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『世界はそれほど怖くは無いから 』
櫻・紫桜5453

□Opening
【ホワイトデーのプレゼントに花束はいかがですか?】
 店内のポップを見て、木曽原シュウは溜息をついた。もうすぐホワイトデー。花屋『Flower shop K』では、ホワイトデー戦線に向け、花束のお返しを前面に打ち出していた。
 ……。
 のだが。
『いやよぅ、嫌、嫌』
 主力商品である薔薇の花が、頑なにそのツボミを閉ざしているのだ。
 木曽原に、花の声がかすかに届く。
『だって、怖いもん、大声で売られて暗い箱に詰められて』
『そうよぅ、怖い』
『きっと、もっと怖い事も有るんだもん』
 それは、市場でのセリの事だ。この時期の薔薇は、どの花屋も欲しい。売る方だって必死だ。多少の怒号は飛び交うし、落札したら即箱に詰めて輸送だ。
 しかし、その様子に、薔薇達は驚きすくみ上がってしまった模様。結果、全く咲く気配が無い。これでは、売り物にならないのだ。
――そんな事は無い。
――この薔薇達は、これから恋人達の幸せな時間に同席できるのだから。
 木曽原は思う。
 けれども、それを上手く言葉には出来なかった。彼は、人より少しばかり口下手だ。
 しかし、もうすぐ、花束を求めて客も来店するだろう。
 どうにかして、この花達に、世界はそんなに怖くは無いと伝えなければ……。

□01
 櫻・紫桜が足を踏み入れたのは、どこにでも有りそうな花屋だった。
 店内入り口近くに設置されているのは、ガラス張りのディスプレイ用冷蔵庫。その中には色とりどりの生花が並んでいる。
 壁側には、丁寧にラッピングされた鉢植えが整然と並べられていた。
 ただ、一つ。
 違っていると言えば、それは、店の奥。
 カウンター近くで呆然と立ち尽くす店員、だろうか?
 体格の良いその男は、その姿に似つかわしくない表情で、足もとの薔薇をただ眺めているように見えた。
 何だか、とても困っているような感じだ。
「どうかしましたか?」
 物腰やわらかに問いかける紫桜。
 その声に、はっとしたように、店員――木曽原シュウは顔を上げた。
「いえ……、この薔薇は、売り物では無いので」
 紫桜としても、あまりにも木曽原がその薔薇達を覗き込んでいるものだから、一緒になって薔薇を見たのだ。
 だから、本当は、別段その薔薇を購入しようとして値踏みしていたわけでは無いのだが……。
 木曽原の言葉と表情に、その薔薇達について、困っていると言うことだけははっきりと伝わってきた。
「その薔薇達、どうかしたんですか?」
 もう一度、問いかける。
 紫桜のその様子に、木曽原は何度か頭をかいて、事情を説明した。

□02
「……怖い?」
 紫桜は首を傾げる。
 その様子に、木曽原は慎重に頷いた。
「市場での、事なんだが、大声で売られすぐに箱詰めにされたのがダメだったらしい」
 とつとつと話す木曽原の言葉を聞き逃すまいと、紫桜は真剣に頷いた。
「だから、怖い、と、花達がそう言っているのですか?」
 残念ながら、紫桜にはその声は聞こえなかった。
 しかし、木曽原の真剣な眼差しは、今も尚花達が怯えている事を物語っていた。
「俺は、花と意志疎通は難しそうなので、通訳をお願いします、えっと……」
 紫桜は、木曽原を見上げ、ほほ笑んだ。
「……、木曽原だ」
「俺は櫻紫桜です、花に対しては、話し掛ける事しか出来ないかもしれませんが」
 木曽原は、少しばかり驚いていた。
 まず、目の前の少年は、自分を見ても驚いたりはしなかった。
 その上、この怯えている花達を何とかしてくれようと、力を貸してくれるらしい。
「いや、よろしく、頼む……」
 だから、木曽原は、彼にしては至極丁寧に、紫桜にお願いをした。

