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『Honey come Valentine's Day 〜ハニカムバレンタイン〜 』
クリスクリス(w3c964)

 ドアの前に立った逢魔・鳴神はウロウロとその前を行ったり来たりしていた。
 ――何だってこんなハメになったんだよ……!
 見慣れたペンション・日向のドアが、今は鉄壁の防御結界に感じられる。
 鳴神は厨房にいたチリュウたちにけしかけられ、部屋の住人に思いを告げるためこの 部屋の前に立っているのだった。
 ――くっそ、絶対あいつらどっかで見て面白がってるんだろーな。
 鳴神は「はああ」と息を吐いて肩を落とした。
 ――別に、このままでもいーじゃねぇかよ。確かにハッキリさせたいけど、玉砕すんのも嫌だし。気まずくなるくらいだったら、今のままでも充分て気もすんだよなぁ。
 ぐるぐると思考も後ろ向きになっていった所で、ブツンと鳴神の何かが切れた。
「だーもう俺らしくねぇっ!!」
 考え込むのは得意じゃない。
 後なんか考えないで行動あるのみが俺じゃなかったか!?
 ぐ、と握った拳にはさっき厨房で手渡されたチョコレートと、小さなガラス瓶。
 ――バレンタインデーにチョコレート渡す方って、女の方じゃなかったか?
    チリュウに「これ持ってアタックして来い!」って押し付けられたけど。
    ま、こっちは俺が後で食おう。
 鳴神はガラス瓶を目の高さまで持ち上げ、その中身を照明に透かしてみた。
 明るい琥珀色の蜂蜜に、規則正しく並んだ六角形の蜂の巣が浸っている。
 透き通った黄昏色の向こうは甘く滲んでいた。
「勇気の出るおまじない、ね」
 ――初めて好きだなぁって思ったの、いつだったっけ……。
 初めて会った時から、何となく良いなと思ってたんだよな。
 いつの間にか好きになってた。
 ――やっぱり好きだって言いたいよな。
「……よし、言うぞっ!!」
 鳴神は再びドアの真正面に立った。


