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『バレンちゃんに逆襲! 』
シェラ・シュヴァルツ2080




「ババババレバレバレンタイ〜ン。グレンタイじゃーなくってバレンタイなの〜」
 能天気で調子外れな歌のような騒音を撒き散らす一人の幼い少女。どこかの早朝アニメ番組のような、ヒラヒラが沢山ついたコスチュームを纏っている。
「漢字で書くと馬連隊〜お馬のかたちのチョコレート〜、きゃはっ」
 少女は時折くるくると舞うようにその場で回り、かと思えばバレリーナのように飛んだりした。
「そんなわたしはバレンタインの使者、バレンちゃん〜。バレンタインを幸せな日にするのがわたしの使命〜。きょおーもどこかーでー、バレンちゃんのステッキがー、ステキに輝くのーよー。ステッキなだけにステキ、なんちゃってキャハっ」
 少女はそれを耳に入れた者が思わず硬直してしまうような寒〜い駄洒落を一人で云って、一人でぐふふと笑った。

 だがそれを咎める人間は誰も居ない。
何故なら少女が騒音を気分良く口ずさみ、飛んだり跳ねたりしているのは、家屋やマンション、ビルが立ち並ぶ遙か上空だったのだから。

 そんな少女は手にした”ステキなステッキ”を、木こりがそうするように肩に担ぎ―…といってもそれ程重そうなものでもないのだが―…今度はハイホー、ハイホー、と上機嫌で空の中を歩いた。
 そうしているうちに少女はそのふざけた動作を止める。
「およっ」と目を丸くし、ステッキを持っていないほうの手を額に当てて、遙か上空から地上を見下ろした。少女のいる場所からは、”それ”は豆粒程度にしか見えないはずなのだが、彼女は望遠鏡のような目を持っているらしく、目敏く”それ”を見つけたのだった。
 額に当てた手を下ろすと、少女はぐふふとニヤつきながら、肩に担いでいたステッキを下ろし、ブンブン、と片手で回す。そしてまるでホームラン予告をするバッターのように、ぴたっとステッキの先端を”それ”に突きつける格好をする。勿論もう片方の手は腰だ。
「バレンちゃん、ターゲットはっけ〜〜んっ」
 少女が嬉しそうに…本当に嬉しそうに、そう声高らかに叫ぶと、どこかの魔法少女が持っているようなステッキの先端が赤く光り、光線が”それ”に向かって発射された。

 ―…その明らかに怪しい光線が発せられたのは、瞬きをする瞬間程度のことで、地上に蠢く人たちの中で誰もその光線に気がついたものはいなかった。
 自らのことをバレンちゃんと称する少女は、光線を発したあと、ステッキの先端をまたくるくると回し、西部のガンマンのようにステッキの先端に、ふっ、と息を吐きつけた。もう片方の手を未だ腰に当てつつ、少女は今までの能天気な表情から一転して遠い目をし、
「折角のバレンタインだ…幸せに過ごしな、坊や」
 と渋く呟いた。



 そして一方、一瞬だけその怪しい光線を受けた”それ”というのは。るんたった、と足取り軽く恋人との待ち合わせに向かう、一人の男性だった。 自分に一条の光線が発射されたことなど夢にも思わないその男性が、待ち合わせ場所である某広場に着くと、その男性の恋人らしき女性が笑顔で彼を出迎えた。
「ごめんね、待たせたかい?」
 ありきたりな受け答えを期待しつつ、彼は恋人に笑顔を向けてそう云った。彼女はきっと、大丈夫私も今来たばかりだから、そんな風に応えてくれるだろう。そうしたら彼女は少しはにかみながら小さな包みを僕に差し出すんだ。―…ごめんなさい、少し形が崩れてしまったんだけど。彼女の台詞はこんな感じかな?大丈夫、僕はそんなこと気にしやしない。僕はあはは、と笑って、気にすんなそれが手作りの証拠だよ。そう返して、その包みを有り難く受け取るんだ。そしたら彼女は嬉しそうに微笑んで、僕の腕に手を絡めてくるだろう。さあ今日は何処へ行こうかな、折角のバレンタインだもの。洒落たイタリアンのお店とか、雑誌で見つけたかわいいカフェとか。ああなんて幸せな一日なんだろう。
 男性はそこまでをわずか1秒で頭の中に描き、そして我に返った。
あれおかしいな、彼女ははじめの、大丈夫私も今来たばかりだから、も云ってないぞ。
そこで初めて、男性は恋人の異変に気がつく。
 普段自分と会うときは嬉しそうに笑っている彼女は、今は顔を真っ青にして手を口に当てていた。男性はまるでホラー映画を見ているような彼女の様子に、思わずポカン、とする。
「ど、どうしたの―…」
 恋人の名を呼ぼうとした瞬間、彼女は目を大きく見開き―――……。




