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『花筏に想いを馳せて 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)

 夏ほどとはいかずとも冬というのは肌が張り付くようなひりひりとした感じがいただけない。
 西洋式の豪邸、それもあちらこちらにはこの屋敷の主人の為にとつけられた空調整備や防犯もろもろの施設があったとて自然の驚異という名の季節には敵わないものなのだ。
「それにしても最近は過ごしやすい季節になってきたものですね」
 優しく顔を出す太陽にほんの少しだけ開いた自室の窓から風が入り柔らかにカーテンを揺らせている。
 そんな様子を少し嬉しく眺めながらセレスティ・カーニンガムはまだ起きて間もない自らの瞳を細い指先でこすりながら外を見た。

 毎年この季節からは特に庭の花々の蕾が、また冬から春にかけてを一番とする木々達が美しく栄える。それも庭園設計者であり部下でもあるモーリス・ラジアルのお陰なのだが、今は純粋に眼下に見える庭園を心地よく思う。
 何しろセレスティは人魚、これはもうしつこい位に経験してきた事ではあるが、夏は暑すぎ、冬は暑さ程辛くはないものの眠気も酷ければ外に出た時の皮膚の感覚もあまり好きではない。
 勿論、美しい雪が降れば見惚れるが。
 兎に角、セレスティ自身の体調の中で一番過ごしやすい季節は春の始めのこの常人ならば少し肌寒い季節か、或いは秋の終わりの落ち葉が舞う季節が身体的に一番過ごしやすいと言えた。
(どの季節も見ごたえのあるものが溢れてはいるのですが…)
 夏にはそれこそ庭園がもっとも美しくなるだろうし、冬は上手く行けば銀世界。
 けれどそれを堪能するにはセレスティの身体は少しばかり不便に出来ていたのだ。生まれもあるがそれをどうこう出来る程ではない為、こればっかりは寂しい気持ちを覚える事もあるが仕方が無い。

 カーテンが揺れる度にセレスティにとっての心地よい風が着替えたばかりの白いドレスシャツのレースをくすぐりそのまま艶のある銀の髪をさらっていく。
「もうすぐ春ですね…」
 考え深く呟いてその風に手のひらを遊ばせれば一枚の桃色が指をくすぐる。
「桜…でしょうか?」
 指にくっついてしまった桃色を改めて摘み、まじまじと眺めてみれば矢張り桜の花弁が一枚で。もうそんな時期だったのだろうかと季節の始まりを自分ながら驚いて青い瞳を空色に映しながら見開いた。
 春といえば桜で桜前線というものはもうすぐそこまで迫ってきている。
 それくらいはなんとなく理解はしていたが外に出るという機会が少ないせいもあり日々を淡々と過ごしていると意外な思いもするものだ。
「何にせよ、珍しい桜ですね」
 セレスティの細い手のひらに淡く咲く桃色は自室の窓から見える木々のものではない、それに元々自室から庭園の全てが見えるかと言えばそれは否である。

(なかなか外には出られませんしねぇ…)
 ちらり、と天蓋付きの自らの寝台を見やる。
 元々あまり朝には強くない体質故、そこから起き上がり足の都合もあって甲斐甲斐しい使用人と共に着替えたのがついさっき。
(一人で出歩くなどなかなか出来る事ではありませんし)
 こっそりと思うのは何故だか口に出してしまえばこの屋敷に仕える何人もの者に聞かれてしまいそうだから。
 何よりもセレスティ自身を重んずる彼ら、ないし彼女らは主以上に仕えるべき相手の身体を気遣ってくれているのだ。
 それだけで言えば、確かにありがたい事ではあるのだが結局それが原因でなかなか自分一人で外に出る機会が少ないのは事実。もっと言えばそこまで体力が無いのも自ら理解してはいるのだが。
「こんな過ごしやすい日ですし、たまにはいいですよね?」
 返事の返ってこない疑問を一人で呟き、いいですよと返って来た事にとりあえずしておく。

 これがセレスティの良い所であり悪い所であるのだが、体力のあるとは言えない身体一つで興味がある事柄に飛び込んでいく様を見たならば使用人達は放っておかないだろう。
「自分の屋敷だというのに…警備もこうなるとやっかいですね…」
 そう、今日は『一人で』出かけたいのだ。
 自室に入ってきた桜を追うと思えば大した距離ではないと思えるし、それならばいつも出かけ際に付いてくる使用人も必要無い。が、きっとセレスティの自室前にはしっかりと防犯用のカメラが設置してあるだろうし廊下にもそれらは続いているだろう。
(盗まれて困るような物はしっかり別の場所に保管しているのですけれど、カメラに移ってしまっては使用人が来てしまいます…)
 些か整いすぎた眉を顰めたセレスティは考える。
 盗まれて困るような物は屋敷にあってももっと厳重な警備が施してある。ただ、困る。の度合いは一般人のそれとは違い寧ろ無防備なくらいに曝け出しているようなものであったがその辺はセレスティ自身や能力のある部下達によって守られていて。
 そうなると気をつけなければならないのは自室や廊下に設置してある防犯カメラだろうと外に繋がる扉を目の前にして白い手をついた。

