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『 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&マリオン・バーガンディ(4164)
「happy smile」



ちらちらと舞う粉雪が強力な寒風に後押しされて足元を走り抜ける。
まるで地面から溢れ出ているかのような勢いで地表を覆い尽くした雪が時折顔や眼を狙って飛び込んで来るのが何とも耐え難い。
凍えた嘆息が幾人もの人間の口から零れ落ちる。其れは一瞬だけ白く空気を濁らせて、直ぐに四散した。
寒いのは屋敷の中とて同じ事である。使用人達の多くはほぅほぅと白い息を吐き出して、掃除や調理など各々の業務に精を出していた。
モーリス・ラジアル(2318)もまた同様に厳しい寒さの中で植物達を小まめに管理し、異常が無いか調べていた。
今、カーニンガム邸の庭を彩っているのは艶やかに咲き誇った大輪の紅椿と、雪の色に身を染めた美しい冬薔薇だ。
赤と白の十二月らしいコントラスト。『気取らない優美さ』と『清純』と謂うそれぞれに素晴らしい花言葉を持つ二色の花々は互いに切磋琢磨するかの如く、日に日に美しさに磨きをかけている。どちらにも寒さに弱った様子は無く、モーリスは安堵して屋敷内へと戻った。
何時もなら此処で自室に戻りゆっくりする筈なのだが、今日は昨晩セレスティ・カーニンガム(1883)と交わした約束がある。
モーリスはメイドの一人に申し付けて温かい紅茶を用意させると其れを自らセレスティの部屋に運び、控えめにノックの音を響かせた。
「セレスティ様。モーリスです。入りますよ」
返事は無い。矢張りまだ眠っているのだろう。モーリスは失礼します、と小さく呟くとトレイを片手に抱えてドアを押し開けた。
半分以上活用されていないキングサイズの天蓋ベッドの上では予想通り屋敷の主が穏やかで崇高な寝息を立てていた。
モーリスはそっとベッドの傍へ近付くと紅茶のポットを載せたトレイをテーブルの上に一旦置き、小さくベッドを軋ませて端の方に腰掛けた。
青い眼は閉じられ、代わりに綺麗に円弧を描いた睫毛が強く自己主張している。白い頬に掛かった銀色の髪を静かに指で払い除けて、モーリスは改めてセレスティに語り掛けた。
「どうか起きて下さい、セレスティ様。もうすぐマリオンが訪ねて参ります」
耳元でそっと囁く。耳に掛かった息が擽ったかったのかセレスティは微かに身動ぎして、半分だけ瞳を開けた。
仄暗い部屋の中に浮かび上がるぼやけた輪郭。其れは何時まで待っても形に成らず、只管に曖昧だった。
寝起きだからでは無い、部屋が暗いからでは無い。其れがセレスティの瞳に与えられた戒めなのである。
セレスティはまだ覚醒しきっていない頭を使って何とか昨夜の記憶を探り当てると、自分の名を呼んだ声の持ち主を咄嗟に悟った。
「モー…リス………?」
「正解です。さぁ、目覚めの一杯でもどうぞ」
細やかな装飾を施されたマイセンのカップから白い湯気と甘い香りが立ち昇る。セレスティはベッドの上で上半身を起こすと、モーリスからカップを受け取った。
自分好みに調整された上質のミルクティが胃をじわじわと温めて、幸福な吐息が唇から零れ落ちる。飾り程度に乗せられたささやかなハーブの葉もモーリスならではの気遣いだとセレスティは少し嬉しく思った。
「面倒な仕事を任せてすみませんでした。マリオンはまだ…?」
「面倒なんてとんでもない。彼はまだ来ていませんよ。そろそろ来る頃だとは思うのですが……」
マリオン・ガーバンディ(4164)が本日午前中に来訪すると連絡を入れて来たのは昨日の夕方の事だった。
随分と急な話だったので驚きはしたが普段は外に住んでいる相手が訪ねて来てくれるのは嬉しい事である。
断る理由は無く、セレスティは快く了承した。しかし、問題はマリオンが訪ねて来る時間帯だ。
セレスティは極度の低血圧で早朝に目を覚ます事は勿論、午前中に目を覚ます事など先ず有り得ない。
最初は自分が起きるまでの間、モーリスにマリオンの相手を頼もうと思っていたのだが其れでは余りにマリオンが不憫だと思う考え直したのである。
マリオンはモーリスが苦手なのだ。姿形は美しいが中身は中々に痛烈で意地の悪いこの佳人に相手をさせては、セレスティが起きて来る前にマリオンは逃げ帰ってしまうだろう。
いや、確実にそうなる。嫌な確信に小さく苦笑を零して、セレスティは紅茶を再び口に含んだ。