 鳴神がようやく告白を決意する少し前。
 ペンション・日向の厨房では三人の住人がチョコレートを用意していた。
 魔皇であるチリュウ・ミカと藤宮深雪、それにチリュウの逢魔・クリスクリス。
 ナイフでチョコレートを大量に刻んでいるミカが、ひとかけらそれを口に入れて嘆いた。
「この義理チョコって習慣、いい加減なくならないかね?」
 今日はバレンタインデー当日。
 今年はミカと深雪が義理チョコ大量生産のチョコ当番だった。
 二人とも長い髪をまとめ、エプロンで身を包んでいる。
 今年の義理チョコはチョコレートブラウニーに決まっていた。
「世の中半分の女は面倒くさいって思ってるらしいよ」
 ミカが昨夜のニュースで目にしたアンケート結果を思い出して言った。
 家族や恋人に贈るだけではなく、会社や学校でたくさんのチョコレートを配る義理チョコは経済的にも負担が大きい。
「でも、それは言い換えれば……残り半分の女性は、楽しみにしているって事ですね」
 ミカに深雪がおっとりと言葉を返す。
「義理チョコはともかく……何かきっかけになるような特別な日、が一日あっても良いのではないでしょうか」
「そうだな」
 二人には今伴侶となる相手がいる。
 普段ももちろん相手を思っているけれど、ちょっと改まって気持ちを確認する日があってもいいと思う。
 頷いたミカに、クリスクリスが声をかけた。
「ミカ姉、オーブンの準備できたよっ」
 両手をミトンの形の鍋つかみで包んだクリスクリスが、ぱたぱたとスリッパの音をさせて言う。
「お、じゃあチョコ刻むの手伝ってな」
「うんっ」
 ミカの隣に立ったクリスクリスが楽しそうにハミングする。
「クリスはもう自分のチョコ用意したのか?」
「えへへ、これからなんだ。今練習して、後でボク一人で作るの」
 小麦粉をはかりに載せた深雪が、楽しそうな表情を見せるクリスクリスにつられて微笑んだ。
「学校には好きな方がいらっしゃるんですか?」
 深雪の発言にクリスクリスは顔を真っ赤にしてうろたえた。
「えっ!? そ、それはぁ〜」
 ミカもクリスクリスの赤くなった頬を指で突いて笑う。
「わたしも聞きたいなぁ、クリス」
 深雪とミカ、二人に挟まれたクリスクリスが「うー」と小さくうなって叫んだ。
「ボ、ボクの事よりっ! ミカ姉と深雪ねえちゃんの話を聞かせてよっ。
二人とも旦那さんがいるんだし、どう思ってるの?
どんなきっかけでお付き合い始めたの?」
 意表をつかれて二人は同時に声を上げた。
「わたし?」
「私ですか?」
 クリスクリスがじっと青い瞳で見つめてくるのに、二人は顔を見合わせる。
「それじゃあミカさんからどうぞ」
「わたしからっ!?」
 にっこり笑った深雪にそう言われ、ミカは「ん、んー」と咳払いした。
 普段その手の話題を口にしないミカなので、クリスクリスも深雪も早くその先の言葉を聞きたくて待っている。
「……あー、えっと……。
いつだったか、わたしが酔い潰れてしまった時があって……」
 ミカは明るくて一見軟派な伴侶を頭に思い浮かべる。
「部屋まで送って、朝まで診てくれたんだよ。
アイツ女に見境ないくせに、あの時は手も出さないで……大切にされてるなぁって思ったのが、一番初めかな」
 その時まではただの友人だったのに、貸してくれた肩の力強さや、気遣ってかけられる低い声に随分頼りがいを感じてしまった。
「いいなぁ〜。うらやましいなっ」
 調理台の上に頬杖をついたクリスクリスがため息をつく。
「わ、わたしの話はこんな所! 深雪は?」
 話を聞きながらチョコレートを湯煎していた深雪が「そうですね」と指先を顎に当てて思い出す。
「お仕事でご一緒したのがきっかけですよ」
 仕事で忙しくて、なかなか今も二人きりの時間が取れない。
 それでも深雪の心は伴侶に向けられている。
「……その後少し離れていたのですけど、バレンタインの時にまたご一緒したのがきっかけで、お付き合いするようになりました」
「深雪ねえちゃんはそうなんだ……ね、告白ってどっちがしたの?」
 深雪は思い切って告白したあの日の事を思い出した。 
「私からですよ」
 大好きで、離れていても惹かれる心を止められなくて口にしたあの日。
「う、勇気あるなぁ深雪」
 あらためてミカとクリスクリスは、深雪が意外と芯の部分では強い思いを秘めている事を知らされた。
「さあ、次はクリスさんの番ですよ」
「ボ、ボクは……まだ、そんなんじゃないよぉ」
 語尾が小さくなっていくのに比例して、クリスクリスの白い肌が再び赤く染まっていく。
「でも理想の恋人ってあるでしょう?」
「そうそう、わたしも聞きたいな」
 今度はクリスクリスがミカと深雪に見つめられる番だった。
「……えっとね、笑わないでくれる?」
 上目遣いで言うクリスクリスに、二人は頷く。
「淡雪のようなボクの心を溶かさず優しく包んでくれる人……だといいなぁって」
 いつもは元気いっぱいのクリスクリスだけれど、恋愛に関してはロマンチックな理想があるらしい。
 でもそんな所が可愛いとミカと深雪は思った。 
「そんな方に出会えるといいですね」
「わたしもそう思うよ、クリス」
「えへ、ありがと二人とも」
 和やかな空気の中、余熱が出来たオーブンからチンッという軽い音が響いた。
「ところでチョコブラウニーって、あとは粉を混ぜるだけなの?」
 調理台の上には製菓用のチョコレートの他、ふるった小麦粉、あらかじめ卵白と分けた卵黄、バターや牛乳などが並んでいる。
 クリスクリスが甘い匂いに瞳を輝かせる。
「材料混ぜて焼くだけだからほとんど失敗しないし、一度にたくさんできるから良いかと思ってさ」
 ミカは湯煎したチョコレートに粉と他の材料を入れ、泡だて器で混ぜ合わせた。
「簡単にできて美味しいですよね」
 深雪がケーキ型にクッキングシートを敷く。
「後は流し込んで焼くだけです」
「じゃ、ボク焼きあがるまでお茶の準備するねっ」
 オーブンに生地を入れ、ミカがタイマーをセットした。
 クリスクリスがミントティーの缶を手に取り、カップを三つ並べようとした時。
「クリス、もう一つカップ追加して」
「え?」
 ミカが厨房のドアを勢い良く開けた。
「鳴神! 用事あるなら入ってくる!」
 そこには鳴神が灰色の頭をかきながら立っていた。
「ど、どうも〜」
 チョコレートの甘い匂いに誘われて鳴神は厨房に来てしまったのだ。
「……まあ、用件は聞かないでも判るか」
 呆れ顔のミカをよそに、鳴神が厨房に入ってくる。
「あれ? どしたの鳴神さん? 今日は厨房は男子禁制だよっ!」
「ケチくさい事言うなってクリス」
 早速余った材料のチョコレートに手を伸ばす鳴神の手をぴしっと叩き、深雪が言った。
「好きな方に告白もできない意気地なしは出て行って下さい」
 深雪の雰囲気が冷ややかなものに変わる。
「深雪、キツイ事言うなよな〜。そうは言ってもいろいろ、さ……」
 シャンブロウの耳をへたりと下げて鳴神が語尾を濁す。
 その態度に、ますます深雪のまわりの温度が下がっていく。
「ただ待っていないで、自分から告白してしまえば良いじゃないですか。
……いつもの冗談じみたセクハラ発言じゃなく、本当の告白ですよ?」
 ミカも「難儀な奴」と呟いて言葉を続ける。
「こればっかりは本人の気持ち次第だからなぁ……」
 鳴神の片想いの相手は、ミカの伴侶の逢魔だった。
 ミカもその人となりを知っているだけに、なかなか煮え切らない鳴神の態度がもどかしい。
 丁寧だが極寒の言葉が深雪から鳴神に向けられる。
 が、実は深雪のブラウニーが焼きあがるまでの暇つぶし、というのが鳴神の受難だ。
「鳴神さんはスケベで乱暴者に見えるけど、本当は意気地無しで腰抜けな臆病者ですものね」
「うう、みもフタもない」
 がっくり落ち込む鳴神に、クリスクリスも肩をすくめる。
「やれやれ、今年 も 鳴神さんの恋のサポートに知恵絞らなきゃなんだね……」
 『も』を強調しつつ、クリスクリスがミントティーをカップに注いで鳴神の前に置く。
 そこに焼き上がりを告げるオーブンの音が響く。
 早速ブラウニーを取り出してミカは切り分け、鳴神に渡した。
 実は義理用、というのは伏せておく。
「よしっ! この出来立てのチョコ持ってアタックして来い! 
今夜はわたしが旦那の身柄を拘束するからな。彼女は空いてるはずだ」
「ミカ姉何で顔赤いの?」
 赤面するミカにクリスクリスが首を傾げる。
「と、とにかく」
 うろたえたミカが赤面をごまかすように口元に手で覆った。
「お前自身の言葉で、お前の気持ちが真摯で揺らがないものだと伝えれば……きっと彼女の態度も変わるんじゃないかなぁ」
「そうかな?」
 ミカの勢いに気おされた鳴神の視線が彷徨う。
 そんな鳴神に深雪が棚の奥から蜂蜜に浸かったコム・ハニーの小瓶を取り出して手渡した。
「何だこれ?」
「おまじないですよ。持っていれば勇気が出ます」
 半信半疑で小瓶を眺めている鳴神に、クリスクリスも声をかける。
「あのね鳴神さん、ボクはちょっとエッチでも飾らない鳴神さんが大好きだよ。
幸せな気持ちって他の人にも伝わるから、コム・ハニーひと口食べて勇気出して行ってきなよ」
 じーん、と鳴神はクリスクリスの言葉に打たれている。
 ミカと深雪が密かに「のせられやすい奴」と思っているのを鳴神は知らない。
「よし! それじゃあいつの部屋に突撃だ!
会ったら開口一番で『結婚しよう』って言うぜ!」
「え、順番飛ばしすぎじゃ……」
 鳴神をのぞく三人が困惑しているのも構わず、鳴神が椅子から立ち上がって厨房を出て行った。
「ありがとうな三人とも!」
 いっそ爽やかに吹っ切れた表情の鳴神だったが。
 残された三人は顔を見合わせる。
「……あれ、大丈夫か?」
「うーん、ボクは今年もダメだと思うな」
「今年で、ダメになるかもしれませんね」
 「でも」と深雪が言葉を続ける。
「せっかくですからどんな風になるか、見守りましょうか」
 