□03
「……、まずは、大声で売られたのが、怖かったそうだ……」
 木曽原は、紫桜に花達の言葉を伝える。
 紫桜は、それを聞き、ゆっくりと花へ向き合った。
「それだけ真剣に選んでくれた証拠になりませんか?」
 覗き込むと、薔薇達は固く、それは固くつぼみを閉ざしているようだった。どこにも、綻びが無い。この様子は、本当に、震えて縮こまっている子供のようだ。
 紫桜は、囁くように少し小声で薔薇達へ語りかけた。
「……、でも、暗い所に閉じ込められたと、だから怖いと……」
 やはり、まだ薔薇達は恐れているようだ。
 木曽原が、その言葉を代弁する。
「暗いところに入っていたのは、大事にされて……」
 紫桜は、それでも根気良く、そして誠実に薔薇達へ話しかけた。
「……、大事に?、と、……」
 この時、少しだけ木曽原の口調が戸惑った。
 薔薇達も、同じように戸惑ったのだろうか。
 紫桜は、くすりと微笑み、言葉を続ける。
「見てもらう人に一番いい状態でいて欲しかったから、だと思いますよ」
 今度は、どんな反応が返ってくるのだろう?
 紫桜は、ゆっくりと木曽原を見上げた。
 木曽原は、戸惑っているようだ。首を傾げ、薔薇と紫桜を見比べている。
「……、でも、怖い……、いや、大事にされている……、それは、本当か……と」
 どうやら、薔薇達の意見がばらついて来たようだ。
 紫桜は、一度しっかりと頷き、穏やかに薔薇達へ囁きかけた。
「世界は怖いけど、優しいところもあります」
 薔薇達が『怖い』と感じた世界も、本当だと思う。それは、薔薇達が一番良く知っている世界だろう。しかし、紫桜の知っている世界には、優しさも有るのだ。
 それを、薔薇達に伝えたい。
 紫桜はまた、薔薇達に囁きつづけた。
「花は見る人に笑顔と幸せを運んでくれます」
「……、笑顔と幸せ……、花が反応している」
 木曽原が、驚いたように紫桜を見た。
 花は、いつの間にか、恐怖だけでは無くなっているようだった。
 紫桜の話の続きを、そわそわと待っていると、そう伝えたかったが、木曽原はそれほど口が達者では無いので、結局驚いた声を出すことしか出来なかったのだ。
 それでも、紫桜は何かが変った事を感じ取る。
「あなた達にもその力を分けてもらえませんか?」
 更に少しかがみ込み、薔薇達をじっと見つめる。
 良く見ると、あんなに固く閉ざされていたつぼみが、少し、ほんの少しだけ綻んでいるような気がした。
 紫桜は、その様子に、一層笑顔になる。
 にっこりとほほ笑んだ紫桜の様子は、薔薇達に、それが花の力だと言う事を伝えた。
「……、花が、笑い出した……」
 一方、木曽原は、驚く事しか出来なかった。
 紫桜と木曽原、二人の間の薔薇達は、一つ、また一つと、つぼみを綻ばせて行った。

□Ending
「では、花束をお願いします」
 紫桜は、やはり丁寧な口調で、花束を注文する。
「……、どのようなご利用か?」
 木曽原は、ちょっぴり微妙な口調で、それでも花束を組む準備に入った。
「ええ、母に贈ろうと思います」
 紫桜の言葉に、木曽原が作ったのは、先ほどつぼみが綻んだ薔薇とかすみ草。足元にはグリーンのをあしらった。
 ラッピングは、あくまで派手にならずシックに、しかし高級感の有るセロファンと和紙を使ったものだ。
「この度は、助かった、ありがとう」
 花束を手渡す木曽原の表情は、明るい。
 いや、ごつい上あまり表情が変わるほうでは無いが、明るい感じがした。
「こちらこそ、素敵な花束を有難うございます」
 紫桜は、木曽原に笑いかけ、大切そうに花束を受け取る。
 その耳には届かなかったけれど、紫桜の腕の中、花達の声は弾んでいた。
 木曽原は、それを伝えたかったが、上手い言葉が浮かんでこなかったので、仕方なく、丁寧にお辞儀をした。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

【 5453 / 櫻・紫桜 / 男 / 15 / 高校生 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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□櫻・紫桜様
 こんにちは、お久しぶりですライターのかぎです。
 この度は、薔薇達を、上手く説得して頂きまして、ありがとうございました。花束も……、気に入って頂ければ良いのですが。
 櫻様の丁寧で、優しい様子が表現できたらと思い、描写させて頂きました。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
陵かなめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月09日

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