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『Nightmare・前編 』
松山・華蓮4016


 ガタン‥‥ゴトン‥‥‥ガタン‥‥‥ゴトン‥‥‥
 定期的に揺れる車内。ちょうど学校帰りの学生達で賑わっている電車の中で、窓から見える景色を眺めていた。

「‥‥‥はぁ‥‥」

 溜息一つ付いている間に、電車はすぐ傍の駅へと到着する。
 半ば人混みに流されながら改札へと向かい、定期を出して早々に通り過ぎる。
 ‥‥駅の外に出ると、沢山の人々が行き交う光景が目に飛び込んできた。
 学校帰り、会社帰り、お店の客引きの声や、ビルから流れるCM曲‥‥
 その光景は、電車の中から見ていた物と同じである。だが、その流れる喧騒は酷く存在が希薄で、今にも消えて無くなりそうな雰囲気を漂わせていた‥‥‥

(いつも‥‥こんな風やったっけ)

 立ち止まってその光景を眺めていると、駅から電車が発車する音が聞こえ、同時に背中から強い衝撃を受けて転び掛けた。

「邪魔や嬢ちゃん!ボーっと突っ立っとるんやない!」

 後ろからぶつかってきた男は、それだけ怒鳴るとドカドカと走り去っていく。
 ぶつかられた肩をパンパンと叩きいてから周りの人々に注目されている事に気が付き、早足でその場を離れていく‥‥‥

「‥‥何やねん。ウチが悪いんか」

 数分程歩いて商店街に入ると、松山 華蓮は呟いた。
 当てられた肩をパンパンと叩き、すぐに人波に乗る。商店街は夕飯の買い物に来た人々でごった返し、先程まで居た駅前よりも騒がしい喧騒を響かせている。
 いつも通りの光景‥‥この商店街を帰宅コースに組み込んでいるため、それこそ毎日のように見ている光景である。
 ‥‥‥しかし周囲は、依然として希薄であった。それは違和感とも言えるだろう。
 音が聞こえないとか、そう言う事ではない。音は絶え間なく――遠くで――耳を打ち、――断続的に――聞こえてくる。
 人混みはハッキリとは見えない。まるで霧が掛かったかのように灰色にぼやけ、忙しなく動いていくそれはすぐに別の者達と入れ替わり、そして同じようにして視界の外へと消えていく‥‥

「しっかし、つまらんなぁ‥‥」

 そんな光景の中、華蓮はまるでそれすらも見慣れているかのような様子で、ボーーっとした表情で歩いている。
 普段の彼女ならば、間違いなく違和感に気が付いていただろう。
 だが今の彼女は、まるで呆けたかのように思考を働かせず、ただ自然と動く歩に乗っているだけだった。
 遠い喧騒。
 漠然とした時間感覚。
 上手く働かない思考の渦。
 確かに目を空いているのに、何故か視界が霞んで―――

「ねぇ、そこの嬢ちゃん。ちょっと待ってくれって」
「‥‥!?」

 突然耳に飛び込んできた声に、華蓮はハッと立ち止まった。
 華蓮は、ボーーっと歩いている間に商店街を抜けていたらしく、周りを流れていた人々はいつの間にか居なくなり、静かな路地にまで入っていた。まだ裏路地とまでは行かないが、見渡しても誰も居ない路地には、似たような雰囲気が流れている。
 そんな人気のない路地の中、華蓮は呼び止めてきた男に向かって振り返る。華蓮を呼び止めてきた男は、それを見てニヤリと薄く笑っていた。

「いやぁ、良かった良かった。最近、わしが呼び止めても、足を止めてくれる人が少ないんでな」

 笑いながら言う男。だが、呼び止めても止まらないのは当然だと思う。
 黒い布を頭から被り、その布の合間から見える服装はボロボロだ。影になっている顔は良く見えないが、恐らくは格好と似たり寄ったりだろう‥‥
 あからさまな浮浪者姿。それどころか、これは変質者にすら見える。

「‥‥‥何や。用でもあるんか?」

 声を掛けられた時点で正気に戻った華蓮は、その浮浪者の姿をジロジロと睨みつけ、突っ慳貪にそう言った。高校生とはいえ、不機嫌顔の華蓮からは、薄い殺気が放たれている。
 まして威嚇するような声色で言ったため、そこらの不良を追い払うぐらいは出来ただろう。

