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『ラスト・バレンタイン 』
初瀬・日和3524




「……出来た」
 苦心の作を目の前にして、ほぅ、と日和はため息をつく。
 嬉しくてほっぺたをごしごしとこすると、手のチョコレートがそこにもついてしまって、日和は慌ててタオルを手に取る。
「悠宇くん、喜んでくれるといいな」
 日和が作っていたのは――そう、ハート型のチョコレート。

「これを渡して……それで、いつもありがとうって言わなきゃ」
 使った道具を片付けながらも、日和の心はチョコレートを手渡す本番その時へと飛んでいく。
「それから、『大好きです』ってちゃんと言って、それから、それから……」







 慣れない酒を飲みまくり、客・店員構わず周囲に絡みまくり……
 たちの悪い「酔っ払い」と化した俺の横に、そいつはいつの間にか座っていた。

「それで、あなたはどうしたいんですか?」
「……どうって……?」


 こんなガキに、いつの間に俺は事情を話したのだろうか?
 ただでさえぐるぐる回っている思考を、なおも必死に回そうとすると、そいつは俺の考えを見透かしたかのように、少し嫌味っぽく笑う。
 少し大きめのガクランを着た、まだケツの青そうなガキ。未成年でこんな店にいるくせに、カウンターのいすに浅く腰掛けひざを組んだ仕草は、俺よりさまになっている。
「たとえば、復讐とか」
「ふくしゅう……」
「恋人が交通事故で死んだんでしょう? 悔しいんじゃないんですか?」
「……そうなのかな、俺……」
 言われて初めて、俺はそんな方法があることに気づく。
 百合子がいなくなったのがただただ悲しくて、俺はずっと何も考えることが出来ずにいたのだ。
「俺、まだ何にも考えてなかった……けど」
 ―――最後にかかってきた、あいつからの電話の真意は、知りたい。


 あの夜。いわゆるバレンタインデー。
 どうしても今、俺に会わなきゃいけない、と言って、あいつは夜遅く電話をかけて来た。
 それから一人、俺の家へ来ようとして、家のすぐ前の角を曲がろうとして……。
「あいつがそこまでして、俺に会いたかった理由はなんなのか、知りたい……」
 チョコレートを渡したかったのではないと思う。
あいつからのチョコレートはちゃんとその日の朝のうちに受け取っていて―――それはいまだに、俺の部屋の、机の上にある。



「そうですか」
 と、そのガキは立ち上がった。
「どうやら、僕はあなたに用はないらしい」
 変なことを言うなと思いながら振り返れば、そいつは早々に居酒屋の出口へ向かって歩き出していた。
 そして、振り向かないままで言う。
「お邪魔したおわびとして、今のあなたにふさわしい場所をご紹介しましょうか」
「ふさわしい、場所?」
「ええ。……おせっかいな変人たちの集まる、奇妙な興信所ですよ」




●ラスト・バレンタイン



「……あの野郎。舐めたこと言いやがって」
 苦々しく吐き捨てた草間武彦に、彼の正面に腰掛けた野上誠二は大柄な身体を窮屈そうにすくめた。
「あの……俺、何か変なこと話しました、か」
「ああいいのですよ。彼の態度が悪いのは元からですから」
「……おーい、悪口ってのは本人のいないところでするもんだろう、セレスティ」
 うんざりとした表情のまま、やれやれといった口調で草間はそう続ける。
 矛先を向けられたセレスティは、優美な仕草で肩をすくめて見せると、隣に座る誠二に「大丈夫ですよ」とにこり笑って見せた。
「ああ見えても、一応はそれなりの探偵ですから」
「……『一応』も『それなり』も余計だ」



