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『愛しきキミよ 』
アヤカ・レイフォード6087)&咎狩・殺(3278)


「あら、もうお終いなのかしら?」
 華奢な少女が、暗い闇の中で小さく笑った。目の前には、何かにはりつけられたように動けない男。
 その男の頬を、すぐに手折れてしまいそうな指でそっとなぞり、爪を立てた。
「ぎっ!?」
「もっと楽しませてよ…そんなすぐにヘバっちゃったら楽しくないわ。ねぇ!?」
 表情が豹変した。それまで冷たい笑みを湛えていた顔に、狂ったような笑みが浮かぶ。
 突き立てられた爪は頬を裂き、深い溝を男に刻む。
「ぎぃぃあぁぁぁぁッ!?」
 痛みに男がのた打ち回る。しかし、体は一切動かせない。
「そうそう、もっと聞かせてよ。豚みたいな悲鳴をッ!!」
 少女――アヤカ・レイフォードは、その光景に恍惚とした笑みを浮かべ、男が動かなくなるまで嬲り続けた――。





* * *



「ホント、くだらないったらないわね」
 動かなくなった男を蹴りつつ、血のついた指を男の服で拭う。少し乾いたそれは、中々取れなかった。
 少し苛立ち混ざりに指を拭く。しかし、中々取れてはくれない。
「あぁもう、ホント役に立たないわね!」
 それは紛れもなくアヤカ自身のせいなのに、そのことは一切彼女の頭の中にはないらしい。

「クスッ…楽しそうね」
 腹が立ち男の首を落としたアヤカの耳に、はっきりと細く高い声が聞こえた。
「…誰?」
 闇の中を睨む。やがて深淵の中に、闇の中でもはっきりと浮かぶ真っ赤な着物が彼女の瞳に飛び込んできた。そして、すぐにそれよりもさらに明るい、明るすぎるが故に病的な白が浮かぶ。
「…女?」
 いや、違う。あれは女なんて歳じゃない。しかし、そこにいるのは紛れもない『女』であると、彼女は思った。
「こんばんは…」
 そして闇の中から、真っ赤な着物に身を包む、すぐにでも手折れそうな少女が現れたのだった。

「…あんた、誰よ」
 じりっと。何故だか分からないが、アヤカは一歩あとずさる。
 目の前にいるのは、どう見ても自分よりも年下の『少女』だ。殺ろうと思えば、恐らくは簡単に事は完遂できるだろう。
 しかし、しかしそれでも、得も知れぬ感覚がアヤカを襲う。それを見て、少女が小さく笑った。

 細い首。女の手ですら、恐らくは簡単に折れてしまうだろう。
 透き通るような白磁の肌。あそこから血を流せば、どれほど美しいだろう。
 未成熟な体。たとえ同性であっても、目を惹かずにはいられない。
 真っ赤な瞳。何処までも深く、昏い瞳は心を捕らえる。

 怖かった。あまりに美しい、目の前の少女が怖かった。
 だから、だから。
「あぁぁぁぁっ!」
 魔力で作り上げた昏い糸で、その柔肌を無残に切裂いたのだ。

 真っ赤な血が飛び散る。少女の体はすぐに四散した。
 その中心で、アヤカは一人荒い息を吐き出す。
(せっかちなのね)
 もう、死んでいるはずなのに。そんな声が、確かに聞こえたような気がした。





* * *



 キュッと、栓を捻りお湯を出す。壁に手を着きながら、アヤカはシャワーを浴びていた。
 何時もなら、殺しをした後は絶頂を覚えるほど興奮するのに、今日は、恐怖の方が勝っていた。
 なんだったんだ、あの『女』はなんだったんだ。
 嫌な感覚に、アヤカの身体が小さく震える。

 ふと、指に残る返り血が目に入ってきた。
 血の赤は、どこまでも昏い紅に似ている。そう、まるであの時の少女の瞳のように。
「――ッッ!」
 思い出した瞬間、アヤカは石鹸をとってそれを神経質に洗い始めた。



 ボフッと、軽い音が部屋に響く。
 シャワーを浴びた後、そのまま体も拭かずにアヤカはベッドに体を預けていた。
 この家には他に誰もいない。自分一人なのだから、何も遠慮はする必要がない。
 いまだに、あの感覚が体から離れてはくれなかった。
 泥のような疲労感。天井を見上げていたアヤカの口から、自然と寝息が漏れ始めた。





