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『世界はそれほど怖くは無いから 』
槻島・綾2226

□Opening
【ホワイトデーのプレゼントに花束はいかがですか?】
 店内のポップを見て、木曽原シュウは溜息をついた。もうすぐホワイトデー。花屋『Flower shop K』では、ホワイトデー戦線に向け、花束のお返しを前面に打ち出していた。
 ……。
 のだが。
『いやよぅ、嫌、嫌』
 主力商品である薔薇の花が、頑なにそのツボミを閉ざしているのだ。
 木曽原に、花の声がかすかに届く。
『だって、怖いもん、大声で売られて暗い箱に詰められて』
『そうよぅ、怖い』
『きっと、もっと怖い事も有るんだもん』
 それは、市場でのセリの事だ。この時期の薔薇は、どの花屋も欲しい。売る方だって必死だ。多少の怒号は飛び交うし、落札したら即箱に詰めて輸送だ。
 しかし、その様子に、薔薇達は驚きすくみ上がってしまった模様。結果、全く咲く気配が無い。これでは、売り物にならないのだ。
――そんな事は無い。
――この薔薇達は、これから恋人達の幸せな時間に同席できるのだから。
 木曽原は思う。
 けれども、それを上手く言葉には出来なかった。彼は、人より少しばかり口下手だ。
 しかし、もうすぐ、花束を求めて客も来店するだろう。
 どうにかして、この花達に、世界はそんなに怖くは無いと伝えなければ……。

□01
 今日は晴天だ。
 槻島・綾は、辿り着いた花屋の前でふと足を止めた。
 ガラス張りの店内に見えるは、色とりどりの鉢植え達。その花達は、優しい色合いとみずみずしい葉で綾を店内へと誘った。
「春の使者が眠る草木を起こそうと唄を歌い、植物達はその歌を覚えて花を咲かせる度に誰かを幸せにする……」
 そうだ。
 もうすぐ春。
 綺麗な文章を重ね、綾は店内をゆっくりと歩いた。
「自然は素敵な魔法で溢れていますね」
 そして、にこりと、店の奥、カウンターの横で立ち尽くす店員――木曽原に笑いかけた。
 と言うのも、その店員の様子と言えば、非常に困ったとありありと顔に現れていたのだから。
 足元には、展示用では無い、ただのバケツに束になって入れられた薔薇達。
 綾は、その薔薇達が非常に気になった。
 何故、他の花のように綺麗な花瓶に飾らないのだろう?
 何故、他の花と一緒に展示用の大きな冷蔵庫に入れてあげないのだろう?
「どうしたのですか?」
 あくまで、優しく。
 あくまで、静かに。
 綾は木曽原に、薔薇達の事を訊ねた。
「いえ……、この薔薇は、……、売り物では無いので」
 綾の問いかけに、困ったように木曽原が首を横に振る。
「何故?」
 綾は問う。
 木曽原を困らせているのは、きっとこの薔薇達。
 けれど、綾にはこれらの薔薇達が、他の植物達に何の遜色も無いように感じられた。
「まだ、つぼみでして……、咲く目処が立たないと言いますか……」
 しかし、どこか木曽原は歯切れが悪い。
「けれど、あなたは困っていらっしゃる、どうしましたか?」
 やはり、何かおかしい。
 綾は、丁寧に、木曽原へ問いかけた。

□02
「……、実は、仕入れの時に少し怖い思いをしたようなんです、それで頑なに咲かないと」
 観念したように、木曽原は事情を話し出した。
「怖い思い?」
 綾の疑問に、木曽原は何度も薔薇を確認しながら、とつとつと話し出した。
「……、大声で売られて、暗い箱に詰められて怖かったと……」
 綾は静かにその様子を見ていたのだが、ある考えが浮かんで来た。
「それが、花達の言葉なんですね?」
 確認の意味を込めた綾の言葉に、木曽原はゆっくりと頷いた。
 なるほどと、綾は納得した。
 花の言葉を伝える木曽原の事を不信がる様子も無い。
「生まれ育って直ぐ市場で箱詰め……怖い思いをしたでしょう」
 それよりも、頑なにつぼみを閉ざす薔薇達に向け、綾は喋り出す。
「……、怖い、怖かった、と……」
 ためらいがちに、木曽原が花の言葉を代弁した。
 その言葉に頷き、綾はまた、語る。
「花はつぼみのままで構いません」
「いや、それは」
 穏やかな綾とは対称的に、木曽原は動揺した。そもそも、ずっとつぼみのままだと、売れないのだ。
「これから徐々に気候も暖かくなり、自然と綻ぶ日も来るでしょう」
 それは、木曽原か薔薇か、どちらに語った言葉だったか。
「……、だって、怖いもん、と……」
 木曽原は、また、花の言葉を綾に伝えた。
「無理に咲かずありのまま、花も人もゆったり生きれば良いと思います」
「ゆったりと……」
 詩的な綾の言葉に、木曽原はポツリと呟いた。

