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『愛の配達便 〜バイトを募集しています〜 』
初瀬・日和3524



「すいませ〜ん」
 コンコン、とドアをノックされた。
 草間武彦はドアを開けて、すぐにバタンと閉める。
「あぅあ〜! 待ってください〜!」
「うるさい。帰れ。おまえの季節はもう終わった」
 武彦が言うのも当然である。ドアの外に立っていたのは赤いスカート姿……いや、サンタ衣装の金髪美少女なのだから。
「最近不景気でクリスマスだけじゃ生計立てられないんですよ〜! お願いします〜。せめてチラシだけでも……」

 仕方なくチラシを受け取った武彦は無言で眺める。
 チラシには、『バレンタインのサンタ便。愛をお届けします』と可愛い文字で書かれており、サンタがチョコレートやバレンタインのプレゼントをそっと配ってくれるというものだ。
「また……おまえさんはどうしてこう……」
「愛の告白の『声』でも、プレゼントでもなんでも配りますよ! 控えめでおとなしい女の子を気遣った企画なんです」
「……まあ、確かに勇気が出ないヤツにはありがたい企画かもしれないが……」
 そのチラシの下には「バイト募集中」とさりげなく……書いてあった。
 にこにこと微笑んでいる外人の少女に、武彦は無言の視線を投げる。
「つまりだ。バイトを探しているのか」
「だってぇ〜! 一人じゃ配りきれないんですもん〜」
「だったらこんな企画を立てるな」
「なにを〜! けっこう好評なんですよ!」
「おまえのトナカイはどうしてるんだ?」
「レイはチラシを配ってます。街頭で」
「なにやってんだアイツも……」
 いや、女好きのあのトナカイならやりかねない。街頭でチラシ配りもすすんでやるだろう。
「というわけで! 人の出入りの多い草間さんとこにぜひこれ、貼ってください! よろしくです!」
「……しかし、給料が『サンタさんからのロマンチックな夜』ってのはなんだ……? これは気色悪い嫌がらせなのか……?」
 少女はムッとして眉を吊り上げる。
「失礼なっ! サンタをバカにすると痛い目に遭いますからっ」
 ぷんぷんと怒りながら、サンタのステラはドアを閉めて出て行ってしまった。

***

 街頭でチラシを受け取った初瀬日和は珍しそうにそれを見つめる。
「どう? 辛いことなんてないし、とっても簡単だよ?」
 目の前でチラシを配るのは美青年と言っても間違いのない男だ。ただ……ナンパな雰囲気が物凄くする。
 控えめな女の子の代わりに届けるというサンタ便。興味はわいた。
 自分も彼氏と付き合い始める前は大変だったのだ。それを思い出して日和は手伝いに行くことに決めたのである。



「えー。お集まりいただいた皆さん! ども、ありがとうございます!」
 ぺこっと頭をさげた金髪少女の言葉に、集まった面々は複雑そうな表情を浮かべた。
 狭い部屋に押し込められた箱、箱、箱の山。
 アパートの一室に集まったメンバーはその山の目の前で嬉しそうにしているサンタ娘・ステラを見て引きつった笑いをする。
「エマさんには配達先の整理とかをお願いできますか?」
「任せて。そういうのは得意だから」
 ステラに早速そう言われてシュライン・エマは立ち上がる。しかし部屋が狭いので本人もちょっと思案していた。そんなシュラインに地図を渡して説明しているのはステラの所持しているトナカイのレイである。
 集まったのはシュライン、神崎美桜、日和、成瀬冬馬、一ノ瀬奈々子の五人だ。
「私たちにもお手伝いはできるんでしょうか?」
 少し不安そうな日和の肩を冬馬が抱く。
「大丈夫! だってボクもいるん……いだだ! 痛い奈々子ちゃん!」
 ぎゅうぅぅぅ! と力強く手の甲を抓られて冬馬が悲鳴をあげた。抓っていたのは奈々子だ。
「あんまりフザケたことばかりしているとゲンコツを食らわせますよ?」
「っ! ごめんごめん!」
 そんな二人を見た日和と美桜は顔を見合わせて苦笑する。
 ステラはそんな様子をにこにこ顔で見ていたが、こほんと小さく咳をした。
「まだこれが全部ではないのです」
「え……?」
 集まったメンバーが一斉にステラを見て呟く。
「今日の分がありますので、それで最後ですよ皆さん! 今から集めてきますので、とりあえずここにあるのをエマさんの指示で分けておいてもらいたいのです!」
 ババーン!
 という効果音が出そうな動作で言い放ち、ステラは窓を開ける。ここは二階だ。
「レイ〜、じゃあ行くですよ〜」
 二人は窓の外に浮かべてあったソリに乗ってどこかへ行ってしまう。勿論、レイはトナカイの姿になってソリを引っ張っていた。
 残された中で男性は冬馬だけだ。奈々子の冷たい視線を受けて冬馬は乾いた笑いを洩らす。
「こわいよ奈々子ちゃん……大丈夫だって。いかがわしいことなんて考えてないから」



