『complot 』

カール・バルク（0396）＆真咲・水無瀬（0139）＆兆・ナナシ（0371）

　麗らかな、という言葉が相応しい日和を窓の外に見ながら、カール・バルクは午前の診療を終えて一息ついた。
　こじんまりと構えた診療所は、無免許とはいえ……否、法に適さぬからこそスラムという立地で町のお医者さん的な位置づけが可能になる。
　経営者が無免許であっても世に病人・怪我人が居る限り客はやって来るのだ。
　喩え、それが招かれざる者であっても。
「手を上げろ」
診療所の戸口にかけたプレート、診療時間の記載された表を返して『休診中』の表示に変えようと外に出たその時、側頭部に突きつけられた銃口に、カールは軽く眉を開いて緩く開いた両手を肩口まで上げた。
「お前、医者だな」
断定的な自信は、カールの纏った白衣に確信を得てだろう。
　相手の顔を確かめようと首を動かすが、その動きを銃で制されてカールは声に若さを判じるしかない。
　その僅かな動きにも、慣れた血の臭いを取ってカールは相手に気付かれぬよう、口の端を少しだけ引く。
「そうだと言ったら、どうするのかな君は」
「治療しろ」
およそ予想に違わぬ要求に、カールは一つ息を吐き、診療所の扉を肩で押し開けた。
「……どうぞ。此処では目立つ」
中へと招じ入れて先に立つカールの後頭部に銃を突きつけたまま、賊は彼の後に続いて後ろ手に施錠した。