結局マリオンがカーニンガム邸を訪れたのは短針が九時を通り過ぎた頃だった。
「全く……セレスティ様を二時間もお待たせするなんて、貴方は一体何様のつもりですか?」
「モーリス。私は気にしていませんよ。正確に時間を聞いておかなかった私のミスです」
モーリスの刺々しい物言いをすぐさまセレスティがフォローする。マリオンは色眼鏡の下で大きな瞳を申し訳無さそうに曇らせた。
「すみません。本当はもっと早く着く予定だったんですが…途中で警察に車を止められまして」
「またスピード違反ですかッ。一体何の為にあなた専属の運転手を雇ったと思っているんです!」
「まぁまぁ、無事辿り着いたことだし、一応良しとしようじゃありませんか。ね?」
セレスティに窘められたモーリスが凶器とも呼べる唇を一時的に閉ざす。だが其の目は闘争心に満ちて、再び噛み付きそうな勢いだ。
マリオンはモーリスの顔を見つめ、顔だけなら好きなんだけどなァ、と謂う呟きを呑み込んで大きな溜息を吐き出した。
三人は軽い朝食を済ませ、ゆったりとお茶を啜りながら他愛も無い世間話に花を咲かせた。その間、マリオンがモーリスに怒られた回数、約二十八回。
軽い嫌味も含めると優に百を越える。其の度にセレスティが場を宥め、マリオンは改めて雇い主の人格を褒め称えたい気分になった。
モーリスが仕事が残っているので、とその場を離れたと同時にマリオンはどっと押し寄せて来る疲労感に椅子からずり落ちそうになった。
見えなくとも雰囲気で悟ったのであろう。セレスティは小さく笑いを零すと紅茶のカップをティーソーサーに戻して、テーブルの上に肘を突き握った両手の甲に顎を乗せた。
「其れで用件は何ですか?態々訪ねて来るくらいですから何か大事な用でもあるのでしょう?」
「……流石セレスティ様。御見逸れ致しました」
マリオンは徐にカップの中の紅茶を飲み干すと、先程よりも幾分ゆっくりとした口調で喋り出した。
金髪の巻き毛にグリーンの瞳の美しい少女の人形。其れが夢の中に出て来たのだ、とマリオンは語った。
人形が夢に出て来るだけなら大して珍しい事ではない。唯、マリオンが気になったのは其の人形に見覚えがあった事と、其の人形が涙を流していた事だった。
マリオンは人形の泣き顔を見て不気味だとも不思議だとも思わず、何故だかとても悲しい気分になった。
「翌々思い返してみれば其の人形をですね、このお屋敷内で見た気がするんです。でも、陶器人形なんて此処には山程ありますし、一つ一つ調べるのも面倒ですし……」
「成る程。其れで図書室にある美術品の入手カタログを取りに来たんですね」
「話が早くて助かります」
善は急げ。二人は早速図書室に向かった。途中、廊下の窓から外を覗くと粉雪が何時の間にか吹雪に移り変わっていた。
モーリスの植物達は大丈夫だろうか。セレスティは少しだけ不安になった。
カーニンガム邸の図書室は最早図書館と呼ぶに相応しい。図書館の管理者がきちんと管理しているおかげで、何万と謂う蔵書の中から美術カタログを探すのは容易い事だった。
絵画。彫像。食器。刀剣。選り分けられた様々なジャンルの中から人形と謂う項目を探し出してマリオンはカタログの中の写真と自分の記憶を当て嵌め始めた。
「ああっ、此れです、此れ!間違いないッ」
マリオンが指差した写真には陶器製の美しい少女の人形が写っていた。セレスティも其のページに触れて情報を読み取る。然し。
「製作者不明、モデル不明、分かっているのは製造年とヨーロッパの何処かで造られたという事だけ…」
「三百年前って事は私が生まれるより前ですね」
「…確かに屋敷内に在る事は間違いないようですが、此れでは殆ど何も解りませんね……」
「そうでもないですよ、製造した場所と年さえ解れば十分です」
マリオンは満足気にカタログを閉じると数歩歩いてセレスティとの間に距離と取る。そして、ニッコリと満面の笑みでセレスティに手を振った。
「其れじゃ一寸行って来ます」
「行って来ますって…まさかッ」
ドン。鈍い音が響いてマリオンの背後に大きな木製の扉が現れる。其の扉は明らかに異質な気を放っていた。
マリオンが何事も無く扉を押し開ける。其の向こうには真っ暗な、闇だけが広く深く広がっていた。
「マリオンッ」
「大丈夫です。謎が解けたらすぐに帰って来ますから」
マリオンは変わらない笑顔で告げ、躊躇い無く闇の中に飛び込んだ。だが其の刹那、え、と謂う驚きの声と一緒にマリオンの体がバランスを崩し闇の中に落ちて行く。
セレスティは慌てて手を伸ばすが既に遅く、マリオンの体は闇に溶けて見えなくなってしまっていた。
「マリオン!!」
扉の中に向かって大声で叫んでも何も返って来ない。セレスティは覚悟を決めてマリオンの後を追った。
二人を呑み込んだ大きな扉が重苦しい音を立てて、閉ざされて行った。



