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『大人気分 』
浅海・紅珠4958
 ある日、浅海紅珠が、いつもの様に登校すると、クラスの一角に人だかりが出来ていた。
「おい、何やってんだよ」
 てっきり、取り囲んでぼこすこにしていると思った紅珠は、面白くなさそうな表情で、そのクラスメートの人だかりをかきわける。そんな彼女に「あら、おはよう。浅海さん」と、真逆の口調で答えたのは、どこのクラスでも必ず1人はいる、いわゆる『クラスの美少女』だ。お洒落で、絵が上手で、髪の綺麗な、『お嬢様』である。
「何かあったのかよ」
 まだそう言う『儀式』が続いていると思った紅珠、ランドセルをいつもの場所に置きながら、そう聞いた。と、取り巻き‥‥と言う名の仲の良い子が、囲んでいた理由を告げる‥‥。
「えぇぇぇ! 化粧っっ!?」
 驚く紅珠。確か、化粧品等々の持ち込みは、先生から禁止されているんじゃなかったっけ? なんて事は、頭からふっ飛んでいる。まぁ、化粧と言っても、化粧水と言う名のローションをつけたり、口紅代わりのリップグロスを付けている程度ではあるのだが、小学生にとっては、正直一大事件である。もっとも本人は、「そんなに驚く事でもありませんわ。ママ達はいつもやっている事ですもの」と、女の子として当然のような顔をしているが。
(ま、負けた‥‥っ。婚約者いるから、ぜーーーーったい俺の方がオトナだと思ってたのにーーーーー!!)
 先を越された気分になった紅珠ちゃん、がっくりと肩を落とす。
「おーい、大丈夫か? 浅海ー?」
「紅ちゃん? もしもーし?」
「気分が悪いなら、保健室に行った方が‥‥」
 石化したまま、真っ白になっている彼女を、クラスメートが突付いている。が、ショックを受けた紅珠ちゃん、容易には復活してくれない。
「おい、先生来たぞー!」
「こらー、何を騒いでいるか。席付けー。授業始めっぞー」
 彼女が、ようやく元の表情を取り戻したのは、授業開始のベルが鳴った後だった。他の子供達が、ばたばたと席に着く。例の女の子も同じだ。
(なんで、先生は何も言わないんだよ〜)
 同じ様に席について、授業を受け始めた紅珠は、心中穏やかではない。そう言えば、例の女の子は、いつもよりお肌がつやつやしているし、唇だってリップグロスでぷるぷるに輝いている。自分にはないその特徴に、紅珠は悔しそうに鉛筆を握り締めた。
「何か機嫌悪いなー。浅海の奴」
「おっかねー」
 その、敗北感とも言える感情は、体を動かす時になって、如実に現れた。2時間目と4時間目の間、いわゆる『中休み』に、バスケをしていた彼女、いつもよりフットワークが早いハイペースだ。
「次の相手はどいつだーーーー!」
 ボールを片手に、挑戦相手を大募集している紅珠。彼女の周囲には、何故か女の子の取り巻きが多い。
「あれでは、彼氏の1人も出来ませんわねー」
「もういるつーのっ!!」
 女の子として負けてても、クラスでの地位は負けていない。そう思いたい紅珠だった。

 1日機嫌が悪いまま、帰宅した紅珠。「ただいまー」と、ランドセルを放り出すなり、覚えて間もないパソコンの前へと座る。普段、あまり触っていると、同居中の青年に怒られるものだが、今は仕事中で、誰も咎める者はいない。
「今の内に‥‥」
 と、昼間級友が持ってきた化粧品を、軽く検索かける事にする彼女。
(えぇと、小学生‥‥と、化粧で出てくるかな‥‥)
 一字づつ、確かめるように文字を打ち込む紅珠。
「やっぱだめか‥‥」
 だが、出てきたリンク先に、がっくりと肩を落としてしまう。並んだ文字は、どこも大人達の『小学生で化粧なんて!』と言う苦言ばかり。彼女達『ちょっと大人になりたい少女達』の立場に立ったものなんか、1つも見当たらない。
(そうだ‥‥。確か、キッズコスメとか言ってたっけ)
 件の少女が、取り巻きと話していた内容を思い出し、その単語を入力してみる紅珠。
 ところがである。
「うわ、何この子供っぽいの!」
 出てくるリップグロスや、お肌に乗せるパウダーは、どれも安全性こそ高いものの、なんだかプニプニしたキャラクターが踊っている。別のキッズコスメも、やはりうキャラクターものばかりだ。
「うう、こんなもの持ってたら、子供って馬鹿にされる〜」
 ため息混じりに、部屋を見回す紅珠。同居している青年の趣向で、およそ可愛い系とはかけ離れた内装だ。こんな所に、ブルーやピンクのプニプニキャラを持ち込んだら、何を言われるかわかったモンじゃない。
「だいたい! これ低学年向けじゃないか。もう少し、大人っぽいカッコカワイイ系のリップはないの〜!?」
 探してはみるものの、化粧はそもそも『可愛くなる』ものなので、パッケージもそれないのものしかない。
(このままじゃダメだ。俺はもっと大人のお姉さんになるんだ!!)
