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『如月の悪戯。 』
李・曙紅3093)&田中・眞墨(3108)

 立春、と言えば春が始まる日と言われるが実際の春はまだ程遠い。
 そんな春の訪れを告げる日を過ぎた中で、曙紅は一人街中をあてもなく歩いていた。
 最近、街中を歩くとどの店でも同じようなものを見かける。色とりどりの箱や、赤やピンクの装飾。
 年末にも似た雰囲気のものを見た記憶があるが、今回は少しだけ違うような気もする。
 曙紅はそれらを横目でチラリと見ながら、小首をかしげた。
 通り過ぎようとしているコンビニでも、店内で陳列された大小さまざまな箱が目に飛び込んでくる。
「…………?」
 それらの箱がプレゼントだということは、何となく判った。
 だが、それが何のためで誰に渡すものなのかが、曙紅には判らないのだ。
 目に飛び込んでくる光景が、新鮮でたまらない。今まで闇の中で生きてきた彼にとっては普通の人間には当たり前と感じること自体が、斬新なものとして意識の中にインプットされてしまう。
 眞墨という男の下で暮らし始めてからは、随分と色々なことを学んだ。
 曙紅が判らないような表情をしていると、彼は自然に答えをくれた。だから今回もその眞墨に聞いてみようかとも思っているのだが、仕事が忙しいのかあまり顔をあわせる時間が無い。――期待薄と言った所だ。
 ふぅ、と溜息を漏らしながら歩いていると、一軒の店が目に付いた。そこで店員が先ほどから曙紅が気にしている箱を綺麗に並べている最中だったのだ。
「……、聞いて、みよう……」
 ぽつりとそんな独り言を漏らしながら、曙紅はその箱に釣られるかのようにして店先へと足を向けた。
「…………あの、すみま、せん」
「はい?」
 曙紅の小さな声に店員は笑顔で振り向き、その場で姿勢を正す。
「あの、これは、何に使う?」
 そろり、と曙紅は箱に向かって指を刺しながらそう言った。
 すると店員は少しだけ間があったものの、笑顔を崩すことなく再び口を開く。
「これは全部チョコレートですよ。14日に日ごろの感謝の気持ちを込めて特定の相手にチョコを贈る慣わしがあるんです」
「……感謝の気持ち……」
 店員は曙紅が日本人ではないという事を悟ったかのような答えをくれた。
 曙紅は親切なその店員を見上げながら、独り言のような言葉を返す。
 不思議そうな顔をしたままの曙紅に店員は苦笑交じりでいたが、それ以上は何も言ってはこなかった。
「その、ありがとう」
 ぺこり、と頭を下げながら、曙紅はその店員に礼を言う。『どうしたしまして』と返してくる店員にその後数回会釈をしながら、彼は店を後にした。
「本命チョコの説明もするべきだったかな……」
 ぽつり、とそう漏らしたのは店員本人。当然その言葉は曙紅の耳には届くことなく、彼は商品の陳列作業に戻る。
 日ごろの感謝の気持ちを込めて。
 曙紅にとっての感謝すべき人物は、一人しか思い浮かばない。
 意を決したかのような表情をした曙紅は、しっかりとした足取りで帰路へと戻っていった。
 
 

 
 三日後。
 再び街へと足を向けた曙紅は、目に付いた店へと入っていく。
 店内は何故か女性がひしめき合い、チョコレートが並べられた棚の前でそれぞれ品定めをしていた。
 そんな女性たちに囲まれながら、曙紅も何とかチョコレートの棚へとたどり着く。自分には場違いのような空間だ。
「……どれが、いいんだろう」
 この三日間の間に曙紅は、チョコレートの好みを眞墨へと尋ねようとしたのだがタイミングが掴めず聞きだすことが出来ずに、少しだけ困惑していた。
 彼は好き嫌い無いようには見えるが、好みまでは判らない。だが脳裏を過ぎった眞墨の影は、酒を口にしている光景。酒好きな彼は深夜によく一人酒を楽しむことが多かった。
 それを思い出した曙紅は、ブランデー入りと書かれたチョコレートを手にとって見た。
 ぼんやりと手にしたチョコレートを眺めていると、後から溢れるようにして女性たちが群がってくる。曙紅はその波に飲まれそうになり、慌ててその場から離れた。
 心の中で、『日本の女の子、少しだけ怖い……』と思いながら。
 ひとつ溜息の後、曙紅は手に取ったままのブランデー入りチョコレートを眞墨へとプレゼントとするために購入した。