「少し申し訳ない気持ちになりますが…仕方ありません」

 セレスティ自身の部屋になんら変化は無い。だが、変化は自らが居る場所ではなく部屋前のカメラと廊下のカメラである。
 なかなかにして難しい芸当ではあるが水蒸気を操りカメラのレンズに貼り付けさせる。当然防犯カメラも耐水性ではあるから壊れはしないものの、これで少しは見づらくなるというもので、そこを人間の視界がぼやけるように、隅を通っていけば気付かれにくいと思っての事なのだ。
(まぁ、少しすればばれてしまいそうですが…)
 幸いな事に主のプライバシーを尊重する為、セレスティの部屋自体にはカメラはついていない。窓の外は矢張り防犯の為にあるにはあるが部屋の中を映すような無粋な真似はさせていない。
「さて、久しぶりの冒険です」
 一つ一つのカメラに水蒸気をつけて回るのは流石に面倒というもので、兎に角自室のある階で通る道のみにつけ自室を出ると、電動のレバーで動くよう改良された車椅子でゆっくりとではあるが着実に前へ進んでいく。これが杖での出かけならばよろめきなどの想定外が出る為車椅子で来たのだが。
「結構…面倒なものですねぇ…―――」
 階段は流石に予想外だったと、セレスティは辺りに響くか響かぬかの小さなため息をもらす。
 勿論、電動で動くこの車椅子は階段の所まで来ると自動的に前へ、前へと階段用の車輪で動く仕組みにはなっているのだがなんといっても速度が遅い。
 しかもその間当のセレスティは車椅子の上で待っているだけだというのだから少し位似合わずともこの屋敷にエレベーターの一つでも作っていれば良かっただろうかとそんな考えまで頭を過ぎり出す始末だ。
「これは開発側に一言いっておかなければいけませんね」
 いつ気付いたかはとりあえず置いておいて、この探検が終わったら車椅子の製作側か或いは屋敷の管理側にもう少し動きやすい場を提供してもらわねばと思ってしまう。それが本当に実施されるかはセレスティの気分と使用人達の主への身体的尊重がどう動くかによってなのだが。

(とりあえず問題の所だけは抜けられましたか…随分長い道のりだったような気もしますが)
 それでも着いたのは玄関でありそこを抜ければようやく庭園。そして庭園といってもそこにすぐ桜があるわけではない。
 しっかりと設計された上で上品かつ、大胆豪華に美しく煌びやかに見えるよう植えられているのだから。
「モーリスの仕事ぶりには相変わらず脱帽ですね…」
 玄関の扉を開ければそこは東京とは思えぬ程の楽園。
 屋敷の位置も丁度東京のビルなど、景色にあわぬものが視界に入らないよう設計されているものだから余計だろう、桜を忘れてしまいそうな程に緑の花々が咲くもの、咲かぬもの共に目を奪うが、如何せん今回は一人で桜の花見が目的なのだ。
「また、後でゆっくり見に来ますね」
 花々にそう語りかけるように呟けばもう残らない筈の朝露がセレスティの能力によってゆっくりと滴り落ちる。

 花々の道、その中央に敷き詰められた道をゆっくりと眺めながら問題の桜はどこにあるのだろうと興味深々といった風にサファイアをも感じさせる瞳で見回す。
 その間ちゃっかりと能力で庭にも取り付けられた防犯カメラの視界を濁らせながら進んでいくセレスティだがどうにも部屋に迷い込んできた桜だけは見つからない。
(おかしいですねぇ…)
 車椅子の性質上見落とすような速度で動いている事は無い。庭園の隅々まで見ながらゆっくりと奥へ奥へと進んで行き、違和感無く日本独特の植物が植えてある調度境目に来ても手のひらに残る花弁の持ち主だけは見つからないのだ。
 桜というだけならば薔薇に少しばかり似た、桃色というよりは上品だがどこか豪華なピンク色のものが点々と植えつけられているのだが。
「屋敷内の桜ではないのでしょうか?」
 庭園の造りはセレスティが好みそうなものを好みそうな時期に見られるよう配置してあるせいで動き回るのには事欠かない。そのせいか、或いは設計者であるモーリス自身が日本特有の植物と西洋特有の植物の下手な混合を避ける為にしたのか、定かではないが屋敷の庭にしては狭いスペースの一角に来たセレスティは自邸の庭と隣の庭を隔てる壁に近づき、そしてようやく口元に笑みを浮かべた。
「ああ、隣の桜だったのですか」
 合点がいったというように桜に近づくセレスティだが、もう少し言うならば自邸に隣接する屋敷などは無い。この辺り一面が自分の土地なのだが壁で隔てられているものを隣と言っているだけである。
「それにしても、よく咲いたものですね…隣ならば管理する者も居ないでしょうに…」
 セレスティの手に零れるような淡い桃色の房の先が落ちる。まさに花見の醍醐味といった所か、屋敷の桜とは一味違う雰囲気に暫し見惚れるセレスティに屋敷内で吹いたような、淡くて甘い風が花の香りと共に今まで手にしていた桜までをさらっていく。

