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『想いは言葉だけじゃなく 』
ミリューフェア・アトランス6085)&エディアス・アルファード(6103)
●伝えたい想い
「編み物……ですか?」
 同級生の女の子たちと昼食をとっていたミリューフェア・アトランスは、目を2度3度と瞬かせながら尋ね返した。通う高校の教室、冬ながら陽当たりのよい窓際の席でのことである。
「え、知ってるでしょう?」
 ミリューフェアの向いに座っている女の子が、ミリューフェアのきょとんとした様子に軽く驚きながら言った。
「これよ、これ」
 ミリューフェアの右隣に座っていた女の子が、自分の鞄から毛糸のマフラーを取り出して見せた。空色で無地のマフラーだった。
「いえ、そうではなく……」
 少し困った表情になるミリューフェア。編み物がどのような物かは分かっている。けれど、今の疑問はそれではない。
「自分で、作ることが出来る物ですの?」
「何だ、そういうこと」
 ミリューフェアの言葉にくすりと笑ったのは、左隣に座る女の子だ。そもそも会話の中で『編み物』なんて単語が出てきたのは、この彼女の口からであった。
「大丈夫、編み方覚えて経験積めば、まず出来るようになるから」
 右隣の女の子がミリューフェアに向かってそう教える。と、向いの女の子がそれに一言付け加えた。
「このマフラー、彼女が編んだのよ」
「そうなんですの?」
 ミリューフェアが目を丸くした。そして、もっとよく見ようと右隣の女の子に了解を取る。
「あの、手に取ってもよろしいですか?」
「うん、いいわよ。じっくり見てみて」
 右隣の女の子はそう言って、ミリューフェアに快くマフラーを貸してくれた。マフラーを手にしたミリューフェアは裏表、隅から隅までじっくりと見てみた。編目がきちんと揃っていて、ミリューフェアの目にはとても綺麗に見えた。
「……素晴らしいですわ」
 ほうと溜息を吐き、ミリューフェアは右隣の女の子に尊敬の眼差しを向けた。
「ね、凄いでしょ。これで彼が居たらねえ」
「その言葉そのまま返してあげるわよ」
 笑いながら左隣の女の子が言ったことに、右隣の女の子が同じく笑いながら言い返した。
「でも、彼が居たら編み物出来るのっていいと思うな。だって言葉だけじゃなく、形としても想いを伝えられる訳でしょう?」
 向いの女の子がミリューフェアたちに尋ねるように言った。
「そうよねえ。さっきも言ったけど、市販の物を買ってくるよりは心がこもってる感じがするもの」
 左隣の女の子が大きく頷いた。ここでようやく、話が戻ってきた。ミリューフェアが編み物について疑問を口にする直前まで、間近に迫ったバレンタインデーのことからの流れで、贈り物についての話題が交わされていたのである。
「そうよ。一目一目に想いを込めて編んでゆくんだから。編み物ってね、心を編む側面もあるのよ。だから暖かいの」
 ふふっと右隣の女の子が笑う。
「ま、ミリューフェアは毎日あの婚約者の彼に、言葉で想い伝えてるんでしょーけど」
 ごちそうさま、といった様子で左隣の女の子が言う。それに対し、ミリューフェアは何も言わず笑顔を向けていた。もっともそれは、曖昧さを含む笑顔だったけれど。
 それもそのはず、ミリューフェアは未だ婚約者の彼――エディアス・アルファードに1度も告白出来ていなかったのだから。敵対する種族でありながら運命の出会いを果たして恋に落ち、人間界への駆け落ちを経て、現在の高校生としての生活に至っても、未だ。
 いや、エディアスに対するミリューフェアの想いは決して弱くはない。むしろ誰よりも強くエディアスのことを想っている。ただ……元来引っ込み思案だからか、なかなかそれを言葉として表現することが出来ないのだ。
 しかし、形としてならどうなのだろう? これだったら、きちんと自分の想いを伝えることが出来るかもしれない――ミリューフェアはマフラーをじっと見つめ、そんなことを考えていた。
 そんなミリューフェアの様子に何か察したのか、右隣の女の子がこんな提案をしてきた。
「よかったらやってみる? 私でいいんなら、基本的なことは教えてあげられるけど」
「はい? その……わたくしでも、このような物を作ることが出来るようになりますの?」
 不安を感じ、ミリューフェアは尋ねた。未経験者にはよくあることである。特にミリューフェアの場合、人間界に来るまで王女として生活していたのだからなおさらである。まだまだ覚えなくてはならないことは、決して少なくないのだから。
「任せて。出来るようになるまで、じっくり教えてあげるから」
 親指を立て、右隣の女の子が自信たっぷりに言う。その様子がミリューフェアにはとても頼もしく見えた。
「はい! それでは、どうぞよろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げるミリューフェア。すると左隣の女の子が思い付いたことを口にした。
