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『鳴き龍の気紛れよ 』
玲・焔麒6169

 そこかしこに紫煙の漂う店内。いや、今や小美術館とも言えるような古いアンティーク人形に絵画、ただの石ころのような物から薬のような物まである、それら一つがここに来る誰かを自らの持ち主として相応しいかどうか見定めるように置かれた場所、アンティークショップ・レン。
「ふう、そろそろ来る頃かね?」
 きつい印象を与えるが朱の色気を思わせる強さを持った唇の端を上げた女性、碧摩・蓮は口にくわえた煙管の灰を落としてはまた火をつける。そこから出る煙は決して商品の害悪にならぬよう、寧ろ古びたモノ達の声にならぬ声を静ませる子守唄のように店の中をふわふわと漂い入り口である扉の前を行き、硝子製のそこに映る人影を曇らせた。

「こんにちは、入りますよ? 蓮さん」

 透き通るような音色と澄んだ声だがどことなく力を持ったそれは男性の物で、律儀にもそう断ってから扉に手をかける音がする。
「ああ、注文の品だね?」
 重い扉の音と共に入ってきたのは矢張り青年と言っていい容姿の者で、眩しい程の金色の相貌を隠すかのような眼鏡と海の泡のような長く編んだ青銀の髪、白い肌に同じ白の中華服の似合う玲・焔麒(れい・えんき)であった。
「その顔ですと私が来るのを予測されておりましたね? もしそうなら扉くらい開けておいて下さっても宜しいでしょう?」
 ちらりと入り口の扉を見てため息をつく。
 このアンティークショップ、必要な者以外なかなか辿り着く事が出来ない場所としても有名であり、見つけられぬ事はないがせめて、注文の品を届けに来た焔麒の為の気遣いは欲しいところではある。
「ああ、なんとなくはね」
 悪態を逃れるように苦笑する蓮は目の前の青年を凝視した。そう、焔麒の存在感は例え姿を人にしていても強いものらしい。
 蓮のように『そういった者』や『現象』に詳しい者ならば大抵はこちらに向かっている事を理解する事の出来る天狐という神の気配。それに加えてアンティークショップはいつどこに現れるかわからぬ怪異のような場所ときたものだから焔麒はそれを『開けておいて欲しかった』と言うのだ。

「ご注文の香炉です。 確か…夢も見ずに一晩ぐっすり眠れる香が欲しいのでしたね?」

 言って、長身が大切そうに抱えてきた包みを取って置き中華服と同じ色の包みを開け、壊れないようにと包装されている陶器の箱を開ければ。
「ほう…? これはいいものだね?」
 中には小さいがその中でも眠りを象徴するような模様と蓮の煙管から出る紫煙のような捉えどころのない彫り物が美しく施された香炉が持ち主の顔を見ようとするように焔麒の瞳と同じく黄金に光っている。
「効力は保障致しますよ。 それに安全です」
 悪戯をするように口の端を上げた焔麒はまるで、永眠という意味でぐっすり眠るわけではないから、と言いたげだ。
「当たり前さ。 あんたの腕を見込んで頼んだんだ―――安全なのを、ね」
 続いて蓮も口元から煙管を外し、座っていた椅子に仰け反るようにして笑いを隠す。どうやらしっかりと焔麒の冗談を受け取ったようで、そう言うとお気に入りの物を見つけた時と同じように、箱に収められた香炉を取り出し眺めはじめ、その彫刻一つ一つをどれだけ良い物かと見定めていく。
「それにしても、珍しいですね…」
 そんな中、少し間をおいて眼鏡の下にある切れ長の金を細くして焔麒は蓮を見る。
 元気と言おうか、いつも凛とした態度で店先の物を管理している蓮は自分の持ってきた香炉をなんの異常も無しに見ている。つまり、ぐっすり眠れる物をわざわざ注文してきた人物には思えぬ行動だと焔麒は思うのだ。
「あたしの物じゃあないよ。 まぁ、この位良い物だと自分の物にしたくもなるけどねぇ、ふふ―――…客からの発注さ」
 焔麒の目が自分に向けられ、その考えが読めたかのようにして蓮は言う。
「うちにあった香炉の効き目はもう切れちまっててね。 ちょいとばかり困ってたのさ」
 その間も香炉に視線は注がれたまま、自分が眠れない病に侵されているとでも思われたのだろうと完全に焔麒の心を見たかのような返答。
「すみません、つい詮索するような目で見てしまったようですね」
「いや、いいさ。 それより代金はこれくらいでいいかい?」
 現代では懐かし、蓮や焔麒にとってはまだ現役に近い算盤ではじき出された金額に少しだけ上乗せをと、白い指と切れ長の目を面白そうに上に上げれば店主は少しばかり唸ったが。
「良い物を作ってくれたからね、それでいいだろう」
 負けたよ、とばかりに錆ついたレジ代わりの棚から算盤がはじき出した金額を丁寧に和紙へ包むと焔麒へと手渡す。
「またご贔屓に」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 両者のやり取りはどこか掴めなく、次に焔麒が来た時は香炉や薬の類ではなく別の依頼が頼まれそうな、そんな意味合いまでが蓮の表情には含まれていて。
(全く、人間にしては手ごわい方ですね)
 勿論、力量差がというわけではない。
 ただ今まで何千と生きてきた自分の顔を見ずとも言いたい事や雰囲気を察するその洞察力、人を上手く使い慣れている女性だと面白げに焔麒は邪気無く眉を微笑ませる。

