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『チョコレート、ください。 』
キング=オセロット2872



 一目惚れ、憧れの人がいるんです。その人からチョコレートがほしいんです。
 義理でもなんでもいいんです、とにかく欲しいんです思い出に……!
 俺、ヘタレなんでその人に義理でもいいからほしいなーなんても言えないし。
 どうしたらいいんでしょう!?

 と、道すがら、泣きながら初対面の人間に訴えられた。
 いや、いきなりそんなこと言われてもと思うもののなんだかその必死さが不憫だ。
 超かわいそうなオーラを持っている。
「と、とりあえず、コートの裾を、放してくれ」
「ずびばぜん……」
「鼻水もふいてくれ……」
 なんでこんな人間に捕まってしまったのだろう、とキング=オセロットは溜息をついた。
 ずずーと鼻を啜り、その青年は情けない表情でじっとキングを見詰めた。
「それで、誰からチョコレートがほしいんだ……」
「夕闇色の、ラナンキュラスさんから……」
「彼女から?」
「お、お知り合いなんですかああああ!!??」
 知り合いというか、暫く前に庭の花を彼女には見せてもらった。あの、不思議な庭
で。深い知り合いではないが、知らないということもない。
 知り合いだと知った途端、青年は瞳を輝かせて、そしてもう本当にお願いします、という強烈なオーラを放ってくる。
 逃げるに逃げれない。
「……まぁ、まったく知らないというわけではない……」
「それなら俺に思い出を、チョコレートを…!!」
「……想い伝えずとも、思い出にほしい、か」
「はい……」
「しかし、思い出にもらったとして、それすらも人伝でもらって、それでどうする。この先、その思い出を糧に生きるとして、それは自分で得たものではなく、他人から与えられたものにしか過ぎない。そんなもので、本当に、後悔はしないかな?」
 キングの言葉に、青年はうっと声を詰まらして黙る。
 確かにその通りだ、と思っているようだ。
「過去に悔いを残したまま生きるのは、私はあまりお勧めしない……まぁ、無理強いはすまい。人伝の思い出でも良いというのであれば、それはあなたの人生だ。これ以上は、私が踏み込むところではない」
「うう……確かに……」
 青年はしばし考え込む。どうしようか、と迷いを含んだ表情だ。
 そんな青年の様子をキングは少しの間見守った。
 自分で決意できるのかどうか、それを推し量る。
 だが彼が、自主的に動く気配は薄い。
 背中を押してやるか、とキングは苦笑交じりで青年を見た。
「さて、それではラナンキュラスのところへと行くかな……しかし、彼女と会うのも久しぶりだ。少しばかり、世間話に興じるのも、いいかもしれない」
 これは、青年に与えた猶予だ。自分で来るかどうか、その時間稼ぎ。
「勇気が出たら店に来るといい。まぁ、チョコレートくらいだ、貰ってきてやってもいいが……」
 それでは意味がないと本当はわかっているのだろう?
 そう付け加えて、キングは店へと歩き出す。





