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『楽し! おそろし? 運試し! 』
セレスティ・カーニンガム1883



「もう、お兄さん。お正月早々、そんなところで寝てばかりいないで下さい!」
 零の言葉に、ところどころ色の剥げた皮のソファに寝そべっていた草間武彦は、視線だけを彼女にやる。

 あいかわらず薄暗く、散らかったまま年を越してしまった草間興信所。窓ガラス一枚隔て相対する青い空が、サングラス越しでも目に眩しい。
 傍らの映りの悪いテレビから聞こえるのは、駅伝の遠い歓声。
 良き哉、今年も平和でなによりだ……。
 
「ってお兄さん、また眠らないで下さい! もうこんなに日は高いんですよ? お正月だからって、ダラダラしすぎです!」
 とうとう癇癪を起こした零が、ソファから武彦を叩き落す。はずみでテーブルの角に頭をぶつけてしまい、草間は新年早々の「大当たり」にしばし身悶えることになった。
「……お、おい、零……お前な。正月なんだから、俺だって少しぐらいゆっくりしたいんだよ……」
「そうですよ、お兄さん。お正月なんですから、『初詣』に行きましょう!」

 草間の言葉で思い出したのか、零はぱっと華やいだ声で、彼のささやかな訴えを遮る。
 人ごみを思い浮かべ、早速げんなりする草間をよそに、零はうきうきとポケットからなにやら折りたたんだ地図を取り出した。
「おい、なんだそれ?」
「あのですね、この前教えていただいたんです。ここの興信所の近所にある『草薙神社』へ初詣に行って、そしてお願いをすれば、例えどんなことでも叶うそうですよ」
「なんだと?」
 ――誰だ、怪しげな話を零に吹き込んだのは。
 思わず鼻の頭にしわをよせる草間。そんな彼を気にも留めず、零は今もまた可愛らしく小首を傾げて見せたのだった。

「でも、『願いは叶う』けれど『幸せになるとは限らない』んだそうです。……願いが叶うのに幸せじゃないって、どういうことなんでしょうね、お兄さん?」




●楽し! おそろし? 運試し!



<男性陣の密談>

「俺さ、正月といえば初詣だと思うんだよね」
 応接セットのテーブルの上に申し訳程度に置かれたみかんを遠慮なく抱え込みながら、羽角悠宇は草間に対し遠慮ない口を聞く。
「なのに、寝正月で終わらせようってそれは不届きじゃないの、草間さん」
「……不届きってのはなんだ?」
「不届きだろ? せっかく神様が『正月なんだから挨拶に来い』って言ってるんだからさぁ。なんて言うんだっけこういうの。わびさび?」
 彼らしい物言いに、傍らに腰掛けるセレスティ・カーニンガムが静かな笑みを漏らした。窓からの陽光に、さらりと流れる髪が光る。
「そうですね。一年の始まりから早速行動を起こすことは、けじめをつける事にもつながって良いことだと思いますし」
「羽角さん。草間さんに物の道理を説いてもムダだと思いますよ。セレスティ様も、草間さんなどに真面目に返事しなくても」
 そして、室内を落ち着きなく歩き回るモーリス・ラジアルの口調は容赦ない。
 振り向きもせずばっさりと切って捨ててみせながら、「相変わらず、ろくなものがないくせに物が溢れていますよね」などと、大きすぎる独り言を吐いている。


 指摘されずとも寝正月を送ろうとしていた草間を邪魔したのは、予想もしなかった来訪者たちだった。去年散々見慣れた顔を、新年早々また見ることになろうとは……などと、彼らに世話になったことを棚に上げて草間は独り言ちる。
 零と、近所への挨拶から帰ってきたシュラインは別室にこもっている。なんでも他の女性陣に着物の着付けをしてやるとかで、その表情は新年早々気力に満ちていた。
 女ってのは、よく分からないところでやる気を発揮するよな――なんて呟きを、草間は煙の輪と共に宙に浮かす。