 居酒屋で、見ず知らずの少年に声をかけられてから一夜明け。
 迷った挙句、誠二は彼に教えられた草間興信所を訪ねていた。
 彼の来訪を知っていたかのように、そこにはすでに興信所の常連の面々が揃っていた。誠二の事情説明を一通り聞き終え、手を貸して欲しいと頭を下げる彼を前に、一同は顔を見合わせる。
「草間さん。私たちが今日ここに集まったのは偶然でしたよね」
 確認するように問いかけたのはセレスティ――とある財閥の総帥、セレスティ・カーニンガムだ。
 彼の問いに、興信所の主である草間武彦は、やはり晴れぬ表情のまま、重く頷く。
「ここにいる誰一人、俺は招いた覚えはないな」
「なんだよ、その言い草。草間さんが餓死してないか、せっかく様子見に来てやったってのに」
 年相応のあっけらかんとした口調でそう言ったのは羽角悠宇だ。彼のかたわらにちょこんと座っている初瀬日和と、ふたり連れ立って学校帰りにここへ立ち寄ったため、共に今日は制服姿だ。
「でも悠宇くん、本当はとても来たかったのよね? 学校にいる間中、『草間さんのところに行きたい』ってあんなに言ってたし」
「あ、こら日和! バラすなよ」
「はいはい。あいからわらず仲がいいのね」
 そしてキッチンの方から人数分の湯飲みを盆にのせてきたのは、興信所事務員のシュライン・エマだった。彼女の手ずから淹れられた玉露は、濃くも無く薄くも無く、また温度も適温で、セレスティを唸らせる。
「シュラインさんの淹れたお茶は相変わらず美味しいですね」
「あら、紅茶党のセレスティに褒められるなんて光栄だわ」
 にこりと微笑みあう二人。
 ――と、その間にいささかわざとらしい咳払いが割り込んだ。
「……シュライン、茶はいいから俺の横に座ってろ」
「あら武彦さん、ヤキモチ?」
「誰がだ!」
 草間の不機嫌も手馴れたもので、はいはい、とシュラインは軽くいなしている。


 と。
「……あの」
 おずおずとした誠二の言葉に、一同は再び彼へと視線を戻した。
 さすがに酒は飲んでいないらしい。だがどこか自信なげな態度で、彼の視線はきょときょとと落ち着かない。
 乱れた髪や地味な服装と相まって、それらは彼をいっそう野暮ったい印象に見せていた。
「何がなんだか、俺、よく分からないんですけど……」
 彼の言葉に、改めて顔を見合わせる一同。
「そもそも、あの……昨日会った、ここ教えてくれたヤツの事なんですけど、俺いくら考えても覚えが無くて。皆さん、ご存知で……」
「ああ、いいっていいって、あんなヤツのこと知らなくても」
 と、大声で悠宇は誠二の言葉を途中で遮る。
「ろくなヤツじゃないし。人の心が弱ったところにつけ込む面倒な奴だから、関わらなくて正解さ」
「……そうね。まさか彼がココをすすめるなんて思わなかったわね」
 悠宇の言葉に、「ね、武彦さん?」と、シュラインも傍らの草間を見る。

「それより……誠二さん、だっけ。あんた、強い人だね」
「え?」
 わずかに口調を変え、反り返っていた身体をきちんと正す。そうして悠宇は真正面から誠二と向きあう。
「美のやつに声をかけられて誘惑に負けなかったんだからさ。俺だったら、大切な人が理不尽な理由でいなくなったら、それでそこにつけこまれてたら……もう、頭ぐらぐらに煮えたぎっちゃってただろうな」
 その言葉と共に、悠宇の手はソファの上でさ迷い、隣の日和の手をぎゅっと掴む。
 日和はわずかに戸惑い、傍らの彼を見上げ――悠宇は前方の誠二を見据えたままだ――彼の手に、もう片方の手を添えた。包み込むように、そっと。
 そうして、日和もまた悠宇の視線を追い、誠二を見つめた。
「誠二さん……私たちに出来ることはなんでも協力します。だから、百合子さんが残してくださった思い、ちゃんと受け取ってあげましょう?」
「……どういう、ことですか」
「あなたは、恋人の百合子さんが交通事故で亡くなったことより、彼女が急いで会いに来る理由が知りたいのでしょうか」
 窓から差し込む初春の陽光に溶け込む笑み。セレスティの表情はあくまで穏やかだ。
「私たちにはチカラがあります。万能とは程遠い、わずかなチカラではありますが……それでもあなたがもし、彼女の伝えたかった事を探したいというのなら、その手助けは出来ますよ」
「そうそう、なんていったってここは興信所なんですもの。探し物は専門なのよ」
 セレスティの言葉をついたシュラインは、そう言って力強く頷き、ウインクを一つ飛ばす。
「復讐したいとか言い出したらどうしようかと思っちゃったわ。なかなか好感持てるわよ、君。……うん、それで、もう一度確認したいんだけれど」