 彼女のつんざくような悲鳴を眼前で受け、思わずくらくらと男性が倒れそうになっている間に、恋人は背を翻してダッシュで逃げていく。男性は薄れゆく意識の中で彼女の後姿を見送りながら、何なんだ一体、と思った。
 男性が倒れそうになっているにも関わらず、道行く通行人は誰一人手を差し伸べようともしない。…否、近寄ろうとはしているものの、皆ぎょっとした表情で目を見開いているのだ。男性は彼女の悲鳴から受けた肉体的、精神的なダメージでフラフラになりながらも、思った。
 
 ―…何なんだよ一体、と。
 


 倒れゆく男性の瞳が閉じられる前に、通行人たちは確かに見た。
男性の瞳が、―…通常ならば綺麗な円を描いている黒目が、見事なハート型になっていたのを。



 …バレンちゃんは、きみの街にもやってくるかもしれない。

















その数分後。異様な目をした恋人の姿に悲鳴を上げて逃げてしまい、人知れずショックを受けている女性を発見した者がいた。自分の手作りチョコから逃亡を図った夫を捕まえる途中、偶然通りかかった紅色地獄の番犬こと、シェラ・シュヴァルツである。
「ちょっとお嬢さん?どうしたんだい、真っ青な顔して。折角の可愛らしい顔が台無しじゃないか」
 現代日本においては奇抜と称されるような赤い着物を羽織り、艶のある風貌を持つシェラは、そう言って女性に声をかけた。女性は思わずシェラの見慣れない格好に驚くが、彼女の表情が真に自分を心配しているもののそれだと悟ると、少し安堵して口を開いた。何より今しがた自分の身の上に起こった事件を、誰かに打ち明けたかったのである。
 訥々と語る女性の話に耳を傾け、話が終わるとシェラは、ふぅ、と息を吐いた。そして女性の肩をがしっと掴み、震える瞳をじっと覗き込んで語りかける。
「いいかい、あんた。何で恋人がそんな目になっちまったのかあたしは知らないが、そんなことで壊れちまうほど、あんたらの仲は柔いもんだったのかい?そうじゃないだろう?」
 女性はシェラの言葉に、思わず目を見開く。
「幸いあたしはそういうおかしな事件には慣れてるからね。原因究明と解決はあたしが何とかしたげるよ。でも恋人の心の傷を治してやるのはあんたしかいないんだ、それは分かるね?」
 女性はシェラの力強い言葉に、こくこくと頷く。そんな女性を見てシェラはフッと笑みを零した。
「そんなら問題ないじゃないか。今すぐ戻ってやって、声をかけておあげ。その人はあんたを待ってるはずだよ」

 そして来た道をまた駆け足で戻っていく女性の後姿を見送りながら、シェラは固めた拳をもう片方の手で握った。その顔には、今まで女性に向けていた笑みとはまったく違うそれが浮かんでいる。まるで獰猛な野獣が獲物を発見し、舌なめずりするような。
「さぁて……。丁度いい、あいつの親父愛染め野望電波とやらもキャッチしちまったからねえ。首洗って待っときな、オーマ」
 この事件と件の電波はきっと繋がっているはず。シェラは独特の野生の勘でそう嗅ぎ付け、愛する夫の野望を打ち砕かんと地面を蹴って駆け出した。



