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『 Distortion ‐魄、賜らば、渇に生けり‐ 』
七枷・誠3590)&工藤・修(6022)

 最近増えた、謎の失踪事件。其れを調査するに当たり、共通する痕跡、残留する気配を辿って行く内、七枷・誠(ななかせ・まこと)は異界の或る施設跡へと行き着いた。

 何処か湿り気を帯び、塗装の剥げ黴た床を踏み締め施設内の通路を進み行く誠は、不意に何者かの気配を感じ取り、自身から発せられる総ての音を潜める。
 壁に背を落ち着け通路の角から慎重に奥を窺えば、誠と同年代であろうか。青年と思しき人物が確かな足取りで、此れから誠が向かわんとする其の先を目指し、其処に存在して居た。

(……人間、か? 否……――)

 外見は通常の人間と相違無い姿形をして居るものの、其処から僅かに漂う気配を、誠は知って居る。

 ――此度の連続失踪事件の、犯人。
 現在の状況に推論を重ね、そう結論付ければ誠の行動は早く。自身の掌を冷ややかな壁へ密着させると、謳う様にと小さく其の唇を震わせた。

『不毛の地、自ずから根幹を据える障壁よ。――……今其の堅固な切っ先を以って、彼の者を穿つ事を「命じる」』

 誠から齎された一節の言霊に、忽ち周囲の壁が盛り上がり。青年へと目掛け其の勢いの儘、生じた利器が誕生の轟音と共に、幾重にも突出する。
 ――しかし、瞬間。誰もが眼を見張る程の敏捷さで、自身の右腕を異形の斧と模した青年が、既の処で其れを打ち砕いた。

 間髪を入れず、言霊に依って得た自身の腕に纏わる鋭利な刃を翳し、暇を与える事無く誠は青年へと襲い掛かる。

『――……っ?! 何を……――』

『問答無用、だ』

 誠の存在を認めた青年の問い掛けにも応じぬ儘、丸で躊躇も無く繰り出される攻撃の連鎖を、青年も負けじと受け流して。

(――――?)

 ……が、其の最中。防戦の一途で一向に反撃の予兆すら見せない青年に、何時しか違和感を得て、遂に攻める一方であった誠の手が止まった。

『……何故、反撃をして来ない』

『何故、と言われても。……あなたを攻撃する理由が、俺には無い』

 結果的に、前触れ無く襲撃を果たした誠へ幾分と警戒の色を滲ませ乍らも、青年から発せられた善人の模範解答とも言える其の言葉に、誠は内心呆気に取られて。
 誠は決して、そんな容易い言い訳が述べられる程、生易しい攻撃を繰り出して居た訳では無い。……其れならば、青年は言わずもがな、白と言う位置へ確定される事と為る。
 しかし、此度の事件と関係の有るこの場所に、青年が今存在して居ると言う事。そして青年から生ずる何等かの気配は、誠に取って少なからず、着眼するだけの価値が有った。

 そうして、暫しの時を要した後……。
 誠は情報の共有化を条件に、青年へと此度の事件に於いての共闘を持ち掛ける事と為る。

 * * *

 道すがら、誠が青年へ此度の成り行きを尋ねれば。名を工藤・修(くどう・おさむ)と言い、不意に感じ得た懐かしい気配に思い当たる物が有り、誘われる儘この異界の施設跡へと辿り着いたのだと言う。

 互いの簡単な自己紹介と共に、此処迄に其々で得た情報を確認し合い乍ら通路を歩む、二人の眼前に。

 ――……軈て、一つの光景が惜し気も無く晒された。

『此れ、は……――』

 どちらとも無く呟かれた言葉が、木霊と為り仄暗い沈黙の中へと呑み込まれる。
 歪んだ施設内に存在する、一つの研究施設。其の中に在ったのは、人工の機器に擁された、人型をした「ナニカ」。
 暫し、其の光景に茫然と言葉を失って居た二人であったが、異形の存在を眼に。修は間も無く、淡々とした口調で幾つかの事柄を明かし始めた。

 この失踪事件の真相は、肉体だけで生まれ出でた魔人が人を襲い、足りない三魂を得ようとした物であるのだろうと。そして自身も恐らくは、此処で生まれ落ちた存在であり。今現在眼前へ仰々しく並ぶ其れ等とは、兄弟と言うべき、言わば同胞の関係であるのかも知れない、と……――。

 しかし修は此れと一線を画した存在であり、己には自らの意思が有るのだと、確固たる信念を以って此処に自負する。

『人に害を成した以上、この施設は壊すべきです』

 修の結論に、誠が相違無く同意するべく唇を開き掛けた、其の時。
 幾つかに連なる、宛ら胎内を模した容器の内の一つから……。――異形の者が其の殻を破り、尋常ならざる動作を以って這い出した。

『起きた……のか?! 何で……――っ』

『とやかく考えて居る暇は、無さそうだ』

 矢張り同質の者であるからか、修同様、自身の身体を変化させ。両の腕に歪な鋏を、下肢には猛獣を模した機敏な脚を。――……全身に不規則に出でる鋭い突起を纏わせた魔人が、本能の儘二人へと襲い掛かる。
 修の動揺も他所に、誠は至って冷静に。体勢を整えるべく、自身に於いて些か不利と為る能力発現前の交戦を避け、魔人との充分な距離を取った。

『くっ……――!』

『オォ……オ……!!』

『七魄だけで生れ落ちたか、生きようとするのは分かるが――――お前達は人を喰らってしまった。痕跡を残した。故に処分する』

 腹の底から圧迫された様な魔人の呻き声が、反響を重ね周囲へと響き渡る。
 修も自身の腕を太刀と模し、魔人へと向かい果敢に奮戦を試みるが、同様の能力だけ有って一向に進展を見せない攻防の裏で、程無くして備えを得た誠が動いた。

『絶対の冷艶を纏う因子……――。其の無慈悲な籠目を以って、彼の者を此処に封ずる事を「命じる」』

 地へと跪き謳われた誠の言霊に反応し、魔人の周囲ごと、其の一箇所が巨大な氷柱に依って凍結する。
 直後、あらゆる身動きを封じられた魔人を見据え。機を捉えた修は、太刀を解き自身の拳を硬質化させると……――。

『俺は、俺なんだよ。お前とは違うんだよっ!』

 力の限りの、咆哮にも似た一声と共に、魔人の纏う模造ごと其の身体を打ち抜いた。

 * * *

 其の後、無事魔人を討ち果たした二人は当初の目的通り、施設の完全なる破壊を試み、其れを完遂する。
 今や跡形も無くなった施設の跡地を眼前に、修が感慨深く、其の一角を見詰めて居ると。不意に誠が踵を返し、帰路へと続く道を歩み始めた。

『――……もう、行くんですか?』

『事件解決の時点で、俺が此処に留まる理由は一分たりとも無い』

 達成の余韻も無く背を向ける誠を一瞥し、修は再度跡地へと視線を戻して。

 自身は人あらざる過程に作られた身で有り乍らに、故郷を滅し、果てに同族殺しと言う業を負った罪深き存在なのかも知れない。

 ――――其れでも。
 護るべき者と、この三魂七魄が在る限り。

(そう。俺が此処に留まる理由は、無い)

 軈て、自身に蟠る何かを総て払拭したかの様に、其の双眸に鮮明な眼差しを秘め。
 修は顔を上げると誠の後を追い、今は存在しない施設の跡地へと別れを告げると……。――其の儘一度として振り返る事無く、二人は異界を後にした。



【完】
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東京怪談
2006年03月13日

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