 大方の予想通り部屋の前を行き来している鳴神を、三人は通路に置かれたグリーンの影から見ている。
「やっぱりドアの前でまごついてるなあ」
 ぼそぼそと声を潜めてミカが言う。
「あ、決心したみたいだよ!」
 クリスクリスが言うように、鳴神がドアの前で止まった。
「よーし! 行け鳴神っ」
 ミカの声援が聞こえた訳でもないだろうが、鳴神は部屋のドアをノックした。
 ごく、と息を飲む三人。
 が、ドアの奥から返事がない。
「……そういえば最近見かけませんよね、彼女」
 深雪がふと思い出したように言った。
「……あ」
 ミカもそれに思い当たって声を上げた。
「もしかして、留守かな?」
 クリスクリスがそう言うのと同時にドアの前で鳴神が叫び、床に膝をついた。
「………………誰も居ねぇぇぇぇ!?」
 鳴神は彼女が当分出かけると言っていた事を思い出した。
「そうだ……まだ帰ってきてねーんだった」
 力尽きた鳴神の片思いが報われる日は、まだ当分先になりそうだった。


(終)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

◆登場人物一覧◇

【 w3c964maoh / チリュウ・ミカ / 女性 / 33歳 / 残酷の黒 】
【 w3c964ouma / クリスクリス / 女性 / 16歳 / ウインターフォーク 】
【 w3i013maoh / 藤宮・深雪 / 女性 / 26歳 / 激情の紅 】
【 w3i013ouma / 鳴神 / 男性 / 36歳 / シャンブロウ 】

◆ライター通信◇

クリスクリス様
ご参加ありがとうございます。
普段はあまりご縁のない、元気で可愛いPC様とプレイングに和ませて頂きました。
いつかクリスクリス様も素敵な方とめぐり合うのでしょうか。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!
バレンタイン・恋人達の物語2006 -
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2006年02月14日

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