 くじけそうなハートを、恋のチカラで奮い立たせる紅珠。思い描くは、御先祖様みたいな素敵なお姉さん‥‥になった自分。
「こうなったら、現地調査だ! 絶対綺麗になってやる!!」
 と、静かな闘志を燃やす彼女は、思い立ったが吉日とばかりに、近くのバス停へと向かったのだが。
「って、もうねぇのかよ!!」
 郊外向けの定期バスは、意外と本数が少ない事を、紅珠は思い知るのだった。

 次の日。
(まったくもーーー! 日曜日なんだから、送ってくれたっていいじゃんかーーー!)
 朝っぱらから、ぷんすかと怒っている紅珠ちゃん。休みと言う事もあり、彼女は小遣いを握り締め、郊外にある大型ショッピングセンターへ向かおうと、同居中の青年に、送迎を頼んだのだが、『忙しい』の一言で、あっさり断られてしまったのだ。
(上手くすればデートだったのに‥‥)
 ちょっと寂しそうな紅珠。今、彼女が乗っかっているのは、郊外行きの定期バスである。他の客はと言うと、子供連れから年配の夫婦まで、おおよそデートとは余り関係のない方々ばかり。
(こーなったら、絶対に俺好みの化粧品を買って帰る!)
 固く心に誓った紅珠、約1時間の小さなバス旅行へと挑む。そうして、たどり着いた先は、きらびやかなウィンドウの並ぶショッピングモール。
「えぇと、化粧品売り場は‥‥っと」
 小学生向けの美味しそうなお菓子の山にも、手の届きそうなアウトレットのお洋服にも、紅珠ちゃんは見向きもしない。狙うは、まるで宝石が並んでいるような、大人向け化粧品売り場のみ‥‥。
「って。なんでこんなに人がいるんだーーー!!」
 が、世の中には、障害と言うトラップが、常に立ちはだかるものである。今回、彼女に立ちはだかったのは、ちょうどバーゲンセールにぶち当たり、ワゴン品に群がる女性達の群だった。
「ちょ‥‥っ。俺の‥‥欲しいのは、その向こうなんだけどっ!」
 なんとかその群を押しのけ、反対側にあるお洒落でカッコ可愛い化粧品売り場へたどり着きたい紅珠嬢。だが、音名の女性と言う名のおばはん軍団に阻まれて、容易には近づけない。それどころか逆に、押し出されてしまう。
「だーーーーっ! 邪魔だーーー!!」
 元々短気な性格をした彼女、迂回するなんて思考回路は持ち合わせちゃいない。目的最短距離にいる、障害物を、問答無用で叩き出してしまう。使った幻覚は、彼女の意志に沿って、まるで漫画のひとコマのように、大声を張り上げて、おばはん達を押しのけるものだ。
「まったく。どっから沸いてくんだろ。さて、俺の化粧品は‥‥」
 ずかずかとその間を歩き、奥にある口紅のコーナーを覗いて見る。
(へぇ、結構色んな色があるんだな‥‥)
 訳知り顔で、その1つ‥‥自分の尾に良く似た色の紅を見つけ、まるで色を確かめるように、試供品をひっくり返して見る。
(こうしたら、少しは大人っぽく見えるかな‥‥)
 鏡を覗き込む紅珠。そっと唇に乗せたそれは、自身をとても鮮やかに見せている様な気がした。
(買おうかな‥‥。1本くらいなら、きっと怒られないよな‥‥)
 キラキラと輝くラメ入りの口紅を、彼女はそう思い、値段を確かめる。
「た、高ぇ‥‥」
 だが、その桁が、紅珠の予想していた金額を、大きく外れていた。掌に収まるほどのそれは、ゼロが三つもついている。
「あうー、これ‥‥こんなに小さいのに、三千円ってどう言う事だよ‥‥」
 大人なら、何と言う事もない金額だが、月千円程度しか貰っていない子供にとっては、給料三ヶ月に相当する値段だ。
