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『傍で笑っていてくれるなら 』
神威・飛鳥2861)&川西・雪夢(4899)


 居間の一角に腰を下ろして、雪夢はそっと飛鳥の方へと視線を向けた。
 手を伸ばせばすぐ届く距離――というのは言いすぎだが、決して遠くはない。声をかければすぐに気付いてもらえる距離だ。
 ポケットの中には大切に大切にしまわれた、小さな箱。バレンタインのチョコレート。可愛らしいラッピングは男の子向きではないかもしれないけれど、丁寧に、と思っていたらいつのまにかそんなふうになってしまったのだ。
 ……喜んで、もらえるだろうか?
 もし、一瞬でも、嫌そうな顔をされてしまったらどうしよう。
 目の前にいる少年、神威飛鳥がそんなことをする人間ではないことは良く知っている。
 人付き合いが下手で、ともすれば冷たいヤツとも言われがちだが、心の奥にはとても深く人を思いやることのできる優しい温かい感情が息づいていることを知っている。
 そんな飛鳥だから。
 冷えた心を温かく溶かしてくれた飛鳥だから。
 自分も、飛鳥が抱いている重い荷物を軽くしてあげたいと思う。雪夢は何も知らないけれど、それでも、わかることはあるのだ。
 それは女の子が持つ特有の、鋭い観察力と洞察力。あっけらかんと言ってしまえば、恋する乙女の眼力というやつだ。
 雪夢自身に自覚がないから、これを本当にそう呼んでいいのかは少々迷うところだが。少なくとも、それにとても近いものであるのは確かだ。
「……がんばら、なきゃ……うん……」
 誰にも聞こえないようなか細い声で呟いて。
「あ、の……!」
 声をかけたその矢先。
 ピンポーン、と、
「お?」
 間が悪く玄関先からチャイムの音が聞こえてきた。ぱっと立ち上がって玄関へ向かう飛鳥。
 どうやら宅急便かなにかだったらしく、飛鳥はすぐに戻ってきた。
 そうして。
「どうしたの?」
「あ……」
 言いかけた声に気付いていたらしい。尋ねてくれる飛鳥に、けれど、雪夢は。
「なんでも、ないです……」
 そう答えて俯くしかなかった。
 一度タイミングを逃してしまったら、言うのはとてもとても難しくて。喉の奥に大きな塊が詰まってしまったように、言葉が出ない。
「そうか?」
 飛鳥は少しだけ不思議そうな顔をしたけれど、歩き出した雪夢に問いつめることはなかった。
「…………はあ」
 居間を出てから、雪夢はため息をつき、しゅんと俯いて部屋へと戻る。
 これで、何度目だろう。
 チョコを渡そうとしてタイミングを逃して、気まずくなって飛鳥の前から立ち去る。
 これを、朝からもう六回も繰り返しているのだ。ため息をつきたくもなろうというものだ。
 どうにかして、これを渡さないと。
 今日が終るまで、あと半日ほど。時間は、あまりない。
 自分の部屋に戻った雪夢は、誰に聞かれる心配もなくなったところで大きなため息をついた。


◆◆◆


 居間から出て行く雪夢の後姿を見送って、飛鳥は少しだけ、表情をゆがめた。
 これでもう、何度目だったか。
 雪夢が、飛鳥を避けるようにして部屋から出て行ってしまうのは。
 最初は朝ごはんが終った直後の居間。それから、庭。次は廊下の片隅。昼食の準備をしていたキッチンで。階段の踊り場で。そうしてまた、居間。
 出会って数ヶ月が経ち、飛鳥もそれなりに、雪夢の性格を掴んできた。
 根っこは優しい少女なのだが、物静かで無口なせいか冷たい印象を与えてしまうことがあること。自分から口を開くことは滅多にないが、話しかければ必ず答えてくれる。人が嫌いだとか言うわけではなく、単純に、話すのが苦手なだけなのだ。
 そんな雪夢が、何故か、今日に限って飛鳥に話しかけてこようとする。
 けれどどうもタイミングが悪く、あとで聞こうと話しかけても今度は雪夢の方が逃げてしまうのだ。
「避けられてるの、かな……」
 話したいことがあるのは確実なのだから、その印象は正確ではないのだが、こうも逃げられると、避けられている思いたくなるのも無理はなかろう。
 もしかして、と。
 思い当たることはなくもない。
 今日はバレンタイン。
 雪夢とて女の子だ。チョコのひとつやふたつ、用意していてもおかしくはない。
 けど……。
 飛鳥にとって雪夢という少女は非常に微妙な存在だ。
 妹のようなというと何か違うし、友達……とも少し違う。かといって恋人かと聞かれれば、それはない。
 18歳の飛鳥にしてみれば、中学生の雪夢は、恋愛対象としてみるにはなかなか難しい年齢だ。
 チョコを渡してくれようとしているのかもしれない。
 けど。
 雪夢の態度がどうにも微妙で。
 単純に雪夢の性格上なかなか言い出せないでいるのか。
 それとも……飛鳥のこんな心情を感じてしまって、それで、ギリチョコすらも渡しにくい状況にしてしまっているのか。
 もしくは、こんなのは飛鳥の自信過剰かつ考えすぎで、まったく違う何かが原因なのかもしれない。
 なにはともあれ、本人に聞かねばどうにもなるまい。
 バレンタインのチョコが原因ならば、放っておけば明日には元通りになっているかもしれない。けど、もし、違ったら?
 明日になったら、もっと避けられるようになってしまったら?
 夜まで延々ナやんだ挙句、やっぱり現状放置はできないと、飛鳥は雪夢の部屋に向かった。


◆◆◆


 ノックの音に続いた声に、雪夢は、本当に、飛び上がってしまうかというくらいに驚いた。
「雪夢ちゃん? いる?」
「あ……はい。……はい!」
 焦りのあまり転びそうになりながらもなんとか体制を整えて扉を開ける。
「あの……」
 チャンス、かもしれない。
 けれど飛鳥を目の前にして何も言えず、雪夢はただただ俯いた。
「あのさ……俺、雪夢ちゃんになにかした?」
「え?」
「なんだか……避けられてるような気がして」
 思わず顔を上げた雪夢は、ぶんぶんと何度も首を横に振る。言葉が、出ない。
 でも、このままじゃいけない。
「あの……あの、違う、の」
 どうにか言葉を搾り出し、それから、勢いに任せてチョコレートを差し出した。
「あの。これ、渡したくて。でも……その……」
 渡すのは、雪夢にとっては大変な勇気が必要で。なのに、どうにもタイミング悪くて。勇気の花は萎んでばかりで。
 今、言わなければ。
「あの、私――」
 告げた言葉は、自分でもびっくりするくらいに、細くて。こんな声じゃ飛鳥には届かないと思っても、もう、言い直すことなどできなくて。
 真っ赤になっているだろう火照った頬を隠すように両手で包み、ちらりと飛鳥を見上げてみる。
 と。
「そっか。嫌われたんじゃなくてよかった」
 かえってきたのは、判断に少々困るお答え。
 聞こえたのか、聞こえなかったのか。
 でも、とりあえず今は飛鳥が笑っていてくれるだけでいいと思った。
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東京怪談
2006年03月10日

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