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『『ゆったりと、ゆっくりと。〜男の花道に向けて〜』 』
門屋・将太郎1522

「ううん。いいねえ」
 俺は鏡に映る自分の姿を見ながら、思わずにやけてしまう。
 残念ながら、俺はナルシストなんかじゃない。自分の体型をながめるよりかは、グラビアアイドルをながめていたほうがはるかいい。
 だが、ダイエットの結果が徐々にあらわれたことに俺は満足していた。最初の頃はなかなか減らない体重に苛立ったときもあったが、がまんを続けていた甲斐はあった。
 ようやく体重が数字の上だけではなく、腹や腕のたるみがなくなるなど目に見える形で減ってきた。
「継続は力なりってか」
 体の変化は意外と遅い。
 体重が変わらないから自分は太らない体質だと思っていたら、一ヶ月後におそろしい結果が待っていることもあれば、毎日根気よくダイエットをしていれば、一ヶ月後にはみるみる体重が減り始める。
「ほんとがまんしたかいがあったぜ」
 生活を変化させるというのは、想像以上につらかった。
 最初のうちこそ、朝のウォーキングは新鮮な発見があって楽しかったが、毎日継続するとなると、なかなかしんどい。禁煙や禁酒をするように一日でもさぼったら、そのままずるずるとさぼってしまい、元の不摂生な生活に戻ってしまう。
 だが、弱気になる俺を奮い立たせてくれるひとつの目標があった。
 そう。来るべき来月におこなわれるビッグイベントだ。
 世の男共の悲喜こもごもがあふれるあの日。
 人生で人々が真の愛に目覚める日。
 なによりも愛しい相手のことをただ一途に思う日。
 今年こそは倖せの絶頂を迎えたいと俺は切に願っている。
 去年まではせいぜいお義理を何個かいただくぐらいだったが、今年こそは真の愛が降りそそいでほしい。
 そのためなら、俺はどんな茨の道だろうが前へと進んでみせる。
 大雪が積もろうが、犬に吠えられて追いかけられようが、ウォーキングは続けてきた。定食屋でいちいち料理のカロリーを聞いて定員にいやがられようが、カロリー計算は続けてきた。
 時には、そんな自分に何度も嫌になって、ダイエットにくじけそうになった。
 患者の愚痴に滅入って酒を飲みたいときもあった。悪友たちが浴びるほど酒を飲み、焼き肉を大量に食っているわきでビール一杯をちびちびと飲んでいる自分に泣きたいときもあった。
 だが、そんなあまたの誘惑を断ち切って、狂ったようにダイエットを続けたのは、すべては来月のあの日のためだ。
「今年の俺はひと味もふた味も違うぜ」
 二十代も後半を迎えると、血気盛んな学生のような勢いがなくなる。けれど、そろそろ三十間近を迎えたとき、男はあたらしい自分に生まれ変わることだろう。
「そろそろ肉体改造もしてみるかな」
 ウォーキングのほかに筋力トレーニングもしているから、少しずつ筋肉も引き締まっている。けれど、今まではダイエットのためだけに筋力トレーニングをしていたたから、体型のこととかあまりよく考えてこなかった。
「女ってのはどんな男が好きなんだ?」
 俺はたまたま駅前で購入したメンズファッション誌を広げて、中のモデルと自分の体型をくらべてみる。
「筋肉むきむきなほうが頼りがいがあっていいのか。それとも、サッカー選手みたいに華奢で引き締まったほうが格好良く見えたりするのか」
 別に流行にのるつもりはないが、やはり女心をキャッチするためには見栄えしたほうがいい決まっている。
「俺としては、まあ肩の筋肉や胸筋が張った男らしい体型になりたいわけだが」
 思わず『これがもてる男だ』という特集を食い入るように読んでしまう。
 本によると、腕の筋肉をつけるためには、バーベルなど重りを使って腕や肩の運動をすればいいらしい。腕立て伏せも腕や肩の筋肉をつけるための運動なのだが、肉体改造のためにはもっと運動器具を使って部分部分を意識して鍛えることがよいそうだ。
 有名なサッカー選手が三十代半ばを過ぎて肉体に限界を感じたとき、今まではサッカーに不必要だった胸の筋肉や肩の筋肉も鍛えていたのを、腹筋や太股を重点的に鍛えるようになったという。
 闇雲に体を鍛えるのではなく、自分の理想の体型をつくるための運動メニューをつくる。理想の体型を意識して体を鍛えることが自分の健康のためにもよいらしい。
「はあ。体を鍛えるのにも頭を使うのかよ」
 体育会系の人間なんて脳みそまで筋肉のやつらばかりだと思っていたが、まさか日頃の生活からどうすれば自分の理想の体型になれるか考えているなんて。
 プロスポーツの選手には専属トレーナーやコックがいるが、常に彼らは科学的に選手の体をどうつくりあげていくかを考えているらしい。
「はあ。なるほどねえ」
 料理なんて楽しむもののはずなのに、それさえも自分の理想の体型を得るために犠牲にするなんて。
「だが、もてる男はこうじゃなくちゃいけねえ」
 そこまで自分を追い込んでいるからこそ、プロスポーツの選手はカリスマを得るのだろう。だぶだぶに太った男は自分に甘いから太るのだ。そんな人間がなにかを言っても女心を揺り動かすことなんてできやしないだろう。
「よし。俺もがんばってやろうじゃねえか」
 さっそく知り合いのスポーツトレーナーに電話してジムに通おう。
 来るべき来月の男の花道に向けて、来月までには心身共に男前になってみせる。
 そして、今年こそあの日に真の愛を手に入れてみせる。
「へっくし!」
 鏡の前で悦に浸っていたら、湯冷めしたらしい。
「ううぅ。さみぃさみぃ」
 俺は暖房のあるリビングへと逃げていった。
 どうやら俺はまず頭の中から鍛え直さないとだめようだ。

***あとがき***
 今回もご依頼ありがとうございました。
 納期が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
 今後も引き続きよろしくお願い申し上げます。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
大河渡 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月24日

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