 そしてビビビと感じる強い電波をキャッチしながら進むこと数分。暫くもしないうちに、シェラは自分の勘が正しかったことを知る。
「何だいこれは! あいつの仕業だね、全く」
 街中至ることろに張られている、幼女とその背景に描かれているマッチョなアニキの等身大ポスター。それを発見したシェラは、真っ赤な髪を逆立たんばかりに眉を吊り上げた。こんなことをするのは、シェラの脳裏の中には一人しかいない。そしてその人物こそ、シェラが現在追いかけている人物だったものだから、彼女の怒りに油を注ぐ羽目になってしまった。
「最近は子を狙う犯罪も多いんだよ! こんなことしたら、どこかでこの可愛らしい子を獲物にしちまう輩がでるかもしれないじゃないか、そういうことを全く分かってないね、あいつは」
 シェラはぷりぷり怒りながら、その等身大ポスターをべりべりと剥がしていく。だがその剥がしていく段階で、ふとシェラはあることに気がついた。この街中に張られたポスターを再利用できないものか、と。
「……ふぅん……」
 シェラは手を腰にあて、今しがた剥がそうとした商店の壁に許可なく張られているポスターをじろじろと眺めてみた。大きさは手ごろ、そして裏面は何も書かれていないらしい。ならば、と考えるより行動するほうが早く、シェラは担いでいる大鎌を使用し、器用に剥がしたあと裏返して張りなおした。そして此処からが本番である。
「犯罪の芽を育ちまったかもしれないんだからねえ、あいつにはちょっとばかし反省してもらわないとねえ?」
 シェラは何やら作業を行いながら、くっくっ、と笑ってそんな物騒なことを呟く。
そしてシェラが悠々と立ち去ったあと、マッスル幼女ポスターは見るも無残な有様になっていた。
それ即ち、“マッスル親父を見たら紅色まで! 桃色親父地獄絵図は紅色にお任せ”。
何故かシェラが張り替えたそのポスターを見たものは、知らず知らずのうちにオーマ狩りの衝動が走ってしまったという。



 そして次にシェラが向かったのは、東京名所のひとつである東京タワーである。通行人から聞きだしたところによると、マッチョな姿をした透き通った物体が、此方にやってきたという。マッチョな霊魂というだけで、シェラにはその原因が分かった。
「全く、こんなとこまで来るなんて。…といいつつ、あたしも興味がないわけじゃなかったんだよねえ」
 くっくっ、と笑いながらシェラは東京タワーの中にある売店に足を運ぶ。異様な服を身に纏い、常人ではないオーラを放ち、さらには肩には巨大な鎌を担いでいる美女が突如現れ、その場は騒然となる。だが豪気なシェラはそんなことは意に介せず、売店を興味深そうに覗いてみた。次の瞬間、思わず引きつるシェラの形の良い眉。
「…何だいこれは! こんなとこまで、腹黒に汚染する気かい!?」
 シェラはそう叫んで、ちゃっかり売店の商品に紛れ込んでいた“腹黒商店”マークの入ったブツを回収しはじめる。突然品物を回収しはじめたシェラに驚き、売店の店員は慌てて止めに入った。だがシェラは慌てず、自分が今しがた回収したブツを店員につきつけ、
「これはあんたンとこの品物かい? 違うだろう? 手違いで紛れこんじまってね、回収してんのさ。邪魔しないどくれ」
 この紅色の美女にそう啖呵をきられては、反論できるものなど此処にいるはずもなく。
どうぞお好きにやってください、とそういわれ、シェラは意気揚々と腹黒商店印の品物を見事に回収し終わったのだった。
 そしてやれやれ、と達成感を感じたあと、シェラはポン、と手を叩く。
「お邪魔したね、気にせず商売続けてくんな。ああそれとね、ちょいとここにも置かしてもらうよ」
 やはり大鎌を背負った美女のいうことに逆らえるはずもなく。シェラが差し出したそれを、店員は有難く頂くことにした。やはり大鎌は怖いのである。
「オーマってやつをね、探してんのさ。あたしの狩りが無事終了するようにね、願掛けさせてもらったよ」
 そういい残し、シェラは堂々と大股でその場を去っていった。
あとには店員の手に残されたオーマ狩り祈願の札だけが残り、それを握る店員は、何者かは知らないがそのオーマとやらは災難だな、と思った。



