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『星降ヶ丘 』
清芳3010

★序

 星降ヶ丘、という小高い丘にあるペンションがある。中々予約が取れ無いと言う事で、有名なペンションだ。美味しい料理は勿論だが、評判になっている一番の要因はボタン一つで自由に開閉できる硝子張りの天井だ。
 晴れた夜空に開ければ、まるで星が降るような気分になる。そして、その状況で一緒に過ごせば、ずっと仲良くいられるという噂まで立っている。
 そんな超のつくほど人気のペンションに招待するという、夢のような企画があった。一組二名様まで。それはとあるチョコレート菓子についていた応募券を使っての応募である。
 応募葉書は何口でも応募可能であり、また泊まるか泊まらないかという選択もできる。
 そんな夢の企画の実行日は、2月14日。バレンタインデイであった。


★13日

 清芳(さやか)は、じっと待っていた。手にはチョコレート菓子を持ち、もぐもぐと口に運びながら。
 ただただ、じっと待っていた。
 そんな清芳に、馨(かおる)は注意をしようと近付く。最近、同じチョコレート菓子を6個も買ってきて食べているのだ。甘いものの過剰摂取は、宜しくない。
「清芳さん、甘いものの食べ過ぎは……」
 馨が「良くありません」と言おうとした、その瞬間だった。ブロロロ、というバイクの音と、カタン、というポストに何かが入った音がしたのである。それを聞くと、清芳は猛スピードで郵便受けへと向かっていった
「……清芳さん?」
 馨は不思議そうに小首を傾げ、清芳が向かった郵便受けへと向かう。すると、清芳の「やった」という嬉しそうな声が聞こえてくる。
「どうしたんです?」
「葉書、当たった!」
「葉書?」
 相変わらず不思議そうな顔をしている馨に、清芳は誇らしげに葉書を見せる。そこには「ご当選おめでとうございます」の文字が書かれている。
「何の応募をしたんですか?」
「ペンションにご招待っていう奴。ほら、このチョコレート菓子についていたんだ。6個も買って、食べたかいがあった」
 嬉しそうに、清芳はそう言った。小さな声で「下手な鉄砲、数打てば当たるんだ」と呟きながら。
 馨はそんな清芳を見、納得する。最近食べていた、チョコレート菓子の理由を。
「馨さん。そういえば、何か言いかけていたみたいだが……?」
 清芳はそう言って、馨に尋ねる。清芳に、甘いものの食べ過ぎは良くないと、注意しようとしていた件だ。
 馨は葉書と清芳を交互に見、そっと微笑む。
「何でもありませんよ。良かったですね」
 馨の言葉に、清芳はにっこりと笑う。そんな清芳を見て、馨は心の中で苦笑を漏らす。
(これでは、怒れませんねぇ)
 ペンションに招待してくれる懸賞に応募したいが為に、6個もチョコレート菓子を買ってきたのだ。そして、それが当選して嬉しそうにしている。そんな様子を見て、知って。どうして彼女を怒る事が出来ようか。
「まだ、新婚旅行も行けてなかったんだし」
 ぽつり、と清芳が呟く。馨は良く聞こえなかったため「え?」と問い返す。清芳は問われ返され、慌てて「何でも無い」と言う。
「明日の夕方に、とあるんだ。だから、明日夕方に出発しよう」
 清芳がそう言うと、馨はにこやかに微笑んでから頷く。
「どういうペンションなんですか?」
「星降ヶ丘っていう、なんでも星が綺麗に見られる部屋がある所だそうだ」
「星、ですか」
「それに、食事付きだ。中々美味しいって、評判みたいだぞ」
 清芳は嬉しそうに、何度も当選葉書を見つめている。馨はそんな清芳を見ているだけで、妙に嬉しくなってくるのを感じるのだった。


