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『夜明けの刻 』
桐生・暁4782



◇ ◇


 夕日が教室の中を淡く染め上げる。
 桐生 暁は、その中でごく親しい友達としゃべっていた。
 何の事は無い日常の話で・・・普段通り、馬鹿な話になったり・・・ふと気がつけばいつの間にか初恋の話になっており、1人の男子生徒が恥ずかしそうに思い出を語っていた。
 「お前、初恋中1??」
 暁の言葉にコクンと頷き、鞄の中から大事そうに1枚の写真を取り出す。
 旅行先で出会った女の子だと言って―――
 大事に胸に抱くその写真を見せようとしない彼に、ニヤリと不敵な笑みを見せると、他の生徒と顔を見合わせた。
 「取り押さえろっ!」
 わぁっと、もみくちゃにして・・・暁が、ペラリとその写真を取った。


 ―――瞬間、目に飛び込んで来たのは・・・・・・



◆ ◆


 感情の浮かばない顔は、人形のようだった。
 何を話しても、ただ虚ろに返事をするだけ。
 親の話をする時“ダけ”浮かぶ笑顔が、暁が人形ではなく感情を持った1人の“人”だと言う事を垣間見させる。
 ・・・笑えば、父さんが笑い返してくれるんじゃないかと、何処かで思っていたんだ。
 引き取られた先の家で、暁の感情はほとんど壊れかけていた。
 勿論、引き取り先の家で酷い待遇を受けていたわけでは決してない。
 それどころか・・・養父は優しかった。
 笑えなくなってしまった暁に『必要な時笑えなくなったらどうするんだ』と優しく言ってくれたのも、養父だった。
 そう・・・暁には“笑顔”は必要なのだ。
 ―――母さんとの約束・・・それを守るためには・・・。
 それなのに、何も考えられない。
 考えようとすれば浮かぶ、父の最期。
 はらはらと舞う雪に滲む、真っ赤な鮮血。
 消え行く温もりも、溶け行く父の存在も・・・目を瞑れば今でも、目の前で・・・。
 ただ、両親の事を言われれば、暁は微笑んだ。
 それは・・・感情から来るものではなかった。
 だって、自分でも微笑んでいるなんて思ってないから―――その笑顔は、ただの反射。
 目の前にボールが来れば避けるのと同じ、ただの現象でしかなかった・・・。


◇ ◇


 一向に感情の宿る気配のない暁を思ってか、養父がある日暁を外へと連れ出した。
 夜明け前、薄暗い空に浮かぶは月と星。
 月の輝きはあまりにも明るくて・・・養父に手を引かれながら、ずっと空を見ていた。
 小高い丘の上、景色の良いその場所に着いた時は、夜の明けるまさに瞬間だった。
 丘の上には1組の家族が写真を撮ろうと並んでいた。
 暁と同じ年頃の男の子がおり・・・暁と目が合うと、怖がるように母親の陰に隠れた。
 空が白み始める。
 暗かった夜が明け、明るい朝が到来する・・・・・・・。
 右手に握った養父の手に、1回だけ力がこもった。
 視線を空から養父へと移す・・・・・。
 ―――暁・・・お母さんが、どうして“暁”と名づけたか、知ってるか?
 『・・・しらない。』
 ―――そうか・・・。昔、お母さんと一緒にこうやって夜明けを見に行った事があるんだ。


   ザァっと風が吹き、髪を揺らす。
   まだ夜の香りを含んでいる風が、段々と朝の香りを含み始める。
   夜が明ける。
   暁の空が、目の前に広がる・・・そして、彼女は言った。

    “ 暁が鮮やかで、泣きたくなる程に幸せで―――――― ”


 地平から、太陽の欠片が見える。
 段々と広がって行く光に、目の前にいた家族がこちらに向かって手を振った。
 一緒に写真を撮りませんか?の言葉に、養父が快く応じ、暁の手を引っ張る。
 心の中に広がる、不思議な感情。
 母の心を奮わせた、その瞬間の名を付けてくれた―――
 嬉しくて・・・それなのに、何故か胸が締め付けられて・・・・・・・。
 『こんな時、どうすればいいの・・・。』
 ポツリと零れた言葉に、養父が優しい瞳で暁を見下ろした。
 ―――こう言う時の為に、笑顔はあるんだ。
 ・・・笑顔・・・。
 わきあがる感情は、何か混ざり合ったような、くすぐったいものだった。
 それじゃぁ、写真撮りますよ〜?良いですか・・・??
 そんな声を遠くに聞きながら、暁はふわりと微笑んだ。
 はい、チーズ・・・パシャ・・・。


 あの日以来の初めての笑顔は、知らない家族と共に・・・暁をバックにしてのものだった・・・。



◆ ◆


 「・・・つーか、これ・・・俺な?」
 手に持った写真をヒラヒラと振りながら、ペイっと男子生徒に返す。
 「え・・・!?」
 「え!?じゃなくって・・・コレ俺だって。よーく見てみ?」
 手に持った写真と、暁とを見比べる。
 何度も何度も・・・
 「た・・・確かに、似てなくも無いけど・・・」
 「似てる似てないじゃなくって、本人だってば。」
 そう言って、盛大な溜息をつき・・・ニヤリと微笑んだ。
 「確かに、あの頃の俺なら女の子に見えないことも無いケド・・・お前、まぬけー。俺なんかが初恋ってマジウケるっ!」
 ゲラゲラと笑う暁に、苦々しい表情を向ける男子生徒。
 そりゃそうだ。初恋の相手が目の前にいて・・・しかも、男なのだから。
 「るっさいなー。」
 照れたような、ふてくされたような、そんな赤い顔を見ながら、暁はふわりと穏やかな笑顔を浮かべた。
 「や、でも・・・ありがと。」
 「何がだよ。」
 「・・・俺なんかを、好きでいてくれて。」
 少し寂しそうな微笑に、真横にいた生徒が暁目掛けてタックルを繰り出す。
 「俺は暁の事、今でも好きだぞー!愛してる〜!あきちゃん、俺のお嫁さんになって〜☆」
 「って、俺がお嫁さん!?」
 「だぁって。女の子に間違われてたんだぞ?俺なんて生まれてこの方1度も女の子に間違われた事なんてないもんね〜。」
 「・・・自慢かそれ?」
 「金髪タテロールにしましょうねぇ〜!あ・き・ちゃん☆」
 「タテロールかよっ!?」
 そうツッコんで、再び笑って・・・・・・・・。



  ――― ねぇ、母さん・・・俺、笑えてるかな・・・・・・?












          ≪ END ≫



PCシチュエーションノベル(シングル) -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月21日

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