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『〜烈火と流水〜 』
植松・宗撰(w3a161)&山吹・レイカ(w3f017)


 闇の帳は、ようやく半ばを迎えつつある。
 辺りは静まり返り、あちこちで大きく鳴り響いていた建物が倒壊する音も、既に耳鳴りにすら残っていない。
 それもそうだろう。既にこの場で行われていた戦闘が終わってから半刻あまり‥‥元々は獲物の一人もいないこんな場所には、サーバントですら滅多に来ないだろう。
 コッコッコッ‥‥‥
 そんな廃墟群の中、一人の男が靴音を立てていた。
 勿論、その廃墟には人などは住んでいない。まぁ、まだ一名だけ残っているのだが、それは住んでいるとは言わないだろう。
 お釈迦になれば化けてくれるかも知れないが‥‥

(やっぱりもうチッと誘ってみた方が良かったかねぇ‥‥寂しいぜ)

 冷えた空気の中、植松 宗撰(w3a161)は、毒蛙(中に鉄板の入っている特製の鞄。敵を殴ったりも出来る)を手に、廃墟群のほぼ中心地にある建物へと入っていった。
 先程の戦いで流れ弾でも飛んできたのか、バラバラと、頭上から小さな石が落下してくる。

(なんてな‥‥‥ま、楽しめたんだから、あれは良しとするか。ッ!」

 考え事をしながら歩を進めていた宗撰は、突如として胸を襲った激痛に舌打ちした。
 未だに折れている肋骨はギチギチと体に突き刺さり、少しでも動けば肉を擽り、油断した途端に激痛を送ってくる。
 気分を落ち着かせれば痛みは退くが、それでも胸部の違和感までは拭えない。
 少しでも傷の具合を気に掛けた途端、度々痛みが襲ってくる。

「痛っ‥‥まぁ、これぐらいは良いだろう。それより‥‥ああ、これか」

 ズキズキ痛む胸元を押さえながら、宗撰はやっとの事で発見した小型船を見て、溜息をついた。
 下水道にしてはかなり広い水路‥‥そこに着けられているのは、そこらの港で見る事が出来る漁船と大差ない小型船である。
 最も、小型船とはいえ、下水道などを通ってきた所為だろう。あちこちは薄汚れ、そこら辺の壁にでも擦ったのだろう。傷だらけである。
 宗撰は鼻についた鉄の味に舌打ちしながらも、早々にその船に乗り込んだ。実物を目にせずに手配したのは悔やまれるが、贅沢は言っていられない。
 それに、今更脱出ルートを変更する気にはなれなかった。

「ったく。出迎えも無しか‥‥‥依頼人も、何を考えてるんだか‥‥‥ッ!!」

 船に乗り込んだ宗撰の首を、躊躇無く貫く禍々しい銛‥‥
 鮮血が飛び散る中、錆びたような、鉄の臭いが充満した‥‥‥






「あ〜あ。まったく、面倒だな。手間ばかり掛けさせる‥‥」

 ぼやきながら、最後まで粘っていた黒服を『漕』の中へと蹴り落とした。
 ドチャッと言う水が跳ねる音と共に、真新しい血の香りが漂い始める。
 血に含まれる鉄の味と、錆び付いていた槽の中の匂いが入り交じり、不慣れな者ならばまず咽せるか、失神していただろう。
 何せ槽の中から漂ってくる死臭は、そこらの戦場よりも凄惨なものだ。
 元々は魚を入れるための槽だったのだろうが、今ではこの船で誰かを出迎えようとしていた黒服の男達約十名が、骨と血肉をミックスさせながら押し込まれている。
 小型の船だけあってそう広くはなく、今放り込んだ黒服の死体は、蓋から盛り上がるようにして槽の中に入りきっていない。

「ちっ」

 それが気に入らなかったのか‥‥‥側に立て掛けてあった蓋を手に取り、死体の上に置く。それから‥‥‥まるで漬け物を作るように、その蓋を精一杯の力で押しつけ、その死体を押し込めた。
 凝縮された死臭が船の外にまで広がっていく。
 だがその死臭の中で、山吹 レイカ(w3f017)は平然とした表情で立っていた。
 ‥‥もっとも、平然としているのは表情だけだ。
 その体には大小様々な爪跡が残され、黒服からの攻撃を受けたのだろう、一二発程、弾痕が見て取れた。