★14日〜夕方

 翌日、馨と清芳は一泊分の荷物を鞄に詰め、ペンション星降ヶ丘へと向かっていた。
「小高い丘の上にあるみたいだぞ」
 地図を確認しつつ、清芳が言う。
「名前の通りですね」
「丘の上にあるから、綺麗に星が見えるんだろうな」
 清芳はそう言い、再び地図を確認する。馨は「ええ」と答えつつ、辺りを見回す。すると、真っ直ぐ入ったあたりに丸い天井の建物が見えた。
「清芳さん、あれじゃないですか?」
「え?」
 馨に言われ、清芳もそちらを見る。すると、そこには確かに丸い天井の建物があった。地図にかかれている目的地と、ばっちり合っている。二人は顔を見合わせ、そっと微笑んでから建物に向かって歩いた。
 暫く歩いて行くと、目の前に大きな建物が現れた。看板には、しっかりと「ペンション星降ヶ丘」と書かれてある。
 外装は普通のペンションと何ら変わりは無い。ぱっと見、綺麗な外装である。上の方には、名物である全面硝子張りだという天井があるという部屋の屋根があった。ちょっとしたプラネタリウムのような円形の天井で、今はそこを閉めているらしくぐるりと屋根が覆い被さっていた。
「凄い、建物だ」
「綺麗ですね。ここに泊まれるだなんて、清芳さんのお陰です」
 馨の言葉に、清芳はほんのりと頬を赤らめる。そして、それを振り切るかのように「行こう」といい、足を踏出す。
 馨は少しだけ笑い、清芳の後に続いていった。照れたような清芳の様子が、可愛らしく思えて仕方ない。
 清芳は葉書を取り出してから、ペンションのドアを開ける。すると、ギイ、という重厚な音が響いた。ちりんちりん、という来客者を伝えるベルの音が涼やかに響いた。
「いらっしゃいませ」
 中に入ると同時に、従業員らしき青年が現れた。清芳は少しだけ緊張した面持ちで、彼に葉書を差し出す。
「これで、来たんだが」
 青年は「拝見します」と言って葉書を預かり、それを見てにっこりと微笑んだ。
「ご当選、おめでとうございます」
「あ、有難う」
「有難うございます」
 青年が軽く頭を下げたので、つられたように清芳と馨も頭を下げる。青年はそんな二人を見て、にこやかに微笑んだ。
「それでは、まずはお部屋に案内します。そちらに荷物を置いて頂き、すぐにお食事のご用意を致しましょう」
「もうそんな時間ですか」
 馨は少しだけ驚き、壁に掛かっている時計を見る。既に、夕方6時を回っていた。
「意外と、時間がかかっていたんだな」
 清芳も意外そうに呟く。当選したという嬉しさから、無意識に足を動かしていたのかもしれない。
 そんな風に二人が不思議そうにしているのを、青年はにこやかに見つめる。そして、話が一応の終わりを見せたと判断した所で、馨から持って来ていた鞄を受け取り、先導する。
「こちらには、あなた方の他にも宿泊客がいらしています。ですが、本日お泊まり頂く部屋の仕様は一室しかありません」
「つまり、私達だけがその部屋を堪能できるんですね」
「その通りです」
 馨の言葉に、青年は頷く。一室の前に辿り着くと、ポケットから鍵を取り出してドアを開けた。
「こちらが、本日の部屋でございます」
 青年に言われ、二人はゆっくりと部屋の中へと入る。
「広い……」
 清芳は思わず感嘆する。入った途端、広がっていたのはソファの置かれた丸い部屋だった。奥の方にベッドが置いてあり、手前の方には大きなソファが向かい合わせに置かれている。
「お荷物はこちらに置きますね」
 青年はそう断ってから、ソファの近くに鞄を置く。
「こちらがバス、トイレになっております」
 そう言いながら開かれたのは、入り口近くにあるドアだった。バスとトイレが別になっている。洗面所には優しい香りのする石鹸が置いてあり、お風呂場にはふわりと花の匂いがするシャンプーとリンス、それにボディソープが置かれている。
「広くて、綺麗ですね」
 馨はそう言い、お風呂場内を見回す。そして、隣にいる清芳を見る。清芳は、ある一点で目線を止めていた。
「どうしましたか?清芳さん」
「馨さん、シャワーの出るところ」
「え?」
 清芳は、シャワーヘッドを指差す。馨はそれを辿り、確認する。
 シャワーヘッドは、星型をしていた。
「可愛らしいですね」
 二人は、シャワーヘッドをまじまじと見つめる。通常楕円形をしているシャワーヘッドは、珍しい事に星型をしていた。
「この部屋は、星が降ってくるのが売りですから」
「本当に、降ってくるのか?」
 青年の言葉に、思わず清芳が尋ねる。すると、青年は悪戯っぽく笑う。
「どうでしょうか。それは、今日是非確かめてくださいね」
「分かった!」
 ぐっと力強く答える清芳に、思わず馨は微笑む。
「私も、お手伝いしますよ」
 馨の言葉に、清芳は思わず頬を赤らめる。そんな二人を見、青年はくすりと笑ってから「それでは」と声をかける。
「用意が出来ましたら食堂の方にお越しくださいね」
 青年はそう言って軽く一礼し、部屋から出ていった。清芳は、再び部屋の中をぐるりと回って見る。綺麗で広い部屋が、贅沢な気分になる。
「本当に凄いな、この部屋。この天井、全部が開くんだよな?」
 清芳は嬉しそうに、天井を見つめる。馨は「これですね」といい、リモコンを手に取る。「開」のボタンを押そうとするが、清芳に「待て」と止められる。
「今から開けておけば、帰ってきた時に凄く綺麗だと思いますよ?」
「……そういうのは、わくわくして見るのがいいじゃないか」
「そうですか?」
「そうだ」
 きっぱりと言い放つ清芳に、馨は小さく笑い「分かりました」と答える。
「では、後にとっておきましょうね」
 清芳は馨の言葉にこっくりと頷く。そして二人で、食堂へと向かうのだった。


