▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『あなたの愛を綴りましょう 』
リラ・サファト(w3k421)

「やっぱりね、皆さんの力になりたいと思うんですよ、私は」
 ことりと湯呑みをテーブルの上に戻して、彼は深く溜息をついた。
「えー? それって余計なお世話ですよぅ」
 ツインテールの少女がぷぅと頬を膨らませる。
 相手は仮にも上司だが、この程度で咎められやしない。
「お前が口を出すと、纏まるものも纏まらないんじゃないか?」
 真剣な顔で尋ねたレプリカントの店員に、男は春の日だまりのような笑顔を向けた。
「あはははは。何組ものラヴラヴカップルの結婚式を執り行った実績があるんですけどねぇ」
 そういえば、彼は神父であった。
 すっかり忘れていた事実に、2人の娘達は思わず黙り込む。
「それにですね、一応、私、『愛皇』とも呼ばれてますし。これはもう、切ない恋心を抱く方々の愛のキューピッド!! になれと言う神帝様のお告げに違いないと!」
 愛ですよ、愛!
 彼の背後から後光がぺっかり輝いているのは見間違いではない。
「ああっ、お姉さまっ、気を確かに!」
 くらりと眩暈を起こしたレプリカント、イレーネの体を、ファンタズマ、セシルが支えに走る。
 戦く(?)少女達に微笑みを投げると、京都メガテンプルムの主、『愛皇』アンデレは厳かに告げた。
「というわけで、パーティをしましょう、告白パーティ」
 瞳を輝かせるアンデレの暴走を、誰が止められよう。
 とりあえず、彼は神帝軍の中でも高位の天使、力技で敵う者などそうそうにはいない。そして、ぶっ飛び度も13使徒の中で1、2を争っているという噂を聞く。
 そんな彼の暴走を、誰が止められようか‥‥。
「告白パーティってぐらいですからね、恋する2人の親密度がほんのちょっぴりでも深まるような演出を考えないと」
「‥‥ちなみに、どんな?」
 怖いものみたさか、それとも諦めの境地か。
 おそるおそる聞いたイレーネに、彼はしばし考え込んだ。
「そぉですねぇ。例えば、語らっている2人の背中をドンと押して、急接近ドッキリ! とか」
 あわわ、と青ざめたセシルが後退る。
「ああ、そうだ。アレも忘れちゃいけませんね。ほら、棒状のお菓子の端と端をくわえて、ぱりぽりぱり‥‥」
 イレーネは天を仰ぐ。
 魔に属する者であるが、神に祈りたい気分だ。
「ほんの少しでも、恋が実るお手伝いが出来ればいいですね」
 少女達の気も知らぬげに、彼は天使のように邪気のない笑顔を浮かべたのだった。

