『世界はそれほど怖くは無いから 』

サモン・シュヴァルツ（2079）

□Opening
【ホワイトデーのプレゼントに花束はいかがですか？】
　店内のポップを見て、木曽原シュウは溜息をついた。もうすぐホワイトデー。花屋『Flower shop K』では、ホワイトデー戦線に向け、花束のお返しを前面に打ち出していた。
　……。
　のだが。
『いやよぅ、嫌、嫌』
　主力商品である薔薇の花が、頑なにそのツボミを閉ざしているのだ。
　木曽原に、花の声がかすかに届く。
『だって、怖いもん、大声で売られて暗い箱に詰められて』
『そうよぅ、怖い』
『きっと、もっと怖い事も有るんだもん』
　それは、市場でのセリの事だ。この時期の薔薇は、どの花屋も欲しい。売る方だって必死だ。多少の怒号は飛び交うし、落札したら即箱に詰めて輸送だ。
　しかし、その様子に、薔薇達は驚きすくみ上がってしまった模様。結果、全く咲く気配が無い。これでは、売り物にならないのだ。
――そんな事は無い。
――この薔薇達は、これから恋人達の幸せな時間に同席できるのだから。
　木曽原は思う。
　けれども、それを上手く言葉には出来なかった。彼は、人より少しばかり口下手だ。
　しかし、もうすぐ、花束を求めて客も来店するだろう。
　どうにかして、この花達に、世界はそんなに怖くは無いと伝えなければ……。

■02
　サモン・シュヴァルツは、ちょこまかと逃げ回る父の姿を追っていた。母の命令により、容赦無く父をナマ絞り追撃中なのだ。
　彼女の側には、美しい銀の龍。名を銀次郎と言う。
　銀次郎の一撃が、寸での所でかわされる。
「相変わらず、サモンは容赦が無いなぁ」
　にやりと笑う父を見て、サモンは距離をうかがう。
「銀次郎、行って！」
　隣でサモンの命令を待っていた銀次郎は、素早い動きで、オーマを追い詰める。
「まぁまぁ、サモン、この花屋でバイトを探そう、そうしよう」
　また、攻撃をかわされた。
　サモンは、丁度そこにあった店に逃げ込んだ父を追った。

□03
「おお、兄弟！　おまえも悩んでいるのか！　そうか！」
　店に入ってオーマが最初に見たのは、バケツを持ってため息をつく店員だった。その店員の風貌に、すっかり機嫌を良くしオーマはがしりと彼を捕まえる。
「な、な、何のことだ……？！」
　その店員は、オーマ視点で言えば、同じ悩み乱舞なマッチョアニキだった。そんな彼に協力の手を差し伸べ無い事があるだろうか、いや、無い。
　オーマは店員の言う事など何一つ聞かず、しかし、協力しようと固く勝手に心に誓った。
「心配するな、俺が加われば百筋力だ☆」
　オーマは、何だかわけのわからないことを口走り、滝のように涙を流した（本当に両目から縦になみなみと涙が流れた）。
「い、いや、俺はただ、この薔薇達を咲かせようと……」
　しかし、当惑したのは店員――木曽原シュウだった。
　突然現れた、超ド派手な筋肉達磨……、いや、筋肉質な男が自分の両肩を掴み何やら協力するだのと口走っている。何か誤解しているような気もするので、何とか事情を伝えたかったのだ。
「そうかそうか、薔薇達が……、ん？」
「……、勘違いだね」
　はた、と。
　オーマが動きを止める。
　その横、いつの間にかサモンがオーマの隣に並んでいた。それから、冷たいツッコミ。店の中で、オーマ、サモン、そして木曽原はそれぞれ向かい合っていた。
「花が……、咲かない？」
　思っていた相談内容とちょっと違う。オーマは、ようやくおとなしく娘と二人並んで木曽原の説明を聞いた。
「ああ、市場で怖い思いをしたらしく……、つぼみを固く閉ざしてしまった」
　そう言えば……。
『怖い……』
『怖いよう……』
　耳を済ませば、か弱い花の声が聞こえる。
「……咲きたくても……咲けない……か……」
　サモンは、ぽつりと呟いた。
　それは、誰に聞こえただろう？
「ンギャ」
　サモンの肩の上で、銀次郎が何かを伝えた。サモンは、少し首を傾げ、それからちろりと隣の父を見た。
「ＯＫ！　兄弟、俺に任せなぁ」
　事情を聞くや否や、オーマは動いた。
「さぁ、可憐な薔薇達よ、好きな人面草を選ぶが良い」
　ふと見ると、オーマの足元で、うごめく人面草が。
「……、何するんだよ」
　一応、父の動向を確認するのはサモン。
「人面草軍団と合・コ・ン・作・戦」
　にやり、と。オーマはウインクで返す。
『ヘイ、ベイベ、オレ達と仲良くヤラナイカ？』
『……、ひ、ひぃぃぃぃ』
『ＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡ！　カワイコちゃん揃いだぜぇ』
『いやぁ、いやぁぁぁ』
　それは、悲痛な薔薇達の叫びだった。
　あっけに捕らわれていた木曽原が、ようやく気がつき、必死に薔薇達の入ったバケツを手前に引き寄せる。
「どうした、兄弟？　気に入らなかったか？　じゃあ、コレだ、聖筋界あいどるんるん人面薔薇筋グラビア名鑑☆」
　どこから持ち出したのか。
　オーマが次に取り出したのは、『聖筋界あいどるんるん人面薔薇筋グラビア名鑑』……、だ、そうだ。
『いやぁ、いやぁぁぁぁん』
『こ、こわ、怖い、怖いよぉ』
　しかし、薔薇達の恐怖は最高潮に達した。
　悲鳴が店内にこだまする。
「そうだ！　宇宙と全筋全霊親父愛桃色交信☆薔薇アニキ神聖地も見せよ……」
「逆効果だ、馬鹿、……銀次郎！」
　さっと一歩後退し、その代わり銀次郎が前へ出る。
　サモンの命令に、銀次郎は一撃、オーマの全ての案を本人諸共、殲滅した。
「ははは、サモンはいつも厳しいなぁ」
　しかし、こんな事でオーマはくじけない。すぐに復活し、娘に笑顔を向けた。爽やかな、笑顔だった。
「銀次郎が、薔薇が咲くのを見たいって、だから」
　協力するよ、と。サモン。
「なら、言葉でなく、その想い自身で感じ知って貰おう」
　サモンの言葉に、オーマが提案する。
　さて、それは親娘の息の合った所か。
　サモンは、自身の能力により、薔薇達を娘へと人型具現化させた。