 シュラインの的確な指示で区分していたメンバーは狭い部屋の中でぶつかったりしていて悪戦苦闘していた。
「ど、どうしてこんなに狭いんでしょうか……?」
 美桜が不思議そうに呟いた声に、奈々子が説明する。
「収入がほとんどなくて、こんなところしか借りれなかったらしいですね」
「だからステラちゃんはちょくちょく興信所に来てはお届け物ないですか〜って言ってるのね」
 思い出しているシュラインが小さく笑った。
「でも実際、どうやって配達するんでしょうかね?」
 首を傾げる日和の疑問はもっともである。
 ソリは一つ。トナカイも一頭。効率はよくないのは目に見えて明らかだ。
 シュラインはピッと人差し指を立てた。
「やっぱり皆でサンタ衣装で配るのかしら? 手分けして」
「ええ……? で、でももう三時だよ?」
 腕時計を見ている冬馬の言葉に部屋の中が静まり返る。確かに……今からでは遅いような……。
 青ざめた美桜がシュラインを見遣る。
「こんなにたくさんの配達……大丈夫なんでしょうか?」
 またもシーンとなってしまった。
 無言で作業している面々は、ステラが帰ってくるのをただひたすら待つことになっていた。
「お待たせっ、しましたっ」
 息を切らせて窓から入ってきたステラは白いサンタ袋をごそごそと開く。
 小箱がどっちゃり出てきた。
「これで全部です! さ! がんばりましょ!」
「あの……訊いていいでしょうかステラさん」
「? どうぞ、初瀬さん」
「どうやって配達するんですか? トナカイさんは一頭では……?」
「大丈夫! 四人乗りです!」
 笑顔で言われて、部屋の中に冷たい風がぴゅうっと吹いたような錯覚が起きる。
 シュラインが焦って額の汗を拭った。
「そ、そうじゃないのよステラちゃん。配るのはソリだけなのって話なんだけど」
「やだあ。奈々子ちゃんがいるのに?」
 ぎくっとしたように奈々子が動きを止めた。
 シュラインは奈々子を振り向く。いや、冬馬以外は全員彼女に注目だ。
「一ノ瀬さんが……なにか?」と、美桜。
「奈々子ちゃんはング! むーむーっ!」
 奈々子に口を塞がれたステラがばたばたと暴れた。冬馬はあさってのほうを見て笑いを堪えている。
「あんな連中は放っておいて、お嬢さんたち……一緒に夜空の配達と洒落込みましょう。全てが終われば夢のような夜を差し上げますよ」
 胡散臭い綺麗な笑顔で言うレイは日和と美桜の肩に手を回して口説いている。
 シュラインがレイの耳をぐっと引っ張った。
「そんなことしてないで、作業よ、作業」

