂い。それにまじって爽やかな何かの香水の香り。
 テーブルの上に乗っている料理は見たこともないような豪華さだ。
「すげーなー……」
 ひたすら「すげえ」を繰り返しながら、真はパーティ会場を歩いた。
「そなたが五代真殿か」
 ふと声をかけられて、真は振り向いた。
 そこに燕尾服を着てステッキを持った、白ひげの紳士がいた。
「あー……はい、俺が五代っすけど」
 まさか。そう思いながら真が返事をすると。
 紳士はにっこりと笑った。
「よく来てくれた。私はエンデ・クリスト。ゆっくりパーティを楽しんで行ってくれたまえ」
 ――伯爵本人!
 真はひるんだ。
 しかし、紳士のにこにこ笑顔につられて、だんだん体の力がぬけていった。
「えと……なんつーか、その……お招き、ありがとな」
「いやいや、こちらこそ突然の招待悪かったかね」
「いや……でも、ひとりだけの参加だけどいいのか?」
「ふむ?」
 紳士は白ひげをなでた。「それは、『ホワイトデーなのに』という意味かね」
「そう」
「そんなものは構わん。みなで楽しく騒げればよいではないか」
 真はがっくりと肩を落とした。
「あんたもホワイトデーのお返しがしたかったんだろ? それは分からんでもないが、何でまた立食パーティなんだよ……」
 がりがり首筋をかきながら言うと、紳士はほっほとステッキを口に当てる。
「お返しならクッキーとかキャンディとか、花束で充分だろが」
「そんなチンケなお返しは嫌での」
「はあ……」
 金持ちの発想は理解できない。しみじみと真はそう思う。
 でも、まあ……
「感謝の気持ちをこめたってのは、充分伝わってると思うぜ」
 にやりと笑うと、伯爵はにっこり笑った。
「誰にお返しをしたいのかって野暮なことは聞かないよ。俺も充分楽しませてもらうよ」
「では庭に行かれるのもよい。海が見える、よいところじゃ」
 伯爵に誘われ、真は外へ出た。
 来るときにはよく見ていなかったが、たしかに潮風の匂いがする。
 海が見える。広大な海を、夕日が照らしている。
 庭でも立食パーティは行われていた。
 どこからか歌声がする。澄んだ美しい、女性の歌声。
「海が見えるところでパーティってのもオツなもんだな。綺麗な景色を見ながら、大勢でワイワイ楽しんで食事するのは好きだ。ひとりでしんみり食べるよりは、数段おいしく感じるからな」
 真は、適当に料理を皿に取り分けて一口食べた。
 ただの肉だと思ったら大間違いだった。なんだか、食べたこともないようなじゅわっとした味わいが口の中に広がる。
「うわ、いい肉っ」
 ついつい顔がほころぶ。
 視界の端には、夕焼けの色。
 真は皿を伯爵に差し出した。
「伯爵さん、あんたも一緒に食おうぜ。ひとりぽつんといるのはつまらんだろう」
「ふむ。しかし……」
「男も女も関係なく。ホワイトデーという今日の日を思いっきり楽しもう」
 伯爵はにこりと微笑んだ。
「そなたは、よい御仁じゃの」
「そ、そうか?」
 照れて真が頭をかく。
 伯爵はステッキをふりふり、自分も皿を取って取り分けた。
 近くにいたらしい召使だかなんだかが慌てて走ってくるが、伯爵はそれを制した。
「よいよい。わしも今日の日を自分で楽しむことにするわい」
 召使が心配そうな顔をする。はははと真は笑った。
「それでこそ伯爵さん、いい心意気だぜ! 俺もつきあうよ」
 二人は色々と会話をした。
 お互い、いわゆる「住む世界が違う」者同士だったが、伯爵は興味深そうに真の話を聞いてくれた。
「ほほう……自分で働く。そうか……わしも働かなくてはならんかな」
「はは。伯爵さんはそのままでいいんじゃないか?」
 それにしても、と真は口の中で見たこともない食材をもごもご言わせながら、
「――こんな料理、誰が作ってんだ? 雇ったのか? すげーな、料理人って」
「おお、庭の料理人ならあちらにおる」
 伯爵がステッキで示した先に、大男がピンクのエプロンをして見事な料理の技を披露している姿が見えた。
「へええ……ありゃどこの国の人だ?」
 なんだか一風変わった男だ。真は首をかしげる。
 ちょうどそのとき、伯爵を執事が呼びに来た。別の客が新たにやってきたらしい。
「申し訳ないが、ちょっと席をはずさせていただいてもよろしいか」
「ん? ああ、あんたのパーティなんだから好きにしなよ」
 真は笑って、伯爵を見送った。

