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『まっとんの一週間 』
松元・真橙5994


 芸能界で華々しく活躍するタレントや芸人、アーティストがメディアに登場しない日は一日としてない。それを影で支えているのが番組制作局であり出版社であり、芸能プロダクションである。トリプルクラウン所属のロックバンド『STILL IN LUV』のマネージャーを務める松元 真橙もそのひとり。彼女はある理由で自ら望んでこの職についた。以前よりも忙しい毎日を過ごしているが、何ともいえない充実感を感じることができるやりがいのある仕事だ。一番の理由は憧れの人を毎日のように見ることができるからだろうか。
 真橙は以前、マネージャーに身の回りの面倒を見てもらう立場だった。なんと彼女は『STILL IN LUV』と同じく、歌手としてメジャーデビューしたれっきとしたアーティストなのである。人気もそこそこで順風満帆だった彼女だが、後輩であるスティルのデビューを契機に休業を宣言。そして事務所の社長に直談判し、3時間にも及ぶ論争の末、彼女たちのマネージャーの座に勝ち取ったのである。そんなド根性で一直線な真橙だが、スーツを着れば歌手からマネージャーへと大変身。今ではメンバーからも全幅の信頼を寄せられ「まっとん」の愛称で親しまれる存在である。今回はそんな彼女の一週間を追った。


 日曜日正午。寒風吹き荒ぶ某臨海公園にて、他のアーティストと共に野外ライブに出演。
 生演奏を控えるメンバーのために前もって用意した使い捨てカイロを配る。彼女たちの指が動かないと歌唱や演奏に支障をきたすからだ。そして暖かい飲み物をいくつか用意。メンバーが6人もいるので、いくつかの魔法瓶にお茶やコーヒーなどを入れて持ち歩いている。彼女たちは思い思いのものを口にしてしばしの間くつろいでいた。ところがここで彼女のドジっぷりが披露される。用意した使い捨てカイロは貼りつけるタイプのものだった。これでは使いづらくてしょうがない。ところがメンバーは皆、口を揃えて「まっとんらしいねー」と笑うだけ。どうやら彼女のおっちょこちょいは今に始まったことではないようだ。さすがの彼女も「ゴメンなさ〜い!」と深々と頭を下げた。
 肝心のライブは好評のうちに無事終了。年末に出演した歌番組の効果もあり、お客さんのノリもよかった。企画者から「また今度も出てよ」とのお言葉を頂いた真橙は「後日お話を伺いに参ります!」と笑顔で答えてメンバーと共に事務所へと戻る。今のスティルにはこの手のオファーがよくあるのだが、事務所はメンバーの意向を無視して仕事を入れることはほとんどしない。彼女は車内でプロモーターの意向とマネージャーとしての見解を説明し、その後でメンバーの総意を聞く。その内容はしっかり記憶し、とりあえずは事務所で営業担当の人間と話し合いを持つ。メンバーが帰宅しても彼女の仕事は終わらない。この日は報告書の作成にも時間を取られ、帰る頃には日付が変わっていた。

 月曜日午後。真橙の休日……というよりもスティルのオフ。
 明日以降の仕事に必要なものを買いに行く。その夜は『打ち合わせ』と称した電話で憧れの人を呼び出し、一緒にディナーを楽しんだ。芸能人はロケ弁に飽きているので、たまに気晴らしで高級店に足を運ぶのもいいストレス発散になる。またこういう場所は大衆的でないので、突然ファンに取り囲まれることもない。まんまと計画を達成した真橙は始終嬉しそうな顔をしながら食事を楽しんだ。

