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『聖なる夜の雪明り 』
神威・飛鳥2861)&川西・雪夢(4899)


 ふと、妙に外が明るいことに気がついた。
 すでに日は暮れ、空は暗い。雲に隠れて微かに月は見えていたけど、地上に届く光など極々ささやかなものだった。
 なのにカーテン越しの窓の外は、少々明るすぎる。閉じられたのカーテンに手をかけて、神威飛鳥は納得した。
「雪か……」
 まったく、天気予報もあてにならない。今日は一日曇りじゃなかったか?
 とはいえ雪が嫌いというわけではなく、むしろ歓迎したい気分である。いつでも歓迎、というわけではなくて、今日だから歓迎するのだけれど。
 カレンダーは十二月。今日の日付はその、二十四日――クリスマスイブだ。
 この時期に雪が降ることなどあまりない東京では珍しい、ホワイトクリスマス。
 ごろりとベッドに横になり、窓越しの空を見上げれば、空からちらりちらりと落ちてくる白いものがとても綺麗で。まるで踊っているようで。
 ふと、思い出す。
 あの日、夕暮れの公園で。飛鳥は、川西雪夢という少女と出会った。
「大丈夫かな、あいつ」
 家の中だし暖房器具もきちんとあるのだけれど、雪夢は極度の寒がりで、真夏でも長袖と手袋を愛用するほどだ。
 さっきの食事の時も、もちろん、暖かそうな――飛鳥から見れば暑そうなセーターに身を包んでいた。
 そうして賑やかな食事風景をも思い出して、飛鳥はふと笑みを零した。
 誰かと過ごすクリスマスなど、何年ぶりだろう。こんな楽しい時間を過ごしたのも、もうどれくらいぶりなのか。
 彼女に拾われ――と言っても、彼女も実は居候の身の上であるのだが――この家に居候するようになって一ヶ月ほど。
 毎日というと少々言いすぎかもしれないけれど、それでも、この家で過ごす日々のほとんどは、楽しい思い出で形作られている。
「あ!」
 唐突に思い出して、飛鳥は机の上に置きっぱなしになっていた小箱に手を伸ばした。
「しまった、プレゼント……」
 何日か前に、クリスマスで盛り上がるデパートに行って買ってきたものだ。渡すつもりで、すっかり忘れてしまっていた。
 朝は、覚えていた。渡そうとして。けれどどうにもタイミングが合わなくて。
 渡しそびれている間に夜になり、夕の食卓の楽しさにそのまま忘れてしまったのだ。
「…………」
 今日一日の自分の所業を振り返り、ついでにふと、思い出して。
 雪夢は、プレゼントがどうのなんていうそぶりを見せなかったこと。
 居候になって一ヶ月。期待していないと言えば嘘になるが、貰えなくても仕方がないというふうにも思う。
 同じ家に住んでいるのだから当然それなりに親しくはあるのだけれど、お互いに気安くやりとりできているかというと、そういうわけでもない。
 雪夢は無口で、話しかければ応えてくれるけれど自分から何か言うことは滅多にないし。
 飛鳥は人付き合いがどうにも下手で、友達もあまり作ることができないような不器用な性格だ。
「うーん……」
 だけどせっかく買ったのだし。これをきっかけに仲良くなれるかもしれないし。
 時刻を見れば、まだ日付は変わっていない。たぶん、まだ起きているだろう。
「よし、行くか」
 決意を固めて扉を開けたその瞬間、
「きゃっ!?」
 聞こえた小さな悲鳴に、飛鳥はぴたりと動きを止めた。
「……雪夢?」
 改めて、今度はゆっくりと扉を開ける。廊下に立っている少女が手に持っているものに引き付けられる。
「……あの……今日、クリスマスだから……」
 今にも消えてしまいそうなか細い声で告げて微笑む雪夢につられ、飛鳥の顔にも微笑が浮かぶ。
「あー……俺も」
 何から話せばいいのかすぐにはわからなくて。
 けれど、沈黙は長くなかった。
「今日の夕食、すごい豪華だったよな」
「あ……。うん、とても、美味しかったですよね」
「なんか、楽しくてさ」
 少しばかり照れた顔で、かみ締めるように告げた飛鳥の態度に何かを感じたのか。雪夢は優しい眼差しでそっと飛鳥を見つめて小さく頷く。
 無言の相打ちに頷き返して、飛鳥は照れ交じりの笑みを浮かべた。
「渡さなきゃ、渡さなきゃって思ってたのにさ。夕飯終ったら、すっかり忘れてて」
 言って、手にした包みを差し出す。
「ありがとうございます。それじゃあ、これは、私から……」
「雪夢、ありがとう。……とりあえずさ、ここじゃ寒いだろ?」
 たった今思い出したような飛鳥の言葉に――というか、真実、たった今思い出したのだが――雪夢はこくりと頷き、二人は部屋のベッドに並んで腰掛けた。
 他愛もないお喋りで盛り上がって、それから、プレゼントの包みに手を伸ばした。
 雪夢に渡すプレゼントに選んだのは青いストール。
「…………」
 開けたばかりのプレゼントを見つめて雪夢は沈黙していたけれど、表情は嬉しそうに輝いていて。
「マフラーとどっちがいいか、迷ったんだけどね」
 ストールを見つめていた瞳がパッと飛鳥に向けられた。
「ありがと――くしゅっ」
「大丈夫か?」
「うん」
「寒い中ずっと廊下にいたから冷えたんじゃないか?」
 言いながら飛鳥は袋からストールを取り出して、ふわりと雪夢の肩にかけた。
「これなら寒くないだろう?」
 雪夢が、微笑む。
 ぽすんっと、その身が飛鳥にもたれかかって、そして。
「…………あったかい、です……。ありがとう……」
 静かに、かみ締めるように。
 雪夢はゆっくりとそう言った。
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東京怪談
2006年03月08日

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