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『cherry-viewing party 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&マリオン・バーガンディ(4164)

 ノックとほぼ同時にモーリス・ラジアルが書斎の扉を開けるのは、珍しい。
「失礼します」
と、一応の声を掛けたものの、次の瞬間には室内に半歩、足を踏み入れてから室内に目的の人物……セレスティ・カーニンガムの他、立場的には同僚であるものの、先輩後輩の間柄を示すように二百五十二歳年下なマリオン・バーガンディの姿を見るにあたって、軽く舌打ちそうになった気分を理性で抑えた。
 玄関から来訪したのであらば主への来訪を察せもしようが、空間の概念を超越する能力者が相手では、判断に甚だ難が生じる。
 その神出鬼没っぷりは、主に水場に出没し易い黒い虫と同じだな、と失礼にも程がある事を思いながら、モーリスは室内に半歩踏み込んだ足を引いた。
「失礼しました」
そのまま扉を閉めようとノブを引く手を止めたのは、書斎の、そして館の主であるセレスティである。
「よろしいですよ、モーリス。急ぎの用事なのでしょう?」
モーリスの普段の行動から察したか、セレスティが目を向けて微笑む。
「どうぞ私におかまいなく」
と、マリオンも勧めるが部屋を退出するつもりはないらしい……先ず主に、報告したかった事項だったのにと正直に思いながら、セレスティに促されてモーリスは渋々と部屋に入り込んだ。
「聞きましょう」
報告を受ける体勢に重厚なデスクに肘を置いて、セレスティは細い指を組み合わせた。
 万全の体勢を整えられても、実の所は其処までの用事でない気がする。
 事によってはマリオンの存在を弁えずに、その程度の事で部屋に飛び込んだのを咎められるかも知れないが、その場合の不興は覚悟しようと無言の下に決を下し、モーリスは正面からセレスティを見た。
「邸内の桜が漸く花芽をつけまして。今年は花見が出来るかと」
簡潔なモーリスの言を聞くや否や、セレスティはそれは嬉しそうに破顔した。
「そうですか、漸く……。長かったですねぇ……かれこれ、十年は経ちますか?」
「植え替えたのは先一昨年です」
感慨深げなセレスティの回想を一蹴するモーリス。
 長く生きていると時間の感覚がね、などとよく解らない言い訳をするセレスティに、思わず痴呆の徴候がないか問診をしそうになる、職務熱心なモーリスである。
 その二人の遣り取りに、マリオンがきょとんと目を丸くして問うた。
「邸に……桜なんてありましたか?」
「ありますよ、一本だけですが」
セレスティに即答されて尚、マリオンが自信なげなのも最もだ。
 桜の印象が最も強いのはやはり春。蕾を宿し、花開き。散り際の儚さまでを人の心に焼き付けて後は、次の花の為に緑を繁らせて他の木々に紛れてしまう。
 その桜は、邸内に移されてから一度も花をつけた事がない。
 桜の移植は容易ではないのだ。
 こと、一般的な染井吉野は全て一つの木を接ぎ木で増やしたクローンのようなものだ……明治時代に突如として発祥し、種から発芽する事さえない生殖能力にも欠ける特異な木。
 更には表皮に傷がついただけでも、其処から容易に細菌に冒されて朽ちてしまう危険が高い。
 それは移植の難しさに繋がり、根ざした其処を終の地と定めねばならぬのは既に不文律だった。
 それを敢えて為そうとしたのは、全くの偶然である。
 三年前、モーリスが一人、所用で車で移動していた折。
 運転席から見える景色、道の向こうに続く白壁の塀の内側から枝を張りだした満開の桜が震えるように、花弁を零したのだ。
 花はまだ五分咲、散るには早い。
 咄嗟、路肩に駐車して壁の向こうに回ってみれば、今当に日本家屋の解体作業中であったのだ。
 その振動、と言って質えばそれまでだろうが、その桜の見事な枝振りにその場で樹のみを譲り受けたいと交渉するに及んだ次第である。
 その場を預かっていたのは解体業者、彼から土地の持ち主を聞き出し、更地にしてから競売にかける予定を聞き出し……冬、桜の移植に最も適した時期まで伐採を待つよう約束を取り付けた労は並大抵の情熱ではない、と交渉相手は妙に感慨深げだったが、手入れをすれば綺麗に咲くだろう、とモーリスの動機はただそれだけだ。
