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『黒猫と白夜 』
紬・玄也5492)&風間・悠姫(3243)


 東京某所。とあるビルの地下に、【LiveBar Blackcat】はある。
 つい最近開いたばかりのバーではあるが、マスターのカクテルの味は確かであり、ひっそりと評判を呼んでいた。
 ライブバーということもあって、開店する深夜から朝まで地下からの音楽と歓声が絶えることはない。

 しかし、今日はただひっそりと静まり返っていた。
 ドアに掲げられているのは【CLOSED】の文字。その日は別に定休日というわけでもなかったため、カクテルと音楽を楽しみにやってきた客たちはその文字に驚きと落胆を隠せないまま帰途へつく。
 それを少し苦笑混じりに見送って、女が銀髪を揺らしながらそのドアを開けた。


 ドアの向こうには、営業日と何も変わらない光景が広がっていた。
 暗めに落とされたライト、鈍い光を反射させて輝くグラス、人が集まる場所特有の匂い…。
 そのすべてが、ここを訪れる人間に安息をもたらしてくれる。それは女とて例外ではなかった。
「今日本当によかったの? 結構残念そうにしてる人多かったみたいだけど」
 そんな女の声に、動く影が一つ。見れば、カウンターの向こうで一人の男が立っていた。
「しょうがないだろ、今日は特別なんだから。だからお前を日付が変わるのと同時に招待してるんだよ。
 お客たちには、また明日の夜にでもカクテルを安くして許してもらうさ」
 いいながら、男がカウンターから出てくる。
「いらっしゃいませお姫様。ささ、奥へとどうぞ」
 恭しく頭を下げた男に、女は微笑をひとつ。
「ありがとう。でもそういうの、あなたには似合わないわよ玄也」
「うるさいよ、ったくせっかく決めてみたのに」
 男――紬玄也がいつもの調子で頭をかくところを見て、女――風間悠姫はまた小さく笑った。
「お手のほうをどうぞ、お姫様」
「あら、それじゃ」
 差し出された黒い左腕をとり、悠姫は誘われるままにカウンターへと進んでいった。





○3月14日0時



「さて、何がいいかな。今日は特別に何でも頼んでいいぞ」
「そうね…まぁとりあえず最初はお任せで」
「了解。それじゃ…別にアルコールの強さは気にしないでもいいだろうけど、最初は軽めのやつからがいいかな」
 そういいながら、玄也はさっさと道具を用意していく。
 酒を触っている時の彼の顔は、悠姫にとってお気に入りの一つである。だから、彼女はじっとその楽しげでありながら、どこか真剣な顔をじっと見つめていた。



 そもそも二人の関係は、実はあまり祝福されているものでもなかった。
 彼女は吸血鬼の血族であり、彼は退魔士の一族の嫡男。
 本来なら狩り狩られる立場であるはずの二人が、しかし出会い恋に落ちる。
 男と女、理屈ではなく、そう思ってしまったから今の二人がある。
 しかし、どれほどロマンチックな関係であったとしても、現実は酷く無情であることも確か。
 以来玄也の立場は目に見えて悪くなり、悠姫は常々その事を気にかけていた。
 彼女は、その事を素直に口に出したこともある。しかしその度に、彼は問題ないと笑っていた。それを見る度、彼女はどうしようもない愛しさを不安を抱いてきた。

 今目の前でカクテルを作る彼からは、そんな不安は微塵も感じられない。
(…本当なら、気持ちなんて隠したままのほうがよかったんじゃないのかしら…)
 彼を見ながら、悠姫は一人そんなことを考えていた。

 あれから何度となく肌を重ね、心を重ね。そうやって不安を消そうとするたびに、不安に押し潰されそうになる。そんな気持ちを、彼は気付いているのだろうか?