 ――あなたが、私たちに頼みたい事は何かしら?
 シュラインの問いに、わずかに視線を戸惑わせた誠二だったが、すぐに正面の草間とシュラインに顔の向きを戻した。
「やっぱ俺、あいつが何を言いたかったのか知りたいです。あいつがいなくなって、俺にはどうしようもなくて。……お願い、出来ますか」
「あ、ああ、それはもちろんだが、お前金は……」
「誠二君」
 何か言おうとした草間をさえぎって、シュラインが再び口を開く。
「前もって言っておくわ。もし私たちが調べて、真実が分かったとしても、それがあなたの心を軽くする代物ではない可能性もあるわ。知らなかった方が良かったと思うかもしれない。それでも構わない?」
「……構いません。俺、あいつを失うこと以上にもう、辛い事はないし。ああでも、俺大学生で金があんまり……」
「なんだと? 俺たちは仕事で……」
「お金のことは大丈夫。あなたの払える範囲でご相談させていただくから」
 シュラインの力強い言葉に、誠二はほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあなおさら、皆さんにお願いしたいです。よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待てこら、俺はボランティアでやってるんじゃ……」
「武彦さん」
 ぴしゃり、と有無を言わさぬ口調で、興信所の主の名を呼ぶシュライン。
 途端しおしおと身体を小さくし「なんでもないです」なんて呟いている草間に、「バレンタインだってのに、相変わらずシュラインさんに尻にしかれっぱなしなのな」と、悠宇は隣の日和に耳打ちしたのだった。




     ■□■



 その後、一同で軽く調査の打ち合わせをした後、シュラインと日和は神聖都学園へとやって来ていた。
 誠二と、彼の恋人百合子はここの大学に通っていたのだという。馴れ初めはゼミで同席したことだそうだ。
 とりあえず、彼ら共通の友人たちから得られる情報が何かあるのではないか、と提案したのはシュラインだ。
「彼女は一人暮らしだったのね。目ぼしい身よりもなし、か……。死亡当日は休講で、彼女は学校へは来なかった、と」
 聞き込みによって得られた情報を、シュラインは手早くメモに書き込んでいく。
 彼女はまた好かれる人柄だったのだろう。『彼女のことを調べている』というと、友人たちは誰もが快く協力してくれ、またその死を心から悼んでいた。
「うーん……何か前兆のようなものは無かったみたいね。可能なら、彼女の携帯電話がまだ残ってるなら履歴とか確認出来るんだけど。あと、部屋に日記とか残ってないものかしら」
「そちらは悠宇くんたちが調べてくれてるはずですから。きっと何か分かるはずですよ」
 シュラインの独り言じみた呟きにも、真摯に答える日和。
 
 彼女たち二人とは別行動で、悠宇とセレスティは誠二の案内で彼らの家へと向かっていた。後々興信所で合流することになっている。
 ちなみに草間は連絡係という名の電話番をしている――はずである。