 まわりが恋人同士だらけでやはり肩身が狭かったので、真は料理人に会いに行ってみた。
 髪は黒。瞳は赤。ピンク色のエプロンがちぐはぐなような似合うような、妙な大男。
「よっせい」
 かけ声とともに、フライパンの中身を高く放り上げ見事にひっくり返し受け止めてみせる。
 まわりの観客がわっと沸いた。
「ふっふ。下僕主夫たるもの、これくらい朝飯前よ★」
 近くによると筋肉マッチョ。そんな男がエプロン揺らして楽しげに料理中。
 野菜の千切りなど、
「おらおらおらおらーーーー!」
 ストトトトトトトトトトト
 目にも留まらぬスピードでとても細いキャベツができあがっていく。
 卵を割るのはもちろん片手、それも一度に複数個。
 それになにやら色んなものを混ぜ、再び、
「おらおらおらおらーーーー!」
 しゃかしゃかしゃかしゃか
 目にも留まらぬスピードで泡だて器をまわす。
 あっという間にクリームが出来上がる。
 キャベツの他にはトマト、きゅうりなど普通にサラダを作るのかと思ったら、
 そのサラダの上にたった今作ったクリームを飾った。
「見ろ! 俺様特性・野菜嫌いのお子様も大喜び筋・マヨクリームサラダだっ」
 できあがったものを召使たちが慌ててパーティ会場のテーブルに置きにいく。
 男はひとつのものを完成させた達成感に浸るように、爽やかな笑顔を見せた。
「そこの男っ。リクエストに応えよう。何を作ってほしい!」
 突然指をびしっと指されてそんなことを言われ、真はうおっと退いた。
「って、っていうか、あんた誰だ?」
「俺か! 俺はオーマ・シュヴァルツ! かく言うお前さんは誰だい」
「俺は五代真……」
「なかなかいい筋肉してやがるじゃねえか。おう筋肉仲間。リクエストはねえかい」
 筋肉……
 たしかに真は体を鍛えているから常人よりははるかに筋肉があると思うが、目の前のマッチョに仲間と呼ばれるほどのものは持ち合わせていない。と、思う。
「り、リクエスト……?」
 真は首をひねって考えた。「その……ステーキ、とかでもいいのか?」
「ステーキ! 素晴らしき筋肉の元! 作ってやるぜ同志よ!」
 どこから取り出したのか、突然どんと取り出されたのは肉の塊。
 オーマは肉切り包丁で、派手にドン、ドン、と切っていく。
 肉ってそういう切り方するっけ……? と真は呆然としながら思った。
 あっという間にほどよい分厚さ、ほどよい形に切りそろえられた肉は、オーマの傍らに用意された鉄板の上にすべるように移される。
 じゅわっ
 肉汁が熱い鉄板で蒸発する音がした。
「オーマ!」
 肉の焼き加減を見ていたオーマに、遠くから声がかかる。
 真は声の元を見た。――きらきらしい衣装を着た、美しい少女が見えた。
 庭に用意されたステージのような場所の上に立っている。
「あいよっと」
 ただ名を呼ばれただけなのにオーマはすべてを承知したかのように、ぱっと背後からドリンクのようなものを取るとステージに向かって放り投げた。
 ステージ上の少女はぱしりと受け取った。
 そしてコルク栓を抜くと、軽く飲み干した。
「あ、ちなみにありゃ俺の特性・のどに優しいミネラルウォーターな」
 誰に聞かれたわけでもないのにオーマがそんなことを言ってくる。
 ステージ上の少女は、空になった瓶をそっと足下に置くと、すうと息を吸った。
 やがてそのつややかな唇から――
 まるで夕焼けに染まる世界に広がるような声が――
(あれが歌姫だったのか……)
 夕焼けに照らされた横顔の美しさに、真はついみとれた。そしてそのことに笑えてきた。
(俺みたいに見とれた男がいたら、ホワイトデーだってのに大変なことになるカップルが多いんじゃないのか?)
 それほどに美しい少女。赤い長い髪がふわふわと波打ち美しい。
「なあ。あの子は何て名前なんだ?」
 真はオーマに聞いた。
 じゅうじゅうと肉汁が鉄板の上であわ立つ音の中で、オーマの返事があった。
「ユンナ。ちなみにユンナの隣で他の男どもをけん制してる三十路男もどきがジュダな」
「けん制?」
 なるほどよく見ると、ユンナのステージの横で、黒髪の青年がじっと立っている。
 物静かに目を閉じて立っているだけのように見えるのだが――
「あれってけん制してるのか?」
「おうよ。もしユンナにちょっかい出してみろ? 臨死体験できるぜ」
 ちょうどそのとき、酔っ払いがステージにあがってユンナの足に触ろうとした。
 黒髪の青年は――
 無言でその男を蹴り飛ばした。
 そんなに強く蹴り飛ばした様子もないのに、酔っ払いはゴルフボールのようによく飛んだ。あれは何ヤードだろうか。
 呆然とその様を見ていた真に、
「ユンナは歌姫だからよ……ふつーにこの屋敷に招待されて歌ってるけどよ。ジュダはそれにくっついてきただけだが……俺様はバイトさ」
 だばだばと突然オーマが涙を流し始めた。
「俺は顔が広くってよお……バレンタインに色んなところからチョコもらっちまって。ホワイトデーのお返しができねえんだよ。おかげさまでこんな日もバイトさ……」
 家計火の車ッチョ。オーマはそうつぶやいて遠い目をした。
 肉がやけるいい匂いが、なぜかオーマをさらに寂しげに見せた。
「でもさ」
 真はちょっと笑ってしまったことを必死で隠しながら、ふと思いついて言ってみた。
「俺は、その事情にちょっと感謝するぜ。なんせこんなすげえ料理人の作ったうまい料理食べる機会与えられたんだから」
「………! さすが同志! 泣かせてくれるぜ……!!!」
 だばだばだば。オーマの涙は止まらない。
 肉に涙がかかるんじゃないかと、少し心配になった。

