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『愛の配達便 〜バイトを募集しています〜 』
成瀬・冬馬2711



「すいませ〜ん」
 コンコン、とドアをノックされた。
 草間武彦はドアを開けて、すぐにバタンと閉める。
「あぅあ〜! 待ってください〜!」
「うるさい。帰れ。おまえの季節はもう終わった」
 武彦が言うのも当然である。ドアの外に立っていたのは赤いスカート姿……いや、サンタ衣装の金髪美少女なのだから。
「最近不景気でクリスマスだけじゃ生計立てられないんですよ〜! お願いします〜。せめてチラシだけでも……」

 仕方なくチラシを受け取った武彦は無言で眺める。
 チラシには、『バレンタインのサンタ便。愛をお届けします』と可愛い文字で書かれており、サンタがチョコレートやバレンタインのプレゼントをそっと配ってくれるというものだ。
「また……おまえさんはどうしてこう……」
「愛の告白の『声』でも、プレゼントでもなんでも配りますよ! 控えめでおとなしい女の子を気遣った企画なんです」
「……まあ、確かに勇気が出ないヤツにはありがたい企画かもしれないが……」
 そのチラシの下には「バイト募集中」とさりげなく……書いてあった。
 にこにこと微笑んでいる外人の少女に、武彦は無言の視線を投げる。
「つまりだ。バイトを探しているのか」
「だってぇ〜! 一人じゃ配りきれないんですもん〜」
「だったらこんな企画を立てるな」
「なにを〜! けっこう好評なんですよ!」
「おまえのトナカイはどうしてるんだ?」
「レイはチラシを配ってます。街頭で」
「なにやってんだアイツも……」
 いや、女好きのあのトナカイならやりかねない。街頭でチラシ配りもすすんでやるだろう。
「というわけで! 人の出入りの多い草間さんとこにぜひこれ、貼ってください! よろしくです!」
「……しかし、給料が『サンタさんからのロマンチックな夜』ってのはなんだ……? これは気色悪い嫌がらせなのか……?」
 少女はムッとして眉を吊り上げる。
「失礼なっ! サンタをバカにすると痛い目に遭いますからっ」
 ぷんぷんと怒りながら、サンタのステラはドアを閉めて出て行ってしまった。

***

「ねえねえお手伝いしようよ、奈々子ちゃん!」
 ファーストフード店で一ノ瀬奈々子を捕まえた成瀬冬馬はそう懇願する。
 奈々子の手にはチラシ。バレンタインのサンタ便のものだ。
 それを見て冬馬は手伝いに行こうと言い出したのである。
「だって……今日は他の二人もいませんし」
 いつもは集まる奈々子の連れはそれぞれ用があって来れないらしい。
 一人は補習。
 一人は家の用事。
 どちらがどちらかなど、冬馬は聞かなくてもわかる。
「じゃあ奈々子ちゃんは今日は暇なんだね! じゃあ行こうよ」
「なんでですか! ステラも私の能力目当てにこんなチラシを持ってきましたけど、嫌ですよ!」
「いいじゃない! ボクがついてる。大丈夫だよ! 一日一善だし!」
 にこっと笑顔で言う冬馬を、奈々子は白い眼で見遣った。



「えー。お集まりいただいた皆さん! ども、ありがとうございます!」
 ぺこっと頭をさげた金髪少女の言葉に、集まった面々は複雑そうな表情を浮かべた。
 狭い部屋に押し込められた箱、箱、箱の山。
 アパートの一室に集まったメンバーはその山の目の前で嬉しそうにしているサンタ娘・ステラを見て引きつった笑いをする。
「エマさんには配達先の整理とかをお願いできますか?」
「任せて。そういうのは得意だから」
 ステラに早速そう言われてシュライン・エマは立ち上がる。しかし部屋が狭いので本人もちょっと思案していた。そんなシュラインに地図を渡して説明しているのはステラの所持しているトナカイのレイである。
 集まったのはシュライン、神崎美桜、初瀬日和、冬馬、奈々子の五人だ。
「私たちにもお手伝いはできるんでしょうか?」
 少し不安そうな日和の肩を冬馬が抱く。
「大丈夫! だってボクもいるん……いだだ! 痛い奈々子ちゃん!」
 ぎゅうぅぅぅ! と力強く手の甲を抓られて冬馬が悲鳴をあげた。抓っていたのは奈々子だ。
「あんまりフザケたことばかりしているとゲンコツを食らわせますよ?」
「っ! ごめんごめん!」
 そんな二人を見た日和と美桜は顔を見合わせて苦笑する。
 ステラはそんな様子をにこにこ顔で見ていたが、こほんと小さく咳をした。
「まだこれが全部ではないのです」
「え……?」
 集まったメンバーが一斉にステラを見て呟く。
「今日の分がありますので、それで最後ですよ皆さん! 今から集めてきますので、とりあえずここにあるのをエマさんの指示で分けておいてもらいたいのです!」
 ババーン!
 という効果音が出そうな動作で言い放ち、ステラは窓を開ける。ここは二階だ。
「レイ〜、じゃあ行くですよ〜」
 二人は窓の外に浮かべてあったソリに乗ってどこかへ行ってしまう。勿論、レイはトナカイの姿になってソリを引っ張っていた。
 残された中で男性は冬馬だけだ。奈々子の冷たい視線を受けて冬馬は乾いた笑いを洩らす。
「こわいよ奈々子ちゃん……大丈夫だって。いかがわしいことなんて考えてないから」