「まったく。自分達が敵わないからって、こんな狭い所でサーバントけしかけてきて‥‥‥‥」

 ブツブツ言いながら船内の潜航システムをオンにし、傷の具合を見る。
 血はまだ止まっていなかったが、それでも不死性の回復力が衰えているわけではないため、少しずつではあるが治癒を開始している。
 体中の傷がそんな感じだった。目測では後十数分で、全ての傷が塞がってくれるだろう。
 まぁもっとも‥‥‥

 ザッ
「!?」

 それも、“大人しくしていたら”の話である。
 船内にいたレイカは、背後から聞こえた物音に対し、ほとんど反射的に攻撃を繰り出していた。
 ザシャッ!
 小さな音。レイカが咄嗟に手に取った銛が、不用意に船の上に乗り込んできた侵入者の首を首を貫き、鮮血を舞わせる。

「‥‥!?」
「危ないな。いきなりとは‥‥ん?」

 鮮血は舞った。だが確かに侵入者の首を貫いていた筈のその銛は、侵入者の首を掠め、辛うじて血管一本を切断するに止めていた。
 ‥‥‥頸動脈を切断したために派手に血が飛んでいるが、不死性によって守られている魔皇相手が、この程度で一々死んでくれるはずもない。
 だが侵入者は何を思ったのか‥‥‥本来ならばすぐに間合いを詰めて攻撃するべきタイミングを、後方に跳躍する事で消費する。既に動き出していた船の上は不安定だったが、侵入者はバランスを崩す事もなく、スタッと軽く着地する。
 レイカの方も、追撃するべきタイミングをワザと逃し、その場に踏みとどまって、侵入者を睨み付けていた。その目には、僅かに驚愕と怒りが入り交じり、少々混乱が見て取れる。
 侵入者‥‥‥宗撰は、つい先程の戦いである程度の覚悟を済ましていたため、落ち着いた様子で、動きを止めているレイカを観察していた。

「な‥‥何でこんな所に!?」
「まぁ、込み入った事情があってな‥‥そっちこそどうしたんだ?こんなマニアックな場所まで、お散歩か?それとも‥‥こっちの事情か?」

 宗撰は笑いながら、片手を上げた。その手にあるのは、重そうな毒蛙‥‥‥
 その中身にあるものが何であるかをレイカはすぐに悟り、手に持っていた銛を握りしめた。

「どうやらこっちみたいだな。いやさっきも、こっちを欲しがる客の相手をしてきたもんでね‥‥やれやれ、なかなかの人気情報みたいだな。これも」
「それ、こっちに渡してよ。そうすれば‥‥」
「“ここは見逃してあげる”ってか?ったく。何でこう、どいつもこいつも俺が苦労して手に入れた獲物を狙ってくるのかねぇ‥‥」
「‥‥‥渡す気がないんなら」

 毒蛙を持ち上げていた手を引っ込め、背後に置く。レイカを観察していた宗撰は、レイカの体から放たれ始める闘気を感じ取り、思わず口を歪めていた。

(やれやれ。一難去ってまた一難、か。なんかレイカちゃんも傷いってるみたいだが、こっちもまだ回復し切れていない‥‥)

 体を回復させるためなのか、それとも先程の戦いでDFを使いすぎたのか‥‥‥
 宗撰の体には、まだ魔皇殻を召還する程の魔力すら、残っていない。
 もっとも、それはレイカでさえ同じだった。だからこそ、先程も魔皇殻を召還せずに、手近にあった銛を手に取ったのだ。
 レイカは宗撰の背後に置かれた毒蛙を見つめてから、銛を船外に放り捨て、拳を固めた。

「ん?アレ、使わないのか?」
「コソ泥相手に、道具なんか必要ない。それより‥‥‥どうも気になるな。そっちの依頼主とか、色々と聞かせてもらおっか。もちろん、その鞄も貰うけどね」
「おっと、それは困るな。これがないと、俺がクライアントに怒られる」

