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『Sweet、Sweets 』
奉丈・遮那0506

「あのう・・・」
 奉丈遮那(ほうじょう・しゃな)が、街の片隅でひっそりと店を広げている小さな屋台の前に足を止めたのは、ホワイトデーの前日だった。デパートのイベントスペースは既にホワイトデーのディスプレイ一色。街の賑わいからは少し離れた場所で、真白な髪をした少女が出していると言うその店の噂は、遮那も一度だけ聞いたことがあった。一人の客につきたった二粒しか飴を売らない、奇妙な屋台。二つのうち一つは必ず、白。残りは赤かピンク、そして黄色の三色のうちから一つを選ぶのだ。三つの色にはそれぞれ意味があった。
「ほう、これはまた愛らしい客じゃのう」
 白い髪の店主は、遮那を見上げるなりそう言って目を細めた。そう言われるのには慣れている。さして気にせず、遮那は並べられた飴を覗き込んだ。
「ほわいとでーの贈り物かの?」
 こくり、と頷くと、少女はにんまりと微笑んで、遮那も噂で聞いた事のある台詞を口にした。
「良いか?想いを深め合いたい相手ならば赤い飴、仲直りしたい相手ならば桃色を、相手の思いをいれられぬのならば黄色を渡すのじゃ。さて、どれが良い?」
「そこがちょっと、問題で…」
 遮那はそう言って、小さく溜息を吐いた。
「僕としては、その…もっと仲良くなりたいんですが、彼女の方はどうなのか…」
「わからぬと?」
「まあ、そう…かな。彼女は多分、義理のつもりでくれたと思うから」
 彼女…因幡恵美(いなば・えみ)は、遮那の下宿しているあやかし荘の管理人だ。あの日の朝、彼女がチョコをくれたその瞬間には天にも昇る気持ちになったものだったが、それもほんの一瞬の事。彼女は他の下宿人たちにもチョコを配っていたのだ。包みは遮那にくれたそれと、ほぼ同じ。要するに『義理』だ。だが…遮那は彼女に思いを寄せている。返す気持ちは『義理』ではない。事情を話すと、少女はふうむ、と考え込んだ。
「なるほどのう。それは少々、複雑じゃ。問題は相手の気持ちと言う事であろうが…」
 それが、わからないのだ。少女はしばらくの間赤い飴をじっと見詰めていたが、やがてよし、と頷いて顔を上げると、赤い飴を一つ、白い飴を一つ、それぞれ和紙にくるんで遮那に差し出した。
「二つ合わせて700円じゃ。安かろう」
「って、いいんですか?赤い飴は恋人同士の…」
 戸惑う遮那に、少女は案ずるな、と微笑んだ。
「まあ、良かろう。大体、店子とは言え好かぬ相手にチョコなど渡さぬもの。良い機会と思うて使うてみると良い。相手の本音が聞けるやも知れぬぞ?じゃが、一つ言うておく。白い飴はおぬしの分、赤の飴は相手の分。必ず二人同時に食せ。そうせねば効果は現れぬ」
「はい!」
 差し出された小さな手に代金を乗せ、遮那はうきうきとした足取りで家路に着いた。ポケットには屋台で買った飴。肩から提げた鞄の中にはもう1つ、アンティークショップで買った小さなオルゴールが入っていた。つやつやとした塗りの蒔絵のオルゴール。蓋の部分には黒地に可愛らしく椿の花があしらわれている。変った品で、一目見て恵美に、と思ったものだ。露店で買った飴は、その中に丁度並んで入る大きさだった。オルゴールと飴ふた粒、少々風変わりな贈り物になった。