「おや、バーゲンもやってんのかい。どこの世界でも一緒だねえ、こういうもんは」
 途中で見かけた熱気の漂うバーゲン会場。そこら中に垂れ下がった“ただいまバーゲンセール中!”の垂れ幕に、女として、また家庭を預かる主婦としてのシェラの血が沸き踊る。違う世界とはいえ、無視して通ることが出来るほど、シェラは女を捨てているわけではない、ということだ。
「お、こりゃあ結構いいじゃないか。まだまだ寒いしね、サモンにこんなセーター着せてやったら似合うだろうねえ」
 そんな独り言をいいながら、ワゴンの中から暖かそうなセーターを引っ張り出す。と思いきや、同じセーターの裾を引っ張られる感覚がして、む?と眉を顰めてみると同じ獲物を狙う奥様がそこにいた。あたしに張り合おうってのかい?と心の中で闘志を燃やし、キッとその奥様を睨みつけるシェラ。だが敵の奥様も然るもので、暫しにらみ合いが続いた。シェラの腕力で無理やり奪い取ってしまうのも手だったが、そんなことをしたら肝心のセーターが破けてしまいかねない。そうすると結果的に、愛する娘にセーターをプレゼントすることが出来ない。むむむ、と思いつつ睨み合う事数分、結局シェラの背後に立つ紅色のオーラに気合負けし、奥様のセーターの裾を握る力が緩むのを悟った次の瞬間、シェラが競り勝った。
(ふふ、あたしに勝とうなんざ数千年早いんだよ)
 勝ち誇ったシェラに適うものはおらず、それから暫く経ったあと、大量の衣類を抱えレジ前に立つシェラの姿があった。
その大量の衣類にレジの店員は目を丸くしたが、気を取り直して営業スマイルでシェラに問う。
「お客様、カードでしょうか、現金でしょうか」
「カード?」
 シェラは店員の言葉に、思わず首を傾げる。はてカードとは何のカードのことだろうか。まあいいや、と懐から財布を取り出し、ばらばらと中身をぶちまける。
「よく分からないからね、この中から適当に取ってくれるかい?」
 そのシェラの言葉に、店員はレジの机の上にぶちまけられた見たこともない硬貨を見る。そしておずおずと言った。
「……お客様、申し訳ありませんが、当店では日本円しか扱っておりません」
「……ニホンエン?」
 シェラは店員の言葉をオウム返しにし、そしてハッと気がついた。
(……そういえば、ここは異国じゃないか…! どうかしてるよあたしは!)
 それに気づいたシェラは、もはや長居は出来ぬと先ほど自分がぶちまけたソーンの硬貨を財布の中に冷静に戻す。そして財布を懐に仕舞いなおしたあと、片腕を上げ、
「…邪魔したね。このバーゲンの空気ってやつも、なかなか楽しませてもらったよ」
「……あ、ありがとうございました」
 結局何も買うことができないまま、きびすを返す紅色。だがその後姿もあくまで威風堂々としたものだったという。













「いたぜ! 俺のマッチョせくしー大胸筋が示すところ、ワル筋幼女はあれだっ」
 腹黒商店街直売アイテム、運命の赤いイロモノ糸を称するものを小指に巻いたオーマが、すぐ隣に見えるビルの屋上を指差して怒鳴った。そんなオーマとロックがいるのは、目標がいるのとは数メートルほどしか離れていない、これまた高層ビルの屋上である。
「ついに見つけたか。…しかし、イロモノ糸というのも役に立つものだな…」
「ふははっ、何せせくしーナマモノのいろんな念が込められてるからなっ。まあそれはともかく、やいやいやいそこのワル筋幼女、てめぇさんは年貢の納め時だ! 覚悟しやがれ!」
 オーマはふんぞり返って、隣のビルの屋上に向かってそう叫ぶ。オーマの傍らにいるロックは、腕組みをしながら冷静にその場を観察していた。すると、む?と唸り声をあげる。
「おい親父。もう一人幼女がいるぞ。複数犯なのか?」
 オーマはロックの問いに、ん?と眉を顰めて屋上のほうを目を凝らして見つめる。数秒間ほどそうしていたかと思うと、オーマは突然奇声をあげた。
「げげっ! あれは…サモン!」
「…サモン?知り合いか?」
 ロックの冷静な問いに、オーマは叫び返す。
「俺のかわいい愛娘だ! おいサモン、ワル筋幼女と何してる!まさかお前まで…!」