 シュラインの的確な指示で区分していたメンバーは狭い部屋の中でぶつかったりしていて悪戦苦闘していた。
「ど、どうしてこんなに狭いんでしょうか……?」
 美桜が不思議そうに呟いた声に、奈々子が説明する。
「収入がほとんどなくて、こんなところしか借りれなかったらしいですね」
「だからステラちゃんはちょくちょく興信所に来てはお届け物ないですか〜って言ってるのね」
 思い出しているシュラインが小さく笑った。
「でも実際、どうやって配達するんでしょうかね?」
 首を傾げる日和の疑問はもっともである。
 ソリは一つ。トナカイも一頭。効率はよくないのは目に見えて明らかだ。
 シュラインはピッと人差し指を立てた。
「やっぱり皆でサンタ衣装で配るのかしら? 手分けして」
「ええ……? で、でももう三時だよ?」
 腕時計を見ている冬馬の言葉に部屋の中が静まり返る。確かに……今からでは遅いような……。
 青ざめた美桜がシュラインを見遣る。
「こんなにたくさんの配達……大丈夫なんでしょうか?」
 またもシーンとなってしまった。
 無言で作業している面々は、ステラが帰ってくるのをただひたすら待つことになっていた。
「お待たせっ、しましたっ」
 息を切らせて窓から入ってきたステラは白いサンタ袋をごそごそと開く。
 小箱がどっちゃり出てきた。
「これで全部です! さ! がんばりましょ!」
「あの……訊いていいでしょうかステラさん」
「? どうぞ、初瀬さん」
「どうやって配達するんですか? トナカイさんは一頭では……?」
「大丈夫! 四人乗りです!」
 笑顔で言われて、部屋の中に冷たい風がぴゅうっと吹いたような錯覚が起きる。
 シュラインが焦って額の汗を拭った。
「そ、そうじゃないのよステラちゃん。配るのはソリだけなのって話なんだけど」
「やだあ。奈々子ちゃんがいるのに?」
 ぎくっとしたように奈々子が動きを止めた。
 シュラインは奈々子を振り向く。いや、冬馬以外は全員彼女に注目だ。
「一ノ瀬さんが……なにか?」と、美桜。
「奈々子ちゃんはング! むーむーっ!」
 奈々子に口を塞がれたステラがばたばたと暴れた。冬馬はあさってのほうを見て笑いを堪えている。
「あんな連中は放っておいて、お嬢さんたち……一緒に夜空の配達と洒落込みましょう。全てが終われば夢のような夜を差し上げますよ」
 胡散臭い綺麗な笑顔で言うレイは日和と美桜の肩に手を回して口説いている。
 シュラインがレイの耳をぐっと引っ張った。
「そんなことしてないで、作業よ、作業」