□03
 さて、綾はゆっくりと薔薇達に近づき、腰を屈めた。
「僕の声が届くなら旅の話を沢山しましょう」
 それは、明らかに、薔薇達へ語りかけられた言葉だった。
「……、旅?、と……数本不思議がっている」
 その邪魔にならぬよう、木曽原が花からの言葉を通訳する。
「僕が旅先で見てきた景色、自然に咲く草花の力強さ、風の優しさ」
 ゆっくり言葉にすると、鮮明に思い出す事が出来る。
 旅先で感じた、数々の記憶。
 ざわざわざわ、と。
 綾には届かなかったのだけれども、それまで恐怖だけだった薔薇達は、綾の言葉にそわそわと騒ぎ出した。
「もう少し、話を聞かせてやって欲しい」
 木曽原の申し出に、綾はにこやかに頷いた。
「人の笑顔、まだ見ぬ世界への恐れと朝起きる毎に始まる新しい一日」
『新しい、一日?』
『人の笑顔?』
 勿論、綾の耳へは届かないけれども。
 いつの間にか、薔薇達は綾の言葉を恐る恐る、あるいは、楽しげに復唱し始めた。
「『生』と言う名の旅への感動を伝えたい」
 いかにも、綾らしいその言い回し。
「……、花が、笑い出した……」
『くすくすくす……』
『くすくすくす……それは、楽しい?』
『くすくすくす……それは、素敵な?』
 花達の変化をどう伝えたものか、木曽原は戸惑った。
 しかし、木曽原の表情から、決して悪くない状態では無いと、綾は思う。
「いつかそんな世界を見たいと思ったら、身を綻ばせ瞳を開けて咲けばいいのです」
 綾は、そんな風に話を締めくくった。
 その時だ。
 ほろり、ほろりと幾本かの薔薇のつぼみが、綻んだ。
 それは、小さな小さな変化だったが、木曽原は驚いたし綾はその変化を喜ばしく受け入れた。

□Ending
「では、花束をお願いします」
 つぼみが徐々に綻んで行く事を確認しながら、綾は木曽原へ花束を注文した。
「ご利用は?」
 木曽原は、驚きながらも、仕事にきちりと対応する。
「ええ、恋人への贈り物です」
 そうほほ笑む綾の目の前で、先ほどの薔薇達、それにかすみ草を加えた上品な花束が仕上がって行った。ラッピングは絢爛豪華と言うわけではなく、しかし美しく。
 それは、丁度、抱えて歩くのに良い大きさの花束だった。
 その花束を受け取りながら、綾は、ふと木曽原を見る。
「それから、もう一本、この花を頂けますか?」
 そう言い、つぼみの綻んだ薔薇を一本、丁寧に持ち上げた。
「はい、こちらのご利用は……」
 ラッピング用のセロファンを用意しながらの木曽原の言葉を、綾がそっと遮った。
「いえ、こちらは、声を聞かせてくれた貴方へお礼として差し上げます」
 そして、優雅に木曽原へ薔薇を差し出す。
「貴方にとっても毎日が花咲くように楽しい日々でありますように」
 黙ってその花を受け取りながら、木曽原は綾を見る。
 綾の腕の中の花束は、嬉しそうに輝いていた。
 毎日が花咲くように――、
 それは、素敵な魔法の呪文。
「ありがとうございました」
 手を振り店を後にする綾。
 客を送り出した木曽原の背後には、薔薇が一輪挿しにきちんと飾られていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

【 2226 / 槻島・綾 / 男 / 27 / エッセイスト 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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□槻島・綾様
 はじめまして、ノベルへのご参加ありがとうございました。ライターのかぎです。
 怯える薔薇達へ、素敵なお話をありがとうございました(それに、木曽原へのお気使いにも感謝です)。
 槻島様の静かで、そして温かな優しさを表現できたらと思い、描写させて頂きました。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
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東京怪談
2006年03月06日

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