 焼きあがり、食べやすく切り分けられた肉は、たまらなくうまそうに見えた。
「いいか、お前さんは特別うまく感じるぜ。なぜかっつーと、友情エッセンスが含まれるからだ……!」
 オーマが次の料理に取りかかりながら、そんなことを言った。
 真は笑った。心の底から、嬉しいと思った。
 ふと見ると、夕日が海に重なって、青とオレンジ色のやわらかい色のグラデーションを作っている。
 耳を澄ませばユンナの美しい歌声が。
 視界のそこらじゅうにいるカップルたちの姿が、なぜか羨ましくなかった。
 口の中に含んだ肉は、とろりととろけるように真の心にしみこんだ。


 ―Fin―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

東京怪談
【1355/五代・真/男性/20歳/バックパッカー】
聖獣界ソーン
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2083/ユンナ/女性/18歳/ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫】
【2086/ジュダ/男性29歳/詳細不明】
*年齢は外見年齢です。実年齢とは違っている場合がございます。

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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五代真様
こんにちは、笠城夢斗です。今回はホワイトデーイベントにご参加くださりありがとうございますv
伯爵への優しい心遣いとても感謝しております。伯爵も喜んだのではとv
ステーキ、おいしく食べていただければ幸いです。
またお会いできる日を願って……
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月16日

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