「……お前らなぁ。お前らの言い分、そっくりそのまま返すぞ」
 草間は重い頭を巡らし、散々な言い草を放つ(自称)客たちに視線を戻した。くわえていた煙草をギリ、と噛む。
 彼らの言葉は嫌味を通り越し、もはや白旗を上げた方がいいのではと思えてくる。
「お前らは何か? 正月早々、俺にイヤミでも言いに来たのか?! あぁ?!」
「人聞き悪いなぁ。暇そうな草間さんをわざわざ誘いに来てあげたんじゃん」
「俺はそんなこと頼んでない」
「私だって頼まれてませんよ。そんなに暇ではないですし」
「モーリス、あまりに正直なのも考え物ですよ」
「……あのなぁ」

「ま、草間さんをいじめるのはコレぐらいにしておきましょうか。……モーリス」
 セレスティの言葉に、心得たといった態度で、背後に寄り添っていたモーリスが鞄から包みを取り出す。
「こちらは私たちの屋敷の料理人が作ったおせち料理です。ああ、シュラインさんが立派なものを既に用意していると思いまして、洋風にしておきました。それから、これは零嬢へのお年玉です。掃除道具を持ってきましたから、ちゃんと手渡しておいてくださいね」
「お前なぁ。お年玉って、あいつはもういい大人なんだが……」
「もちろん、草間さんにもお年玉持ってきました。マルボロ1カートンですよ。いりませんか?」
 気だるげな態度から一変、途端に目を輝かせ始めた草間に、セレスティは苦笑を漏らす。
 その笑みに、草間は我に返ったのだろう。いささかわざとらしく顔をしかめ、ずれてないサングラスを直しながら、彼はふん、と鼻を鳴らした。
「大財閥の総帥様にしては、随分しけた土産だな」
「新年早々、借金のカタにされてはたまりませんからね」
 嫌味に対し、それ以上の嫌味を返されてしまい、草間はぐうの音も出ない。

「お金よりもすぐに役立つ物の方がよいのです。それに煙草は適度が一番よいですから」
「そうだよ、ちょっとは健康考えた方がいいぜ、草間さん」
「主人の好意を無駄にしないでいただきたいですね」
「……よってたかってのありがたいご説教、どうもありがとよ」
 ――だめだ、多勢に無勢だ。
 思わず、草間が見えない天を仰いだ時。


 
「お待たせしました、お兄さん」
 隣室との扉が開き、零がぴょこん、と顔を出した。
 長い髪に、桜のかんざしが良く似合っている。どうですか、とその場をくるりと回ると、桃色の振袖の裾がひらりと宙を舞った。
「おお、悪くないな」
 本日初めての素直な賞賛を、草間は口にした。似合うぞ、との草間の言葉に、零は小首を傾げて照れてみせる。
「なんだ、誰かに着せてもらったのか」
「はい、シュラインさんと都由さんに」
「そうか、そりゃ良かったな」
「ちょっと武彦さん。その感想は簡単すぎるんじゃない?」

 零に引き続いて、他の面々も次々と姿を現す。
 め! とおどけつつ怒ってみせるシュライン・エマは鴇色の振袖。鷲見条都由が着ている訪問着は萩色だ。ここに来た時は仕事用のスーツだったはずの藤井百合枝も、その名に似合う藤色の振袖を身にまとっている。また、なぜかクリスティアラ・ファラットは白い襦袢に赤い袴の巫女姿だ。
 そして最後に出てきた初瀬日和の振袖は桔梗色。白い花柄が散ったその着物は彼女の白い肌によく似合っていて、目の合った悠宇などは早速頬を染めている。 
 

「で、武彦さん。誰が一番、着物がよく似合ってるかしら?」
 シュラインに問われ、草間は再びぐっと詰まっている。
「まぁまぁシュラインさん、無粋な草間さんに気の効いた返事を期待するのは無駄ですよ」
「こら、モーリス。……ええそうですね、甲乙つけがたく、皆さんよくお似合いですよ」
「そうかな。俺、日和が一番よく似合ってると思うけど」
「! 悠宇くんってば!」
 一同を前にしての悠宇の正直な感想に、日和は真っ赤になっている。
「ま。そこまで正直に言われちゃ、敵わないわね」
「でも〜みなさん〜それぞれ〜お似合いだと思います〜」
「あれ? あれれ? この『みこ』姿が、ショーガツの正装じゃないんですかっ!」
 顔を見合わせて笑いあう、百合枝と都由。その横でクリスティアラは周囲をキョロキョロと見回し続ける。