「……ね、シュラインさん」
 と、手元のメモを覗き込むようにして、日和がシュラインに身を寄せる。
「どうしたの、日和ちゃん」
「恋人さん、伝えたい事が伝えられなくて……きっとショックだったでしょうね」
「……そうね」
「私、思うんです。誠二さんもとても辛いですけど、誠二さんを置いて一人逝ってしまった百合子さんも……何も伝える事が出来なくて、すごく辛かったんじゃないかなって」
 ――私には、想像することしか出来ませんけど。
 
 いつの間にか、学園のカフェテラスまで歩いてきていた二人。
 ふと、日和が視線を上げた。シュラインがその視線を追うと、そこには購買があって――レジの横に積み上げられているのは、ホワイトデー用のキャンディの山。
「だってね、もし……もし私が百合子さんのように大切な人への想いを残していなくなるような事になったら、最後に届けられた気持ちだけでもちゃんと受け取ってもらいたいなぁ、って思いますもの」
 そうね、とシュラインは再び頷き、そして日和に優しく微笑みかけた。
「ちゃんと、受け取ってもらわないと困るわよね」


 彼女の微笑みが温かかった。
 言いたいことをすべて言葉に出来ないもどかしさと、それでも分かってくれた嬉しさとがない交ぜになって、日和は少しだけ泣きたくなった。
 ――でも。
 カラフルなキャンディの山と、それらに結び付けられた白いリボン。それらを交互に見比べながら、日和は思う。
 ――伝えたい気持ちがあるなら、その時その時にちゃんと伝えなくちゃいけないんだわ。

「大事な事はちゃんと言えよ?」と彼に言われたのはいつだっただろう。
 いつだって、何だって聞くからな。と彼は常に優しく笑っていて、自分はその好意に甘えてばかりだ。
 この前悠宇くんにあげたチョコレートで、『大好き』って気持ち、ちゃんと伝わったかな……



 と。
「こんにちは〜!」
 背後からかかる声。
 シュラインと日和が振り向くと、そこには日和よりわずかに年上らしい女の子が一人、小首をかしげて笑っている。「あ、私ぃ、野上とは同じゼミだったんで」と言うところを見ると、彼女もまたこの大学の生徒なのだろう。
「あの〜、百合子のこと調べてるんですよね?」
「そうだけど、あなたは?」
「うん、実はぁ、マリから『探偵さんが百合のこと調べに来てる』って聞いたんで。飛んできたんですよ〜」
 肩までの明るい髪を揺らしながら、彼女は屈託無く笑う。マリ、というのは先ほど話を聞かせてもらった誠二たちの友人だ。
「探偵……ま、そうね」
「あの、それで、あなたは何かご存知なんですか」
「ご存知も何もぉ……あの、私多分、あの子が最後に何言いたかったか知ってると思うんですよ〜」
 そのあっけらかんとした物言いに思わず絶句し、二人は顔を見合わせる。
 先に自失から立ち直ったのはシュラインだったが、「どういうこと?」とだけ問いかけるのがやっとだった。
「その前に、百合がどういう子だったか聞いてますぅ?」
「どういう……? 性格、ってことですか?」
「そう。あの子ってぇ、結構ドジなんですよ〜。慌てんぼうっていうの? すごい張り切ってるけどぉ、絶対どこか抜けちゃうっていうか。キャンプとかやると、缶詰山ほど持ってくるのに缶切りは絶対忘れちゃうタイプ?」
「……ええ、なんとなく分かるわ」
 いわゆる「イマドキ」口調でまくしたてる彼女の口調に、戸惑いつつシュラインはあいづちを打つ。
「でぇ。バレンタインの日、百合から友チョコもらったんです〜友チョコです、分かりますよねぇ? 友達同士で送りあうヤツですよぉ? ……あ、分かります。なぁんだ」
 一人で盛り上がり、一人でふて腐れ、そうして彼女は鞄から何かを取り出した。
「でぇ、コレがその時百合からもらったチョコなんですけどぉ。ビックリしちゃいましたよ!」
「……どうして?」
 それは当然の問いだったはずなのに、彼女はだってぇ! とさも可笑しそうにお腹を抱えて笑い出した。
「『誠二くんへ』ってデカデカとチョコに書いてあるんですもん〜! オマケに厚〜いラブレターまで同封されてるし! あの子ぉ、私のチョコと本命チョコを間違えちゃったんですよぉ! だから絶対、あの夜はこのチョコを取り返しに行ったに決まってます〜!」


