▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『UNCHAINED WORD 』
七枷・誠3590


 動くものはいない。深淵の闇が覆いこんだ、日常。
 それは時間を考えれば当然のことで、さらに普段からあまり人が通らない場所なのだから仕方がないというもの。
 その中で、動く影が一つ。
「…追い詰めました、どうしますか?」
 七枷誠の声が、小さく響く。耳元に当てられたヘッドホンから、すぐに返事が返って来た。随分と低い、歳のいった声だった。
 その言葉に誠は小さく頷き、
「何時もどおりにしとめます」
 事も無げに、言った。それが、日常。





* * *



 17歳というまだまだ若い彼は、人当たりもいいのでそれなりにいい人だという認識で通っている。
 しかし、そんな彼にも他人には中々言えない裏がある。

 言霊師。それが彼の裏での顔。

 元来、この世界で師匠を持たず成り上がっていくものは非常に少ない。
 自分から『それ』を作り出すことは相当の才能と努力がないと困難であるし、他人の知識を得るのは『辿り着く』のに最も手っ取り早い手段であるからだ。
 つまり、それは彼とて例外ではないということ。

 そして、彼の師匠はまた一筋縄ではいかない人物であることも確か。その師匠から、彼は時々『仕事』を頼まれることがある。
 それが、日常だった。
 何時も、師匠からの伝言は必要最小限だけのことを伝えてくるので非常に短い。しかし、それで意味を理解できないわけでもないから、誠も特には何も言わない。
 というよりは、慣れてしまっているから何も思えないのだ。

 準備を整え、時がすぎるのを待つ。そして丑三つ時。彼は行動を開始した。





「…ここか」
 ざっと、風が吹いた。特に変わった様子のない、人気のない路地裏。なんでもない町並みではあるが、それが余計にその光景の寂しさを強調しているようにも思える。
『ここにいる『モノ』を狩れ』
 誠は、師の言葉を思い出していた。
 師が言うには、人の領分であるはずのここに、人ならざる者が現れたという。
 師は、そいつが何をしたのか何も言わなかった。否、言う必要がなかった。
 なぜなら、彼らの人ならざる者を狩る理由はいたって単純だからだ。
『人でないものだから、狩る』
 それが、彼らの鉄の掟。聊か乱暴すぎる行動理念ではあるが、そんなことは問題ではない。
 事実、昔から人とそうでないものの戦いは終わりを見せない。ならば、そういう考え方もありなのだろう。
 その考え方が戦いを生むことも、また事実であるのだが。

 しかし、そんなことはどうでもよく。誠はただ静かにあたりを見渡した。
 気配はない。特に変わった様子もない。誠は静かに言葉を発す。
「姿が見えません」
 すると、耳元からすぐに返事が返って来た。
『命じればよい』
 至極単純な答えに、誠は小さく頷いた。
「…大地よ」
 それが、言霊師たる誠の所以。人の気配は一切ない、彼はそっと大地を触れ、
「今ここにある、我以外の者を縛ることを『命じる』」
 そう、言った。

 その言葉とともに、大地が隆起し、そして何かに絡みつく。現れたのは一人の女の姿。
「…何をしたの?」
「何、姿が見えなかったから出てきてもらっただけだ」
「ありえない…人間には絶対に感知不可能なはずなのに…」
「それが、俺の力だ」
 狼狽する女に、誠は一つだけ答えた。

 あらためて、女の姿を見る。何処からどう見ても女だった。
 しかし、姿を消すなどということが、普通の女に出来るはずがない。それに、きらりと確かに光った口元。
「…吸血鬼か」
 言葉にしてしまえば、いたってメジャーな化物の一つ。しかし、
「だから何よ。人の血を吸ってないやつに一体何の用があるわけ?」
 女は、そんなことを言った。
 確かに、血を吸うから吸血鬼。しかし、だからといって彼女達からすれば、人間の血は絶対に吸わなければならないものというわけでもない。
 精気を吸うならそれが一番手っ取り早いのも事実だが、それは別になくとも生きてはいける。それに、血ならば何も人間に限らずとも問題はないのだ。
 誠はあたりをもう一度見渡す。すると、
「…何かの血か」
 今度は、はっきりと壁に飛び散った血が見えた。そして、それは人間のものではないとすぐに理解できた。
「しょうがないでしょ、いきなり襲われたから殺っちゃったのよ。それにそいつ、自分の快楽のためだけに人間殺してたし。
 生きるために殺すならしょうがないけど、そうじゃない殺しは人間だろうとそうじゃなかろうとご法度よ」
 そういえばと、思い出す。数日前まで続いていた連続殺人事件が、何もなかったかのように終わりを告げていたことを。
 つまり、この吸血鬼はいわば「いい」吸血鬼であるということが言えそうだった。

 聞こえた言葉は、
「どうしますか」
 無機質にヘッドホンへと向かう声。そして、
『言うまでもない。やつは人ではない』
 返ってくる冷たい声。
「分かりました。はじめます」
 そのまま、誠は止まらなかった。