「さて、君は今朝から騒ぎを起こしている強盗犯の人……かな？」
銃で脅されるまま診療室に案内したカールは、診察台に座らせた青年の傷を検分しながら問う。
「何故それを……ッ！」
その反応では、そうだと自白しているも同然である。
　声の通りに未だ若く、浅黒い肌が中東の出身と思しき青年が銃口を向けたままであるのに、カールは態とらしく息を吐き出して立ち上がった。
「……職業柄、そういった情報に事欠かなくてね。それにここらでも結構話題になっているよ？」
言ってカールは窓際に置かれた古風なラジオのスイッチを入れた。
　スピーカーから流れ出すノイズに耳を澄ます事、しばし。雑音に聞こえる音が人の声と気付くには、カールが抓みで受信を調節するにそう時間を要しなかった。
『え？　原稿？　コ、コレ読むんですか？　え〜と……ハイ、爽やかな午後を貴方と共に過ごしたい……お耳の恋人、兆ナナシがお送りする官能に満ちた淫らかな一時ってなんですんやコレ?!』
見事なまでの棒読み、と言いたい所だが、独特の調子で訛る公用語に原稿を読み上げる調子に味の出る放送に、カールは苦笑した。
「海賊放送でね、近くの商店街の有志が放送しているんだが」
カールのフォローに、スピーカーから流れる声が続ける。
『えぃと、今日もご近所の噂、お買い得情報満載でお届けします、官能……はもぅえぇって！　お兄さんと一緒？　あ、それならえぇですね。お届けします、ナナシお兄さんと一緒。最初のニュースはここらに潜伏した強盗犯についてです』
険のある表情でカールの動向に一々銃口で牽制していた犯人の眉が動く。
『最新の情報、裏のタバコ屋のおばぁちゃんの目撃情報に因りますと、犯人は無免許の診療所に立て籠もっとる見たいですねぇ』
「話が早いね」
感心したように言うカールとは裏腹、腰を浮かせる犯人の両肩を押さえて制す……人間垂直に立ち上がろうとしたさい、其処を抑え込まれると立てなくなる。
「心配しなくても、いきなり自警団が雪崩れ込むなんて事にはならないよ。ここはスラムだからね、情報は最低限自分の身を守る為のものだ」
言いながら、カールはおもむろに鋏で犯人のシャツの前を縦一直線に切り裂いた。
「何をする……ッ！」
「治療だよ。傷に服が貼り付いたままでは大変だろう？」
いけしゃあしゃあと、鋏を鳴らしてみせるカール……因みに傷は腕のみで、身体を診る必要は毛頭無い。
『さて、今日のゲストコメンテーターです。道を歩いている所を引っ張ってきた？　真咲水無瀬さんにお願いします。さて、リーダ……やない、水無瀬さん。今回の事件はどうでしょう』
『阿呆だな。よりにもよってあの診療所に入り込むとは……』
一蹴した直後、深い嘆きの溜息と共に吐き出されたコメントに、犯人の表情は訝しげな代物になる。
『と、いいますと……？』
『あの診療所はな……女子供と年寄りにはまぁ問題がない。だが男、しかも若い奴が足を踏み入れるとなると危険極まりない場所だ』
『そ、そうですんや……？』
何やら怪談めいた響きを呈する話題に犯人は息を呑み……カールはその様ににっこりと微笑みかけて見せる。
『若い男なら先ず着衣を剥かれる』
『ホンマですか？　行ったら全員？』
妙に不安げな問いに、断言が応じた。
『ほぼ間違いない』
剥かれた当人が、言い当てられる現状にひぃっ?!　と声なき悲鳴に自らの肩を抱く。
　犯人の様子に笑みを変えぬまま、カールはつ、と肩に指を走らせた。
「この部屋は寒いのかな？　鳥肌が立っているよ？」
そしてよく鍛えてあるね、などというものだから今度は嫌な汗が出る。
「汗が傷に入らないようにしないとね……化膿したら大変だ」
親切ごかしてタオルでゆっくりと汗を拭うカールの、その手の優しさまでが不気味である事を自覚、しているのだろう多分。
　それを証拠に相手が何か言う前に肝心の腕の治療を始めて、有無を言わさず自分のペースに巻き込みつつ触らなくて良い箇所までさり気に撫で回してみたりしている。
『だが、まぁ腐っても医者だからな。治療の方は真面目にやる……問題はその後だ』
『は、はぁ……』
ごくりと唾を呑む音が響く。果たしてそれは患者のものか、聞き役に徹しているＤＪのものか。
「そうだ、一応カルテを作るから、本名でなくてもいいから名前と……生年月日を教えて貰えるかな」
ラジオの声に耳を集中し、独特の空気に呑まれながらカールの動きを警戒するという難易度の高い状況の渦中に居る為か、犯人はほぼ無意識にだろう、本名と思しき名と青年月日とを口にした。
　内容をサラサラと書類に書き込みながら、カールはふ、と微笑んだ。
「水瓶座か……私と相性がいいね」
『口説きだしたら、おしまいだ。バージンは諦めた方がいい』
溜息と共に告げられる宣告に、犯人は叫びと共に診療台の向こうに落ち、それでも放さなかった銃を再びカールに向けた。
「手を上げろ！」
「またかい？　仕様のない子だ……其処も可愛いけれど」
何処か嬉しげなカールの眼差しに、犯人は手探りでシャツを探すも……二つに裂かれて無惨な布きれがあるばかりである。
「車か何かあるだろう！　寄越せ！」
「もう行ってしまうのかい？　袖擦り合うも多生の縁……親交を、深めさせて貰いたかったのにね、是非」
『さぁ、そんなどうでもえぇ話はよしにしといて！』
ラジオの声は、診療所内の一方的な緊張も知らずに勝手に恐怖を払拭するように一転、明るい声に変わった。
『今日のラッキー占いカウントダウン！　水無瀬さんに読み上げて頂きましょう！　さぁ気になる今日の運勢は?!』
明るい音楽をＢＧＭにジャカジャン！と効果音が入る。
『そしていきなりワーストワーン！　水瓶座の貴方！』
明るい声と対照的な低さ、その落差がずしんと胸に響く……声が水瓶座の運命を告げた。
『バックに気を付けろ』
えらく断定的だと言う事に気付かぬまま、犯人は悲鳴のような雄叫びを上げ、カールが示して見せた鍵を奪い取るとこけつまろびつ診療室から飛び出した。
「簡単に捕まってしまうのでは、楽しめないだろう……少し灸を饐えて貰うといい」
開け放された扉に口の端で笑んでみせ、カールはさて、と立ち上がると窓の下を覗き込んだ。
「攪乱する為とはいえ、随分な言われようだね？」
其処には無線の受発信機を手に、エヴァーグリーンの平和条約巡察士、ピースメイカー・ナインス部隊の面々が……正確には女性陣だけが、カールを見上げて笑って見せた（男性陣の大半は逃亡済）。