「―――と、失念していました…」

 あまりにも桜と吹く風、そしてようやく見つけた冒険の報酬に見惚れてしまっていたから、抜け出したはいいものの帰る時の苦労まで考えていなかったのだ。
 防犯カメラの水滴は所々無くなっているだろうから、そこに映りさえすれば使用人が何事かと駆けつけてくるだろう。が、流石にそれは遠慮したい。
 ただでさえモーリスという忠実かつ主の事を考え色々と言う者がいるのだ。他の使用人までが自分を取り巻いてどうのというのは流石に耳が痛いものだ。
(仕方ありません、モーリスを呼びましょうか)
 一番信用もできるが、一番何か小言を言ってきそうなのもモーリスである。
 ここは一つ、本人を呼んでゆっくり花を見ながら帰るのも良いだろうと車椅子に取り付けられた携帯の番号を押す。
「モーリスですか? すみませんが少し迎えに来て頂きたいのですが…」

 番号を押してほぼすぐ、モーリスは携帯に出た。
 出たのはいいが少し後ろが慌しく、セレスティは疑問に思いながらもとりあえず用件だけを言う。ここで大抵なら小言から始まり、次にはすぐ隣に。という事が多いのだが今回は珍しくモーリスの声が多少上ずって用件を素直に聞き入れたのが珍しい。
 ただ、この声が上ずるなどというのはセレスティにしかわからぬ程度のものであるが兎に角。
「お待たせしました、セレスティ様」
「ええ、いえ…待ってはおりませんが。 何かあったのですか?」
「いえ、特に」
 人ではない身なのはセレスティだけではない。モーリスもセレスティからの連絡さえ受ければ秒を数えずに主の元へ辿り着く事が出来るのだ。
 今回も決してその例に漏れず、携帯を切ったと思い車椅子に仕舞いこめば既に金髪の少しばかり長い髪が太陽に照らされながら輝いてい、灰色のスーツをかっちりと着こなした忠臣がいつもならばどうしてここに、と言う所をしおらしく頭を下げてセレスティを迎えているのだからいっそ気味が悪い。
「そうですか…まぁ、いいでしょう」
 気味が悪いという事はセレスティにとって面白いという事だ。
 ただ優しく微笑むセレスティは後はお願いしますとばかりに車椅子のレバーから手を外す。と、自分を呼び出した理由はこの状況で理解しているモーリスがセレスティの車椅子を押しながら矢張り珍しく、気取られないいつもの表情に何か慌てた後のような雰囲気を出しながらゆっくりと庭園を回っていく。
「美しい花々ですね。 相変わらずモーリスの腕には感服したと思っていたのですよ」
「有難う御座います」
 しっかりと返ってくる言葉はいつものモーリスで、その音には寧ろ誇りすらも感じられる。けれど矢張りどこかしおらしい態度にセレスティは疑問を通り越し面白い事もあるものです、と心中でどうからかうべきかと舞い散る桜の如き掴めぬ思考を凝らし始める。

「ところでモーリス?」
「はい? いかがいたしました?」
「その腕時計はどうしたのです?」

 桜の花弁は相変わらず美しく舞っている中、凍りつく部下が一人。
「以前の物が壊れてしまったので…」
 間をおいてモーリスの言葉が出した結論は酷く彼らしい人の目を見ない答えであり、嘘である事は十分に理解できる一言だった。
 何せ、壊れたのならば『元に戻す能力』のあるモーリスならば自分で直せば済むのだから、珍しく簡単に墓穴を掘った完璧な部下に微笑ましさを覚えながらも。
「そうですか、今度は大切にしないといけませんね」
 セレスティの車椅子を押すモーリスのいかにも新しい光りの腕時計はしっかりと蓋がついており、これは後々いいからかいのネタにもなりそうだと、気付かないふりをしてやる優しい主は心中で酷く笑いをこらえながら。

「今年の桜はどれだけの美しさを見せてくれるのでしょうねぇ…」

 その深海の恐ろしく、けれど惹きつけられそうな自らの美貌を空の青に溶け込ませながら微笑むのであった。


END

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東京怪談
2006年03月08日

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