 あははは、あはははははと笑い続ける彼女は、涙さえ滲ませた瞳で最後にこう言った。
「ホントに、百合ってば最後までバカなんだから、あはは、あはははは……残された方としたら、笑うしかないじゃない、あは、あは、はは……百合ぃ……」

 言葉の語尾は、顔を覆った両手のせいでよく聞こえなかった。その隙間からぽたぽたと、リノリウムの床に落ちるもの。
 甲高い笑い声も、気がつけばしゃくり声になっていた。




     ■□■




「……やっぱり」
 百合子がチョコを間違えたらしい、ということは双方が持ち帰ってきた情報を照らし合わせることで確かなこととなり、誠二は興信所のソファの上で無残なほど肩を落としていた。
 かける言葉もない。再び草間とともにテーブルを囲んだ一同は、うなだれる誠二を前にただただ視線を戸惑わせるばかりだった。
「いや、いいんです。あいつ、本当にドジだったから。ただ、なんていうか、気が抜けて……はは……」
「まあ、そうだよな。どんなシリアスな理由かと思ったら、チョコを渡し間違っただけだなんてなぁ。笑うしかないよな、あはは」
「武彦さん!」
「ま、まぁまぁ、ほら誠二さん。これがあるって」

 と、悠宇が取り出したのは小さなサボテンの鉢植えだ。
「悠宇くん、それは?」
「ああ。ちょっと前に、誠二さんが百合子さんにもらったんだってさ。元々は百合子さんが育ててたっていうから、こいつが何か教えてくれるかもしれないと思って」
「……は? どういうことですか?」
 疑問を口にしたのは誠二だけだ。
 その他大勢は悠宇の言葉に「ああその手があったか」と頷き――そうして日和に視線を集中させた。
「誠二さん、日和はさ、少しだけど植物の気持ちが分かるんだ」
 簡単に説明してから、「日和、頼めるか」と傍らの日和を見つめ、ゆっくり問いかける悠宇。
 日和は悠宇を見上げ視線を絡めてから、頷いた。
「……うまく、出来ないかもしれないけど」
「日和なら出来るさ」
 そして、悠宇はぽんと日和の髪を優しくなでる。
 


 日和は膝にサボテンをおいて、しばしの間じっとまぶたを閉じていた。
 一同の視線と沈黙をまとい、そして日和は静かに目を開く。
「……この子、歌を歌っています。……大好きな歌みたいです。よく聞かせてくれたって、百合子さんも大好きだったって……それから……」
「歌?」
 一瞬眉間を曇らせ――説明しようとしたが言葉が見つからなかったのだろう――それから日和は何かを決意したかのように真っ直ぐ前を見据え、そして小さくちいさく歌いだした。
 旋律を耳にした誠二が、パッと顔を上げる。
「この歌……この歌は」
「誠二さん、知ってるんですか」
 問いかけに、誠二は、ああ、と声を漏らす。
「俺が、初めて百合子に上げたプレゼントが、安物のちゃちいオルゴールだったんです。手回しで、音もちょこっとしかなくて……その歌です……」
 そうか、あれずっと持っててくれたんだ、と誠二は笑い、そして再びうなだれた。
 今度はその滲む瞳を、周囲の視線から隠すために。


 日和の声に合わせ、シュラインも歌いだした。
 二つの旋律は美しくもどこか物悲しいハーモニーを紡ぎだし、雑然とした部屋を溢れんばかりの神々しさで満たしていく。
 セレスティがふ、と小さく息を吐いた。
 と、その手のひらから生まれる、ウンディーネたち。小さな水の妖精たちは軽やかに宙を舞い、旋律を目に見えるよう描き出そうとするかのようだ。
 背の羽根がはばたく度に水滴が散る。その透けた身体はプリズムとなり、窓から差し込む光を束ねていくつもの虹を取り出していく。
 くるりくるり、円を描く軌道。水滴は霧となり、降り注ぐ前に消えうせてしまう。
 