 邸内で綺麗な花が咲けば。セレスティが喜ぶだろうと。
 そんな顛末に、染井吉野の古木を敷地内に植えさせて欲しいと、モーリスがセレスティに願い出たを知らぬマリオンにとっては、桜の存在自体が初耳以外の何者でもない。
「今年は庭で花見が出来るのですね。ご苦労様でした、モーリス。世話は大変でしたでしょうに」
満足げな仕草で指を組み替え、労いの言葉をかけるセレスティに、モーリスは内心、胸を撫で下ろす。
「定着さえしてくれれば、後に難はありません。今年からは毎年花が楽しめますよ」
優秀な庭師が請け負うに、それこそ花のようにセレスティが微笑む。
「それはいいですね……今年が記念すべき初お花見ですか」
ふと、思いついた風情でセレスティが提案した。
「如何でしょう。ならば桜の美しさが最も映えるという夜桜見物と洒落込みませんか」
名案、とばかりに手を打つ、セレスティの問いかけは、その場二人に向けての物。
「私もよろしいのですか?」
「マリオンも一緒ですか?」
主の為に丹精した花ならば、先ず彼一人に堪能して貰いたいと……根を掘り出すから細心の注意を払って極力手作業で、クレーンでの移動もわざわざ深夜に行って、人力を割いての作業の苦労も大きかっただけに、モーリスはこればかりは余人の介在を不満に思う。
「私の目はこれですから」
南の鮮やかな海を思わせる瞳を、閉じた瞼の上から押さえてセレスティは微笑んだ。
 海に住まう人魚の性、視界の重要性を欠くに他の感覚器官は優れても、明瞭な視界を持たぬセレスティである……その欠落を動作で示して続ける。
「花を感じ取る事は出来ますが、視覚で楽しむ者も居ないとモーリスの労が半減するようではないですか」
感覚で花の存在を樹の大きさを、それこそ色や形まで判じる事は出来るが、目を持つ者に見せる為に、特化した進化を遂げた花ならば、尚のこと。
「やはり花は、目で愛でないと」
巧い事を言いましたね、私今。と一人日本語の妙に受けるセレスティだが、それは俗に所謂おっさんギャグ、とモーリスとマリオンは思っても口には出さなかった。


 そうして、ある春の気配の色濃い夕刻。
 藍色に煙り始めた空と、予めモーリスから通達されていた時刻にそろそろ頃合いかと、たまたま休日であった約束の日の夕刻、邸を訪れたマリオンを出迎えたのは、明々と燃え盛る篝火であった。
「花見は日本の文化ですから、こちらの方がより風情があるでしょう」
車椅子に座すに低い位置から楽しげに見上げるセレスティに発案は彼と知れる……花に燃え移りはしないかという危惧はあるが、モーリスが桜の樹下に被毛氈を引いて黙々と宴席を整えるのに、問題はないのだろうと勝手に判じる。
 あった所で、同席するのは水霊使い。被害が甚大になろう筈もない。
 先輩に一人立ち働かせては、とマリオンは作業に加わろうとしたが、それをセレスティが押し止めた。
「マリオン、今日のキミは来賓ですよ。席が整うまでは花でも愛でて、待っていて下さい」
示されて見上げれば、欠け始めた月と咲き切らぬ桜。何とも叙情的な組み合わせの妙に、それは美しい春の宵だ。
「ロマンティックですねぇ……」
それだけでもう満足の息を吐くマリオンに、セレスティも深く頷いて同意した。
「えぇ、ロマンティックです」
春に浮かされたように、ぼぅっと花を見上げる二人に、こちらは冷静な声が掛かる。
「男三人でロマンティックですか」
別にモーリスは異性愛者ではないが、ロマンを求めるのは恋人限定とドライな感覚を有している為、二人の感性に同意出来ない。
「いいじゃないですか。美しい季節の花を愛でる、芸術の根源は当に其処にあると言ってもいいのですよ?」
職業柄、芸術に大して並々ならぬ情熱を持つマリオンの、頬を膨らませての抗議に、モーリスははいはいと口先で軽くいなした。
「そんな事はどうでもいいですから。二人とも席について頂けますか」
そんな事、と称されて憤慨しかけるマリオンだが、モーリスの示す席とやらに目を移すと、途端に顔を輝かせた。
 緋毛氈に並べられた、藍と茜の座布団が一つずつ、その前に添えられた膳には漆の艶やかな半円の盆が置かれ、その上には日本文化の遂、和菓子が燦然と盛られていた。