* * *



「…ぁ…はっ…!!」
 身体が熱い。まるで芯から燃え盛るように。
 あまりの熱さに、声が声にならず、ただ短い呻き声だけが漏れる。
(何…何なのこれ…!)
 今まで味わったことがあるような、ないような。そんな不思議な感覚。その中で、アヤカはただ喘ぐ。
「クスクスッ…」
 すぐ傍から、小さな笑い声が聞こえた。喘ぐアヤカを眺め、心底楽しんでいるようなその笑い声。
「どうしたの?」
 そっと、アヤカの肩を指がなぞった。その瞬間、
「あぅ!」
 ビクンと、まるで電撃が走ったような感覚に陥る。
 ハァハァと荒い息を吐き、その指の主を探す。そして、そこにあったのは。
「クスッ…」
 どこまでも深く昏い、紅い瞳――。



* * *



 ばっと起き上がる。
「ハァハァ…」
 全身が冷たい。べっとりと、汗に塗れていた。
 周りを見渡す。既に陽は上り、朝特有の静謐な空気が部屋を包んでいた。
「…夢…?」
 呆然と呟く。あまりにリアルな感覚に、夢だとは思えなかったのだ。
 しかし周りには当然誰もおらず、アヤカは一つ頭を振り、シャワーを浴びるためにベッドをおりた。





 幾ら殺すことが好きだと言っても、流石に真昼間からそんなことは出来ない。そんなことをすれば、自分の親を殺してくれた憎い退魔師どもが途端に群がってくるだろうから。
 だから、彼女は時を選ぶ。普段は何でもない学生を演じていれば、自然と世間などというものは騙せるのだ。
 彼女は自分が可愛く、手に入れたい衝動に駆られる存在だということも自覚している。だからそれを武器として、普段人と接するときは猫をかぶる。そうすれば、大体の人間は騙されるから。
 時々馬鹿みたいに鋭いものもいるが、そういうものたちも気付いたときにはもう遅い。彼女はそういう存在だから。
 普段の彼女は人気者だ。その容姿に人当たりのよさ、嫌味のない性格。まさに完璧な美少女を演じているから。
 本性を知るものがいれば、きっと笑うだろう。しかし、そんなものはいない。なぜなら、例外なく殺しているから。

「アヤカさんバイバーイ」
「バイバイ」
 明るく手を振った同じクラスの女子に、アヤカは明るく手を振ってそれを見送った。
 そのままなんでもないように校門をでて、アヤカは歩き始める。



 陽は、少しずつ傾き始めていた。
 黄昏時。誰彼と問わねば、顔も分からぬその時間。
 昏い昏い黄金色の闇。その中から、
「クスッ…普段はあんな感じなのね」
 か細い声が、聞こえた。
「あんた…」
 思わずあとずさる。それもそうだろう、昨日殺したはずの少女が、
「あら、どうしたの? まるで鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして」
 そこで、笑っていたのだから。

「…あんた、人間じゃないのね」
 そこで漸く、アヤカは一つの考えに至る。
 人間なら、あぁなって生きているはずがない。それに、この少女の妖艶なそれは、
「クスクスッ…別にそんなこといいじゃない」
 人間では、ありえない。
 小さく笑う少女に、アヤカの瞳が釘付けになる。それを、頭を振って振り払う。
 昨日から、この少女に出会ってからどうも様子がおかしいのだ。それはアヤカ自身よく理解していた。
「…何なのよあんた…」
 必死にそれを否定するように、アヤカは少女を睨む。憎しみの篭ったその顔に、少女はコロコロと笑い、手に持つ骸人形を一撫でした。
「さぁ、何なのかしら…」
 少女であるはずの声なのに、その声はまるで妖艶な女性のような艶やかさを含む。それが、アヤカを激しく動揺させた。

 心を鷲掴みにされる感覚。体が熱くなる。

 駄目だ、それは駄目だ。その感覚は、自分こそが与えていいもの、そしてそれを摘み取るのも自分だけの特権。
 何処までも我侭で子供なアヤカは、それに怒り狂う。
「生き返るんなら…何度だって殺してやるわ!!」
 魔力が迸る。闇色の糸が舞う。
 しかし、そこに彼女はもういなかった。
 そして、
「ホントせっかちなのね」
 アヤカの細い腕を、何かが掴んでいた。