★14日夕方〜

 ペンション星降ヶ丘のディナーは、本格的なフランス料理だった。前菜から始まり、デザートで終わる。パンとワインのお代わりは自由で、一つ一つのものが美味しく食べられるように出来ていた。
「ん、美味しい」
 清芳はそう言い、嬉しそうに微笑む。
「美味しいですね」
 馨も同じように微笑み、料理と清芳を交互に見つめる。
「何だ?」
 不思議そうに尋ねる清芳に、馨は「いえね」と言ってそっと微笑む。
「嬉しそうだな、と思ったんです」
「……嬉しいからな」
「はい」
 にこにこと微笑む馨に、清芳はほんのりと頬を赤らめながら料理を口に運ぶ。そうして食べていると、あっという間にデザートまで来てしまった。
 デザートに出てきたのは、苺のミルフィーユと桜のシャーベットという、バレンタインデイなのにチョコレートではないものだった。それでも気にせず食べていると、また従業員である青年がやってきた。
「如何だったでしょうか?」
「美味しかったよ」
「とても美味しかったです」
 満足した様子の二人の言葉に、青年は嬉しそうに微笑んで頭を下げた。
「デザートはチョコレートじゃないんですね」
 馨がそう言うと、青年は「ええ」と頷く。ちょっとだけ、悪戯っぽく笑っている。
「今日は、私共がチョコレートを提供する日ではありませんから」
 青年の言葉に、思わず清芳と馨は顔を見合わせた。青年は二人の様子を見、軽く一礼をして去って行った。
 食後の珈琲まで堪能してから、二人は部屋へと帰る事にした。気付けば、夜9時となっており、外は真っ暗になっていた。
 星も、綺麗に見えるはずだ。
 部屋に戻ったものの、電気をつけずにいた。馨が一枚の大きな毛布を出し、そしてまた温かなお茶を傍らにあるテーブルの上に置き、清芳を呼んだ。
「ここで、一緒に見ましょう」
「……うん」
 馨の言葉に、清芳は素直に毛布に包まる。馨はそれを見てから、リモコンで「開」ボタンを押した。
 ざー、という音と共に、天井が開き始める。プラネタリウムのようになっている円形の天井に覆い被さっていた屋根がなくなっていき、代わりに満天の星空が二人の頭上に現れた。
 まるで、星が降ってくるかのように。
「見事だ……」
「凄いですね……」
 暫くの間、二人は無言で星空を見上げた。星の海の中に、二人だけいるかのような錯覚すら覚える。
「私達の目に届く星の瞬きは、数万年前の遥か遠い昔の煌きなんですよ」
 星を見ながら、馨は言う。清芳は星空から目を逸らさずに「へぇ」と言った。
「ですから、もうあの星は既にそこには無いのかもしれませんね」
「そうなんだ……。神秘的だけど、少し寂しいな」
「ええ」
 きらきらと光り輝き、目を楽しませてくれる星たち。真っ暗な部屋の中、満天の星空が頭上に広がっている。
 だが、その星たちは既にいない星なのかもしれない。いないはずの星が残した、美しい光だけなのかもしれない。
「ですが、こうして私達の元に届いています。それはつまり、星の命を私達が見守っていると言う事ですね」
「星の命を、見守っている」
「誰かに生きた証を感じて貰える事は、誇らしく羨ましいと思うんです」
 馨の言葉に、清芳は星から馨へと目線を動かす。馨は、じっと清芳を見ていた。優しい眼差しで、じっと。
 生きた証を、見つめているかのように。
 二人は温かなお茶を口にし、また星空を見つめた。そして、馨の方から「そろそろ寝ましょうか」と言った。
「あ、馨さん」