●特別な夜に
「い‥‥いらっしゃ‥‥」
「心が籠もっていない! 腰の曲がり度も足りない! やり直し!」
 扉を開けた途端に、青い帽子を被った見るからにスポーツ少年がツインテールの少女からダメ出しを食らっていた。
 呆気に取られたリラ・サファイトが2度、3度と瞬きをする。関わっちゃいけないと本能で察知して、藤野羽月はリラの背を押す。
「行こう。目を合わしちゃいけない」
「え‥‥え? でも、藤野君、あの人は」
 何やら虐げられているスポーツ少年を振り返るリラに、羽月の胸にちくりと痛みが走った。優しい彼女は見るからに不幸そうな少年を見捨ててはおけなかったのだろう。それは、羽月にもわかる。けれど。
ーけれど、『今日』は‥‥。
 胸中の複雑な気持ちを押し隠して、羽月は笑顔を作ってみせた。
「きっと新入りさんなんだろう。大変そうだけど、邪魔しちゃいけない」
「そ、そうね‥‥」
 背後を気にしつつも、リラは羽月が促すままに店内へと進む。
「おや、いらっしゃいませ」
 神父服の上にフリルのエプロンをつけた初老の男がにっこりと微笑んで彼らを迎え入れる。手に持った盆の上には、お冷のコップとお手拭が2つずつ。おそらく、彼らの来店を知って用意したものだろう。
「お待ち致しておりました。ささ、こちらへどうぞ」
「お義父様、それはわたくしが」
 ついと手を伸ばし、和服に前掛けの女性が男から盆を取り上げる。
「いつもいつもすまないですねぇ、キャニーさん。私が不甲斐ないばかりに」
「いやですわ、お義父様。それは言わないお約束でしょう」
 どこかで見た事があるような、聞いた事があるような‥‥。
 呆気に取られて2人の遣り取りを見つめていたリラと羽月に、女性はふふと小さく微笑むと彼らを招く。
「驚かせてしまいましたか?」
 肩越しに視線を向けられて、リラは慌てて首を振った。
「いいえっ、あの、その‥‥」
 先ほどの場面を頭の中でリピートして、リラは最も当てはまると思われる2人の関係を探し出す。
「‥‥先ほどの方はお父様ですか?」
「はい。と申しましても、義理の父ですが」
 夜景が綺麗に見える席に2人を案内すると、彼女は水コップとお手拭きを彼らの前に置く。
 ただそれだけの事なのに、まるで茶席で茶器を扱っているような気になって、羽月は思わず慎重な手つきでコップを受け取ってしまった。
「夫の父‥‥のような方なのです」
「ご結婚なさっているのですか。えーと‥‥」
 無邪気に首を傾げて問うたリラに、羽月の心臓が跳ねる。
「キャンベル・公星と申します。僅かな時間ですが、同じ場に集った誼、キャニーとお呼び下さいな」
 艶やかさの中に大人の女性らしい落ち着きがある。大和撫子というのは、彼女のような女性を指すのだろうか。
 それともと、リラはキャニーを見上げた。
 これは生涯を共にすると誓い合った者と寄り添う事から来る幸福と、愛されているという自信が滲みだしているのかもしれない。
 不意に、色んな記憶がリラの脳裏に過ぎった。
「キャニーさん、キャニーさんは‥‥」
 僅かな逡巡のあと、俯き加減にリラが口を開きかけた時に、どこからか凄まじい音が響き渡った。何かが爆発したらしい。表情を険しくし、腰を浮かしかけた羽月を制して、キャニーは静かに頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。アレは気になさらず、どうぞ今宵一時をお楽しみ下さいませ」
「気になさらずって、あれはどう考えても爆音。問題が起きたというならば」
 何をおいてもリラを守らねば。
 続けるはずだった言葉を飲み込んで、羽月は不安そうに己を見つめるリラの視線に笑みを向ける。いざという時に、リラを安全に脱出させられるよう、頭の中で幾通りものシミュレーションしながら、彼は落ち着き払ったキャニーを睨みつけた。
「いえ、問題でもトラブルでもありません。強いて言うなれば‥‥そう、あれは愛の大爆発‥‥」
「あ‥‥愛?」
 意外な言葉に絶句した羽月に、キャニーはにこやかに笑った。
「という事にしておきましょう」

●特別な贈り物
 喉が痛い。
 けほ、と咳払って、藤木結花は雪平鍋を覗いた。
 何故だろう。
 先ほどまで茶色だったものが、毒々しい色に染まっている。
「何か失敗したかなぁ‥‥?」
 思い返してみても、化学変化を起こす心当たりはない。おかしいなぁと首を傾げて、結花は出来上がった物体を木べらで突っついてみた。
「ゆ‥‥結花姉ッ! 今の爆発は何っ!? うわっ!? 何なんだ、この煙はッ」
 慌てて厨房に飛び込んで来た弟分、笠原直人の姿に、結花は何でもないと手を振る。
 しかし、直人はそれどころではない。煙に目と喉をやられてしまったらしく、ぽろぽろと涙を零して咳き込む。
「敵襲か? 敵襲だな! ネコネコ団かっ!? サッちゃんスーちゃんの襲撃か? それともシャリファの暴走か!?」
「直人くーん、シャリファはここにいないよー?」
 暢気な結花の声に、彼は我に返った。
 そう。
 ここに、暴走特急娘はいない。
 という事は、だ。
「エロランサスだッ!」
「いや、それも違うから」
 冷静な姉貴分の突っ込みに、直人は振り上げた拳をおろす先を見つけられずに仕方なく頬を掻く。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「うわあっ!?」
 どうしようかと思案する所に、突然に背後から声を掛けられて、直人が飛び上がった。いつの間にか、背後に怪しげなマスクをつけた2人が佇んでいた。
 直人の背に嫌な汗が伝う。
ー‥‥こいつ、強いっ!
「防毒マスクを用意しておいて幸いでしたね、お義父様」
「備えあれば憂いなしと言いますから」
 煙の上がる鍋を手にしていた結花が、素っ頓狂な声をあげた。
「アンデレさん! ごっ、ごめんなさい。お騒がせしちゃって」
「いえいえ、お気になさらずに。それより、調合は成功しましたか?」
 マスクをつけた男の言葉に、直人の額からだらだらと汗が滴る。
 調合。
 今、調合と言ったか。しかも、成功とか言わなかったか。
 それは、一般的な喫茶店の厨房で使われる言葉なのだろうか。
「えーと、一応、間違ってはいないと思うんですけれど」
 照れ照れと頭を掻く姉貴分。
 直人は血の気が引いていく心地を味わった。