「あら、お母さんへのプレゼント?」
「え、いやその‥‥。じ、自分で使うんだよっ」
 と、そこへ、店員がにこにこと不必要に営業スマイルを浮かべながら、近寄ってくる。一見、と言うか明らかにボーイッシュなあまり背の高くない小学生。ナメられてると思った紅珠嬢、短気な性格もあいまって、即座にかみついてしまう。
「恥ずかしがらなくても良いのに」
「そんなんじゃねぇっ!」
 くすくすと笑われる彼女。と、頬を膨らます紅珠に、店員は「照れ屋さんねぇ。それなら、こう言うのはどうかな?」と言いながら、あるリップグロスを差し出してくる。
(こ、これは‥‥)
 色とりどりのグロスにラメが入ったそれは、透明なチューブに、金色の猫が、愛嬌を振りまいている。それはどこか、師匠が使う魔法の薬の様に、紅珠には思えた。
「気に入ったみたいね」
「で、でもこれしかお小遣い持ってない‥‥」
 じーっとそれを見つめていた彼女は、店員にそう言われ、はっとお財布の中を確かめる。しかし、入っている金額は、帰りの交通費を除くと、四桁前後と言ったところ。
「それだと、リップしか買えないねぇ」
「全部欲しいのにー‥‥」
 並んでいる商品は、いずれも彼女の『怪しくて可愛い』ハートを刺激するものばかりだ。
「あんまり無理しないほうが良いんじゃないかな?」
「べ、別に無理してなんかいないよ。あーあ、こんな子供っぽいのじゃなくて、こんな香水とかも素敵だよねー」
 もの欲しがりな子供に見られるのが嫌で、ついついそんな背伸びした台詞を口にしてしまう紅珠。そんな彼女が手に取ったのは、隣に置いてあったブランド物のフレグランスだ。
「これは、大人用だから、もう少し大きくなってからね」
「充分大きいもん」
 ぷくーっと膨れる紅珠。と、店員さんはそんな彼女の姿を、背伸びした子供の態度と見抜いているのか、「はいはい。そんなレディには、これをプレゼント」とか言いながら、深いグリーンの、怪しげなパッケージを手渡してくれた。
「これは‥‥?」
 先ほどのリップグロスとは対照的に、黒猫と蔓の描かれたそれは、まるで甘美な毒薬の仕込まれた‥‥と言ったパッケージで、これまた紅珠の感性を刺激してくれる。店員さんの話では、新しい香水のサンプルらしい。
「もっと何かないのかよ」
 悪ガキらしく、サンプル品大量ゲットを狙おうとする紅珠。しかし、そこは相手も百戦錬磨の販売員。「お試し品はお1人様1個限りとなってます」と、やりすごされる。「ちぇー」と舌を打つ彼女。
(ま、いいか)
 小遣いを減らすことなく、好みの品が手に入ったのだ。まずはここからと言ったところだろう。満足した顔で、家へと帰る紅珠。
 ところが。
「あら? 浅海さんはお休み?」
「みたいだよー」
 翌日、学校に彼女の姿はなかった。
(ま、まさか香水でかぶれるなんて‥‥っ)
 どうも、香水が森の香りが入った品らしく、見習いとは言え、海の魔女な紅珠、お肌が合わなかったらしい。
 教訓:パッチテストはしっかりと。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
姫野里美 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月28日

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