「!!」
甘い物をこよなく愛するマリオンは、思わず感嘆符のみに感想を省略してしまう。
 車椅子から移動するセレスティに手を貸しながらも、視線は盆の上に注がれている。
 桃色、朱色、緑色……桜をモチーフにした和菓子ばかりが並んでいるのは一目でわかる。食べる俳句と呼ばれるだけに、同じ季節の花を題材にした物でも多種多様だ。
 生菓子、干菓子、半生菓子。野点の風情を出す為、和の様式に拘って整えたが、本来茶を楽しむ席であれば饗される和菓子の数に眉を顰められるは必至である、が所詮は気心の知れた内輪での花見の席。楽しむのが先に立って、そう形式に拘らずとも良い。
「これは素晴らしいですね、モーリス」
ロマンティックと謳ってみても、どうせ直ぐに色気より食い気に流れるだろうと、シビアにあたりをつけていたモーリスの予想に違わず、甘味を好む来賓達は膳だけで既に満足の臨界点を越えている。
「けれど、一番大切な物が欠けてはいませんか?」
 膳の上に掌を翳し、感覚で揃えた和菓子の一つ一つを検分していたセレスティの……要望に、モーリスはもう一つ、脇に据えていか複数の重箱の内の一つをドン、と前に置いた。
「ぬかりはありません」
それこそ当に、花見に欠かせぬ一品。
 花より団子、それである。
 しかも花見団子だけでなく、みたらしから胡麻からこちらも各種が揃い踏んでいた。
 マリオンが感動のあまり、声にならない悲鳴をあげて突っ伏しても、それは仕方のない事だろう。


「今日はどうもご馳走様でしたー」
腹くちくなれば目の皮弛む、の言葉通り、最年少のマリオン(でも二百七十五歳)が眠気に目を擦りながら辞意を告げる。
「お粗末様でした」
と、篝火こそ手配したものの実際にご馳走した訳ではないセレスティが何故か答えるのにも疑問を持たず、邸に向かって心持ちふらつきながら歩いていく。
 何故、正門に向かわないのかと言えば、そこらの適当な扉でも使って、空間を直接自宅の寝室に繋ぐつもりなのだろう。
 移動時間の短縮所ではない、通勤に苦労する皆様が垂涎ものの特技である。
 その後ろ姿が、未だ燃え盛る篝火の光の領域から消えるに、セレスティはマリオンの膳を片付けていたモーリスに向き直る事なく声をかけた。
「……で」
含みのある声色に、モーリスが素知らぬ様子で答える。
「はい、何でしょうか?」
解っているのなら聞くな、という空気と、解っているから早く出せという空気とが、相俟って渦を巻く。
「意地悪ですね、今日のモーリスは」
「セレスティ様こそ。私の気持ちは解ってらっしゃる癖に」
モーリスは背に何かを隠し持ち、そしてセレスティはずりずりと毛氈の上を移動して、車椅子のクッションの下に手を入れる。
「いっせーのーで!」
子供のような掛声と共に、両者が付きだしたのは共に……とっておきの酒である。
 セレスティは財力に任せての上級品、モーリスは安価だがレアな一品。どちらも辛味とアルコール濃度の強さに定評があり、菓子には合わせようのない、酒飲みの為に造られたような一品だ。
 計らずとも通じ合った意、因みに事前の打ち合わせはない為、共謀してマリオンをはぎれっ子にした訳ではない。
「ここからは大人の時間ですからね」
御年七百二十五歳の総帥は、酒瓶と一緒に隠してあったグラスを二客、取り出しながら微笑みを浮かべる。
「お子様には刺激が強すぎますから」
五百二十七歳の齢を感じさせぬ軽やかさで、モーリスは最初の一杯をくいと喉の奥に流し込む。
「今夜は眠らせませんよ?」
挑戦的なセレスティの言に、モーリスも余裕の笑みで答える。
「それはこちらの台詞です」
そのままある意味、至極正しき花見の宴に雪崩れ込んだ二人は深夜、全く同時に潰れ。
 翌朝、急な冷え込みに霜の降りた庭先で使用人に発見されるまで、夢の中で気持ち良く春の宵を堪能していたのは言うまでもない……因みにその際、モーリスだけが風邪を引き込むに至ったのは、人魚という性に寒さには耐性のあったセレスティに軍配が上がったものと思われる。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月20日

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