 何も腕を掴むものはないはずなのに、しかしその両腕を動かすことが出来ない。
「何なのよ…これ…!」
 まるで、そうまるで。何時も自分が、その糸でやっていることと同じような。
 暴れようとして暴れられないアヤカの前に、少女が立つ。
「クスッ…今まで自分がそうされたことはないでしょう?」
 いいながら、その白磁の手がアヤカの頬をなぞる。
「ッ!?」
 夢と同じ、電撃が走ったかのような感覚に、アヤカは一瞬体を強張らせた。
「いいわキミ…とても可愛くて綺麗…気に入ったわ」
 そして、少女は動けないアヤカへと背伸びして、そっと口付けを交わす。
「――ッ!!」
「…乱暴なのね」
 少女が離れる。アヤカにかまれたのか、その唇から一筋の紅い筋を流し。しかし、その笑みが絶えることはなかった。
 自分を睨んだアヤカに、少女はまた小さく笑って、そっとその首筋を触れた。
「いいわ…これから色々と教えてあげる。色々と、ね…」
 そのまま少女は、黄金色の闇に消えていった。同時に、アヤカを縛っていた何かが解ける。
「何なのよ…一体何なのよ…!」
 怒りに身体が震える。
 しかし、アヤカの手は。彼女が撫でた自分の首筋に、そっとあてられていた。





* * *



「ぅあ…っぁ…!!」
 また、全身が燃えるように熱かった。その感覚が、まるで脳髄まで焼ききってしまいそうな。
「あ…あぁ…!!」
 その感覚に、アヤカはただ喘ぐことしか出来ない。いや、この感覚に耐えられるものがいるのだろうか。
 その様子を、傍らで楽しげに眺める少女。やはり、深い笑みは絶やさないまま。
「ぅ…ぁ…!」
 アヤカは、少女に手を伸ばした。
 この感覚を止めてほしい。じゃないと、頭がおかしくなりそうなのだ。
 しかし、その手をそっと払い。少女はアヤカに口付ける。
「ン…ッッ!」
 その瞬間に、感覚がさらに深く、激しくなる。もはや、それには身体が痙攣するしかないほどだった。
 そんなアヤカの耳元を、少女の口がそっと触れた。
「言ったでしょう…色々と教えてあげるって」
 声で震える空気が、耳を揺らす。ただそれだけで、アヤカの体はビクンと跳ねる。
 その小さく可愛い耳をそっと舐め、少女は言葉を続けた。
「キミはまだ何も知らないの。深い深い闇の底を見てきたようだけど…それだけじゃまだ足りない」
 少女の指が首を這い、その感覚にアヤカの瞳から小さく光るものが流れた。
「殺すことだけじゃ駄目なの。それだけじゃ、駄目なの」
「うぁ…ッ!!」
 震えるアヤカなど気にかけず、少女の言葉は続く。
「もっと深い快楽があるのよ。そして昏い愛情も。
 キミが知らないもっともっと深い闇を、私が教えてあげる…」





* * *



「……あぁぁッ!?」
 見えたのは、白い天井だった。何時も、自分が見上げている天井。
 ベッドの中が、寝汗で濡れている。
「…夢、なの…あれが…?」
 息を整えながら、アヤカはそのことを確認していた。



 あれから数日。毎日のように夢を見る。
 夢で味わった感覚の残滓が、体から離れてはくれない。
 それが一体何なのか、アヤカには分からない。
 シャワーを浴びたくらいでは、もう消えなかった。



 学校では、憂鬱な時間が過ぎた。もう、他の生徒の相手をするのも馬鹿らしくなるほどに。
 何なのだろうか。何でこんなに憂鬱なのか。
 彼女自身、全く分からない。



 学校をでて、陽が落ちる。それが、あの日のことを思い出させた。
「……ッ」
 思わず唇を噛む。何を期待しているのだろうか、自分は。
 そんな時、
「こんばんは、アヤカ」
 か細い声が、あの時と同じように聞こえた。
 アヤカの喉が、小さく鳴った。





 熱い、体が熱い。
 これは夢? それとも現実?
 分からない、もう、何も考えられない。
 ただ、感じるのは少女の感覚。そして神経を焼ききりそうな熱。
「クスクスッ…」
 その狂態の中で、少女は一人、小さく笑っていた。





 そうして、アヤカの夢と現の境目が少しずつ、少しずつ壊れていく。
 堕ちていく。そう、堕ちていく。
 何処へ? 分からない。ただ、闇の中だと言うことだけは分かる。
(これが…闇…?)
 もう、アヤカにその感覚に抗う気力は残っていなかった。否、寧ろそれを求めていた。
「アヤ…殺…」
 知らず知らずに、声が漏れた。まるで、愛しい人を呼ぶかのように、その名を呟く。
「クスッ…まだよ。もっともっと、もっと深く堕ちて…」
 少女――咎狩殺は、その様を楽しげに見つめていた。

 夢は、終わらない――。





<END>
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2006年02月21日

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