 そして。
 「便所」と一言呟き、気まずそうにそそくさと部屋を逃げ出した草間。
 まったくもう、と肩をすくめたシュラインの姿が目に入っていないはずはないのに、そ知らぬ素振りだ。

 彼の背中に向け、狭い室内に一向の明るい笑い声が弾けた。



     ■□■



 草薙神社は興信所より20分ほど歩いたところにあった。
 長い参道はたくさんの屋台と、その隙間までも埋めるほどの人で賑わっている。
 冷えた空気に、白い吐息が上がっては消えていく。賽銭を握り締め本道へ向かうもの。それに背を向け、破魔矢を抱いて帰宅の途につく者。
 すれ違うのも困難な狭い道。参拝者のさざめきと、屋台の賑わいが交じり合う。
 これだけの大きな神社を、なぜ今まで知らなかったのだろうか? ――その大きな疑問にしっかりと答えられる人間は、この場所にはいないだろう。
 誰もが思うはずの疑問にしっかりを蓋をし、ただ願いが叶うというその評判だけを頼りにして、長い参道を抜けると――迎えるのは大きな朱色の鳥居。
 それを2回くぐり、破魔矢やお守りなどが並ぶ窓口を抜けると、人々の前に本堂が現れる。
 置かれた大きな賽銭箱目掛け、皆賽銭を投げる。そうして柏手と共に、人はそれぞれつつましい願いを口にする――



 遠くで、何かが池に落ちる水音がした。
 はて、何の音でしょう、と首を傾げるセレスティに、モーリスはさぁ、と興味無げな態度。
 背後を振り返ってみれば、彼は遠くを見ていて心ここにあらずといった様子だ。どうやら、先ほど引いたおみくじの結果を相当気にしているようで、セレスティは彼に分からない程度に小さく笑う。
 ――あなたも、なかなかに意地っ張りですね。
 彼の、セレスティの肩を掴む手がわずかに震えていることは、あえて指摘しないでおく事にした。
 もし口にしたら――彼はきっとどうしたらいいか分からなくなるだろうから。
 信頼している者に頼られるという事は、なかなかに快いことだ。
 

 二人は中央参道に沿って続く細い路地にいた。
 連なる屋台の背後にあたるその道は、人もまばらで、車椅子でも進むのが容易だ。お互い人ごみは苦手とあって早々に二人はここまで抜け出してきた。
 賑わいの外にいるが、聞こえてくる声はかしましいほど。雰囲気を味わうだけならば全く遜色がない。そうしてモーリスと共に、セレスティはゆっくり正月の賑わいを楽しんでいる。


「ところで、セレスティ様」
 話題を変えるつもりか、モーリスがセレスティを上から覗き込んでくる。
「セレスティ様は、おみくじの結果、どうだったのですか」
「ああ……そうでしたね。開いてみましょうか」
 胸のポケットから、セレスティはおみくじを取り出す。背後から感じる痛いほどの視線に、セレスティの脳裏にふっと「おみくじを隠したい」という衝動が浮かぶ。一度浮かんだ小さな意地悪は、抑えるのが大変だった。
 それにもし実行に移したとしたら、その倍以上の意地悪を向けられるに違いない。

「どれどれ……『白圭凶』、だそうですよ」
「セレスティ様も凶じゃないですか」
 なぜか得意げに、モーリスが笑う。
「あなたよりは良い結果だと思いますよ」
「でも凶です。他にはなんて書いてありますか?」
「はいはい……『風邪は万病の元である』」

 途端、くしゅん、とセレスティは小さなくしゃみを漏らし、モーリスの盛大なしかめ面を見ることとなる。
「何、油断されてるんですか。言わんことじゃない、早く帰りましょう、セレスティ様」
「……ええ、そうですね」
「ちゃんと分かっているのですか? 今日は休みですが、明日からはさっさと執務についていただきます。伏せっている余裕など、セレスティ様にはないんです。大体……」