 馨の言葉に、清芳は慌てて鞄から包みを取り出した。そして、馨の方へすっと差し出す。
「チョコだ。……何でチョコなのかは、分からないが」
 清芳は抱いていた疑問を口にする。何故、バレンタインデイはチョコレートをあげるのだろうかと。甘ければいいのなら、チョコレートでなくてもいいはずだ。団子でも、クッキーでも、善哉でも。
「要らない場合は、言ってくれ。私が食べるから。そうしてくれると嬉しい」
 清芳がそう言うと、馨はにっこりと笑ってゆっくりと首を横に振った。要らない筈が無い、と言わんばかりに。
「有難うございます」
 清芳の差し出した包みを、馨は受け取ろうとする。その時、清芳は「でも、あれだ」と付け加える。
「寝る前に食べるのは、禁止だ。虫歯になるからな」
「はい」
「ちゃんと歯磨きをするなら、食べてもいいが」
「はい」
 丁寧な返事に、清芳は漸く包みを馨に手渡す。清芳はそれを見、ゆっくりと口を開く。
「こういう場所に来ていう台詞では無いかも知れないけれど」
 馨は動かない。清芳を見つめたまま、次の言葉を待っている。
「馨さんが要ると分かったら、すぐに安心するんだ」
 清芳はそう言い、真面目な顔をしてじっと馨を見つめる。
「だから、申し訳ないが一度頬を抓らせてくれ」
 清芳はそっと手を伸ばしてきた。馨の頬を抓る為に。だが、その手が馨の頬に触れる事は無かった。到達する前に、馨にそっと手を取られたのだ。
「……清芳さん、これを」
 取った掌に、馨は水晶の欠片を乗せた。星の子どものように、きらきらと輝いている。
「馨さん、これは……?」
「天の星が、あなたの元に降りてきたのでしょう」
「天の星……」
 掌の上の星を見つめている清芳を、馨はそっと引き寄せる。そして、優しく額に口付けをした。
(素敵な夜を有難うございます)
 伝えたい、その言葉を。
(貴方と一緒で、私は嬉しいです)
 たくさんの言葉を、持ってはいるけれど。
 馨は頬を赤らめたまま見つめている清芳を見、優しく微笑んだ。心に浮かんでくる伝えたい言葉達を、馨はただ口付けに託したのである。
 星はまだ、二人の頭上で輝いていた。同時に、清芳の掌にある水晶も。
 二人は優しい光が降り注ぐ中、互いが生きているという証を確かに感じ取っているのであった。

<星降ヶ丘にて証を感じつつ・了>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 3009 / 馨 / 男 / 25 / 地術師 】
【 3010 / 清芳 / 女 / 20 / 異界職(僧兵) 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「星降ヶ丘」にご参加いただき、有難うございます。如何でしたでしょうか?
 お二人とも、初めて書かせて頂きました。お二人は夫婦と言う事でしたが、新婚さんと言う事で思わずほんわかするイメージで書かせて頂きました。素敵なバレンタインデイを過ごせた、と思っていただければ幸いです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。
バレンタイン・恋人達の物語2006 -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年02月06日

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