「ね、せっかくだし彼に内緒で進めてみたらどう?」
「完成した所でプレゼントして驚かせるのね。それはいいかも。きっと喜んでくれると思うな」
 向いの女の子もこの思い付きに賛同する。ちなみにこの会話、エディアスは先生に呼ばれて教室を空けているので聞かれる心配はなかった。
「エディアスさんに喜んでいただけるのですか……」
 エディアスの喜ぶ顔を思い浮かべるミリューフェア。それだけでも心が暖かくなったように感じたのだから、実際に目にするとより暖かくなるに違いない。
 かくして、エディアスには内緒にされたまま、『ミリューフェアに編み物を教えよう』計画は進められることになったのである。

●伝わる想い
 それから3週間近くが経った。2月ももう終わろうかという日である。
 自宅に居たエディアスは、近頃の異変に首を傾げていた。
「何だか最近、よくミリアの部屋に人が来るな……」
 それまではそうないことだったから、エディアスは不思議に思っていたのだ。それに伴い、ミリューフェアが自室にこもることも多くなっていたからなおさらだった。
(けど、同級生から相談受けてるっていうし。きっと真摯に考えてるのかもしれないか)
 エディアス自身、訪れる同級生の女の子とは何度も顔を合わせている。が、『ミリューフェアだけに大切な相談あるから、絶対聞いたり入ったりしないでね』と顔を合わせる度に真剣な表情で言われると、それ以上尋ねることは躊躇われてしまう。
 しかしこういう状況ながら――エディアスはミリューフェアが誇らしくあった。だって自分の愛する相手が、何度も繰り返し友だちの相談に乗ってあげているのだから。引っ込み思案なミリューフェアが、だ。
「エディアスさん」
 不意に、エディアスの背後からミリューフェアの声がした。エディアスがあれこれと考えていた間に、部屋から出てきていたようだ。
「ええと……手を前に出して、目を閉じていただけませんか」
「ん?」
 エディアスはミリューフェアが何をしようとしているか分からなかったが、言われた通りにしてみた。ややあって、柔らかい感触とともにエディアスの両手に荷重がかかった。どうやら何か置かれたようである。
(何だろな)
 そっと目を開くエディアス。その手には緑色のシンプルなマフラーがかけられていた。
「ミリア、これは?」
 当然のことながら、エディアスはミリューフェアに尋ねてみた。
「その、あの……実は、先日からわたくし、編み物を教えていただいたのですわ。それで今日、ようやく完成いたしましたの……」
 そう答えたミリューフェアは、達成感と不安感の入り混じった表情を浮かべていた。それを聞いて、エディアスははっとした。
(なるほど、そういうことか)
 全てを理解するエディアス。相談というのは口実で、実際は編み物を教えに来ていたのだ。ミリューフェアが部屋にこもっていたのも、マフラーを編むためで。
「……巻いてみていいかな」
「はい!」
 エディアスの言葉に笑顔で答えるミリューフェア。とても嬉しそうである。
 エディアスはマフラーを首にかけながら、ミリューフェアに尋ねてみた。
「ミリア」
「はい」
「どうして編み物を?」
「それはその……」
 口ごもり、少し恥ずかしそうにするミリューフェア。
「聞きたいな」
 そんなミリューフェアが可愛らしく、くすっと笑みを浮かべてエディアスは言った。
「実は……形として想いを伝えられると……教えられたのですわ」
 真っ赤になってうつむくミリューフェア。まさに照れ照れ状態である。
「へぇ、そうなんだ? じゃ、このマフラーにはミリアの想いがたっぷり詰まってる訳だ」
「…………」
 嬉し気に言うエディアスに対し、無言でこくこく頷くミリューフェア。そんな彼女がとても愛おしく、エディアスはおもむろにぐいと引き寄せた。
「あ!」
 思わずエディアスの胸に飛び込む形になったミリューフェアの首筋に、マフラーの感触があった。エディアスがかけたのだ。なのでマフラーは2人の首をぐるりと回って巻かれていた。必然的に、2人の身体は密着することとなる。
「……こうすると、もっとミリアの想いが伝わる。ありがとう、ミリア。嬉しいよ」
「……エディアスさん……」
 エディアスをじっと見つめるミリューフェアの瞳が、嬉しさのためか潤んでくる。
「この状態なら、俺の想いも伝わるかな」
「え?」
 エディアスのつぶやきに、ミリューフェアが驚きの目を向けた。いったい何を伝えるつもりなのだろうか。
 そしてエディアスは、ミリューフェアの耳元に唇を寄せてこう囁いた。
「実はさ……ミリアが部屋にこもっていた時、ちょっと寂しかった」
 エディアスの両腕が、ミリューフェアの身体をぎゅっと強く抱き締めた。それは言葉だけでは伝えられない想いを、伝えるかのようで――。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月28日

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