「そうそう。用があるんだ。何、手間は取らせないし、金もいらん」

 人手が欲しいわけでも、金が欲しいわけでも無し‥‥
 ますます怪しい事であったが、不思議と、華蓮はその場を去ろうとはしなかった。
 怪訝そうな顔をする華蓮の顔を覗き込み、浮浪者が言葉を続ける。

「あんた、何か色々溜め込んでいそうだからなぁ。ちょっと、その鬱憤を発散させて行かんかな?」
「発散?」
「ああ。まぁ、軽く物を壊すだけなんだがね」

 笑みを浮かべたまま、浮浪者は華蓮に背中を向けた。軽く振り返り、「気が向いたら付いてきてくれ。すぐそこの建物の中なんだ」と、それだけ言って、あとは振り返りもせずに歩いていく。

「‥‥‥‥変なオッサンやな」

 華蓮はその背中を目で追いながら呟き、サッサと足を動かして‥‥‥
 その後を追っていった‥‥‥






 不思議と誰も居ない路地を歩き続け、華蓮は薄汚れた建物の前に案内された。
 「すぐそこの建物」というのは嘘ではなく。先程の場所から、まだ数百メートルしか離れていない。その建物を見上げた華蓮は、思わず「うわっ」と、口には出さずに呻いてしまった。
 それは廃ビルなのか、元は何か書かれていたであろう看板はヒビ割れ、建物のペンキは剥がれて中の鉄骨が見え隠れしている。
 常識的に見れば、倒れる危険性を考慮し、早々に壊されるべき建物である。

「そんな事を気にしても仕方ないだろう。ここだ。入ってくれ」

 まるで華蓮の心情を読み取ったかのように浮浪者は言うと、建物の中へと入っていく。華蓮はその後を追い掛けながら、建物の中を見渡してみた。

(何や、何も無いやんか)

 建物の中はそれこそ廃材一つ無く、綺麗に片付けられていた。
 これから取り壊しでも行うのか、埃と石ころくらいしか見当たらないため、とても何かがあるとは思えない。
 だが、浮浪者はどんどん奥に入っていく。華蓮は辺りを見渡していた目を浮浪者に戻し、とりあえずいつ罠の類に襲われても大丈夫なよう、得意の呪符を袖に隠した。

「さぁ、どうぞ。到着だ」

 華蓮が呪符を隠したのと同時に、浮浪者が一室の前で立ち止まり、戸を開けた。
 胡散臭そうな表情をしながら、華蓮は促されるままに扉の中へと入り、目前に広がる光景にその足を止めてしまった。

「どうだね。気に入ってくれたかな?」

 背後で浮浪者の声がする。
 だが華蓮には届かない。華蓮の目の前にあるのは、先程まで華蓮が居た大都市のミニチュアであった。台の上に道路が書き込まれ、その上にミニチュアが置かれている。
 小さいが、それでも一番大きなビルは華蓮の腰にまで達している。しかもその配置は、本物の街と寸分違っていない。スケールは数百分の一と言った所だろうが、思わず魅入ってしまう程の出来の良さだった‥‥

「良い出来やん。これ、オッサンが作ったんか?」
「いいや、違う。だが気に入って貰えて何よりだ。では、そろそろ壊してはどうかね?」
「‥‥‥なんやって?」

 思わず聞き返す華蓮。だが浮浪者は、表情一つ変えず、相変わらず笑ったままで答えてきた。

「おや?いっただろう。壊して、その鬱憤を発散させてはどうか?と」
「良いんか?これ、ええ出来やん」
「構わんよ。別に壊れても、わしも君も困らんだろ」

 そう言う浮浪者の言葉は、何故か華蓮の耳を強く打ち、心に深く響いてきた。
 これが壊れた所で、それがどうしたというのだろうか?
 別に良いではないか。ちょうどついさっき、この街で自分は―――

「‥‥そうやな。ちょうど当たり散らしたい気分やったし、面白そうやからやったるわ」
「そうかね。ならば、好きにやってくれ」

 そう言うと、浮浪者は扉の横へと腰掛けた。
 華蓮は靴を脱いで部屋の中へと入り、ミニチュアの並んでいる台の上へと上る。とりあえず手近な建物に手を掛けると、確かな手応えと共にガラッと崩れていく。
 一歩踏み出す。台は華蓮の軽い体重にも耐え切れていないのか、描かれた道路にヒビが走り、周囲のミニチュアが傾いた。
 脆い世界である。本来は強固であるはずの灰色の空間は、ここでは酷く脆く、華蓮の力でいとも簡単に崩れ去る‥‥