「ちょっ、マジ!? 人の話聞いてなかったわけ!?」
 ざっと、殺気を持って駆け出した誠に、吸血鬼の女は狼狽を隠そうとはしなかった。
「お前は人じゃないだろう」
「あぁもう、そりゃごもっとも…じゃなくて、これだからこの国はいやなのよ、何もしてないのに付け狙うなんて!」
 冷静な言葉が、女をあせらせる。
 誠は、ただ無表情に懐から符を取り出した。そこには、彼が描いた力ある言葉が描かれている。それを見た女の顔が、一気に険しくなった。
「最悪、言霊だけじゃなくて普通に戦うことも出来るわけ!?」
 言うが早いか、彼女の姿が闇へと霧散した。しかし、それよりも先に誠の投げた符が四方の壁へと張り付く。
「世界を封じることを『命じる』」
 その言葉とともに、全てを閉じ込める結界という名の檻が一瞬で完成していた。

「っう…」
 霧へと姿を変えた吸血鬼が、姿を現す。誠を倒さなければ、この結界が解けないという事は理解しているのだ。
「あんまりこっちで問題起こしたくなかったんだけど…あんたが悪いんだから、手加減なしよ!」
 目の色が、文字通り変わった。しかし、それにも誠は動じない。
「もとより、そのつもりだが」
 今の彼は、ただ冷酷に冷静に獲物を狩るものだから。

 女の体が爆ぜた。その動きは、人間では到底追いつくことが出来ない速度へとその体を持っていく。
 しかし、この結界の中は彼の世界、何人たりとも逆らうことは許されない。
「あぁぁっ!」
 女の腕が、誠の命を散らそうと伸びる。しかし、その腕は誠に届くことはなかった。
「なっ…」
 今までそこにいたはずの誠が、いない。そして、
「ぎゃあぁぁ!?」
 彼女の腕が、破裂して消えた。
 振り向けば、いなくなった誠が新しい符を手にしてそこに立っていた。
 幾ら吸血鬼であろうとも、痛いものは痛い。苦しそうに呻きながら、しかし殺されてなるものかと彼女は懸命に動く。
 しかし、
「ぎぁ…!?」
 やはり誠を捕らえることはかなわず、破裂を描かれた符が触れるたびに右足が消え。
「いぎぃ……っ!」
 さらに、左足が吹き飛んだ。

 状況は圧倒的だった。世界の全てを味方にしていると言ってもいい誠と対しては、いかな吸血鬼であろうとこうなることは目に見えていた。
 誠が、女の前に無表情で立つ。はぁはぁと荒い息を吐き出す女を、全く感情の篭っていないまるで人形のような顔で見下ろしていた。
「油断したわねっ!」
 そのままただ歩いてきた誠の全身を、何処からか現れた鎖が拘束した。
「吸血鬼だから、具現化くらいは出来るのよ…さぁ、死にたくないならさっさと結界を解きなさい!」
 一気に逆転をしたと思った女の顔に、笑みが浮かぶ。しかし、それすらも誠は冷たく見ていた。
「ほ、本気で殺すわよ…さっさと解きなさい!」
 全く表情の変わらない誠に、女は小さく恐怖を覚える。人間などよりもはるかに優れているはずの自分が、恐怖を覚えるのだ。
 誠の表情は変わらない。ただ凍りついたように、全く動かない。ただ、汚物を見るような瞳だけが、吸血鬼を見ていた。
「悪いが、俺に縛られる趣味はない」
 漸くその口から発せられた言葉は、さもつまらなさそうな声。
「鎖よ、戒めを解くことを『命じる』」
 力ある言葉によって、彼を拘束していた鎖が一瞬で消え去った。

「…ぁ」
 女が、恐怖で身をよじらせた。逃げ出したくとも、そうすべき足はなく、再生もしない。
 その様子を、やはり無表情で誠は見つめ、そして、
「いい加減消えるか」
 それだけ言って、周辺へと符を落とした。
「な、何をするつ…」
 そこで、女の声は途切れた。変わりに聞こえてきたのは、耳を劈くような轟音。
 落とした符を中心として、業火が上がる。それが、断末魔をあげることすら許さず吸血鬼を消し去っていた。

 しかし、その音は結界のおかげで周辺へと漏れることはなかった。
 結界を作り出していた符を剥ぎ取り、誠は歩き始める。そこには、また何時もと何も変わらない路地裏が広がっていた。
 ふと、鎖に縛られていたときのことを誠は思い出し、小さく笑った。

「悪いな。俺を縛れるのはこの言葉だけだ」





* * *



「終わりました。えぇ、周辺への被害は皆無です」
 最後に短くそう伝え、誠は部屋へと帰っていく。労いの言葉はない。
 しかし、誠はそんなものほしいとも思っていなかった。
 なぜなら、
「言葉は俺を縛るからな…」
 言葉を操るものほど、言葉に縛られる。なんて矛盾だと、事も無げに呟いて。誠は部屋へと帰っていく。しばらくの平穏と無言を欲するために。





<END>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.