●約束
「大丈夫かしら?」
 厨房の辺りから漂う不穏な気配を気にするリラに、羽月は「多分」と頷いて見せる。
「きっと大丈夫だ。何か事件が起きたなら、もっと大騒ぎになるだろうし」
 ほら、と彼が示した先には、何事もなかったかのように立ち働くツインテールの少女がいた。彼らの前に置かれたバレンタイン・スペシャルの前菜も、彼女が運んで来たものだ。
「でも、びっくりしたわ」
 ミネラルウォーターで唇を湿して、リラが呟いた。
「本当に、びっくりしたの」
「うん。そうだね」
 水滴の浮かぶグラスをテーブルへと戻したリラが居心地悪そうに身動ぐ。羽月と共にいて、こんなに緊張するのは珍しい。何故だろうと考えて、リラはその理由に気づいた。
 自分を見つめる羽月の、その深い眼差し‥‥。
 深みを増した青の瞳に見つめられて、リラは意味なく膝上のナフキンを折る。
 そんな風にじっと見られては、言葉もうまく出て来ない。
 折角、決心したというのに。
「あ、あのね、藤野君」
 視線をあげるだけで、羽月はリラの言葉の先を促した。
ーずるい‥‥。
 そんな風に落ち着いた、大人びた仕草を見せられると何も言えなくなってしまう。きゅっと握り締めた手の中で、白い布が歪む。
「リラさん」
 言葉の続きを待っていた羽月が、怪訝そうに首を傾げて口を開く。
 リラは小さく頭を振った。
 それをどう受け取ったのかは分からないが、羽月は何も言わずに手元のグラスを見つめる。その僅かな間が、リラにはとても長く感じられた。気まずい沈黙の後、意を決したリラが顔を上げたその時に、羽月の静かな声が響いた。
 リラの瞳が見開かれる。
 聞き間違いかと思った。
 けれど、確かに彼は言った。
「リラさん?」
 不意に歪んだ羽月の姿に、リラは指先で目元を拭う。心配そうに自分を覗き込む羽月に、彼女は心からの笑顔を向けた。
「ずっと、一緒にいます」
 テーブルの上に置かれた羽月の手に自分の手を重ね、真っ直ぐに彼の目を見つめて、リラは告げる。
「決して、藤野君を1人にしません。あの日の約束通りに‥‥」
 驚いたように瞳が見開かれる。
「ずっと、藤野君の側にいます」
 呟くようにそっと繰り返された言葉に、羽月は穏やかな微笑みを浮かべたのだった。

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
w3b493/キャンベル・公星/女/25歳/魔皇【残酷の黒】
0941/藤木結花/女/17歳/オルテリア守護士
1401/笠原直人/男/14歳/中学生
w3k421/リラ・サファイト/女/17歳/魔皇【直感の白】
w3a101/藤野羽月/男/16歳/魔皇【孤高の紫】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 お届けが遅くなりまして申し訳ありません。
 皆様の愛の話を綴らせて頂く事が出来て、本当に光栄です。
 また皆様にお会いする機会がございます事を祈りつつ‥‥。
バレンタイン・恋人達の物語2006 -
桜紫苑 クリエイターズルームへ
神魔創世記 アクスディアEXceed
2006年02月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.