 火曜日深夜。レコーディングの都合で、ラジオ番組『Be Still』を2週分収録。
 これはメンバーのソロ活動である。スタジオでは怪談話をする際に使うお決まりの音楽が『ひゅ〜、どろどろどろ〜』と鳴り響いていた。その間、真橙は今後のスケジュール調整をディレクターと相談。先方は「次の収録で新曲の準備できない?」と聞いたが、彼女はきっぱりと首を横に振った。今回はシングルのみのレコーディングだが、それでメンバーが納得のいく作品ができるかどうかわからない。それに今の段階ではどの曲をタイトルにするかも決まっていないのでデモテープは出せないと突っぱねた。新曲の宣伝と番組の視聴率……天秤は微妙に揺れていたが、結局『次々回に完成した曲の1番まで放送する』という妥協案を相手が提示し、彼女がそれを了承した。自らもレコーディングを経験しているだけあって、この辺の交渉は慣れたものである。その後はラジオの収録を編集室からじっと見守った。

 水曜日午後。事務所の会議室でメンバーと一緒に新曲の打ち合わせ。
 まずは歌詞をチェックし、曲調をどうするか相談する。その後で一応のメロディーラインを決め、各パートがイメージを沸かせて大まかな構成を提案していく。これが意外と時間がかかる。意見が合わない時は本当に合わない上、時間だけがだらだらと過ぎていく。真橙は時計を確認しつつ、メンバーの考えが行き詰まる前に「じゃあ今日は解散ね」と話を終わらせる。モチベーションを下げないようにするのもマネージャーの仕事。彼女は気を利かせて新商品のタバコを渡したり、寝酒には手頃な大きさのお酒を渡してメンバーを家へ帰らせた。普通なら真橙がメンバーを送らなければならないのだが、先のお酒の味を確認するのに同じ物を2本買い、打ち合わせの合間を縫ってこっそり飲んでしまったのだ。彼女が「このお酒はおいしいれすよ〜」と勧めた時点でメンバーは皆、ケータイなどで電車の時間をチェックし始めた。

 木曜日午前。いつものスタジオにてレコーディング開始。
 メンバーは真橙の前歴を知っているので、よくコーラス部分を歌うようにお願いすることがある。彼女も快く引き受け、メンバーを演奏に集中させようとがんばる。歌手だったプライドからか、それとも憧れの人に見てもらいたいからかはわからないが、彼女はよくここで張り切ってしまう。『STILL IN LUV』の曲だということをすっかり忘れてしまうらしい。ところがそれを聞いたメンバーは「さすがまっとん」と息を飲み、それ以上のコーラスラインを作ろうと躍起になる。結果的に真橙の大暴走はスティルの起爆剤になっているのだ。とりあえずこの日は曲の全体像を作り、そのまま解散となった。この日はちゃんと彼女が送迎を行っている。

 金曜日午前。メンバーは引き続きレコーディング。
 しかしそこに真橙の姿はなかった。実はこの日、事務所に所属するアイドルのレコーディングに帯同。彼女はバックコーラスとして参加するよう、事務所から指示があった。おそらくは予算の問題なのだろう。すでに彼女はデモテープを聞いて準備はできているが、アイドルの声を聞くのはこれが初めてだ。スピーカーから出る歌声に耳を傾け、自分がどんな調子で声を乗せるかを考える。ついついスティルといろんな面で比較してしまうが「それは悪い癖よ」といつものように自分を戒める。
 そしてレコーディング。スティルの曲でないからか、いい感じに肩の力が抜けて一発オッケーをもらった。収録が終わるとすぐさまメンバーの元へ急ぐ。到着する頃にはすでにデモテープが完成した。

 土曜日午後。またまたスタジオでレコーディング。
 デモテープを聞きながら各パートで最終調整を行う。そしてレコーディング。この後はカップリングに予定している曲の制作に移る。その間、真橙は販売担当とシングル発売時期を模索していた。他社のリリースを考慮し、売り上げの見込める期間を狙っていく。今回は『STILL IN LUV』にとっては2006年初のシングル。プロモーション活動も派手に行うとのことで、大物アーティストが新曲を出した翌週に狙いを定めて展開することにした。もちろんメンバーにもそれを伝え、今後のレコーディングに気合いが入るように「えいえいおー!」で場を盛り上げた。でも一番盛り上がっているのは、真橙だったりする。


 そんなこんなであっという間に一週間が終わる。そして今日もまっとんは走る。失敗しても決して挫けないド根性マネージャーは今日も元気だ。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月08日

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