 あっという間に周囲を小言で埋め尽くされ、やれやれ、とセレスティはそっぽを向く。
 年初め早々、こんなにも言われてしまうとは……これも凶の「ご利益」でしょうか。
 ――ああそういえば。
 願えば、例えどんなことでも叶うという、この草薙神社。引き当てたのが凶だったとはいえ、多少はご利益を期待してもいいのかもしれない。


 セレスティはこう願っていた。
 ――自分が行う数々の小さな悪戯が、大成功に終わる一年であるよう。


「元々の不運に加え、モーリスの結果が加わったとしたら……草間さんに少し、悪い事をしたでしょうか」
「? 何か仰いましたか、セレスティ様」
 呟きに、モーリスが聞き返す。いえ、なんでもありませんよ、とセレスティは返しつつ、もう一度だけ背後を振り返った。
「モーリス。もし寝ている間に、枕元にプレゼントが置かれていたらどうしますか」
「クリスマスでもないのに、ですか? ……そうですね、この私をひがんだ罠かもしれませんし、まず喜んだりはしませんね」
「そうですか」
 セレスティは前方に向き直り――そうして小さく笑みを漏らす。
 今年初めのターゲットは決まったな、などと思いながら。



 参道の向こうから、人々の悲鳴が聞こえた気がした。






追伸 ――おみくじの結果一覧――

(数字が)1.緑雨吉/胆に注意/風涼やかにして軽やか。平穏は続く。
2.紅雲吉/小腸に注意/夜明けの時期。直に成功への光差す。
3.暗黒凶/腎に注意/大凶。自重せよ。ただ耐え苦難をやりすごすべし。
4.桃花吉/肌荒注意/恋愛関係に吉。八方美人は揉め事の元。
5.黄金吉/胃に注意/意地を張るのは凶。感情を素直に表すべし。
6.白圭凶/肺に注意/口は災いの元であり、風邪は万病の元である。


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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛

【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 高校生】
【3954 / クリスティアラ・ファラット / くりすてぃあら・ふぁらっと / 女 / 15歳 / 力法術士(りきほうじゅつし)】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / せれすてぃ・かーにんがむ / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2318 / モーリス・ラジアル / もーりす・らじある / 男 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【1873 / 藤井百合枝 / ふじい・ゆりえ / 女 / 25歳 / 派遣社員】
【3107 / 鷲見条都由 / すみじょう・つゆ / 女 / 32歳 / 購買のおばちゃん】

(受注順)


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          ライター通信           
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(少々遅くなりましたが)明けましておめでとうございます。つなみりょうです。
この度は発注ありがとうございました。大変お待たせした分、ご期待に沿えた物をお届け出来ていればいいなと思います。

さて、今回はお正月らしく、皆様に初詣へ繰り出していただきました。
「草薙神社」も、当初の想定は雑木林の中のうらぶれた神社――だったのですが、嬉しい事に多くの皆様においでいただきましたので「だったら結構賑わってる神社かも」なんてことになりました。さて、いかがでしたでしょうか?


セレスティさん、お久しぶりです。今回はご期待に沿えましたでしょうか。
セレスティさんの茶目っけたっぷりな……と言ったら怒られてしまうかもしれませんが(笑)食えぬ部分に今回はスポットを当てたつもりです。
あと、モーリスさんの主人として、彼のことならなんでも分かってるんですよーという懐の深さを表現したかったのですが、どうでしたでしょうか?


余談ですが、私自身も先日おみくじを引いたところ、「吉」でした。可もなく不可もなく、「願い事は努力すれば叶う」だそうで……精進いたします。
本音を言ってしまえば、楽して幸せになりたい〜幸運よ雨ほど降って来い! なんて思ってしまいましたが(笑)

お告げ通り、マイペースではありますが地道に努力していく所存ですので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
機会がありましたら、またぜひお越し下さいね。その際はまた楽しんでいただけますよう、大歓迎いたしますので!

ではでは、つなみりょうでした。


PCあけましておめでとうノベル・2006 -
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東京怪談
2006年01月23日

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