 父親の人面草と霊魂軍団を何とか撃退したかと思えば、今度は本丸の登場である。サモンはやいのやいのと叫ぶ父親、オーマの姿を確認して、げ、と顔をしかめた。
「どしたのサモン! あの派手派手親父マッチョ、サモンの知り合い?」
「……うちの、馬鹿親父。……バレン、あいつに近寄っちゃだめだよ」
 サモンは短くそう答え、さてどうしたものかと考えた。軍団はもう撃破したし、あとは父親のみ。だがオーマと一緒に、サモンの見覚えのない、キャップとサングラスで顔を隠した男性がいるのが分かった。多分東京での協力者なのだろう。屈強な肉体を持っていることは分かったけれど、あまりあの桃色親父と同類にも見受けられない。ということは、もしかして父親はまともな理由で動いているのだろうか…?
 サモンがそう考えを巡らせていたのは命取りだったようで、傍らのバレンはオーマたちを敵だと認識したらしい。
「ううーん、じゃあとりあえずっ。バレンちゃんの愛を受けてみれーっ!」
 そう叫び、サモンが止める間もなくステッキから光線を放った。

「むむっ」
「…来るぞ!」
 バレンが叫んだのがオーマたちにも伝わり、二人は身構えた。間もなく光線がこちらに向かって放たれるだろう。
ロックはそう考え、一瞬だが、サングラスの奥であってもあのハート型の目は適わん…と思った。だって、ハート型なのである。漫画の主人公のように、黒目がハート型になっている兵士など、様にならないではないか。あーあ、いやなものに首を突っ込んでしまった…、と一瞬の間にそこまで思うと、光線が自分の隣を突き抜けるのを感じた。
「……!? オーマ!」
 自分の隣ってことは、つまりはオーマだ。あー自分じゃなくてよかった、そう思いながら一時の戦友の状態を伺った。だが次の瞬間、ロックはあんぐり、と口を開けた。目の前で信じられないことが起こったのだ。
「むん!」
 光線を放たれたオーマが気合を入れて大胸筋に力を込めると、光線はカキン、とその大胸筋を反射して明後日の方向に消えていった。それだけではなく、光線を受けた部分の服がぱぁっと光り、その光が収まると立派なマッチョアニキの刺繍が描かれているではないか。うわあ…、とロックは引きそうになったが、明日の聖筋界を背負うと豪語する筋肉愛親父、オーマの勢いはそれだけではとまらない。
「ふははは! ワル筋幼女よ、俺とマッスルせくしー勝負で勝てるとでも思ったか!? いでよ、薔薇アニキふぁんしーラブ筋ステッキいぃぃっ!!」
「えええええっ!!? ちょ、ま、反則だよぉっ! ねえ何あれキモいよサモンんっ! あれホントにサモンの親父なの!? 変態だよ!?」
 自分の光線が大胸筋によって防がれ、しかも何故か服にアニキ刺繍が施されちゃって、あまつさえ防いだ当人の手には薔薇色に光り輝くやたらごてごてと可愛らしいステッキが握られている。勿論、その上部にはボディビルダーのポーズをしたマッチョ兄貴の像がくっついていることは言わずもがな。
 自分の立場も忘れ思わずサモンに泣きつくバレンを、サモンは肩をぽんぽん、と叩き、あくまで冷静に宥めた。
「……ごめん。あれでも、実の父親なんだ…」
 そのサモンの諦めきったような言葉が、バレンに引導を渡す言葉となったようで。
すっかりボルテージがあがりきっているオーマを止める手立ては最早無く、ふはははは、と低い笑い声を響かせながら、薔薇色のパワーをステッキの上部、マッスルアニキの像に溜めているオーマ。あれが発射されたら何が起こるか誰にもわからないが、とりあえずただ事では済まなさそうだ。
 そんな父親の妙なやる気を悟ったサモンは、一瞬、バレンを連れて逃げようかと思った。だがそのすぐあとに、その考えは打ち消された。
「……!」
 彼女の視界の中、オーマたちの後方に、見慣れた紅色が見えたからである。
「……バレン、もう大丈夫だよ」
「へ?」
 バレンが腑抜けたような声をだし首を傾げると、サモンは黙って前方を指差した。と同時に、ゴキッという大きな音があたりに響いた。