「…き、悠姫」
「ぇ…あ、ごめんなさい。何?」
「何って…ほら、ホーセズ・ネック」
 悠姫の前に差し出されたのは、螺旋状に剥かれたレモンが鮮やかにグラスを彩るカクテルだった。
「ありがとう」
「いえいえ。…何考えてたんだ?」
 そっとそれに口をつける。ジンジャーの甘みがブランデーと溶け合いながら、喉を潤していく。
「なんでもないわ、気にしないで」
 程よい甘さにふっと笑って、悠姫はまたグラスを傾けた。
 しかし、彼女がそういうときほど、何かを考えているというのは今までの経験上、彼にもよくわかっていた。
 そして、こういう甘く流れるはずの時間の時になるほど、彼女がそういうことを考えるということも。

 彼女の気持ちがわからない訳でもない。今まで不安にならなかったかと言われれば、そうでもない。
 しかし、それでも。
 溜息を一つだけついて、ホーセズ・ネックを飲み干したところを見てから彼はまたシェイカーを手に取った。

「美味しかったわ、次は何を?」
「今度は、バレンタインデーのお返しのカクテルだな」
 そういいながら、彼はシェイカーの中に二種類のブランデーとグレナデンのリキュールとシロップ、そしてレモンジュースを入れてシェイクし始めた。
「お返しって…こうやって貸しきりにしてくれたことが、じゃなくて?」
「いや、それもそうなんだけど…まぁいいから」
 シェイカーからグラスに注がれたのは、色鮮やかな赤色のカクテル。白みがかっているのがどことなく神秘的な、そんなカクテルだった。
「これは初めて…何ていうの?」
 悠姫の質問に一つ玄也は笑みを返し、
「『愛の唄』ってカクテルだ」
 そっと、そのグラスを彼女の前に差し出した。

「なぁ悠姫」
「…ん?」
 まだカクテルを飲もうとしない悠姫に、玄也がそっと語りかける。
「大丈夫だから。だからあんまり不安そうな顔するなよ。お前がそういう顔してると、こっちが辛くなる。
 せっかく一緒になったんだからさ、そんなことは考えずに楽しいことを考えよう。
 そうしてるうちに、物事なんてうまくいくもんさ」
 思わず、その言葉に顔を上げる。そこには、ただ笑う彼の顔。驚きを隠せない彼女に、彼はまた笑った。
「最初から不安を感じるくらいなら、俺はお前に好きだなんて言ってないよ」
 悠姫は思わず顔を真っ赤にして顔を伏せてしまった。臆面もなく言い放つその態度に、彼女が恥ずかしくなってしまったのだ。
 しかし、当然嬉しくないはずがなく、顔を伏せながらも彼女は小さく笑った。
「馬鹿…でも、ありがとう」
 恥ずかしくて、顔を上げないままカクテルに口をつける。染み込んでいくような深い甘さが、口の中に広がった。
「…とても甘いわ」
 まるで、今の自分の気持ちを表すように。それはとても甘かった。
 あげられない瞳から、小さく一筋何かが伝っていった。





* * *



 玄也の作り出すカクテルを楽しみながら、悠姫は夢のような時間を過ごしていた。
 普段はお互いに仕事が忙しく、一緒にいられるのは夜の短い時間だけ。こうやって長い時間を一緒にいられたのは、考えたら何時ぶりだろうか。
 それはきっと玄也も同じで、ただこうやってカクテルを作ってやれることが楽しくて仕方がない様子で。
 彼女は琥珀色の液体をグラスの中で揺らしながら、カクテルに向かう彼の顔をまたじっと見ていた。
「…ん?」
「なんでもないの。次のカクテルは何かしら?」
 視線に気付いた玄也に、悠姫は小さく笑う。多分、彼のそういうところが好きになったんだろうなぁと考えながら。
 先ほどまでの不安は、もう彼女の中にはなかった。
(きっと、大丈夫よ)
 過去を少しだけ思い出し、そしてまた彼の顔を見て。悠姫はまたグラスに口をつけた。