　攪乱と言うよりは錯乱に近い状態で、犯人は診療所裏に停めてあったジープに飛び乗ると左右確認もせずに道路に飛び出した。
　幸いと言うべきか、舗装は剥がれて道の荒れたスラムに乗用車が行き交う事は稀で、出会い頭に衝突するような車はない。
　それをいい事に犯人はアクセルを踏み込んだまま、言いしれぬ恐怖の現場から遠ざかろうと必死である……その後頭部に、ごり、と固い感触が押し付けられた。
「だから言ったろう。バックに気を付けろと」
チッと火花の散る音に次いで、吐き出される紫煙の香りが恐怖対象ではない人間の輪郭を確かにする。
　犯人はバックミラーで相手の姿……黒髪にオニキスの瞳を持つ、真咲水無瀬の姿を目視して何故か肩の力を抜いた。
　それが由来する恐怖を悟りながら、真咲はそ知らぬふりでミラー越しに視線を合わせる。
「お仲間はご招待済みだ」
最低限に端的な言葉が、真咲の目的も告げている。
　ナインスで捕縛した強盗団、徒党を組んで周辺を荒らし回っていた最後の一人である……意図を察した犯人は、ミラー越しに真咲を睨め付けた。
　銃口を突きつけられて尚、スピードを緩めず諦めを見せないあたりは根性が座っていると言えなくもないが、先程の怯えようをしては凄んでも今更な感が強い。
「……それから」
眼差しで殺せるならばそれも可能かと思わせる敵意を受け流して、真咲は歯だけで煙草を支えて器用に言葉を紡ぐ。
「前にも、気をつけろ？」
言われて犯人は視線を転じ、回避不可能な距離に立つ人影を確認する。
　本能的に咄嗟、ブレーキを踏み込むも衝突は避けられず、決定的な事態を覚悟する犯人……は次の瞬間に信じ難い光景を目にした。
　跳ね飛ばす事を確信した相手は、ひょい、と気軽な動作でボンネットに手を突くと、その手を支点に跳躍し、助手席に飛び込んで見せたのだ。
　急ブレーキに制動を失う車に飛び乗りながらシートに片足をかける形で安定し、横様に薙いだ左腕から鋭い音を立てて伸びるのは漆黒の刃……腕に仕込んだクローと身体能力、そして無機質な視線を向ける機械仕掛けの左目に、サイバーだという事が容易に知れる。
　あまりに急な制動に、ジープは横転しないまでも進行方向と逆に向いて漸く制止し、ハンドルにしがみつく形で車から投げ出されるを逃れた犯人は、首筋にチクリと一点生じる針先のような痛みに顔を上げた。
「そのまんま、動かんで下さいね？」
喉元に突きつけられた切っ先は元より、後頭部の銃口も急ブレーキに揺らぐ事もなくぴたりと据えられたまま動かない。
　実力差、というより化物じみた相手が二人になれば、降伏するより他に命を守る術はないと察して、犯人は無抵抗の意を表明して力無く両手を上げた。


　後続のメンバーに犯人を受け渡し、そのままジープを駆って診療所に戻った真咲とナナシをカールが出迎えた。
「お疲れ様。首尾はどうだった？」
儀礼的なカールの問いに、真咲は不機嫌に、そしてナナシは嬉しげに答える。
「わざわざ聞く程の事か」
「おかげさんで、あんじょうよう片付きました」
真咲は助手席、ナナシは運転席から下りながらの言葉にカールは頷く。
「それは良かった。他意はないけれど私も協力したから気になってね」
　ラジオと見せかけた受信装置で番組を模し、相手に動揺を誘う方策……功を奏したそれできっぱり遊ばれていたのを知らぬは犯人ばかりである。
「演技というものも、なかなかに難しいね」
その立役者であるカールが嘯くのに、演技じゃなくて本気だろうが、と真咲は口にしたい突っ込みを喉元で止めた。
「演技ですかぁ……なんや、あんまり自然やさかい、カールさんほんまにそういう悪ささはってたんか思て、すごい心配になってしもたですやん」
ほ、とあからさまな安堵を見せる、ナナシを気遣っての事である。
「本当に信用がないね私は……君が居るのに、そんな事をする必要はないだろう？　兆くん」
ナナシが居なければ必要があるという事か、という思いを苦虫の如く噛み締める真咲。
　ナナシという恋人を得てからなりを潜めているが……真咲のコメントの８割方は過去の真実であるのを彼は知らない。
　直接に真実を告げれば動揺激しかろうという配慮に、機会を得ては遠回しに警告するのだが、いけしゃあしゃあと疑惑の当人に覆されて丸め込まれ、未だその毒牙の存在を認識させられないのが現状である。
「や、でも本気で怖がってはったし」
「それだけ真に迫っていたのかな。意外に役者の才能があるのかも知れないね、私は」
言いながらさりげなく腰に手を回し、不必要に近い距離、右の耳元に会話を吹き込まれ……今当に丸め込まれようとしている部下を助けるべきか、無視するべきか。
　傍目に甘い問答を続けるカールとナナシに、真咲の煩悶しかけてふと気付く。
　そういえば。
　ナナシの言った『悪さ』が当に両者の出会いではないか。
　解っているのか忘れているのか……前者であれば大物の器、後者であれば奴の頭は割れ鍋だ、と途端にげんなりとして真咲は踵を返して恋人達の語らいに背を向けた。
　好きにしろ、という言外の行動に、カールの微かな笑いが返答となったのを理解しながら。

PCシチュエーションノベル（グループ３）

北斗玻璃

PSYCHO MASTERS　アナザー・レポート

2006年02月06日