「‥‥あ、あはは」

 思わず笑ってしまう。よく見るとミニチュアの合間を縫って、小さな鉄道模型まで走っている。それの先頭車両を橋ごと叩き、そして掴み取って地面に叩き付ける。
 グシャッと堅い音がして、鉄道模型はあっさりと拉げて潰れた。中にお客の模型も入っていたのか、中から飛び出た“何か”が赤い液体を撒き散らしている。
 続いて周囲のビルを蹴り払った。黒いストッキング越しに、ビルの感触が伝わってくる。
 現実ならばビクともしないはずのそのビルは、華蓮の蹴りによって四散し、周囲の建物に破片を激突させながら飛び散った。その中にもやはり人の模型。

(これが本物やったら‥‥)

 足下に散らばった模型を踏みつぶす。コンビニ、マンション、道に駐車してあった車を手にとって、遠くへと放り投げる。車の模型は落ちた所で爆発し、小さな破片を撒き散らしていた。
 キュルキュルキュル‥‥‥‥
 と、それを繰り返す華蓮の足下で、小さな音がした。
 その音の出所を探してみる。見ると、背中の方から小さな戦車の大群が迫っていた。
 狭い道上に密集し、こちらに方を向けて、今にも撃ってきそうな様子である。

「やる気なんか。ほな、やったろか?」

 足の親指程もない戦車の大群の上に足を翳し、慌てて後退する戦車を踏み潰す。プチプチと気持ちの良い感触が伝わり、調子に乗って一つ残らず踏み潰してしまった。

「まだまだや」

 これでも足りない。これが本当の街だったら、はたして何人を殺しているのだろうか?
 百人や千人では済まないだろう。何せ、このミニチュアの街は広く、それこそ何万人もの人々が生きていそうだ。
 大怪獣はこんな気分なのだろうか?手当たり次第に物を壊し、向かってくる者を一方的に潰して消し尽くす。
 これが物語であったのならば、大抵大怪獣は人間にやられてしまう。しかしここには、華蓮を壊せる者は誰も居ない。

(誰にも邪魔されんわ。ハハ、ハハハハハ!)

 思わず体が震えてしまう。
 気分が高揚し、心臓の鼓動が高鳴ってくる。
 心地の良い感触が手足を伝わる。堪っていた鬱憤を全て吐き出し、ミニチュアの街を壊し尽くしてもまだ足りない。
 この快感は病み付きになりそうだ。だがミニチュアの街は程なくして原形を留めなくなり、華蓮は乱れた呼吸を深呼吸で整え、息を吐きながら浮浪者の方へと振り返った。

「おっちゃん、おおきにな。ホンマ、なんや、気が晴れたわ」
「そうかい。そいつは良かった‥‥‥ああ、後片付けはわしの方でやっておくから、君は外に出ててくれ。もう、夜だしな」

 浮浪者はそう言い、台の上のミニチュアを片付け始めた。華蓮は未だに高揚している気分のためか、そんな浮浪者を振り返りもせずに置き去り、建物の廊下を走って外に出た。
 笑い出したい気分だ。今なら、何だかなんでも出来る気がする‥‥

「はぁ、ええ気分や‥‥」

 思わず言葉にした時だった。
 目の前の道路に、一台の車が激突し‥‥爆発する。
 華蓮は反射的に袖に隠した呪符を投げ、防壁を張ってガードした。車の爆発は遮れたが、その代わりに通りかかっていた一般人が四散する。

「!? ど、どうしてや‥‥」

 目を見張る。

 ―――車に、見覚えがある―――

 炎が上がり、辺りに四散した車の破片を体に食い込ませた人々が悲鳴を上げている。

 ―――遠くから、笑い声が聞こえて来る―――

 車の炎を見てから、周囲を見渡して遠くを見る。

 ―――その声は、世界で一番、自分が聞き慣れた声―――

 そこには‥‥‥そう、そこに居たのは――――――







★参加キャラクター★
4016 松山・華蓮

★後書き★
 初めまして、メビオス零です。
 今回のご発注、誠にありがとうございました。
 え〜、納期が遅れて申し訳ありません。その所為で前後編、両方同時に納品という形になったと思います。
 長らく待たせてしまいましたが、御気に入って貰えれば幸いです。
 では、後編もお楽しみ下さい!!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月06日

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