「では〜、エマさんとー、神崎さん、初瀬さんが同乗ですね?」
 窓から乗れと言われて同乗する女性陣は少々青くなっていた。
 なぜ出入りが窓なんだろうか。
 レイは女性ばかりで興奮しているらしく、トナカイの姿で鼻をフンフン鳴らしている。
 ソリの後部にはサンタ袋だ。見かけは小さいが、あの中には大量の荷物が入っている。
 地図を持ち、窓から軽くジャンプして乗り込むシュライン。
「さ、手を伸ばして」
 シュラインの手を掴んで美桜が、日和が次々と乗り込む。そして最後にステラが勢いよく乗り込んできて手綱を握った。
「ではでは〜、トばしていきますんでよ・ろ・し・く!
 えっとお、エマさんの作ってくれたルートをかっ飛ばすんで、着いたら神崎さんと初瀬さんはサンタ袋から配達物を取り出してください。
 手を突っ込んだら出てくるです。うん。サンタ袋、超便利」
「あの……『声』のプレゼントはなぜ夜限定なんですか?」
 ステラが特殊な方法で『声』を箱の中に閉じ込めている『声便』は数は多くないが夜に配るという。
 美桜の疑問にステラはにこにこ笑った。
「それはー、サンタなりの配慮なのだ!」
「…………」
 静まり返ったソリの上の様子を、部屋の中から冬馬と奈々子が眺めている。
「なるほどねー。ステラちゃん一人じゃ袋から取り出したり、地図を見て確かめる手間がかかるからバイトを集めてたんだー」
「……あのサンタ娘はああいうことをするんですよ」
「へえ。じゃ、ボクらも行こ!」
 奈々子が無言になってしまうが、スタスタと玄関へ向かって出て行ってしまった。冬馬もサンタ袋のスペアを担いで奈々子を追う。
 ドアの外に立っていた奈々子が冬馬に向けて手を差し出した。
「言っておきますけど、私のテレポーテーション……当てにはなりませんよ? なるべく目的地に行けるように集中はしますけど」
「わかってるって。そのために地図持ったボクが一緒に行くんじゃない。奈々子ちゃんと二人で行けるなんてね〜」
 ヘラヘラ笑う冬馬に奈々子がムッと顔をしかめて冬馬の手を握りしめる。
「時間がないんですから行きましょう!」
 刹那、忽然と二人の姿がそこから消えてしまった。



 無事に全部配り終えた。ソリ組の三人はぐったりして畳の上に座り込む。
「あとは声便だけなので、わたしだけでも大丈夫ですね。えと、ではお礼のものですが……想い人の方のところに直接ソリで連れていってあげます!」
 あ、と美桜が何か言いかけるが黙ってしまう。彼女は懐中時計型のオルゴールを鞄から取り出すとそれにキスをして紙袋に入れた。
「こ、これ……届けてください!」
「ほえ? 神崎さんは想い人に会いに行かないのですか?」
「……困らせてしまうと思うので。住所は中に入ってるメモに書いてありますので」
 苦笑する美桜からステラは紙袋を受け取る。このプレゼントが今日、彼のところに届くだけで美桜は満足だ。
 頭をさげて帰ってしまう美桜をステラは見送った。
「あの……上海でも大丈夫ですか?」
「はや? 初瀬さんも連れて行かなくていいのです?」
「ええ。私は今から彼氏に直接渡しに行きます」
「ふぅん。上海も大丈夫ですよ」
 それを聞いて日和は安堵する。
「じゃあ声を届けてください」
 声を受け取ったステラに頭をさげて日和も部屋をあとにした。
「えっと、では成瀬さんは?」
「ボクはいいよ。皆が幸せならね」
「ええー!?」
 冬馬と奈々子は連れたって帰ってしまう。
 残ったシュラインは、泣きそうなステラに苦笑した。
「大丈夫。私はちゃんと連れて行ってもらうから」
「!」
 パッと笑顔になったステラは、シュラインをソリに再び乗せたのである。



「いいんですか? せっかくステラが……」
「いいのいいの。ボクはあげる人が近くに居るから」
「はあ?」
 一緒に帰っていた奈々子は冬馬のその言葉に不思議そうにする。
「女の子だけのバレンタインじゃないでしょ?」
 冬馬は足を止めて振り向いた。
「奈々子ちゃん」
「はい?」
「どうぞ」
 奈々子の手に懐中時計を乗せる。奈々子はそれに仰天して冬馬を凝視した。
 アンティークの懐中時計は凝っていて綺麗だ。
「え、あ、あの?」
「ボクから奈々子ちゃんに、バレンタインのプレゼント」
「えっ!? わ、私にですかっ?」
 驚きのあまり頬を赤く染めて奈々子が慌てる。
 彼女は懐中時計をそっと見つめてから表面を撫でた。
「裏にはボクの携帯番号書いてるから、いつでもかけてきてね!」
 笑顔の冬馬に奈々子は呆れつつ、目を伏せる。
「あ……私は何も用意してないんです。すみません」
「じゃ、奈々子ちゃんの笑顔が見たいな」
 冬馬の言葉に奈々子は困ったように顔を歪めるが、それからゆっくりと照れたように微笑んだ。
 そんな、バレンタインの物語――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/大学生・臨時探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、成瀬様。ライターのともやいずみです。
 うちの奈々子をご指名くださって嬉しいです! 奈々子とたっぷり絡めてみました!
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
バレンタイン・恋人達の物語2006 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年02月06日

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