マリオンが目を覚ますと其処は若々しく生い茂った緑の木々と小鳥達の囀りが視覚と聴覚の殆どを占める物静かな森だった。
マリオンは自らの置かれた立場を今一理解出来ない侭、ゆっくりと身を起こした。だが、妙に体が重い。其れも当然、全身ずぶ濡れなのだ。
「良かった、マリオン。気が付いたんですね」
「セレスティ様!どうして…ッ」
「そんな事如何でも良いじゃありませんか。湖に落ちたおかげで助かりました」
良く見ると隣には透き通った湖が広がり、セレスティ自身もびしょ濡れの状態だった。大昔に尾鰭を失ったとは謂え、流石は人魚。
水を浴びた其の姿は何時も以上に壮絶に美しかった。マリオンは暫くセレスティに見蕩れていたが、近くから草の擦れる音が聞こえて二人は静かに息を殺した。
野生動物だろうか。然し、二人の予想に反して聞こえて来たのは獣の唸り声では無く、若い男女の喧騒の声だった。
「いい加減にして。もう決まった事なの…これでさよならよ」
「……好きにしろっ!!」
男が森の向こうに向かって駆けて行く。娘は其の後姿をじっと見詰めて、瞳を伏せた。
風が凪いで水面を揺らし、木の葉を鳴らし、小鳥達を騒がせる。娘の瞳は虚ろだった。
「うわァ…修羅場ー」
「マリオン。趣味が悪いですよ」
マリオンが草叢から其の光景を覗き、ぼそっと痛ましく呟く。セレスティは其の背中を見ながら大きな溜息を吐き出した。
其の時、マリオンが小枝の上に誤って腕を置いてしまったのかパキリ、と小さな音が鳴った。娘が驚いた顔で背後を振り返る。
「誰ッ…!!」
「す、すいません!偶然なんです、態とじゃない……」
娘の顔を見た瞬間マリオンは絶句した。振り返った娘の顔は人形の少女と同じ顔をしていたのだ。髪形も瞳の色も全く一緒。
セレスティも気配で異変を感じ取ったのだろう。見えない眼で娘の気配がする方をじっと見つめた。娘は二人の顔を見ると村の人間じゃない事に安堵したのか少しだけ表情を緩ませた。
「びしょ濡れじゃない。湖にでも落ちたの?」
「はあ、まあ…」
「いいわ。うちにいらっしゃい。代えの服くらい用意してあげるわよ。そんな上等な服じゃないけどね」



セレスティは二人の肩を借りて娘の家へと向かった。
家は小さく質素でどちらかというと小屋と呼ぶ方が相応しい。三人を出迎えたのは年老いた老婆と老人で其れが彼女の両親らしかった。
「すいませんねェ、何のお構いも出来ず」
「いえ、とんでもないです!私達の方こそすみません。突然お邪魔しちゃって…」
「困った時はお互い様ですよ」
老婆も老人もニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。セレスティとマリオンは何だか心まで暖まったようで見合わせて微笑んだ。
結局二人は服だけではなく、寝床まで借り食事まで頂いてしまった。マリオンは力を使った反動もあったのか早々に寝入ってしまい、両親は揃って部屋に戻ってしまったので暖炉の部屋に取り残されたのはセレスティと娘だけだった。
「本当に有難う御座います。見ず知らずの私達にこんなにも親切にして下さって…」
「良いのよ。……罪滅ぼしのつもりだから」
「其れは、昼間の…」
暖炉に照らされた顔が赤く輝く。娘はセレスティから顔を背けて、暖炉の前に蹲った。
「私、明日結婚するの。相手は村一番の大地主の息子。親が借金して仕方なくね…でも、相手の人は凄く良い人で…きっと幸せにしてくれる」
「でも、貴女はあの人が好きなんでしょう?」
セレスティは娘と一緒に森に居た青年の事を思い返していた。娘はどうして解ったの?とばかりに銀髪の麗人を振り返ったが、其の瞳に宿る神秘的な光に言葉を呑み込み、静かに視線を逸らした。
「…好きよ。でも、世の中にはどうにもならない事なんて山程あるの」
娘の細い肩が震える。泣いているのか、怯えているのか。セレスティには解らなかった。
パシッ。暖炉で薪の中の空気が弾ける。其れはきっと、死に損なった恋の悲鳴。