「ああ、彼女たちもこの旋律が気に入ったようですね」
 セレスティが、ウンディーネたちのさざめきに目を細める。
「うわ……すご……」
 悠宇はそう言ったきり言葉を失う。
 草間など、サングラスを情けなくずり下げたまま宙をぽかんと見上げたままだ。


「ありがとうございます」
 そして、誠二は言った。
「こんな綺麗なものを見せてくれて。それから……百合子のこと、いろいろ知ることが出来ました。知らなかったら……俺、立ち直れないままだったと思います。やっぱり俺、あいつのことが好きでした……」

 と。
「誠二さん!」
 立ち上がった悠宇が誠二の腕をむんずとつかみ、彼のこともむりやり立たせる。
「行きましょう!」
「え、え……?!」
 突然のことに、さすがに誠二も目を白黒させている。
「バレンタインの次はホワイトデーってのがあるんですよ。……男たるもの、ちゃんと気持ちに応えてやらなきゃいけないと思いますよ」
「は、はぁ……」
「ほら、ぼんやりしてないで行きますよ! キャンディでもなんでも、百合子さんの喜ぶものお返ししてあげなきゃいけないんだからさ!」







「悠宇くん、あのね」
 バレンタインから数日後。
 今日も学校からの帰宅路を、肩を並べて歩く二人。春分が近づいて、二人の横顔を照らす夕日も、今日はまだ大分高い。
「この前のバレンタインの……チョコレートのことだけど」
「ああ、あれ? 美味かったぜ、ありがとう」
「……それでね、悠宇くん」
 立ち止まる日和に、悠宇は不思議そうな顔をして立ち止まる。
 
 彼の銀色の髪が、赤い夕日を受けて光っている。
 ああ、綺麗だな――そう見とれそうになりながら、日和は慌てて首を振った。
「あのね。……ちゃんとね、悠宇くんに言わなきゃって思って」
「? ああ」
「あのね……私ね、悠宇くんがね……」
「うん……」
「……だからね……」


 赤面する日和を見て、悠宇もなんとなく日和の言いたいことを察したのだろう。
 彼もまた夕日のように真っ赤な顔をうつむき加減にしながら、だけれど日和の意思を尊重してか、口を挟んでくる事はしない。
 ――悠宇くん、やっぱり優しくて、カッコいいな。
 彼を見上げ、必死に言葉を探しながら――そんなことを考えていたという事は、悠宇には秘密にしておこう、と日和は思っていた。






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こんにちは、つなみです。この度は発注いただきありがとうございました。

……そして、大変面目次第もございません。大遅刻でございます……
到着を待っていた皆様に対しては身の縮む思いですが、その分少しでもこのお話を楽しんでいただけてたらと願っております。
今回は、参加してくださった皆様が、何度かお会いしたことある方ばかりだったので、私自身思い入れたっぷりに書けました。さていかがでしたでしょうか?


日和さん、今回もご参加ありがとうございました。
今回はこの通り、大活躍していただきました。いろいろ大変だったかな〜なんて思っているのですがさていかがでしたでしょうか。
日和さんのチョコレートはすごく美味しいんだろうな、なんて思ってしまいました。これを受け取った(はず)の方がどう思ったかは――ぜひあわせて、そちらもお読み下さいね。


今後も、ぼちぼち活動していく予定なので、興味がありましたらまたおいでくださるととても嬉しいです。いつだって大歓迎いたしますので!


迫り来る花粉の季節に日々泣かされつつ――
つなみでした。


バレンタイン・恋人達の物語2006 -
つなみりょう クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年03月07日

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