 からん、と店の扉を開ける。
 久し振りに訪れた店内は相変わらず薄暗い。だがいい匂いが奥からほわほわと漂ってくる。
「おや、また来たの? 嬉しいね」
 店の扉を開けた音に反応して店主、ラナンキュラスが奥から出てきた。
「ああ、通りがかったものでね……」
 キングは穏やかに笑い歓迎されたことに応える。
「そう、今ね、ケーキを焼いていたんだ、もうすぐ出来上がるんだ。食べて行ってよ」
「ケーキか……なるほど、良い匂いがしていると思った。それは楽しみだ」
「紅茶をいれるよ、その辺……ああ、そこの椅子、埃はらって座って待っていて」
 ラナンキュラスがそう言って指差した先、年代物の椅子と、テーブルがある。
「わかった」
 キングは軽くその埃をはらって椅子へと腰を下ろす。座り心地は中々、だ。
 ついで、と目の前のテーブルの誇りもはらってみるが、これはなかなか手強そうだった。
「お待たせ、ってああ、やっぱり埃……布巾も持ってきたよ」
 奥からティーセットを抱えてラナンキュラスはもどり、テーブルをさっと何度か拭いた。そして綺麗になったところでセットをかちゃりとテーブルに置いた。
「チョコレートケーキを焼いたんだよ、今日は、ほらバレンタインでしょう?」
「ああ……そうだな。あなたは誰かにあげたり、しないのか?」
「うん、あんまり興味が無くて。明日安売りになるチョコを買って食べるくらいだよ」
 苦笑しながら彼女はこぽこぽと紅茶を注ぐ。良い匂いだった。
「そうなのか……」
「うん、さ、ケーキもってくるね」
 くるっと一回転、上機嫌なんだろうとわかる。また奥へと戻っていく彼女を見送りながらキングはどうしたものか、と思う。
「さて……彼は来るかな……?」
 ふと、外、薄く曇った窓の外を見ると、青年らしき人物が迷ってるようで、頭だけちらちらと見える。ここまで来る度胸はあったらしく少し感心した。
 もう一押し何かあればきっとうまくいくのだろう。
「お待たせー」
 粉砂糖をふったチョコレートケーキ。ホールごとそれをもって戻ってきた彼女にうまくできているようだな、とキングは言う。もちろん、と胸を張って返すからには自信があるようだ。
「さぁ食べよう!」
「その前に、外に客がいるようなのだが……」
「え、本当?」
 キングは視線で促す。それをラナンキュラスは視線を追ってその彼の姿を認め、誰だろう、と興味を持ったようだった。ことん、とテーブルにケーキを置いて扉へと向かう。
 青年は気がついていないようだ。
「何か御用?」
「うっわ! う、あ!?」
 かちゃりと扉を開いて彼女は顔を出し、そして青年へと話しかけた。キングからの角度では顔は見えないが、相当焦っているのだろう。言葉が出てこないようで四苦八苦しているのが伝わってくる。しょうがない、と小さく笑いを一つ。
「そのお客さんにも、ケーキを振舞ったらどうだ?」
 キングは助け舟、とラナンキュラスへと声をかけた。その言葉にいいね、と彼女は笑って返し、青年へと視線を送る。
「ねぇ、キミもケーキを食べよう、僕の手作りだ」
「えっ!? い、いいんですか!?」
「いっぱいあるしね、早く」
 手をつかまれて、青年は店内へと引きずり込まれた。
 青年とキングの視線が合う。
 ありがとうございます、と言っているような視線に瞳を伏せてどういたしまして、と彼女は返した。
「まぁ、店の前まできたからね」
「? 何か言った?」
「何も言ってないよ、さぁ、ケーキを食べよう」
 キングの呟きは誰にも聞こえることなく。
 バレンタインの日にチョコレートではないが、好きな人の手作りチョコレートケーキを食べることが出来ると、青年は涙ながらの笑顔だ。
 これは人助けだったのかな、とキングは心の中で苦笑した。
 思い出にもなるだろう、ここから先は彼次第だ。
 バレンタイン、その日の一幕。





<END>





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】

NPC>ラナンキュラス、へたれ青年

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 キング=オセロットさま

 ライターの志摩です。バレンタインのノベル、ご発注ありがとうございました!
 へたれ青年とソーンNPCのラナンキュラス、その橋渡しをしてくださってありがとうございました!もし二人が親密になれば、このへたれが名前をうけ、そしてNPCになる日がある……かもしれません(ぇー!)
 その日が来るかどうかは置いといて、諭しつつ、協力しつつ、へたれ青年のお手伝い、ありがとうございました!このノベルで楽しんでいただければ幸いです。
 それではまたどこかでお会いできれば嬉しく思います。
バレンタイン・恋人達の物語2006 -
志摩 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年02月14日

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