翌日。娘の結婚式は盛大に行われた。村中の人間が広場に集まり、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。其の中にはマリオンとセレスティの姿も在った。
白いドレスを纏った娘は式の間中、ずっと幸せそうに微笑んでいた。横では結婚相手の男性が彼女を心から愛しそうに見つめている。
マリオンは二人分の料理を取り分けながら其の光景を不思議そうに見つめていた。
何故彼女は人形にそっくりなのか。誰があの人形を作ったのか。結局謎は解けない侭だ。
「おい」
首を捻るマリオンに其の時、一人の男が声を掛けて来た。聞き覚えのある声だ。だが誰だか思い出せない。
「此れを彼女に」
「えっ、ちょっ」
男は大きな箱を取り出すと其れを半ばマリオンに押し付けるようにして走り去って行った。
「あっ、あの人」
後姿に見覚えがある。あれは確か娘と一緒に森に居た……マリオンには『彼女』が誰なのかすぐに理解出来た。
渡すべきか、渡さないべきか。マリオンは暫く悩んだ末、決心を固めて娘の元に向かった。
マリオンは娘が一人になった隙を狙って声を掛けた。結婚相手は今は招待客と話をして席を外しているらしい。
マリオンは男から渡された箱を娘に手渡した。敢えて、誰からとは伝えずに。
「此れ……」
中には二体の陶磁器人形が眠っていた。少年と少女、二人で一対。箱の中で肩を寄せ合い仲睦まじく寄り添っている。
一体は少女にそっくりの人形。そして、もう一体は作り手にそっくりの。
箱の中には一枚のメッセージカードが入っていた。―――――『結婚おめでとう。どうか幸せに』。裏側には一言『愛してる』と。
其の瞬間、娘の頬を一滴の涙が伝った。落ちた涙でメッセージカードの文字が見る見るうちに滲む。
せめて、心だけはあなたの傍らに。
一緒になれない恋人達のほんのささやかで悲しい願い事。
娘は化粧の落ちた顔を隠しもせず、二体の人形を抱き締めて幼い少女のように泣きじゃくった。其の姿は、微笑んでいる時の彼女よりずっと幸せそうだった。



「お二人とも、一体今まで何処に居たんですかッ!」
「まぁまぁ、モーリス。落ち着いて」
「マリオン。まさか貴方、セレスティ様を危険な目に合わせたりしてないでしょうね」
「まさかっ!ちょっと空から湖にダイブしたくらいでッ…」
「マリオンッ!!」
大体あなたは、モーリスがくどくどと説教を始めるのを横目に見ながらセレスティは一人外を覗いた。
雪は止み、地面は白く輝いている。花達は寒さを乗り切り、また一段と美しさを増していた。セレスティは清々しい顔で其れを見つめていた。
その後、少女の人形は屋敷の倉庫の奥深くから発見され、セレスティの部屋に飾られる事になった。
もうすぐ異国より届く、少年の人形を待ち侘びて。






お久し振りです。セレスティ・カーニンガム様。モーリス・ラジアル様。
そして初めまして。マリオン・ガーバンディ様。
作者の典花です。今回はシチュエーションノベル(グループ3)のご依頼ありがとうございます。

そして一ヶ月以上お待たせしまして大変申し訳御座いません。
スランプと多忙が重なり、仕上がるのが大変遅くなってしまいました。
此方の私情でご迷惑をお掛けした事、心よりお詫び申し上げます。

セレスティ様。
何度か依頼して下さったおかげで徐々に文章の中のセレスティ様のイメージが固まりつつあります。何故だか私の中ではセレスティ様=マリア様と謂うイメージがあります。
身内の方との交流を良く書かせて頂いている所為でしょうか。綺麗で優しい、…そして様付けがとても自然に似合う感じが素敵です。

モーリス様。
モーリス様の印象は初依頼の時がとても強かったので出来ればもっとセクシーで大人っぽい感じに表現したかったのですが、今回は何だかお局様のような役回りで申し訳御座いません。もし機会が御座いましたら前々回のようなラブロマンス(?)でモーリス様の良さをもっと引き出せたらいいなァと思っております。

マリオン様。
初めて書かせて頂いたのですがこんな感じで宜しかったでしょうか?素敵な設定を余り活かす事が出来ずに申し訳御座いません。そしてモーリス様に怒られっぱなしで申し訳御座いません。今度ご依頼頂いた時はもっと格好良く描けるように頑張ります。

其れでは長々と失礼致しました。納品の遅延を改めてお詫び致します。
申し訳御座いませんでした。そして、有難う御座いました。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
典花 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月23日

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