 ゆっくりと語り合い、カクテルを味わい。気付けば、時計の針が2時をさしていた。
 悠姫は、まるで自分がさっききたばかりのような感覚に陥っていた。楽しい時間というのは、それほど早く過ぎていくものだから。
「…速いわね、時間が過ぎるのって」
 グラスを片付けていく彼に、苦笑交じりに呟く。もう少しこうしていたいが、そうも言っていられない。
「ホント、速いもんだ」
 最後のグラスを元に戻し、彼もまた呟く。

 朝が来れば、彼はモデルとして、そして彼女は探偵としてまた日々の生活に戻っていくのだ。

 だがしかし、言い換えれば朝まではまだ時間がある。今までは恋人であると同時にバーのマスターとして彼女に接していた彼だが、もうその必要もなく。
 そして、それはお互いに同じ。どちらからともなく傍に寄り添って。
「どうかしたの?」
「別に」
 そっけなく答えながら、しっかりと抱きしめていた。
 ただ抱き合うだけなのに、不思議と心が安らいでいく。別に何かをしているわけでもないのに、一つになれているような気がする。
 そんな思いを抱きながら、二人はそっと唇を重ねていた。
「…部屋に帰ろうか?」
「そうね。まだ時間はあるし」
 そうして、黒猫の中に闇が落ちた。





* * *



 深夜、既に人が歩く姿もまばらになっている。幾ら眠らない街と呼ばれていても、人は眠るのだ。
 その中を、片時も離れたくないと言わんばかりに腕を組みながら二人は歩いていく。
「今日は冷えるわね」
「春といってもまだ3月だからな、しょうがない…って、雪だ」
 そこに、この季節ではさすがに珍しい雪が舞い降りてきていた。
「ホワイトデーの夜に雪だなんて、また随分とロマンチックな話ね」
「全くだ」
 くすくすと笑いあう。彼らの前を舞っていた雪が、その吐息で小さく溶けた。

「あぁそうだ」
 そんな時、ふと思い出したように彼が声を上げた。なんだろうとそちらに視線を向けると、玄也が何やらポケットの中をごそごそとあさっていた。
「ほい、プレゼント」
 渡されたのは小さな箱。その形から、なんとなく中身は予想が出来る。随分とわかりやすい方法であるが、しかし使い古された方法であっても彼女に感動を呼ぶことには違いない。
 悠姫は、わかっていながらも高鳴る胸を抑えられずにその箱を開ける。中に見えたのは、小さく輝く透明な石。
「……」
「まぁ、何だ。その…これからもよろしくってことで」
 言葉が出てこない彼女に、玄也が照れくさそうに告げる。そんな彼の様子があまりにもらしくて、悠姫は小さく笑った。
「笑うなよ…結構いい値段してたんだぞそれ」
「お金のことなんて言わないの、もう。…ありがと」
 不意に見せたその微笑があまりにも綺麗で、玄也はまた照れくさそうに顔を背けた。
 そんな彼を余所目に、彼女は左手の薬指にそのリングを通す。白く透き通りようなその手に、あまり派手ではないリングがよく似合っていた。
「って、いきなりそこにはめるのか!?」
「あら、駄目なの?」
「いや、駄目って訳じゃないんだけど…あー親父どもがまたうるさそうだ」
 ガックリと肩を落とす玄也に、またくすくすと笑い声が聞こえる。絡めた腕に力を込めて、悠姫が幸せそうに笑っていた。
 その顔を見ていると彼もまた幸せになって、
「まっ、いいか」
 大きく肩を竦めながら、笑った。



 そうして、また二人は歩き始めた。先ほどよりも強く腕を絡めあい、雪の降る夜の中を。
「ホント寒いわ、早く暖めてもらわないと」
「そういうこと堂々と言うなよ」
 薬指を飾る光をまとい、また日々へと戻っていく。





<END>
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2006年03月13日

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