「では〜、エマさんとー、神崎さん、初瀬さんが同乗ですね?」
 窓から乗れと言われて同乗する女性陣は少々青くなっていた。
 なぜ出入りが窓なんだろうか。
 レイは女性ばかりで興奮しているらしく、トナカイの姿で鼻をフンフン鳴らしている。
 ソリの後部にはサンタ袋だ。見かけは小さいが、あの中には大量の荷物が入っている。
 地図を持ち、窓から軽くジャンプして乗り込むシュライン。
「さ、手を伸ばして」
 シュラインの手を掴んで美桜が、日和が次々と乗り込む。そして最後にステラが勢いよく乗り込んできて手綱を握った。
「ではでは〜、トばしていきますんでよ・ろ・し・く!
 えっとお、エマさんの作ってくれたルートをかっ飛ばすんで、着いたら神崎さんと初瀬さんはサンタ袋から配達物を取り出してください。
 手を突っ込んだら出てくるです。うん。サンタ袋、超便利」
「あの……『声』のプレゼントはなぜ夜限定なんですか?」
 ステラが特殊な方法で『声』を箱の中に閉じ込めている『声便』は数は多くないが夜に配るという。
 美桜の疑問にステラはにこにこ笑った。
「それはー、サンタなりの配慮なのだ!」
「…………」
 静まり返ったソリの上の様子を、部屋の中から冬馬と奈々子が眺めている。
「なるほどねー。ステラちゃん一人じゃ袋から取り出したり、地図を見て確かめる手間がかかるからバイトを集めてたんだー」
「……あのサンタ娘はああいうことをするんですよ」
「へえ。じゃ、ボクらも行こ!」
 奈々子が無言になってしまった。そして二人は玄関から出て行ってしまう。
「それ〜!」
 そんなステラの声と共に出発した。空を大きく駆けるトナカイはぐいぐいとソリを引っ張る。
 時刻はもう夕方だ。
 間に合うのだろうかと不安になる三人は目を疑った。ぎゅん、と周囲の景色が変わる。
「サンタ専用の道に乗って移動なので、わりと早めに移動できます〜。エマさん、地図見ててくださいね〜」
「……ど、どうやって……?」



 無事に全部配り終えた。ソリ組の三人はぐったりして畳の上に座り込む。
「あとは声便だけなので、わたしだけでも大丈夫ですね。えと、ではお礼のものですが……想い人の方のところに直接ソリで連れていってあげます!」
 あ、と美桜が何か言いかけるが黙ってしまう。彼女は懐中時計型のオルゴールを鞄から取り出すとそれにキスをして紙袋に入れた。
「こ、これ……届けてください!」
「ほえ? 神崎さんは想い人に会いに行かないのですか?」
「……困らせてしまうと思うので。住所は中に入ってるメモに書いてありますので」
 苦笑する美桜からステラは紙袋を受け取る。このプレゼントが今日、彼のところに届くだけで美桜は満足だ。
 頭をさげて帰ってしまう美桜をステラは見送った。
「あの……上海でも大丈夫ですか?」
「はや? 初瀬さんも連れて行かなくていいのです?」
「ええ。私は今から彼氏に直接渡しに行きます」
「ふぅん。上海も大丈夫ですよ」
 それを聞いて日和は安堵する。
「じゃあ声を届けてください」
 声を受け取ったステラに頭をさげて日和も部屋をあとにした。
「えっと、では成瀬さんは?」
「ボクはいいよ。皆が幸せならね」
「ええー!?」
 冬馬と奈々子は連れたって帰ってしまう。
 残ったシュラインは、泣きそうなステラに苦笑した。
「大丈夫。私はちゃんと連れて行ってもらうから」
「!」
 パッと笑顔になったステラは、シュラインをソリに再び乗せたのである。



「遠逆和彦さ〜ん!」
 上空からの声に遠逆和彦は顔をあげる。
 ちょうど外に夕食を食べに出ていた時のことだった。
 ソリが降りてきたので彼は仰天して硬直してしまう。
「ご本人に間違いはないですか〜?」
「ほ、本人だけど……」
 なんでこんな季節にサンタが……? と、和彦は不審そうにステラを見ていた。周囲に行き交う人々にも好奇の目で見られている。
「バレンタインのお届け物です〜。ほんとは見つからないように届けるんですけどね」
 渡された小箱のリボンをほどき、和彦は開いた。何も入っていない箱の中から日和の声が聞こえる。
『身体を大切に、くれぐれも無理はなさらずに。またお会いできる時をお待ちしています』
 日和の声を聞いて和彦は仰天した。
「こ、これは……?」
「『声』のお届けです!」
 和彦はそれを聞いてから、なるほどと納得する。そして、微笑んだ。
「ありがとう。彼女の声が聞けて、元気出たよ」

 日和は彼氏に会うために待ち合わせ場所に向かっていた。
 チョコレートを手に持って。
 ステラに頼んだものは、今頃どうなっているだろうか。
 彼女は届け先の人物に気づかれずに配達する達人だった。まあサンタなのだから当然だろう。サンタは気づかれずにプレゼントを置いていくのだから。
 もうすぐだ。もうすぐ彼氏との……。
 日和は到着して微笑む。
「ま、待った?」
 そんな、バレンタインの物語――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/大学生・臨時探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 和彦への声のプレゼント、どうもありがとうございました!
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
バレンタイン・恋人達の物語2006 -
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東京怪談
2006年02月06日

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