「〜〜〜……っ!!」
 オーマたちがいる屋上では。
ロックは突然現れた紅色に目を見張り、オーマは今しがた大鎌の柄でぶん殴られた後頭部を、両手で庇ってもんどりうっていた。そんなオーマからは時折苦悶のうめき声が漏れる。
「……何者だ、あんた」
 凄腕の兵士である自分にも、只者ではない筋肉親父であるオーマにも、全く気配を感じさせないまま背後に忍び寄り、オーマの後頭部を鎌の柄でぶん殴った人物。勿論、オーマの妻であり、サモンの母であり、そして地獄の番犬という異名を持つシェラである。
 シェラは大鎌を担いで、ふん、と屋上の床でもんどりうっている夫を見下ろした。
「まぁた何か企んでると思ってあとをつけてきてみりゃあ…あんた、今度は幼女虐待かい!? いい加減にしな、犯罪の芽を育てるどころかあんたが犯罪じゃないか! くぬっ、くぬっ」
 シェラは眉を吊り上げ怒りを露にし、夫をげしげしと蹴りつける。その容赦ない有様に、さすがのロックも血の気が引く思いだった。いやほんと、女性って怖いです。
「……何者かは知らんが…そのあたりにしておいたらどうだ。そこの親父も悪気があったわけじゃないんだし」
 ロックがそう口を挟むと、シェラはようやくロックの存在に気づいたようで、キッと彼のほうを睨んだ。そしてにぃっと笑う。
「兄さん、あんたオーマのお仲間かい? 悪気があろうがなかろうが、こいつは運命なんだよ。黙って見といたほうが身のためだよ? あとあたしはシェラ、紅色のカカア天下とか呼ばれてるよ」
「……なるほど、俺はロックだ。あんたのその異名の理由は何となく分かった」
 そう二人が遅めの自己紹介をしている間も、シェラの足の下では、オーマが助けを求めに呻いていた。
シェラはそんなオーマを足蹴にしたまま、隣の屋上にいるわが子とその友人に向かって声をかける。
「…あんたたち! 見てりゃわかったろ、もう大丈夫さ! 早くこっち降りてきな」
 声をかけられたサモンとバレンは、顔を見合わせた。
「……大丈夫だよ。シェラが出てきたら、もう、ね」
「……そーなの?」
 うん、と頷くサモンに、バレンは隣の屋上を見た。そしてシェラとやらに足蹴にされている筋肉親父を見やる。
「……大丈夫そーだね」