 宗撰はそう言い、拳を固めたレイカを笑って眺めていた表情を少しだけ固め、静かに背広とネクタイを脱ぎ捨てた。
 レイカは宗撰が体勢を整えるのを待ってから‥‥‥

「それじゃ‥‥後で困らないよう、ここで楽にしてあげるよ!」

 言うや否や、レイカが甲板を蹴りつけた。宗撰が選手にまで飛び退いた事で間合いは開けていたが、それでも精々数メートル‥‥‥‥二人の脚ならば、一瞬で零に出来る距離である。
 船が水を切り進む音を越えて、拳が風を切る音が宗撰の耳に届いた。
 掠めた拳によって切り裂かれる頬。軽いステップで斜めに後退した宗撰は、通り過ぎようとする手首を掴み、力任せに引き寄せてボディーブローを放つ。

「はぁっ!」
「ぬっ!」

 だが宗撰の拳が着弾する寸前、レイカは引き寄せられる方向へと自ら飛び込み、宗撰の攻撃を寸での所で回避する。そして体を反転させ、宗撰の背後へと回り込んだ。掴まれていた手は体ごと反転させた時に強引に捻り上げて外し、回り込んだ勢いを乗せ、宗撰の後頭部へと拳を走らせた。
 ブォッ!

「そんな大振りで‥‥当たるか!」

 弧を描いて襲いかかってくる拳は空を切る。二人の体は正に密着するかしないかというギリギリにラインであったため、回り込むようにして放たれた拳は宗撰に読まれ、しゃがまれて躱される。
 不安定な足場の中、宗撰は姿勢を低くしながら体を回転させ、勢いよくレイカの足に猛烈な足払いを掛けた。
 レイカの両足は船から離れ、体が宙に浮く。宗撰は浮かんでいるレイカの体に掌底を入れて船から突き落とそうと迫り、攻撃を繰り出した。
 迷い無く繰り出される宗撰の腕‥‥しかし弾丸のように放たれた攻撃を、レイカは空中で身を反らせ、サマーソルトキックのように勢いよく体を回転させて、その攻撃を回避する。
 そして船の甲板に手を着いてから力強く突き放し、宗撰から距離を取る。
 しかし、宗撰への攻撃を諦めたわけではない。距離を開けたレイカだったが、体勢を立て直そうとしている宗撰に向かって真っ直ぐに突っ込み、再び殴りかかる。
 お互い不安定に揺れる船に手を焼きながらも、決して休むことなく相手の攻撃を受け、躱し、そして反撃する。
 レイカの攻撃はまったく隙も、躊躇もなく宗撰へと繰り出されている。休む間もないとはこの事か‥‥レイカの攻撃には間断が無く、瞬き一つでも致命傷になりかねない。
 ‥‥‥だというのに、宗撰はその攻撃を、一撃も受けることなく受け流していた。

(俺よりも早い‥‥だが、こう動きが読めちゃあな)

 宗撰は冷静だった。
 伊達に付き合いが長いわけではない。レイカの性格、そして今まで見てきた戦闘の情報から、レイカの取りうる攻撃法を一瞬で検索し、そこから取捨選択してその動きの先を読む。
 更に目前で攻撃を繰り出しているレイカの足運びや体のこなしから攻撃範囲を読み、宗撰はレイカがここぞとばかりに決めに来た大振りの攻撃に対してカウンターを放つ。
 ゴッ
 宗撰のカウンターは、流れるように急所を打ち抜いてくる。宗撰と戦う前に傷ついてしまっているレイカにとっては、そのただの拳でさえ致命傷になるだろう。
 だがレイカは喰らわない。躱し様のないタイミングで放たれたはずの宗撰のカウンターは、レイカの超人的な直感によって感知され、紙一重の差で命中しきれなかった。
 宗撰の理知的な戦い方と比べれば、レイカの行動は本能で戦っているのに近い。しかしその本能は大戦によって研ぎ澄まされ、どこぞの執事によって仕込まれた殴り技を最大限に生かした戦い方となっていた。

(やれやれ。こっちの攻撃は全部ギリギリで躱されるか‥‥ここまで来ると、そこらの野生動物よりもずっと良い勘だ。あまり長期戦にしてレイカの相棒に来られるとやばいしな‥‥‥‥)

 レイカの怒濤の攻撃を躱しながら、宗撰はチラリと背後を掠め見た。
 まだ戦闘が開始してからまだそれ程経っていないのだろうが、船は大分進んでいたらしい。
 船首の先に、小さく外の明かりが見えてきた。

(もう時間も無いか‥‥しょうがないな。もっと楽しんでいたかったんだが‥‥)