 と、また蓮の店の扉が鳴ろうとして、そして止めたというように静まった。
「おや、また間違って入りそうになった普通の人間が居たのかね?」
 重い鈴のような、錆びた扉のような音は毎回違っていて、いかにこの店が神出鬼没かを表しているようで楽しい。
「面白い場所ですね…」
 都心に現れるそこを必要とする者しか入る事の出来ない店に、神や妖怪の類の心すら読み取ってしまう女店主。それはまるで人間の国というよりは寧ろ自分達のような者の世界のようで、焔麒は人の姿をとりその容姿を引き立てるような中華服をそこかしこにある店の品に絡ませては楽しげに微笑んで見せた。
「あんたも十分に面白い…変わり者だよ」
「おや? 何故ですか?」
 空気が止まった様に、微笑みを疑問とし蓮の方を覗き見る焔麒に彼女は逆に興味があるような、楽しそうな表情で。
「どんな事情があるのかはわからないけど、結局あんただって人の世界に現れちゃあ力を貸す。 関わりだって持ってるじゃあないか」
 女性特有の甘い香りと紫煙のエキゾチックな香りが蓮の動くたびに鼻を掠める。
 そうやって彼女に苦笑され、変わり者と言われても焔麒は悪い気一つしない。
「この界隈はいい…」
 独り言か、それとも蓮の言葉に対する返事か焔麒の声はどこか上の空で、けれどしっかりと聞こえるような、空に見える雲のような響きで店内に広がった。
「へぇ?」
 蓮もその言葉につられる風のように机に身を任せ、どうやっても自分を抜くことの出来ない長身を見上げながら興味深げに聞き入っている。

「楽しいのですよ、貴女のような妖魔や神に近い者すら使ってしまうようなそんな方まで居れば、そういう者達の集まる場所もある」
 ふわり、ふわりと区切りをつけて話す焔麒の声はそこで一旦消えるようにして宙に溶け込んだ。
「使うなんて、失礼だねぇ?」
 斜め上を見上げるようにして言う女性の目はとても魅力的聞こえる。
「本当の事でしょう?」
 なんの悪びれもなく言ってやれば、蓮は当たってはいるが認めてはいない。そんな様子で焔麒の言葉と共に煙管から紫煙の煙を流す。
「―――どちらにせよ」
 流された会話を追う事もせず、焔麒は流れるような青銀の長髪と同じように足元まである中華服をふわりとなびかせながら蓮の近くから去る。
「貴女と同じように私も、趣味なのですよ」
 振り向き言えば蓮は口元に笑みを浮かべ。
「言うじゃないか」
 アンティークショップの入り口である扉に手をかけ少しだけ開ければ外の世界が広がり、店の中に新しい風が入ってきた。
 日々やってくるこうした風のような出来事、発見そして事件に仕事。確かに焔麒のような天狐がする事ではないのかもしれない。けれど蓮とてそれは同じ。アンティークショップも彼女の趣味のようなものでこうなるべきという枠にはまったものではない。

「それでは、お邪魔致しました」
 蓮とお互い微笑ながら挨拶をし、まさにそれは消えるに等しい速さで店のドアをくぐれば、今はもう来るべき所ではないと言うかのようにアンティークショップの扉は消えてしまう。
勿論、望めば今すぐ入る事も出来るであろうが注文の品を届けにきたに過ぎない焔麒にそれは必要なかった。
「全く、面白い世界だ」
 焔麒の元居た場所も、そしてこの人間界も。
 全然似ていないようで似ている場所は沢山ある。
こうして自らの返るべき場所に歩く途中とて常人なら気付かない『何か』が顔を覗かせ、時には常人でも見える程の『ある筈の無い者』が町を闊歩している。
 そんな世界をもっと、まだ眺めるのも良いではないかと焔麒は思う。
 勿論ただ眺めるだけではなく、きっとそういった類に何度も関わってこの先の時を生きるのであろうが、それでも。

(これが私の選んだ生きる道なのですよ)

 アンティークショップで交わした蓮との言葉。それは一つの枠に囚われず生きる趣味であり焔麒の選び、今歩いている道なのだと心だけであの妖艶な女性の面影と会話しながら天狐と呼ばれるも、人の姿をした風変わりな青年は今日も東京の都会の雑踏へと消えていくのであった。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2006年02月20日

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