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『『魔物召寒(マモノ ショウカン)』 』
来生・億人5850


寒い。
寒すぎる。
カタカタと真っ白い歯を鳴らしながら、来生・億人 (きすぎ・おくと/5850)は両腕で自分を抱くようにして、とぼとぼと大通りを歩いていた。
人混みと行き交う車に押されて、窮屈そうに道を歩く。何という人の多さだろう。人と人との魂が近付きすぎて、気分が悪くなりそうだ。その上。
ざ、と北風が、僅かばかりの人の隙間をすり抜けて行く。それだけでも、体温を奪うには十分過ぎるほど冷たくて。
そういえば、今年の冬は殊更に寒いのだと、道行く高校生が話していた。
顔を上げて空を見遣る。深い色の落日が、ビルとビルの谷間にぼやけて見える。
「・・・参ったわあ。」
この分だと、また野宿だろうか。それとも、今日こそは満足な食事と寝床にありつけるのだろうか。
溜息をつく。糸を引くように髪が揺れる。
身を切る冬の凍気のような銀色の髪。
その上、目の前の夕焼けに似た色の瞳。
目立つ色であるにもかかわらず、道行く誰もが、彼のそんな風体に目もくれなかった。
誰もそれを、異質だと思っていないかのように。
・・・事実、思ってはいないのだ。それ位の事は、億人には可能だった。
彼は、人ではなかったから。
俗に、『悪魔』と呼ばれる者、人に徒なす存在なのだから。
・・・だが。
「腹、減った・・・」
ハア、とついた溜息分、空腹が増す気がする。それでなくとも丸一日、何も口にしちゃいないときてる。
食事を取る方法は、実のところ簡単だった。大した苦労などない。そこら辺を歩く連中に、ちょっとばかり術をかけてやれば良いだけだ。
知り合いと思い込ませて食事の一つでも奢らせるなんて、訳ない事の筈だった。
なのに。
「あの、すんません・・・」
声をかけたサラリーマンは、振り向きもせず素通りした。別のOLは、キャッチお断り、と一言言い捨てて去って行った。
「ちょっと、」
誰よ?と言って眉を上げ振り向いた若い女は、顔を真っ黒に塗り得体の知れない匂いを漂わせていた。
「ええと、」
何お前、と取り囲んだ若い男達は、眉や鼻に金属を埋め込んだ(人間界で言うところの、ピアスと言う奴だ)人相の悪い連中で。
「えー、いや、人違いで、」
じりじりじりと三歩下がって回れ右すると、億人は一目散に走り出す。飛び込んだ細い路地へ駆け込み、ゴミ箱とオイルの空き缶を一つ蹴飛ばして、自転車を数台飛び越すと一気に繁華街を目指す。人を撒くには人通りの多い場所を目指す方が得策だ。ぐっと息を飲んで人の波へ突っ込む。つんのめって倒れかけるのを無理に起こすと、まろび出たのは巨大なスクランブル交差点の真ん中だった。
信号が変わる。濁流のように、人間が流れ出す。
こうなると、もうどの方向に進んでいるのかさえ、分からない。追いかけてきた奴らを気にしている場合ですらなかった。流れに棹さす事も出来ず、押されるように交差点を渡って行くだけだ。
何て所だ。何て、世界だ。
「怖い・・・ニンゲン・・・怖い・・・」
ちょっとだけ涙目になりながら、億人は小さくそう呟いた。
何もかも、・・・この世に呼び出された事が悪いのだ。
億人は、数日前のその出来事を思い出して、また深く溜息をついた。