□04
「ねぇねぇ、どこに行くの？」
「……、怖くない？」
「大丈夫？」
　木曽原の後ろから、娘達が不安げについてくる。木曽原には、何も言えなかった。と、言うよりも、彼自身も多少……、いや結構不安だった。
「ほぅら、あの祭だ」
　先頭を切って歩いていたオーマが立ち止まる。
　先ほど、逃げ回っている時に見たのだ。見知らぬ土地の、けれど、楽しげな祭。
「あれが、何？」
　サモンは、だまって父の後ろを歩いていた。先ほどの店内の様子を思い出す。あのまま父を放置すれば、東京中の薔薇を薔薇筋化させそうだった。何としても、父の悪行を食いとめなければ。
「あの舞台……、丁度良いなぁ」
　それぞれの思いを背に受け、オーマは目指す舞台へニヤリと視線を傾けた。
　それは、商店街を上げての梅祭の会場。賑やかな人だかりに、屋台が並ぶ。その舞台は、会場中央に仮設されたものだった。
　何やら、司会者らしき男がマイクを握っている。
「じゃ、行くぞ？」
　その言葉に、薔薇達は娘の姿でびくりと震え。
　木曽原は、まだ夢心地のまま、ぼんやりと流されていたし。
　サモンだけが、ウンザリした様にため息をついた。