「で、あんたたち。今回のこれは、一体どういうことだい?」
 すっかり落ち着いたあと、一同を尻目にシェラが腕組みをして問いかけた。シェラに詰問されているような気になって、思わずしゅん、としているバレンを庇う様にサモンが口を挟む。
「……シェラ。バレンは悪いことをやろうと思って、やったんじゃないんだよ。ワル筋じゃない」
「ワル筋?」
 わが子の言葉にシェラは一瞬眉を上げ、そして傍らでへたっている夫を見下ろした。
「ああ…なるほどね。確かにその子の様子を見る限り、そんなに悪い子じゃないってのは分かるさ。でもね、何でこういう騒ぎを起こしたかは聞いてもいいだろう?」
「…そうだな、お前にはそれを説明する義務がある」
 シェラ同様、腕組みをしてバレンを見下ろすロック。
そしてサモンに後押しされ、バレンは渋々ながら口を開いた。
「……わたしは、バレンタインの精なの」
「……精?」
 バレンの言葉に首を傾げるシェラ。
「うん。バレンタインを求める人々の心から生まれたの。で、わたしは…もっとみんなが、バレンタインを幸せに過ごせるといいなあって…!そう思ったの、思っただけなんだよ!」
「だが、なぜそれが他人の目をハート型にすることに繋がるんだ?意味がわからん」
 ロックは片手で頭を抱え、そう呟いた。それに反論したのはサモンである。
「…バレンは、恋する人の目をハート型にすれば、それは愛ラブゆーの証だっていってたよ。…だから、誰かを好きな人が、その気持ちをもっと表せるように…って、そういうことじゃないのかな」
「サモン……」
 バレンを除く一同―…いつの間にかオーマも復活し、その輪に加わっている―…は、サモンの言葉に何かしらのそれぞれの気持ちを抱え、バレンを見下ろした。バレンはすっかり背を丸くしていて、叱られている雰囲気になっている。
 そしてその沈黙を破ったのはロックだった。
彼はキャップの下の額をぽりぽりと掻き、居心地悪そうに言った。
「……まあ、元々は悪気があったわけじゃない…というのは、俺にも伝わった。だがな、誰しもが目をハート型にされるのを望んでいたわけじゃあるまい。現に恋人がそうされて、驚いてしまった奴もいる」
「……うん」
 ロックの言葉に、バレンはしおらしく頷いた。
「もしお前が彼らの目を治さないというのならば……ちょっとした仕置きはするつもりではいた。どうだ?今の気持ちは」
 ロックにそう尋ねられ、バレンはぽつり、ぽつりと呟く。
「……そうだよね。わたしのやったことで、いやな思いをした人もいたんだよね…」
 バレンがそう呟くのと同時に、シェラが身をかがめ、がばっと彼女を抱きしめた。思わず目を白黒させるバレン。
シェラはバレンを抱きしめながら、その耳元で囁く。
「あんたはバレンタインの精だろう? わざわざそんな他人に干渉しなくったって、ただ見守ってやりゃあそれでいいんだよ」
「紅色さん……」
 バレンははじめは目を白黒させていたものの、シェラの抱擁の暖かさに、やがて目を閉じてそれに委ねた。
シェラはふっと笑い抱擁を解き、バレンの頬にキスをして言った。
「抱きしめられるのは暖かいだろう?」
「……うん」
「じゃあ、それを奪うようなこたぁしちゃいけないよ。…まあ最も、あんたは奪いたくて奪ったんじゃなかったとは思うけどね」
「お前さんが、自分でやったことを自覚したってんなら、今回はめでたし筋って訳だぁな」
 先ほどまで地面でへたれていたことなど忘れて、オーマはシェラ同様身をかがめた。そして懐から一厘の花を出し、バレンに差し出す。
「…これ」
「ゼノビアってぇ世界に咲くルベリアの花だ。こいつぁ人の想いを写し取って輝く花でな…こいつの色を影らさんように、これから励むんだな」
 バレンはその花を受け取り、大事そうに胸に抱えた。そしてオーマの言葉を受け、小さく頷いた。
そんな少女の姿を見て、一同はやれやれ、と肩の荷が下りたような笑みを見せた。
彼らの気持ちを受け取り反省したのなら、この少女も二度とこんなことはしないだろう。
「今回はなかなかイイ締め方したじゃないかい、オーマ?」
 シェラにそう笑いかけられ、オーマは得意そうに胸を張る。
「まぁな。俺もちったあやるときゃやるってことで…」
「でも今月は小遣いカットだよ」
「…………ッ!? はぁ!?」
 シェラの短い一言に、オーマの顎ががくーん、と下がる。そしてわなわなと震えているオーマに、シェラはくっくっ、と笑いながら告げた。
「東京を少しばかり腹黒筋肉に染めやがった罰さぁ。やっぱりあんたが動くとろくなことにゃならないね」
「ででででもようっ! 俺が何したってぇんだよ!?」
「色々とさ。色々と、ね」
 完全に妻の尻に敷かれている夫が抗議の声をあげている脇では、サモンがバレンの気を取り直すように、銀次郎と一緒にチョコの食べ歩きにいこうと誘っていた。
「…たべあるき?」
「……うん。バレンタインって、チョコの日なんだよね。銀次郎も行きたいって言ってる。……おじさんもいく?」
 傍らにいたロックを見上げ、サモンは首をかしげた。ロックはふむ、と顎に手を置き、
「まあ……たまにはいいだろう。帰り道を見つけながらな」
「…うん、じゃあ決まり。行こう?」
 サモンがそう言ってバレンの手を取り、かすかな笑みを浮かべて見せた。
そう、バレンタインは何も恋人たちだけの日ではない。
街にはまだまだ、甘くて美味しいチョコがあふれているのだから。













★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
【0709/ロック・スティル/男性/34歳/一般人】





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■         ライター通信          ■
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シェラさん、はじめまして。この度はご発注ありがとうございました。

バレンタインといいつつナンダコレなシナリオにご参加、感謝しております!
イベント商品にも関わらず遅延してしまい、申し訳ありませんでした;
楽しんでいただけるといいなあ、と思いつつ…!

そして合流場面までは個別部分になっております。
他PCさんの部分とも合わせてお読み頂くと、
より一層楽しんで頂けるのではないかと思います。

今回はギャグシナリオ故、キャライメージを壊していたら申し訳ありません;
何かご感想やご意見などありましたら、お気軽にメールのほうお送り下さいませ。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。




バレンタイン・恋人達の物語2006 -
瀬戸太一 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年02月17日

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