燭台、銀杯、ハシバミの枝。
中央には、棺桶の釘で刻まれた、見事な逆五芒星(インバーテッド・ペンタクル)。
そのど真ん中で。
億人は、抜き差しならない心持ちで、冷や汗と愛想笑いを浮かべていた。だがその愛嬌のある顔で微笑んで見ても、相手は一向に笑おうとはしなかった。
・・・非常に、まずい。
「さあ、約束の一週間目だ。」
「そ、そやね・・・」
この狭くて暗い2階の部屋に、初めて引っ張り出されたのは、今日より一週間前の事だった。
呼び出しに応じてこの世界に現れ出た億人の前に、立っていたのは暗く目の血走った若い男。
女に振られたのか仕事に失敗したのか、この世に絶望した原因は定かでない。とにかくこの若い癖に陰気な男、今まで上手くいかなかった人生をひっくり返す為に、その手で悪魔を喚起して願いを叶えようと目論んだのだ。
他に何か、手段は無かったのかと思う。
とはいうものの、この男、かける執念だけは人一倍だった。
調べようと思えば、今どきインターネットで探せないものなど無い。魔法陣の描き方も儀式に使用する道具立ても・・・山羊の血や大ミミズや棺桶の釘なんて代物まで・・・集めに集め試しに試して、その結果それは見事なオカルトマニアに成長した。そのうち魔術そのものにのめり込み、最初の目的が何だったのか忘れる位に、その行為に没頭して。
・・・とうとう、男は、本当に悪魔を召還してしまったのだ。
よりによって、・・・出来れば呼び出されたくなかった、億人を。
「ええーと。」
きょろきょろと周囲を見回す。見慣れない世界、見慣れない男。確かに人間の匂いがする。と言うことは、やっぱり自分は儀式によって人間の世界に呼び出されたに違いない。
コホン、と一つ咳払いをし、億人は悪魔お決まりの台詞を口にしようとした。
「『俺を呼び出すのは誰や。なんで俺の安眠を邪魔するんかいな。はよ、要件言うてや。』・・・で、あってるかいな。」
硬直したまま、男はあんぐりと口を開けた。
・・・悪魔を呼び出した事に驚いた訳ではなかった。それよりそれ以上に、召還した悪魔のあまりにも間延びした物言いが、信じられなかったのだ。
だって悪魔だぞ。人を呪い嘲り貶める存在の筈だぞ。それがこんな人の良さそうな顔をしていて良い筈がない。
男は唖然とした。だがすぐに持ち直した。
否。
悪魔はそうやって人を騙すものなのだ。召還に応じて現れ出た者が、そんな気安い者の訳が無いではないか。
見据える目に、億人は少しばかり後じさった。暗い火のような視線、魂の色も澱んでいる。悪魔の自分が言うのも何だが、薄気味悪い。だが。
「・・・な、なんや・・・、はよ言い。」
人間の欲望を叶える代償に、その魂を地獄へと運ぶ。喚起された以上、この契約を交わさなければ地獄へ帰ることが出来ない。
「あ、『永遠の命』とかってのはナシや。人間に『永遠』は約束出来ひんからな。あと、叶えたら、アンタの魂は貰って行く契約やから。」
「分かっている。」
ニイ、と男が笑う。底の知れない怖い笑みだった。
「財宝だ。この世の全てを買えるくらいの財宝を寄越せ。」
「ざい・・・ほう・・・?」
ううん、と唸り声を上げると、億人はその場に座り込んだ。首を傾げて腕を組む。財宝と言われても。
「・・・こんなもんかなあ。」
取り出したのは、・・・どう見ても間違いなく。
「・・・何だ、これは。」
「高級品、だったと思うけど。」
「ビー玉の何が高級品だ!」
「・・・え、違うのん?」
硝子といえば、かつては高級品だった筈だ。・・・五百年位前迄は。
「しゃあないなあ・・・。じゃあ、これ・・・」
「こ・・・これは・・・」
どっさりと渡されたものを、男は手に取った。黄金色、と言って良い美しい色艶、楕円形に形取られたその姿、これは・・・。
ぱりん。
口にくわえる。かなりの歯ごたえ。草加か。
「何で煎餅なんだ!!!!」
ばりばりばりと、男が手に握った煎餅を握り潰した。ひい、と息を飲み億人はうずくまった。やばい。これはやばい。何だかやっぱり間違っているらしい。だが、しかし。
「だって、・・・黄金色のお菓子とかって・・・!」
「阿呆か!!」
「ひゃあ!」
やばいよ、殺される。
悪魔の台詞とも思えない言葉だが、億人は本気でそう思った。
冗談でやっている訳じゃない。ただちょっと、どうしてもピントが外れているだけだ。今のこの世界の事がよく分からないから、しょうがないじゃないか。
「ちょ、ちょーっと待った!!」
蹲って両手を合わせる。どっちが悪魔か分かったものじゃない。
「い、一週間だけ待ってや。そしたら何とかするから!」
一週間あれば、現代の事も分かる筈。
男にそう言い含めると、億人はそう言って拝み倒した。