 宗撰は内心舌打ちしながら、向かってくるレイカに向かって口を開いた。

「所で、さっきあんたの彼女に出会ったぜ」
「は?こんな時に何を‥‥って“アレ”は彼女じゃないよ!!」
「すぐに思い当たる時点で否定し切れてないとは思うが‥‥悪いな。一応謝っておく」
「な‥‥に?」

 レイカの体がピタリと止まった。ほんの僅かにだけ距離が開けられ、拳が届くには半歩の踏み込みが必要になる。
 宗撰はレイカの反応を確かめるように観察しながら、楽しそうに言い放った。

「いや、ほらさっき言っただろ?“これを欲しがるお客の相手をしてきた”ってな」

 言いながら、すぐ傍に放置されていた毒蛙を足でコンコンと叩いた。
 レイカの紅潮していた頬が引き締まり、目つきが変わる。

「可哀想にな‥‥‥もう、仲良くして上げられなくなっちゃったよ」
「‥‥‥‥別に、アレはそんなんじゃない」

 だが放たれる闘気が殺気に変わる。それは闘う意識から、殺すための意識へと切り替わり―――

「―――!」

 宗撰が反応する。最速で残り少ない魔力を掻き集め、魔皇殻召還のために意識を飛ばす。


 ―――だがそれよりも速く‥‥‥その凶爪は走っていた―――


 ドッ!!
 宗撰の胸元に突き立つ刃。
 もう半歩踏み込まなければ届かないはずの小さな距離。
 だがそれを‥‥‥レイカは一切踏み込むことなく、全身のバネを総動員し、一瞬で召還した真・アヴェンジャーによって宗撰を貫いていた。
 宗撰にとっては不意打ちになっただろう。今の今まで使われる事のなかった魔皇殻によって、素手の攻防に慣れていた目測を見誤ったのだ。
 魔皇殻から、宗撰の体を貫く感触が伝わってくる。真紅に染まっている爪から、それを上回る紅が静かに伝わり始め‥‥

「惜しい。もう少し近ければ殺せたのにな」
「!?」

 流れる血は、その凶爪とレイカの腕に絡みつく、刃の首巻きによって阻まれていた。
 レイカの腕に、宗撰の真・デストレイルクロースが絡みつき、食い込み、切り裂いて固定する。それによって走ったアヴェンジャーは、本来の勢いを殺され、寸での所でその動きを止めていた。
 ‥‥‥‥ほんの一刹那。万分の一秒でも狂えば間に合わなかったであろうそのタイミングを、宗撰はモノにしたのだ。
 ドッ‥‥!
 レイカの腹部に重い一撃が放たれた。今度こそ逃れられない渾身のボディーブロー。反動によって背後に吹き飛びそうになったレイカの体は、絡みついてきたですとレイルクロースによって固定されており、衝撃を受け流す事も出来なかった。
 食い込む刃に、レイカの意識は向いていない‥‥
 宗撰の読み通り、レイカの体にはこんな凡庸な一撃さえ受けきるような体力が、残されてはいなかった。

「ぐ‥‥ぁ‥‥‥‥」

 レイカの膝が折れる。ただでさえ魔力の残っていなかった体で魔皇殻を召還したために、限界を迎えて倒れ込みそうになる‥‥
 それを、宗撰は大事なモノを包むようにして抱き留めていた。

「やれやれ‥‥‥どうやら、ギリギリで俺の勝ちみたいだな」
「‥‥‥‥」
「もう答える気力もないだろうが、とりあえずはこれだけ‥‥」

 そう言うと、何を警戒していたのか、宗撰はグッタリと力を失っているレイカの耳元へと顔を近づけ‥‥

「―――」
「―――!?」

 ボソボソと囁かれる言葉に、レイカの体が硬直する。驚愕に見開かれた目は真っ直ぐに宗撰へと向けられ‥‥

「じゃあな。生きてたなら、また会おうぜ」

 そう言い、宗撰は情け容赦のない蹴りをレイカに見舞い、航行を続けている船からレイカを蹴り落とした。
 レイカの体はそれをトドメに、水路の壁に激突しながら、汚い水面へと落下する。
 その着水音を聞きながら、宗撰はようやく水路から抜け出た船の上へと腰を下ろし、意識を閉ざした‥‥




 それから数分後、この廃墟は文字通り消滅するのだが‥‥
 宗撰とレイカがそれを知るのは、もう少しだけ後になる‥‥‥



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2006年02月28日

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