 そして、当日…。 
「わあ、可愛い!」
 包みを開けた因幡恵美は、嬉しそうな声を上げてオルゴールを手に取った。掌に乗るサイズのそれは、思った通り恵美の好みに合ったようだ。二人はあやかし荘の縁側に並んで座っていた。他の下宿人たちはまだ、帰宅していない。誰よりも早く渡したいと、急いで帰宅したのは正解だったと、遮那は密かに思った。
「開けてみていいですか?」
 勿論、と頷いた。そうして貰わねば目的が果せない。開いた途端に流れ出したのは、贈り物そのものと同じくらい変った旋律だった。春の陽射しのような穏やかなメロディだ。
「曲名は、僕にもわからないんです。お店の人にもわからないそうで…」
 たずねられるより早く言うと、恵美はふうん、と呟いてすぐに、飴を見つけた。
「こっちも可愛い!色違いの飴なんですね。和紙に包んである」
 取り出した飴を、恵美が掌に乗せる。遮那の脳裏に、店主の声が蘇る。遮那は思い切って、白い飴の方を手に取った。
「遮那さん?」
「ああ、えっと、これはその。…実はちょっと不思議な飴なんです」
 一応、嘘ではない。
「え。あの、それって…怖くない…わよね?」
「勿論!何も出てきませんよ。と言っても、僕もよく知らないんですけど。この色違いの飴を一つずつ、二人で同時に食べると不思議なことが起こるんだそうです」
 遮那が言うと、恵美は少し目を丸くして考えてから、面白そうですね、と微笑んだ。
「やってみますか?」
 恵美がこくりと頷いたのを見て、遮那はほっと胸を撫で下ろした。オルゴールを喜んでもらえたのは良かったが、ここで断られてしまっては元も子もない。
「それじゃあ、恵美さんは赤い方を」
「遮那さんが、白い方ね?」
 二人は顔を見合わせて微笑むと、中の飴を同時に口に放り込んだ。途端に甘い香りが口の中に広がる。舐めているのは飴だと言うのに、まるで瑞々しい…。
「桃の味、だわ」
 恵美の声が一瞬、遠く聞えた。慌てて横を見ると、丁度かくん、と彼女の頭がこちらにもたれかかってくる所だった。
「うーん。何だか気持ちいいわぁ…」
 と呟く恵美の吐息からは、微かにアルコールの匂いがした。まさかこれって単なる桃酒入りキャンディ?ってそれよりもしかしてこれは役得・・・!様々な思いが胸の内を巡り、両腕は自然と恵美の身体を受け止めた。オルゴールは彼女の膝から落ちたが、まだ成り続けている。結構しっかりネジが巻いてあったんだなあと関係ないことを考えているうちに、遮那は別の世界に迷い込んでいた。一面の、菜の花畑だ。春風が黄色い波を立てて過ぎていく。これは、あの飴が見せている幻なのだろうか。と思えたのはほんの僅かな時間だっただろう。
「綺麗ですね…」
 振り返ってみてから、あれ、と首を傾げた。誰を呼ぼうとしていたのだろう。考えようとする間にも、暖かな風が頬を撫で、心地よい陽射しが身体にしみこんで行くのが分かる。抜けるような、とまでは行かないが、充分に晴れ渡った空。全てが緩やかに調和したその世界は、とても穏やかで気持ちが良かった。
「おーい、遮那ぁ!」
 振り向くと、クラスメイトたちが手を振っていた。その中には憧れの人も居る。頬が少し熱くなるのを感じながら手を振り返す。
「そっか…みんなでピクニックに来たんだっけ…」
 菜の花畑の中で伸びをして、呟いた。楽しみにしていた年間行事。今日は先生と一緒に弁当を食べる…。駆け出そうとした瞬間、小さな声を聞かなければ、遮那はそのまま彼らに合流していただろう。
「…なさん…遮那さん…っ!」
 その声の主を思い出したその時、遮那は全てを理解した。これは、夢だ。
「まさか、自分の夢に囚われそうになるなんて」
 苦笑いして溜息を吐く間にも、菜の花畑の向こうから皆が呼ぶ声が聞こえる。楽しげに笑いあう友人たち。大切な人。哀しみも後悔も知らない、幸せな時間がそこにはあった。夢と分かっても尚、遮那の心を捕らえるに足る、全ての懐かしいモノ達が。…だが。遮那は菜の花畑の向こうに、ゆっくりと首を振って見せた。途端に穏やかだった風が激しく吹き荒れ、菜の花がばっと散ったかと思うと、あの赤い花が一面に咲いた。彼岸花。青空は暗闇に変わり、彼岸花の赤い光だけが照らす中、遮那はしっかりとした足取りで歩き出した。目指すものはたった一つの声。今ははっきり聞えてくる彼女の声は、闇の向こうに見える小さな灯だ。
「…遮那さん、遮那さんっ!!戻ってきて!!お願いだから…!」
「大丈夫ですよ、恵美さん。僕はちゃんと帰りますから」
 悲痛な声で自分の名を呼ぶ彼女にそう言うと暗闇も赤い花も消え、遮那は元のあやかし荘の縁側に戻っていた。オルゴールの曲がまだ、鳴り続けているところを見ると、そう長い間眠っていた訳ではないらしい。欠伸をしつつふと、慣れぬぬくもりを感じた遮那は、自分の膝を見て飛び上がりそうになった。