□05
――どうして、こんな事になってしまったんだろう？
　花屋の店員、木曽原は薔薇娘の手を取りながらぼんやりとそんな事を考えていた。
「ありがとう、やさしいシュウさん、あなたにあえてよかった」
　木曽原に手を取られた薔薇娘は、じっと目の前の大きな木を見ながらとても棒読みで、そんな風に喋っていた。
　そう、いつの間にか木曽原と薔薇娘の一人が、例の舞台に引きずり上げられていたのだ。
　その上、寸劇など、行ってしまっている。
　あまりに強引に事を進められてしまったため、木曽原は断りきれなかったのだ。
「はい、ここで二人向かい合って」
　薔薇娘が見ていた木とは別の小さな木から、そこで指示が入った。
「向かい合う？」
　薔薇娘は、不思議そうに木に問い返す。
「そう、さ、早く」
　淡々と、木は薔薇娘にそう返す。
「向かい合うって、どうするの？」
　舞台袖から、配役にもれた薔薇娘が不思議そうに問う。
「どうして、二人は手を繋ぐの？」
　その隣で、もう一人の薔薇娘も不思議そうに舞台を見ていた。
「愛だぞ？　ラヴだぞ？　向かい合わずしてどうする、さぁ、さぁ、さぁ」
　その疑問に答えているのかどうなのか。大きいほうの木が舞台の上で、木曽原と薔薇娘をはやし立てる。
　愛する事を知らぬ薔薇が、花を咲かせ人々に愛を紡ぎ運ぶ想いの揺り篭と生きる中でやがて自身が愛し愛される事知り大切な者と一生遂げる話。
　一括りで言ってしまえば、そんな話だ。
　何事かとその舞台へ集まってきた梅祭の観客は、皆舞台上で硬直する木曽原を見ていた。
「さ、早くしてよね」
　小さいほうの木はまた、淡々と木曽原を急かした。
　くすくすと、観客からは笑いが漏れる。
「……、分かった、向かい合えば良いんだな？」
　寸劇をすると聞いたときには、一体どうするのかと思ったのに……。オーマとサモンは、どこからか取り出した木の着ぐるみを身に纏い舞台に二人ドンと並んだのだ。
　それから、木曽原と薔薇娘を舞台へ呼び出し、アレコレと指示を出し始めた。
　集まる観客。
　驚く薔薇娘。
　完全に、断るタイミングを無くした木曽原は、オーマの言うがまま寸劇を行ってしまっていた。
　しかし、木曽原は気付いている。
　客の笑いが、絶対に劇の内容を踏まえての事では無いと言うことを。
「どうして、シュウを見るの？」
　薔薇娘は、木曽原をじっと見つめて素直に疑問を口にする。
「……、皆、誰かを見つめているからさ」
　その疑問に、小さな声で答えたのは、小さい木――サモンだった。
　皆、誰かを見つめている。昔は不思議だった。どうして、花は咲くのだろう？　どうして、世界は怖くは無いと言えるのか？　それから、どうして、己の中に温かな何かが灯ったのだろう？
　薔薇娘は、不思議そうに木曽原を見つめている。
　けれど、サモンは今はもう不思議では無い。
　つまり、それは、――。
「よし、そこでラブマッスル☆キスで終了だ」
　大きな木――オーマの観客まで丸聞こえのその指示に、舞台を見ていた客達はどっと笑った。
「……、何故……」
　木曽原は、自分の中でがらがら何かが崩れて行く音を聞いていた。
「ねぇ、きすって、なぁに？」
「きすって、どうするの？」
「ねぇねぇ、はやくぅ」
　薔薇娘達は、客が皆笑顔だと言うのが、とても不思議だった。しかし、もう怖いと言う事はあまり感じない。それよりも、不思議。配役にもれた娘達まで舞台に押し寄せ……、そして、その不思議を木曽原やサモンにねだる。
「え？　馬鹿、オーマ！」
　それはつまり、皆の愛があってこそなのだけれども、サモンは着ぐるみである事を忘れ、父を睨みつけた。
「帰りたい……」
　サモンの様子をニヤリと優しく見つめるオーマ。
　何故何故と、木曽原に纏わりつく娘達。
　木曽原の心からの呟きは、誰に伝わる事無く、静かにかき消されて行った。

□Ending
「楽しい、楽しかったね」
　ようやく、再び花屋に戻ってきた一行。
　くすくすと、薔薇娘が笑った。
「じゃ、皆、元に戻すよ」
　その様子に、サモンがゆっくりと薔薇達を見まわす。
　薔薇娘達は、皆笑顔だった。あのどたばたの劇の中、薔薇達は、笑顔を貰ったらしい。
「人もお前達も、愛し愛され生きていくんだぞ？」
　オーマは、ぐっと親指を押し上げ大満足だった。
　気がつけば、薔薇達は、元通り薔薇の姿に。
　一つ、違う所と言えば、そのつぼみは優しくほころんでいると言う事。
「折角花屋に来たんだ、聖筋花束を頼むぞ、兄弟」
　さて、薔薇達はもう大丈夫だろう。
　オーマは、一同のすみでぼんやり空中を見つめている木曽原に、花束を注文した。
「……、ああ、ご注文有難うございます」
　薔薇達が、楽しかったのは良かった。
　そう思おう、きっと、そうだと思おう。木曽原は、ぐっと色んなモノをこらえ、花束の準備に掛かった。
「人の想い映し見て贈った者と永久の証絆で結ばれる伝承の偏光輝くルベリアの花」
　オーマとサモンが手にしたのは、木曽原の知るどんな花でもなかった。
　どうやら、通貨が違うため、物々交換で、と言う事らしい。
　木曽原は納得した。
　何故なら、あんな光景を目の当たりにすれば、納得するしかないでは無いか。
　それより何より、差し出された花は美しかった。
　だから、木曽原が父と娘に手渡した花束には、感謝の気持ちをたっぷり込めた。
　二人にも、きっと、その花が笑っている事が伝わったに違いない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【　整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業　】

【　1953　／　オーマ・シュヴァルツ　／　男　／　39　／　医者兼ヴァンサー（ガンナー）腹黒副業有り　】
【　2079　／　サモン・シュヴァルツ　／　女　／　13　／　ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー　】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
■
　こんにちは、この度はノベルへのご参加有難うございます、ライターのかぎです。
　■部分は個別描写、□部分は集合描写になります。

□サモン・シュヴァルツ様
　こんにちは、初めてのご参加有難うございます。
　寸劇……、イメージ通りにいったでしょうか？　クールなサモン様をかっこよく表現できたら良いなぁと思い描写させて頂きました。
　それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。

ホワイトデー・恋人達の物語２００６

陵かなめ

聖獣界ソーン

2006年03月13日