そうして。
その、一週間目が、来たわけだ。
「お前、本当に分かったんだろうな。俺の要求してるものの意味。」
「ばっちりや。」
この一週間、これでも何とか勉強してみたのだ。
砂漠だったら一つの井戸、王宮だったら宝冠や神剣、そういうものが宝として重宝がられた。
でも今この時代のこの人間が、欲する『宝』とは、何かと。
「・・・金やろ、金。どうやろ、それで。」
「金か・・・即物的だけど、間違ってはいないな。」
納得したように男は頷いた。
「じゃあこの部屋が埋もれるほどの金を寄越せ。そうしたら、お前との契約にサインしてやるよ。」
「本当やな!・・・助かったわぁ。」
大丈夫、今度こそ失敗しない。神妙な顔つきで、億人は二言三言口の中で呟く。それは短い呪文だった。それから天を仰ぐように、天井に向かって手を伸ばす。
チャリン。
チャリンチャリンチャリン。
最初は微かに、やがて轟音と化して。
「・・・・・」
室内に無尽蔵に降り注ぐコインの雨を、男が呆然と眺めやっている。
この顔つきなら、きっとこれで正解なのだ。億人はほっと胸を撫で下ろした。良かった。これで地獄に帰る事が出来る。この怖い男とも、これでおさらばできるに違いない。
億人は思っていた。・・・男の顔色が、どす黒く変わるまでは。
これが全て黄金であったなら、確かにそれは財宝だったかも知れない。
が。
ピラミッド型に降り積もったのは数えがたい程の10ウォン貨幣だった。十円玉ならそれでも使い道はあったろう。しかし外国のコイン、しかも価値は日本円の1/10程でしかない、韓国貨幣では・・・。
「どうするんだこんなの!」
「だ・・・駄目?」
「駄目、に決まっているだろう!」
紙幣なら、両替可能な銀行に持って行きさえすれば、日本円に換金可能だ。
が、・・・貨幣は、両替出来ない。
つまりは。
日本円で一円程度の価値しかない、しかも使えもしなけりゃ両替も出来ないコインが、うずたかく積もり積もっている訳で。
それ、だけじゃなかった。
「・・・!?」
みし。
「ええーと、」
忘れていた。
忘れていたが、この部屋は、アパートの2階だったのだ。
つまり、安普請の建物の、地上まで2メートル強の高さの所に立っており。
しかもその床の上に、無数のコインが雨あられと降り積もっている訳で。
「お前・・・。」
男が、にじり寄ってきた。逃げ場はなかった。
「死んでしまえ、このトンマ!」
「死ねるかい、俺悪魔やぞ!命、永遠やねんぞ!」
「だったら、」
血走った目、みしみしと床の軋む音。下の階から激しい足音がする。階下の人間が窓から飛び出したのが見える。
「その、永遠を、寄越せ。」
男は、完全に頭に血が上っていた。もうこれ以上無い程に怒髪天を突いていた。この後の、結果が分かっていたから。ついでに言えば、彼に頼んだところで、財宝も大金持ちも無理だと悟ったから。
「だから、人間に永遠の約束は・・・」
出来ない、と言おうとした億人の言葉を、男が遮る。
「俺のじゃない、お前のだ。」
「・・・はぁ?」
「お前の永遠を願うと言ってるんだ、バカ悪魔!」
怖い。やばい。怖い。
何か、とんでもない契約を結ぶ羽目になりそうな予感。こういう嫌な予感に限って、当たる気のする確信。
ばり、と板の割れる音がした。それでも男は、億人を逃がしは、しなかった。
「俺の、望みはなぁ、」
男は。
それこそ『悪魔だ』としか言いようのない恐ろしげな笑みをたたえ、・・・こう、言い放った。
「・・・お前が二度と向こうに戻れず、永遠にこの世で苦しむこと。・・・だ!」
「あ、あ、ウソっ・・・・」
まずは丸く中央が落ちた。止まらないコインが突き抜けて降り注いだ。巻き取られるようにぼろぼろの絨毯が穴へと滑り落ちる。コインが重しになっているから押さえたところで止まる訳がない。絨毯の上に並べられた全てが、あり地獄のように穴へと吸い込まれる。
燭台もコインも魔法陣も男も自分も契約も、何もかもを巻き込んで。
墜落した。
地獄の底ならぬ、床の底、まっしぐらに。