「はわっ…」
「あれ?」
 しっかりと恵美に膝枕していたのを思い出した遮那が慌てたのと同時に、恵美がぱっちりと目を覚ました。どうやら、二人して眠りこけていたらしい。うーん、と起き上がってきょろきょろと辺りを見回していた恵美は、ようやく状況を把握すると、改めてわたわたと頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ、私何か凄く眠くなっちゃって…ご迷惑を」
「いえっ、迷惑だなんて」
 むしろ役得だ。膝に残ったぬくもりは、今夜一晩は残しておきたいプレミアだった。飴の効果と言うのはコレの事か?などと思いかけた遮那は、じっとこちらを見詰める恵美の視線に息を呑んだ。
「…遮那さん…」
「は、はいっ…」
 心臓がばくばくと音を立てているのがわかる。恵美の瞳は寝起きのせいだろうか、微かに潤んでおり、いつもよりぐんと色っぽく見える。綺麗だ、と思うとまた鼓動が高まって、遮那は密かに息を吐いた。
「遮那さん。…どこにも、行かないで下さいね?」
「はい?」
 頷きつつも首を傾げると、恵美は嫌なモノを思い出すように眉根を寄せて、言った。
「さっき、夢を見たんです。遮那さんが遠くに行こうとしている夢。一生懸命呼んだんですけど、そのまま目を覚ましてしまって」
「夢…」
 自分の夢に、恵美の夢が重なっていたのだとその時理解した。遮那が見たモノがそのまま恵美にも見えていたかどうかは分からないが、彼女には遮那が遠くへ行こうとしている、そんな背中が見えたのだろう。自分を必死に引き止めてくれた彼女がとても愛しくて、大切で、遮那は思わず微笑むと、恵美の方に向き直った。
「大丈夫です、僕はどこへも行きませんよ」
「…本当に?」
「ええ、どこかへ行っても、ちゃんと帰ってきます。だって…僕は本当に…その、好きなんです」
 ついに、言った!遮那の心の中で何故かクラッカーがパンパンと鳴り、胸は苦しくなる程に高鳴った。見詰めた恵美の目が見開かれ、嬉しい!と言う一声に遮那の幸せは最高潮に達した、次の瞬間。満面の笑みをたたえた彼女は、この上なく嬉しそうに言ったのだ。
「遮那さん、ホントにここを気に入って下さってるんですね!」
「え、ここ?」
「嬉しい!ホントに嬉しい!管理人としてこれほど嬉しい事はありません!!感激です!」
「…はあ」
 いや、そうじゃなくって。などと口を挟めるような雰囲気では、最早なかった。
「こうしては居られません!管理人としてもっと愛されるあやかし荘の為、因幡恵美、及ばずながら全力を尽くさせていただきます!」
「…頑張って下さい」
 今更告白なぞし直せるはずもなく、張り切って夕方の掃除を始める恵美を、とりあえず応援する遮那だった。管理人としての店子愛は充分に分かったが、『想いを深め合う』と言う飴の効能は証明できたのかそうでないのか、結局のところ判断がつかない。ただ、自分をひたすらに引き止めてくれた恵美の声は、まだ心の中に木霊している。恵美と自分がこれから先どんな関係になっていくのかはまだ分からないが、確かな事は一つだけある。
「僕はずっと、ここに居ますよ、恵美さん。何があっても、君の傍に」
 開いたままになっていたオルゴールの曲が、ゆっくりと止んだ。西の空にはもう、夕焼けが始まっていた。

<終り>



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【0506 / 奉丈遮那(ほうじょう・しゃな) / 男性 / 17歳 / 占い師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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奉丈遮那様

初めてのご発注、ありがとうございました。ライターのむささびです。
奇妙なホワイトデーになりましたが、お楽しみいただけたでしょうか?表面上は『一歩前進』とは行かなかったお二人の仲ですが、遮那氏を必死で引き止めた恵美さんの心情は、単なる店子に対するそれとはほんの少し違う何かかも知れません。遮那氏が後悔に沈まずに歩いていく為にも、彼女は必要なんじゃないかなあなどと考えてしまい、こういうお話になりました。今後のお二人の幸せを祈りつつ。
むささび。
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
むささび クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月14日

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