 ここ数日、そわそわしている、と。
 眞墨は同居人の姿を見ては僅かに表情を歪めた。
 いつもは大人しい曙紅が、妙に落ち着かないでいるのだ。
 自分の後ろをウロウロしたり、カレンダーの日付を見ては考えるようにして俯いたりと。
 何か彼の身にあったのだろうかと思いつつも、自分も急ぎの仕事があったりして本人に問いかけるまでには至らずにいた。
 曙紅が目にしていたカレンダーに自分も目をやれば、もう2月も半ばに差し掛かるといったところ。
 2月といえば世間ではバレンタインデーがあるが、自分にはあまり関係の無いことなので別段気にすることもなく過ごしている。
 色々と考えを巡らせていると、玄関のほうで物音がした。
 曙紅が出先から帰ってきたらしい。
「……ただいま」
「ああ、おかえり」
「…………」
「…………」
 その会話に別段の変化は無い。
 元々、会話が弾むような二人ではない。だからこういった流れは珍しいことではない。
 大抵は、沈黙に耐えられなくなった曙紅が黙って自分の部屋へと篭ってしまう、と言うのがいつものパターンだ。
 今日もそうなのだろうと、眞墨はゆっくりと曙紅から視線を外しかけた。
「――あの、」
 間の置いた、曙紅の小さな声。
 眞墨は外しかけた視線を元に戻し、曙紅を見る。
「どうした」
 言葉を返された曙紅は俯いたままで目の前にいる眞墨へと、購入してきたチョコレートの箱を差し出した。
「いつも、お世話になってる。だから、ありがとう、の、これ気持ち」
「――――」
 眞墨は正直、面食らった。曙紅がこんな行動に出てくるなど予想も出来なかったのだ。
 そして次の瞬間には、ここ数日の彼の不審な行動の意味をすんなりと理解した。
「……ああ、有難う」
 微かに震える腕の先にある小さな箱を、眞墨は受け取る。
 曙紅は純粋に『感謝の気持ち』としてチョコレートを差し出してきた。おそらくは、本命の意味を知らないのだろうと内心そう思った。
 ここで、この本命の意味を言ったら彼はどんな反応を返すだろうか。
 眞墨の脳内を、そんな思いが過ぎる。
「…………」
 馬鹿馬鹿しい、と思いながらも眞墨は彼の反応を見てみたくなりゆっくりと口を開く。
「――一応聞くが、お前はバレンタインデーの『本当の意味』を解っているのか?」
 静かな口調の眞墨に、曙紅は僅かに体を奮わせた。
 そして小首を傾げて見せる。
「確かに、お前の言う『感謝の気持ち』も間違ってはいない。――だが」
 眞墨は眼鏡を中指でく、と上げながらそこで一度言葉を止める。指の間からチラリと曙紅の様子を伺いながら。
「このチョコレートにはもう一つの意味がある。それは、好きな人へと自分の気持ちを伝えるためのものだ」
「…………」
 眞墨の言葉を、曙紅は一瞬だけ理解出来なかった。
 だが頭の中で彼の言葉を繰り返すと、一気に頬が紅潮していくのが自分でも解った。
「――――!!!」
 大きく口を開いてみるも、言葉が上手く出てこない。
 曙紅は眞墨の顔をまともに見ることが出来なくなり、あたふたと慌て始めた。
 それを余裕で見ていた眞墨は、手を口元に持って行き曙紅には見えない程度に小さく笑っている。
「その、……僕は…、っ……違う…」
 頭の中で、様々な言葉がない交ぜになる。それを口にすることは出来ずに、過剰な態度で曙紅は弁解を始める。それと同時に、彼は一歩一歩、眞墨の傍から遠ざかるように後退もし始めた。
「それの意味、ちがう……僕は、違うから……っ!!」
 精一杯、それだけを叫ぶように告げると彼は部屋から飛び出していってしまった。恐らく、自分自身が落ち着くまでは戻ってはこないだろう。
「……そこまで、全身で否定しなくてもな……」
 くくく、と眞墨が笑いを漏らしながらそう言う。
 普段であれば見られないような表情だ。
 曙紅のくれたチョコレートを片手に、彼は上機嫌だった。
 こんな日があっても悪くは無い。これからこうした日が度々あるかもしれない。退屈した日々には丁度良いくらいの刺激。
「ブランデー入り、か……」
 チョコレートの匂いに混じりほんのりと微香を放つのはブランデー。
 このチョコレートをどういった経緯で買ってきたのか、それを想像して思い浮かべるだけでも充分に楽しい。
「――悪くないな」
 静かになった空間で、眞墨はひとり満足気にそう独り言を漏らす。
 悪くない。この状況は、自分にとって悪くはない。
 だから眞墨は、こう思うのだ。

 この先が楽しみだ――と。


 -了-



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 田中眞墨さま&李曙紅さま

 いつも有難うございます。
 今回はバレンタインのお話ということで、とても楽しみながら書かせていただきました。
 お気に召していただければ幸いです。
 
 またの機会があります時は、よろしくお願いいたします。

 朱園ハルヒ
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月09日

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