悲しいことに。
契約は、成立した。
理由は簡単だ。願いが叶えられてしまったからだ。
だって失敗のしようがない。自分が帰らなければ良いだけだからだ。
魔術を用いることも、魔力を行使する必要もない。
ただ。
帰れなくなった。
帰る手だてが、無くなった。
「・・・もぉ・・・最悪や・・・・。」
嘆いてみても、どうしようもなかった。帰れないものは帰れないのだ。
だとしたら、どのくらいこの世界を彷徨い歩かねばならないのだろう。そう思うと気が遠くなる。
ふるふると、億人は頭を振った。
あきらめるな。とにかく戻れる方法を探すしかない。
思いながら、億人は前を向いた。その鼻を甘い匂いが突く。
匂いの元は、通りの向こうにあるケーキファクトリー。焼き上がったのはスフレ状のチョコレートケーキに違いない。
「腹、減ったなぁ・・・。」
悪魔とはいえ腹は減る。もともと美味しいものには目が無かったし、とにかく大食らいでもあったから、空腹は特に身に堪える。
ふらふらと、億人はそのケーキのショーウィンドウに歩み寄った。甘い良い匂いが、誘うように立ち上ってくる。我知らず、そのガラスに手をかけた、・・・その時、だった。
ふ、と、億人はその、ショーウィンドウに映った影に目を留めた。
思わず振り返る。そうせずにはいられぬほど、それは『異様』だったのだ。
(何やアレ・・・)
思わず目をこする。瞬きしてもう一度その背中を追って見る。
なんだ、今のモノは。
(人で無いなら無いで、・・・そういう気配があっても、良いもんやけどな・・)
『人ではない』つまりは自分達と同じ類の者。異世界の者。
それならそれで、何かそう言った気配を身にまとっていても良い筈だ。だが今の背中は、それすらはっきりしない。
変だ。なんとも、奇妙な。
「でも・・・、」
ショーウィンドーから身を離すと、億人はその背を追った。大通りから小道へと折れる。少しずつ人通りが少なくなる。無駄に明るかった街灯も、段々とその数を減らして行く。
更。
だが、奧人は追うのを止めなかった。
どうにも、気になって仕方なかったからだ。
もし、その本性が人でないのなら、何かしらこの世でない世界と繋がっているのでは無いか。だとしたら、そのルートから、自分が地獄へ戻る方法とて、分かるかもしれないではないか。
だから。
・・・もし見つかりそうになったら、魔力を使ってごまかせばいい。
思いながら、億人はその後を追いかけたのだった。


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来生・億人 様

初めまして KCOと申します。
この度は、ご依頼ありがとうございました。
また、納品がぎりぎりになってしまって、申し訳ありません。

なお、
億人様のキャラクター付けは、
ちょっと情けない部分を表に押し出しているような
行動パターンを取らせていただいてます。
泣き虫、という性格設定がありましたので、
そういう部分も加味しつつ、書かせていただきました。


それではこれにて。
どうか、気に入っていただける事を、祈りつつ

PCシチュエーションノベル(シングル) -
KCO クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月27日

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